蘭馬鹿日誌2016年および更新記録

ランのよしなしごとをつづる。下に行くほど昔 

連続有蘭花日数 5700日(2017/3/27201510-201612  201501-09 201409-12 20142-8 201310-20141 20135-9 20131-4 20128-124-720123-201112-1110-520114-201012201011-1020109-720106-420103-1200912-109-76-420093-1200812-1110-98-76-54-320082-1200712-1110-98-76-542 32月後半2月前半20071200612-111098765432200612002 12 11 10 9 8 7 6 200512-111098-76543220051200412-1110987654322004120031211109876543220031200212111098-320022-12001年以前   日誌迷作選

 

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2016年12月1日(木)

 デンファレの花が1輪ずつしおれて行くのが少々寂しい。飾っている部屋に日光が入らないためか終わるのが早いような。

 

 本日長い闘いの末終戦を迎えた、ような気分で出張先からの帰りの出来事。京葉線快速東京行きの車内新木場あたりでのできごとじゃなかったろうか。13:50分くらいだったか。ベビーカーにのった幼児4歳がずっとぐずり通しだったなあとは意識していた。蘇之一行(Tiv)著「マンガの神様」電撃文庫2015を読んでいてとくに気にはしていなかった。スーツ姿のサラリーマン推定40代がその母子に「うるさい!」と一言怒声を発して電車を降りようとしていた。なかなかトビラが開かずその男は私のつけた「ガン」に縫いとめられ、頬を震わせていたように見えた。4秒間にらみ合う。完全に臨戦態勢で、男が向かってきたら開戦となる状態だった。幸いおっさんは扉が開いてそそくさとその場を去った。(たすかった・・・)この異常事態に京葉線車内はとくに何事も無かったかのようだった。ただかの母親は息子を静かに抱きしめていた。

 どうも東京ではベビーカーは悪みたいな風潮があるらしい(ベビーカーが列車のトビラにはさまれて引きずられると親が悪く言われる、など)。そのうえ子供をつれた人をさげすんでいるのではなかろうかと思えるフシがある。おおさかのおばちゃんがベビーカーもって東京近辺をJRで移動中、ベビーカーをどつく人がいたという証言を得ている。余裕が無い社会にしているのが悪いのに、弱者がわるいと考えちゃうってひどいことなんだよ。地方から来ると、東京は変にせせこましくしているように感じる。

 この数日前に長崎ちゃんぽんを食べていた際、子供にご飯を食べさせていた母子をみかけた。子供にご飯を食べさせるのは大変らしい。ぜんぜん食べずに動き回る子供もいるという。認知症の母は、一人でたべてくれるのがありがたいなあとそのとき思った。それから、自分は幼少の頃母を煩わせていたのではないかということに思い至り、母にどれだけ恩返しができているのかと考えてしまった。

 あのおっさん、子供はいないのだろうか?。

 大阪でいきなり「うるさい!」といわれる母子なんかいないと思う。そういうおっさんを大阪のおばちゃんはゆるさへんと思う。「ちょっとあんた!なにいうてけつかんねん。あんたおかあちゃんおらへんのか。あんたがこんながきんちょのころしょんべんちびるわ、どぶにはまるわしてきたん辛抱して世話してもろたんわすれてしもたんやろ。あほか、かす、ぼけ、このばちあたり」

 正直、東京は日本のどこよりも変なところだとおもう。いろいろおかしい。

 国民ひとりあたり2万円だしてオリンピックがみたいだろうか。正直今年のオリンピックはほとんどみていない。ものすごいお金がかかってそれみーんな国民につけがまわる。いろんなハコものが相場の3倍くらいふっかけられていたりする。その大金の一部でもかけて選手をサポートするのが筋なんちゃいまっか。金持ちがもうかるようにやるのがいまのオリンピックである。そういうのを東京は許してきたように見える。

 市場の移転問題もなんかおんなじようなボケをかましているようにみえる。東京なにしているのと思う。

 そういうぼけーっとみているから都知事がなんやしょーもないやめかたをする。ああいうあほなやめかたする知事ってよその道府県にいます?。マスコミが東京みたいなもんだからそういうふうに東京を自省したりしないのである。ニュースといえば首都圏のどーでもいい話題ばかりを垂れ流している。

 いじめのはなしがまたきついなあと思う。新海監督の「言の葉の庭」をみて、いいアニメ映画だなあと思う。東京が猛烈に美しく描かれているのだけれど、あの精神にくるえげつない世界もまあたしかにあるなあと思った。東京出向中職場のお局様たちが新入りをいびっていたあの感覚はちょっと独特だった。

 東京の女性社会は地方のそれとは異なっている。これは、江戸時代、お侍の都市として成立した際に女性の割合が低かったことが原因とされている。このため江戸の女性は「高ビー」になったのである。東京の女性のものの考え方は一種独特だと思う。広島では考えられない。あれはない。そりゃ独身をこじらせるのも無理はないと思う。そういう東京の感覚がメディアにのって全国にはこばれてゆくことで地方もいろいろひどい目にあっていると思う。マスコミがまたそういうのに無批判で、むしろあおっている。あんたらもっと自分の幸せに目を向けろよと思う。カネ・みえ・しがらみ、じゃなくて、自分の幸せよ。服・バック・靴・コスメという最外殻じゃなくて、心・技・体ね。免疫系だいじょうぶですか?。野菜を料理して食べてますか?。

 東京はとてもすばらしい都市だとおもう。うまく運営されている。立派なひともぎょうさんおるで。けれど、20年間通勤していてはじめて「うるさい!」と母子を怒鳴るサラリーマンをみてしまった。かなりショックを受けた。あのおっさん、横にだんなが立っていたらぜったいいわんかったやろ。あんさん外人さんの前でおなじことできまっか?ってきいてやりたいわ。アレ本人は正義のつもりでやってはるんやろうけど、わしの目みておもっくそびびってたで。あのお母さん、ほかの客にきをつこうてずっと30分ほど、空いた車内で人から距離とって静かに、子供の面倒を見ていたんですぜ。そういう低姿勢に嵩にかかったように怒鳴るサラリーマン。やってくれたなあ。ああ、レ・ミゼラブル東京。僕は逃げ帰りました。上海より下、って言われないといいですね。おかあさんを大事にしない、子供を社会で大事にはぐくまない東京はだめだよ。そりゃ「日本死ね」って流行語にもなるさ。それは関東のおかあさんの悲痛な訴えだったのだとおもうよ。ほんとかっこわるいことを東京の人たちは気がつかないんだよ。だって東京のマスコミしかみてないんだから。東京を批判するやつおらへんのかしら?

 

2016年11月12日(土)

 珍しく暖かくていい天気なので庭にランを展開して水遣りをした。

 

庭でにんじんをひっこぬいてみたら大変大きいのがとれた。最近にんじんは高くて1本128円もしている。そういう売られているのよりも立派なうまそうなニンジンだった。なんか今年最もうまくいったことといったらこのニンジンぐらいじゃないか、などと思える会心のニンジンだったなどとバカなことを考えていた。

 今年は正月から仕事に追いまくられて気がついたら11月だった。

 働き手の多くは猛烈に忙しいだろうからことさら自分が忙しいといってもあんまり意味はないだろうなあと思う。私は忙しいというよりは自分の能力が足りない、という風に考えてしまう。それでも仕事はいろいろな方面、いろいろな人からどかどか持ち込まれた。これは失敗するだろう、という試行もあって、その失敗を確認するために莫大な労力をつぎ込むハメにもなった。貧乏くじをたくさんひいた。日々毒づきながらも腹が太れば、頼ってもらえるだけ幸せかなあ、と思える日々だった。

 多大な労力を必要とする仕事が11月11日に放免となった。電池の日(十ー十ーがプラスマイナスプラスマイナスにみえるから)に電池の仕事が放免になったという皮肉。電池はねえ、主役となる材料の粉20mgと炭素の粉5mgをきっちりはかりとって(結構根気と技の要る作業)、めのう乳鉢で8分間こね、テフロンの粒を加えて、粉を1枚の電極にまとめ上げる結構根気と技の要る作業を30分ほどかけて行い、それを4つ組みで、2時間ほどかけてつくり、真空乾燥して、グローブボックス中で、電解液やリチウムと組み合わせて電池をつくり、それを充放電してデータをとり、1万行100列くらいあるでかいcsvデータから自分でつくったマクロで必要なところを抜き出して図をつくり、終わった電池は分解して材料のX線回折をとり、半年で120個の電池をつくってそういうことをやり、資料をまとめて毎月報告を行うというお仕事だった。いやもうすごかったねえ。そういう手間のかかる仕事が別の人から別の案件として毎月の報告とともに課せられていたりして、そういう報告がまた鬼のように週に重なってたりしたもんでねえ。

ストレスをぶち殺すためにやたらとラノベを読んだ。もうHP回復のポーションかっつーくらいラノベは効いた。今年は400冊読む予定だ。ラノベのいいところは、ともすると我が身を呪うとか、いろいろ悪く考えちゃうところをさっぱり吹き飛ばしてくれるところじゃないだろうか。なんというか、なんとかなるさ、という気分にしてくれちゃうのである。そりゃ内容はアレだけれど、効能は存在していると思う。人間くよくよすると同じことを考えてしまう。そうすると脳内でそのことを考えている部位が変質してしまって壊れてしまうようなことがおこるんじゃないだろうか。そういう状態って胃とか免疫系にもよくないようだし。それを防ぐためには、考えが集中しないような読書がいいのではないだろうか。けれど一般の小説だと目下自分が抱えている問題ともろかぶったりする場合があって現実の問題に引き戻されてよろしくない場合もあろう。それがラノベだと、内容がアレだから、女の子にかこまれて困っていたり、ラッキースケベだったり、異世界でハーレムだったりチートだったり、俺Tueeeeeだったり、現実の問題でくよくよする要素なんかほとんどないのである。だから脳の血流がくよくよ回路をそれて別の場所、脳の内部をくまなく流れるのでストレスがおそろしく下がるのであろう。平均41円で仕入れてきたラノベは、残念な作品も多いのだけれど、ものすごく効いたと思う。

 しかしまあ、仕事とラノベに軒並みリソースをもってゆかれて、畑は荒れ、ランの世話は行き届かなかった。

 

 チューリップ球根がものすごく高く感じる。既知の品種の球根4球入り298円ってなにごとと思った。ばら球1つ50円。うれのこりで40円。かなり品薄のようである。ちび球根を丁寧に畑で育てて増産を図ろうと思った。

 

2016年6月25日(土)

 レリア・クリスパが咲いている。この2ヶ月いろいろ咲いてくれた。けれど仕事のしすぎでぐったりしていて写真を撮る元気が無かった。猛烈に増えた仕事になれつつあり、山場を越えつつあるのでまあ記録ぐらいとるか、と思う今日この頃である。4,5,6月はなにやらすごかったなあ。

 

 ここ2ヶ月ばかりずっと前述の小夏を食べている。まだ味が落ちない。この小夏は日向夏とも呼ばれて5月初旬に店頭に並んでいた。5月後半からずっと店では見かけていない。現状柑橘といえば、グレープフルーツ、オレンジなど輸入物ばかりが目立つ。小夏のような優れたフルーツが流通していないというのは、もったいないと思う。流通もイノベーションが必要なんじゃないか。顧客のことを考えずに、株主利益のために企業は働いていないか?

 流通というのは、儲かるものを売る。まあ商売だからそういうものだと思う。このところの流通はなんというか、大手がどんどん他社を吸収して集中がすすみ、食品にいたっては全国どこでも似たような内容になっていないだろうか。安く多量に買い付ければ安く提供できるという面もあるだろうが、実は価格統制もしやすくなる負の側面があろう。お得なものが少ないと感じる。基本的な野菜などは、全国相場の値段ででてくる。今年はジャガイモやたまねぎが不作で少々高めだ。品物も小ぶりで、魅力がない。それゆえ面白みのない値段になっている。それとともに、安く多量にとなれば、多様性が失われてくるのではないか。すると零細農家が出している特殊な野菜や果物などは流通にのりにくくなる。大手スーパーに並んでいるものを見ると、魅力が乏しく、なんというか食文化の衰退を感じる。

 海外の市場で変なものを見ると心がときめく。零細なスーパーで見慣れない商品を見ると手にとって見たくなる。

 零細スーパーは、近所の農家から魅力的な野菜をときに驚くような安さだったりよい品質のものを提供してくれたりする。そういうものを買うと気分がよいので、その店にまた行きたくなる。そういう魅力的な店が減りつつあるのはやはりお金の力という奴だろうか。

 お金といえば、英国のEU離脱で巨大な株式の価値が吹っ飛んだり、為替が7円も動いたりする。あらぶる民衆の票のちからだろうか。お金持ちが節税に励み、格差をひろげまくる世界では、社会の不安定さが増すという例かとおもう。おかげで関西では24日に電車に飛び込んだFXをやっていた人たちのおかげでダイヤが乱れたという噂が飛んだ。私も朝は「残留できまりだな」と思っていたのだから、お金をかけていた人はあまりの激変にショックが大きかったことだろう。

お金持ちが株主総会で大手スーパーに株主としてもっと利益を上げよ、とのたまえば、大手スーパーは多くの零細スーパーを切り従えて全国統一をして、食文化の破壊、価格統制などにより利益をあげて金持ちに貢ぐ。するとなんというかバランスの取れた食生活がとれなくなった人間は、バカ舌になり、いらいらして不寛容になって、変な極右政党なんかでてきてアジアが火の海に、というようなことだっておきるかもしれない。もうそういう状況はどこかの国でやっているか。

 格差を押しすすめる経済の働きは、まわりまわって票のちからにより破壊され、多くの人が不幸になる、という結果を招くように思われるのである。株主、企業、投資家は、その経済活動が世の中のためになっているかどうかちゃんと考えておかないとあとあとかなりひどい目にあうと思う。

 株主が短期的な利益に固執して経営者を攻め立てているのかどうかしらないけど、そのことが企業価値を大きく損なった例が近年目立つ。結果数字をごまかして世間を欺いて企業価値を損ない、長期的に利益を生み出してきたイノベーションを妨げている。あたかも金の卵を産むガチョウの首を絞めて、もっと生め!とやって、ガチョウを殺してしまうかのようにみえる。株主も社会の一員なんだから自分の金のことばかり考えるなといいたい。

 円高というのは企業はともかく自分にとって輸入品が安くなって気分がよい。ここ数年球根が高かったので買い控えていた。みんなが豊かになるのなら円高でも我慢するという気分でいたのであるが、働き手の多くは豊かになったという気がせず、企業が内部留保を溜め込み、投資家が株で大もうけをし、国の借金は減らないというのであれば、もう円高でええじゃんと思う。1ドル80円くらいがいい。金持ちが儲かれば庶民にもおこぼれが、などと卑屈なことを言われていたが、そのおこぼれは無かった。かくなるうえはなんかであばれてやろうという気分が横溢しているように思われる。

 苦労して東大でて東大の先生になり、テレビで名が売れて、都知事になったある意味大変優秀な方がお金の使い方を世間に嫌われて失脚してしまった。そりゃまあ当初19人で7000万円かかる出張はひどいと思った。とはいえ、都知事さまだから、ファーストクラスやいいホテルにとまるのもまあ理解できる(ぎゃっとなったけど)。鋭気を養う意味で公用車もどんどん使っていただいていいとおもう。政治資金っていうたら票を買うためのお金ちゃうん。よそのおっさんせったいするより自分の家族でええようにつこうたってええやん、家族思いのええおとうちゃんや、といったら怒られるか。過去に政治資金をへんな使い方したからといって、50億円かけてまた選びなおすのはもったいないかなあ。なんかマスコミが引きずり落としたように見える。どこかの知事みたく女性のぱんつに手を突っ込んでいたわけでもなかろうに。日本人ほんとテレビすきだなあ。スマホとテレビが渦巻く東京だよ。なんか東京っていいイメージ無いなあ。ああいうことばっかやってるとそのうち縁起の悪いことが・・・、と思って出張したらさっさと帰ることにしている。あんま魅力もないし。

とはいえ、前述の一般大衆の不満というものが、指導者や、やっちまった企業に苛烈に向くのである。「使いもしない金を蓄えた金持ち、税金逃れをしている金持ち、企業からえげつなく税金を取りたて、消費税を5%にします。企業の社会貢献を評価して税金に重み付けします(スマホゲームの会社は法人税80%)。スマホを許可制にて、未成年の就学をたすけ、依存症を一掃します。タバコ1箱千円にします。教師の給料を30%上げ、厳しい研修と試験で教育の質を高めます。領海侵犯をした艦船は容赦なく攻撃します。尖閣に軍事基地をつくり実効支配します。沖縄の米軍基地は自衛隊基地にします。生活保護の不正受給者の取締りを強化し、生活保護費の30%増額と、終業支援を強化します。任期半ばで不祥事により辞職した議員の財産を没収する法律を作ります。議員の数を半分にします。太陽電池を拡充し、原発を解体します」みたいなことを言い出す政党がでてきたら面白半分で支持する人がつくんじゃないだろうか。こういう鬱憤がたまった社会ではそのはけ口をもとめて票があばれて巨大な破壊がもたらされた例があるでしょ。ナチスとか。だから格差ってこわいのよね。

 

 6月は農繁期であった。まず黒大豆の種を苗床に植えた。つぎに、たまねぎのとりいれ。4分の1はとうがたってしまい、中に太く硬い芯ができて保存性がおちる。また、全体に育ちがわるく玉がちいさい。これはどうしたことかと思ったが、主要産地の佐賀や淡路島でも不作だったそうだ。これゆえたまねぎが高騰しており、そういう意味では我が家は大いに家計防衛ができた結果となった。

 次の週に、ジャガイモの収穫をした。1kg植えたメークインは育った株が小さく、収量もすくなかった。かみさんに「キタアカリはうまいからそれを植えろ」と言われ3kgうえていたものは、株がものすごく大きく、収量もおおかった。かくして、4kg植えて30kgを超えたと思われる多量の収穫があった。185円で売られているのをみて、なんというか、すごく儲けた気分にはなった。私は、ジャガイモの葉と花が好きなので、正直収穫は重労働でしんどかった。

 その次の週は、畑をたがやし、黒大豆の苗を植え、ニンジンの種をまいた。

 平日ものすごく働き、週末も重労働だったので大変きつい1ヶ月だった。とくにすることのない今週が雨降りでよかった。

 

2016年5月9日(月)

 一日中雨だった。蘭を出しっぱなしであった。寒かったろうなあ。

 

 なんというか長い休みの後仕事に出てくると元気が無い。後半しんどい肉体労働があったのですこし元気が出た。

 

 昔小夏という柑橘を食べて感動したことがある。日向夏ともよばれている。とてもさわやかな香りと上品な甘みに、ゼリーのような果肉の食感がすばらしかった。こういう柑橘を食べたことが無かったので大変に驚いた記憶がある。

 血糖値がやばいところに来ているため柑橘は遠慮していた。我が家は田舎が蜜柑農家であるため多量の蜜柑があるのだがほとんど食べずにいた。4月の重労働で痩せつつあったのだが、連休で元に戻ってしまった。まあそれはいい。

 今年田舎に帰ったときに「蜜柑畑でとれた」と渡されたのがその小夏30kgだった。まあ太るからと食べるのを遠慮していたのであるが、職場の仲間に配るのに際し、はたして自家製の小夏はどれほどのものなのか気になった。野球のボール大からテニスボールを小さくしたくらいの表面があまりきれいでないものが多くある。包丁で6つないし4つに切ってかぶりついてみた。大きめの小夏はまあそこそこうまいというものだった。小さめの小夏を食べたとき、「うわ、これだ!」といううまさだった。つい4個ぐらい立て続けに食べてしまった。柑橘なんだけれど、なんというか別のフルーツというか、これはいいものを食べたという気持ちになる。いろいろなフルーツのなかでもかなりうまいレベルじゃないか。例えば、旬のよく熟した白桃や、高級ブドウのピオーネ、野菜だけど赤肉メロンなみに「ああうまい!」というくらいの。

 40代になって体験した柑橘には、この小夏のほかにぽんかんがある。これもさわやかな香りと絶妙の酸味と濃い甘みでやみつきになった。この柑橘もファンが多い。柑橘好きは、ぽんかんのとれない夏場に「ああ、ぽんかんたべたい・・・」と泣くようにつぶやくそうである。

 田舎には柑橘の農業試験所があって、新しい品種の苗が売られているそうで、ときどき謎の柑橘が届けられることがある。皮がうすく、剥くと洗剤みたいなにおいがするのだが、果肉は豊富かつぷりぷりと歯ごたえがあり、とても甘くて、「食べたー」という感じがするうまい柑橘があった。この謎の柑橘はそれらしきものを売られているのをみたことがない。もう幻の柑橘だ。

 デコポンらしきものもときどきやってくる。島では栽培が盛んになっているそうで、だんだんありふれてきているように思う。あれば好んで食べている。なるほどファンが多い柑橘だ。

 広島では、安政柑なるちょっと大きくて皮のかたい柑橘がスーパーで1つ400円で売られていることがあるそうな。これも時々来る。旬の期間が短い通好みの柑橘らしい。皮を剥くのが大変だが。

 いろいろよくわからない守備範囲外の柑橘もころがっている。皮が硬くて、甘くてすっぱく、果肉に歯ごたえがあるようなやつなど。好きな人はかなり好きらしい。

 田舎の蜜柑畑の農薬散布の手伝いを思い出しつつ、柑橘の勉強でもしようかと思った。定年後の仕事?。

 

2016年5月8日(日)

 蘭の植え替え:エピデンドラム。最近咲かないなあ。下半分は根の塊だったので、ぶったぎってプラ鉢から素焼き鉢にコンバート。エリア・ジャバニカはミズゴケがくさっていたので植え替えた。この株葉の色素が薄くてつやつやしていて観葉植物として価値があるなあ。2株になった。オンシジウム:古くなったバルブをとり、別れるものはわけて小さな2号鉢へ。

 カトレアの撮影をした。

 裏の棚は風で廃墟になっていたが、補強して復旧した。今後日光が強くなると葉が焼けるものが出てくるので、遮光ネットの下に6トレイを収容できてよかった。

 

 10日間の連休が終わった。こんなになにもせんと仕事のことを考えずに休んだのは初めてのことだった。なんというか体力が落ちているような。まあ仕事頑張りまひょ。

 

2016年5月7日(土)

 植え替えを少し検討。ノビル系デンドロビウムを3はちほど。鉢がバルブでこみあっていた。よくみると、赤ちゃんの新芽、その親世代は昨年大きく育ったもの、今年咲いたのはじじい世代、そのまたひいじいさん世代はもう花がつくこともないので、このひいじいさん世代をぶっちぶちにひっこぬいた。この年になると敬老精神は朽ち果てているなあ。

 

 田舎の義母に万田酵素株式会社の万田31号を勧められた。試供品1mlをペットボトルにいれてのばし、如雨露でさらにうすめて10000倍希釈液(つまり10L)くらいにしてかけると、ほうれん草などものすごく生育したという。万田アミノαの入手を相談されたので、ダイキで探したらあっさり見つかった。100ml1729円だった。あのHB101(たしか2300100mlだったか)よりは少々安い。これは義母に贈り、私はその試供品を試してみた。寿司パックのしょうゆの袋みたいなものに入っている万田311mlを水をいれたペットボトルに入れた。ねばりけのある重油みたいな液体である。ペットボトルに空気の割合がすくなくてあまりよく混ざらず、かなりふって混ぜた。水は半分くらいいれて置けばよかった。メスフラスコを散々振ってきたくせに今回は疲れた。細かい油滴がみえてなかなか乳化しない。ひっしこいてふってまぜた。これを如雨露で4回に分けて、蘭や畑の野菜にかけてきた。まあ効けばいいんですけど。

 日本人ってなんかこういう液体に弱いですよね。化粧品とか、健康に効きそうなやつとか、認知症予防に効くとされるような油とか。

 認知症ていうと、自前の歯がすくなく堅いものを食べない、タバコや酒の習慣、パチンコや無趣味、「ちょっとこれお願い」とやたら人を頼る生活習慣、読書をせずテレビばかり、手数の少なさや楽の追求など、いろいろ脳みそ暇そうな状況がよくないのかなあ、と思う。スマホは思うにかなり脳にわるいのではないか。単位時間に脳みそが処理する能力と認知症の発症率を比較したデータがどこかにあるだろうに。そういうのを計ったり高めたりすることも高級な油以上に大事なことだと思うよ。飲み食いで体をよくしようというなら、多くの種類の野菜を量多く採ればと思う。

 

 政治哲学ってあるのに経済哲学ってないのだろうか。経済に哲学がないから、発×小町あたりにもんくたらたらの8割はカネをめぐるトラブルだったりするような。「日ごろ食事を奢ってもらう彼が手料理食べたいというから作って食わせて材料費を請求した」とか。哲学というのは、「よく生きること」というようなことを高校時代にならった。裁判で死を宣告されたソクラテスは逃げるように勧めた友人のまえで「悪法も法なり」といって毒を飲んだ、ちゅうところがよくわからんのだけど、まあ多くの人が2000年間よく生きることをずっと考えてきたわけである。なんかお金にまつわる哲学っていうものがないのでお金というものが妙にイヤラシくみえるのである。そういう意味では、国の指導者がタックスヘイブンで節税に励むというのはもう政治哲学も吹っ飛ぶ。日本にはそういう経済に関する哲学めいた至言がいろいろあったような気がする。たとえば「浪費ってもんは自分の金といっても世間にかっこ悪いし、悪い例になるからやめろ」(福沢諭吉「学問のススメ」)というのを世の中の人が認識していれば、「○ラブルのガチャで70万つっこんでもレアキャラでなかった」ということはなかろう。だってかっこわるいし。多くの人は、「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず、といへり」という冒頭部分からして誤解しているそうである。このあと「というようなことが言われてるんですけれど、みなさん、自分の周りを見回してみて、すごい差がついているのわかりますよねー。人間ちっとも平等じゃないですねえ。この差ってね、学問のあるかないかでついちゃうんですよー。だから学問しましょうねー」とつづくのである。

 わたしぶっちゃけ思うんですけど、哲学ってなんか役に立ってますか?。いや、哲学って大事ですよ。いいこといってますよ。そうあるべきだと思いますし、生きてゆく上での素晴らしい知恵だとおもいますよ。でも、知らなければ、そして実践しなければ、「は?なにそれ、食えるの?」というふうに折角の知恵が活きてこない。哲学をやっている人というのはなかなかみかけない。「部長と俺はまあそのへんの哲学がちがうのよ。やっぱ5回裏で満塁は好投してても交代だよ(いや、しらんがな)。あ、お姉さんビールおかわり」って、どのへんが哲学?。

多くの人が幸せになれるはずなのに、浪費で老後の財産ができなかったり、お金でなやんだり、貧困に苦しんだりするのだ。もっと学校で教えてしかるべきじゃないでしょうか。「よく奢ってくれる彼氏に手料理の材料費を請求」することは、みなさん肌感覚でNGだけど、哲学や経済学でNG行為かどうか整理され、理解されていないので多くの人が迷っているのではないか。目先の欲に囚われず、哲学すればどこかの掲示板にやくたいもない不満をぶちまけなくてすむんじゃないですかねえ。

 

2016年5月5日(金)C.インターメディア開花

 連休中行っていた田舎から我が家に帰ってきたら毎年咲いているC.インターメディアが咲いていた。今年は室内で開花である。例年庭で咲かせるとなめくじに好まれたりするのである。

 

 物欲の少ない連休中は、買いたいもの、行きたいところ、食べたいものなどとくになく、ごろごろして本を読んでいた。30代の頃は、欲しいモノだらけで、さりとて貯蓄はしたく、何を食べてもうまかったし、いろいろ安上がりなやりたいことをせわしなくやっていた。50代のじじいになると、もはやそういう情熱はない。いや、50代なんてまだアブラギッシュな中年ですごい活動的な人もいるのだろうが、私はただ転がって本を読んでいた。

田舎でも農作業があり、それを淡々とこなす。草刈とか農薬散布とか。草刈機は金属製の刃ではなく、蛍光色をした樹脂のヒモをぶんまわして草をなぎたおしているようだ。「ベラのムチは痛いよ、おほほほほ」的に草をやっつけてゆくわけである。よのなかじわじわ変化しているのだなあ。

昔買ったつりセットがあって、徒歩三分の海辺(それゆえ地球温暖化はこまるが、ここ20年海面が上昇したという話は聞かない)にもっていって、袋から出すこと三分で、焼きほたての貝ひもをはりにつけ、50mの投げ釣りを開始していた。針(30)もおもり(20)も数年前につけたまんまだった。しかしまったくあたりが来ない。投げるときにすこしだけ爽快感はある。貝ひもをえさにするのはいいアイデアだったと思ったのだけれどなあ。さっさとあきらめて読書にもどった。

 かつてあれほど心躍っていた釣りに対する情熱というものがわかない。たぶん毎晩鯛の尾頭付き塩焼きがでんとでてくるからだろうか。こういう17cmくらいある魚を釣るのは装備や場所さがしなどの元手が大変なのだが、地元の漁師さんは153000円なんてバケツで売ってくれちゃうそうである。食べても食べても山のように皿に盛られている。はまちのお刺身もやまもりあったりする。でもまあわたしもいいかげんじじいなのであまり多くは食べない。

 読書って、欲望やストレスを低減してくれるけど、なんというか、いろいろ淡々とすごしすぎていないだろうか。いや、なんつーか4月の強烈お仕事の日々で心が摩滅しているのかもしれない。

 田舎の家に通いのネコが二匹やってくる。親子らしい。ただ、あげたえさに満足できずゴミ箱を荒らしたとかで田舎の義母はえさをやらない方針と聞いた。あまりサービスのよくないネコで触らせてくれない。なでなでさせてくれるのなら物陰でいろいろおいしいものを差し上げたい気分にはなる。ここ数年1mまで寄ってネコを観察したことが無いので、じっくり見せていただいた。世間はネコブームらしい。昔飼っていたのではあるが、観察対象のネコをみて「そんなにええもんかなあ」と思った。まあ飼えば愛着もわくのだろう。私は、茶色の毛が多いネコと相性がよかったように思う。子供時代飼っていた茶色毛の多い三毛猫はすごく性格が優しいネコだった。ネコは当然ながらネコごとに性格がものすごく違うと思う。ときどきひどい性格のネコにひどい扱いを受けている飼い主がいるなあと思う。飼い主に「シャー」とすごんで引っかいたり噛み付いたりするようなやつをみると、ひええと引く。

 

2016年4月30日(土)

 C.インターメディアのつぼみが2株でている。シンビジウムの花芽や、Den.フォーミディブルの花芽などあってそこそこ調子よく成長している。

 

 村上園芸の展示会のおしらせはがきを受け取った。

村上園芸展示会のご案内 201654日から8日 ダイキ坂店

 ダイキ坂店って広島か?。

 

 とっても珍しい10日間の休み2日目である。なんかがんばって普段できないことを、とおもっていたのであるが、二日目にしてすでに「まあなんか頑張るのもつかれるなあ」、とだらだらしていた。

ホームセンターコーナンで野菜の苗58円というのをみかけて、トマト(サターン、桃太郎、?)、ミニトマト(?、ぺぺ)、長なす、ピーマン(京みどり2株)、南京(エビス2株)、きゅうり(?2株)、おくらを買ってきて植えた。14株しめて876円。これで畑(20平方メートル)の稼働率が100%に(要するにもう植えるところが無い)。なんというか贅沢な楽しみかもしれない。一昨年あたりから認知症の母にトマトの苗をひっこぬかれて懲りていたのであるが、最近足腰がよわって畑にはいってこなくなったので、再挑戦してみることにしたのである。現在たまねぎ450株、ジャガイモを20mの畝に植え、はつか大根、ニンジンなどを植えたりしている。なにやら仕事がきつい割りによく続けてきたなと思う。出勤時など畑を通りかかると、毎日のように変化があり、みずみずしい緑の葉を見るのが楽しい。

 

2016年4月29日(金)C.ロドリゲシー開花

 C.ロドリゲシーが開花した。花3輪+つぼみ1がきりりとかっこいい。よくみるとアブラムシがついていた。庭に出て、ローズマリーの葉をブラシ代わりに1つずつ丁寧に落とした。

 

 蘭友さんからメールを3月にいただいていたことに気がついた。3月はもうなんというかとってもきつい状況だったので私的なメールボックスを覗く余裕は無かった。どうもすみません。ネット環境がわるいので、返信を書いてもなかなか出せないという今日的には珍しい状況に陥っていた。まあHPの更新時になんとかしよう。

 

 今年はひさびさにゴールデンウイークらしい長期の休みを取った。といって特にやりたいことがあるわけでもない。食べたいものも、買いたいものもないなあ。だらだら過ごしながらこれからのことを考える。このところ仕事が苛烈だったのか、帰り道本も読めず、乗り越さない程度に寝ていた。こんなに疲れるとは、今後さらに肉体労働が増え、気候が厳しくなるので先が思いやられる。また歩くのがしんどいほど腰が痛い。だから連休中はちょっと体力づくりをしておきたいと思った。

 

 家のパソコンは落ち着く。2009年11月21日より現在使用している自作パソコン(パーツ代合計約3.3万円)は大体毎日稼動している。ざっと6年半。OSもソフトもCPUHDDさえも当時のままである。起動時間48秒。増設した内蔵HDDは2個、合計3TBで、ときどき2TBを交換したりしている。ブルーレイドライブの増設は考えていない。ネットへの接続もいらない。娯楽から仕事までなんでもさくさくこなす極楽環境で、ワープロ、表計算、プレゼンソフトほか、いろいろなソフトの起動時間は0.3秒、ファイルの読み込みも1ないし3秒程度である。

 ところが仕事場で使っている新しいOS、ソフト、CPUのパソコン2台(うち1台は18万円某粉飾決算で有名な大企業のもので、もう1台は世界的パソコンメーカーのもの9万円)は、のったりと動作する。とくに後継バージョンのソフトは、業務に支障を来すレベルでとっても微妙。ワープロで文章を打っていると、表示されている最後の行までカーソルがゆくと、さらに文字を打ち込んでも次の行が表示されないのである。カーソルが下にもぐって見えなくなるこの現象がここ2年間改善できなかった。また、ファイルを開くと、旧パソコンでは保存した際の状態(「下書き」を好むので「下書き」で)で表示されるものが、かたくなに「印刷プレビュー」で表示される。この設定を解除しようとかなり手を尽くしてきたのであるがいまだに解決していない。また、表計算ソフトで作成したグラフなどをワープロソフトに持ち込んで、文字ボックスの追加や、線の太さ、マーカーの変更、文字のフォントや大きさの変更、線の追加など、細かい変更を加える作業をよくやっていたのであるが、そういうことがとてもしにくくなっており、作業が頓挫することすらあって、この作業は旧パソコンにもちこんでやっていたりする。ファイルを開くのに10秒どころではない時間かかることもあり、特にいらっとするのはワープロソフトの保存中に「応答しません」状態になる時間が10秒以上とられていることである。時には文字の入力すら数文字表示が遅れて出てくる。ひょっとしてと思うのだけれど、若い人がパソコンを使えなくなっているという現状から考えてパソコンソフトというのは斜陽産業で、あまり儲からないからこんなソフトになってしまっている、ありていに言えば退化しているのではないだろうか。このじじいが「昔はよかった」的に、新しいものになじめずもんくをいっているだけならいいのだが。(書いていておもったのだけれど、ワープロソフトが一番のガンじゃないだろうか)

 

 このサイトを立ち上げたのは1999年あたりからじゃなかっただろうか。当時東京に出向して30台でそこそこバリバリ働いていたようにおもう。それからの歳月あっという間だった。気づけば50代のじじいである。いまだに自分が50代になっているという事実が飲み込めない。それくらい人生あっというまにじじいだ。いま30台の人はまあ信じないだろうけど、ほんとびっくりするから覚悟しておいて欲しい。

われわれじじいの手仕事は業界でもあまり後継者がいない。なんつーか、ものを考えながら手を動かす人が少なくなっているのではないかと感じる。大学の集まりに出かけてゆくと、モノを1gつくるのも難渋すると聞く。じじいは100g作った。モノをつくるのは結構危ない仕事だ。昔は、大学のほうがすすんだモノをつくるのが得意だったのに、最近元気が無い。学生に危ないことをさせられなくなっているからじゃないだろうか。くさいし、致死性の毒ガスは出るし、高熱だし、破裂することだってある。プロだって油断するとえらい目にあう。

量る、まぜる、こねる、過熱する、粉砕する、濃塩酸であらう、水酸化ナトリウム水溶液と200℃で加熱する、クロマトで定量する、電流を流す、水素雰囲気で600℃で加熱する、真空にする、Ar雰囲気で扱う、硫黄と反応させる、電流を流す、電子線をあてる、X線をあてる、中性子線を当てる、放射光を当てる、いろんなことをするのである。うちらの職場は比較的やりたい放題だ。企業だと、実験計画を安全担当の部署に提出して、「ここらへんこんなことがおきたらどうするんですか」というつっこみに、対応策を出して認可してもらってやっとこさ実施できるという。いやだそんな職場。

そういうじじいの技術は、あっという間に過ぎ去った歳月の研鑽と働きで積み重ねられてきたものである。そういう属人的な技術というのは案外カンタンに人とともに職場から失われていっているのかもしれない。そんで若い世代はスマホしか触ることしかできなくなり、なんかモノにさわったことがない人が増えて、日本の産業はサービス業ばっかりになって、世界中誰でもできる仕事しかできない人が増えれば雇用も減り、「ものづくりの日本」というのは10年もしないうちに過去の話になるんじゃないかなあ思う。

これまでのニッポンで競争力があったのは若い世代から大人まで、人がよく勉強していたからだと思うよ。「勉強した内容なんか世の中に出ても役に立たない」というのはよく聞いた話である。そりゃ内容はそうかもしれないけど、勉強する方法・技術は大いに学んでしかるべきなので、そこのところを誤解して老後ひどい目にあう人が多い。勉強ができる人は、新しい方法・技術を学ぶ力があるから、世の中の変化に対応して新しいものを生み出して稼いだり儲けたりすることができるのである。わしらの世代(バブル世代)まではまだ比較的よく勉強していた人が多かった。ところが今日の日本は、高校生の家庭学習時間が小学生より短いという異常な状態になっている。もう産業や経済での国際的地位の凋落は目に見えている。今後は貧乏で苦しむ時代が結構続くのではないか。これを盛り返すのは、子供の学力向上が一番効くと思う。アジアで学力が1番になったら、その子供たちが40代でばりばり働いている頃にやっと日本がトップに立つんじゃないだろうか。実現するにしてもめちゃめちゃ先の話だなあ。今の日本は過去の、団塊の世代の前くらいに働いていた人たち(その人たちってなんか立派だったなあと子供心に思った。我々の親の世代はもうすでにたるんでいたように思う)の遺産を担保に借金で食っているように見える。これからひどい目にあう世代(たぶん私も含めて)が、厳しい考え方をもって日本を再構築してゆくとしたら、繁栄が来るのはいまから20年以降かなあ。

 

2016年4月21日(木)

 蘭はやはり途切れることなくつぎつぎ咲いてくれる。ありがたや。

 

 お知らせ:村上園芸展示会 4/20-24 @ダイキ神戸北町

 

 庭のチューリップは今年はえらく寂しかったような。今年は100%リサイクル球根で、新規な購入は無かった。なにしろ円安で高かったうえにお店から早々と姿を消してしまった。2014年の画像を見て愕然とする。当時そんなに購入量が多かったわけでもないのだが、やたらと盛大に咲いていた。

 

 大変きつかった仕事に昨日けりがついた。頑張ってやり遂げた仕事の完成をみたわけであるが、達成感というほどのものはなく、やれやれやりおおせたか、という気分で、ぱーっといこう、とおもったりもするけれど、食べたいものはとくになく、買いたいものもなく、やりたいことはいつもどおり読書で、橘公司著「蒼穹のカルマ2」を読んでげらげら笑っていた。かなりのプレッシャーとぎりぎりの期日で落ち着いて考えうるあらゆる手を打って切り抜けた日々だった。読書で上手にストレスを発散していた。この5年や、ここ半年のしんどい生活を思うと、大学入試などは極楽だったなあ。

おわったとはいえ本日はさらに輪をかけてきつい仕事でえらい目にあった。

 

昔自転車で大阪からフェリーで四国にわたり、中央構造線にそって四国を横切って、フェリーで広島にわたり廿日市まで27時間で走った事がある。中央構造線というやつは大地をぶったぎっているのがよくわかった。なんかね、山がね、すっぱりと断ち切られているのよ。そんなわけで、熊本、阿蘇と聞いて次は別府あたりかなあ、とおもっていた3時間後ぐらいに大分で地震があった。佐多岬あたりにでかいのが来ると津波でうちの田舎があぶないか、などと考えていた。松山とか、今治とか、徳島とか、和歌山など、中央構造線沿いには平地も開けて都市がいくつも並んでいる。

 

2016年4月6日(水)

 蘭がたくさん咲いているなあと思う。愛でる暇もなかったけどなあ。

 

 本日もよく働いた。昨日がこのところ最大の山場で、まあよく切り抜けたと思う。ずーっとプレッシャーの下で耐え忍んで最後にはねのけた42日間だった。本当に今年はなんか仕事がはんぱなくきつい。

 

 気がつくと庭が花だらけだったりする。春が来たなあ、と思う。まあぜんぜんのどかな気分にはなれない。

 世間のことはさっぱり関心がなくなって、テレビの内容が遠く感じられる。それゆえネットも縁のない話ばかりだなあと思う。

 仕事、読書、植物の世話、という感じに一日が過ぎる。どれも面白い。

きつい仕事だったなあ。今日も新しい仕事をした。おんなじ仕事というものが無い。本日は、全固体リチウムイオン二次電池のフルセルをグローブボックスに手をつっこんで初めてつくった。なんかいきなり最先端だよ。さまざまな困難にぶち当たってきてそのつど「ぎゃっ」となるのだけれど、案外こういう生活のほうが何にも立ち向かわない生活より面白いのかなあ、と締め切り間際に膨大な工数をさばきながら思っていた。乗り切った本日は、人の分の後始末まで買って出て、そこにある新体験を味わっていた。この素晴らしき世界に祝福を。

 

2016年2月8日(月)

 24日に久しぶりに更新を行った。モデムをかみさんが持っていってしまっていたり、介護でぐったりしていたり、仕事でぐったりしていたり、なんのかんので読書でわすれていたりと半年も更新をサボっていた。

 村上園芸からのはがきを受け取って宣伝をし忘れることがたたあった。なんとか再起動できたのでお知らせを記録しておく。

村上園芸展示会のご案内 2016210日から14日 ダイキ宇品店

 

 なんで高いミサイルをあの国は事前通告までして撃っているのだろうかと考えた。武器屋さんがスポンサーになってやっているのかと想像した。あれをやると、迎撃ミサイルが売れる。迎撃ミサイルのシステムで飛んでくるミサイルを打ち落とすための配備、検出、追尾、迎撃の訓練ができる。このたびすごい数の迎撃ミサイルをテレビで見ることが出来た。日本にミサイルを撃ってやろうとおもっている隣国に「まあやめときなはれ」という宣伝にもなる。いっぱい買っただけにそういう効果がないともったいない。そんなこんなである意味必要があって周辺各国はああいうことをやっているのかなあ、とおもった。実際、発射を検出して速報が流れた。追尾も可能で、迎撃もできるのであろう。戦争は防がれるに越したことは無い。

 

2016年2月4日(木)

 寒いおかげなのか花の持ちがよい。咲いたミニカトレアを1ヶ月以上みているような。リカステは3株が咲いている。これも長い。どれもこれも1ヶ月以上もつなあ。

 

 仕事にがちょーんと体当たりしているうちにあっというまに1ヶ月がすぎたなあ。戦争とちがって死ぬわけじゃなし、やればやっただけ得ることはある。平和っていいなあ。

 

マスコミやらネットやらのことはわりとどうでもいい。スマップも、ベッキーも清原も個人の生活にはなんら関係がない。しかしながらそういう話題をかなり世間では気にしているらしい。最近はスマホもそのゾンビみたいなダサさに気づいた人が増えて、読書している人の割合がふえているようにみえる。女子高生の平均使用時間が6時間から5時間に減ったそうだ(男子高校生の平均は3時間)。でも5時間ってなによ。ふざけるんじゃないわよ。なんでろくすっぽ勉強しない学生にスマホ代8000円+小遣い4000円+塾代18000円を毎月かけられるのか不思議だ。それだけかけたコストでどのような成果を得るのか己に問えない学生はヤバイ。「働く世代の単身女性の3人に一人が年収114万円未満(貧困ライン以下)」ってNHK「クローズアップ現代」でやってたそうだ(20141月)。学力をつければそれ相応の仕事を得ることはできる。その得がたい機会をなげうってスマホを5時間もやっている。なぜそういう貧困一直線な行動をする?。めしも満足に作れねえ、家事もできねえのが多いという(うちもそうだけど)。それに稼ぎも悪いとなりゃ、どうやって生きてゆくのか。

小学生、中学生、高校生を家庭学習の時間の長さの順に並べたら、この順であるべきだ。なにしろやることが増えて内容が高度化するし、大学受験などより真剣勝負の度合いが増すわけだからね。ところが、小学生が一番家庭での勉強時間が長くて、ついで中学生、もっとも少ないのが高校生だ。私は、小学校時代おおよそ1時間、中学3時間、高校5時間くらい家庭学習をやっていたと思う。だからいかに最近の高校生が勉強していないかわかる。

世の中に出るためには、段階を踏んで能力を上げてゆくわけで、だんだんに程度の高いことができるようになるし、そのように自分を鍛えてゆくものだと思う。そうしないと、働き手に要求されるレベルに到達できなくなる。現状の高校生、とくに女子高生の様子はかなり危険であると断言する。わりいこたあいわねえからやるべきことをある程度やってからって習慣をつけるべきだ。

 

 1992年ごろから読書記録をとり始めてざっと四半世紀、このほど記録が4000冊に達した。あまりまじめなものは読んでいない。エクセルに記録しているので、集計が楽だ。定価で2978410円、ページ数1111259頁、購入金額は237897円だった。4000冊は1冊の厚みをおよそ1cmと考えて積み上げるとざっと40mほどか。成人して20代の後半からやっと本を読み始めた。子供の頃から本を読んでいればもっといいものが読めたのではないだろうか。

読んだらその本を思い出せるようなキーワードを入れた1文解説と、カンタンな感想を記述している。また、感じたインパクトというか受け取ったエネルギーをイメージして主観的な数値をつけてきた。エネルギーの大きさの対数、いわゆるマグニチュードをイメージしている。だいたい書評って星5つで表現って無理があると思う。人生に長期間にわたってよい影響をもたらす本と、2時間の楽しみのよみものが同じ星4つっておかしい。目安として、「面白くない」を4(出現確率は1/30)、「まあ読んだね」というのを5(出現確率は1/3)、「おもしろい」6(出現確率は1/3)、「かなり面白い」7(出現確率は1/30)、「極めて面白い、大きな影響や恩恵を受けた」8(出現確率は1/300)、「強烈に面白い、または、多大な影響や恩恵を受けた」9(出現確率は1/3000)というかんじ。

1993/4/2に読んだ筒井康孝著「旅のラゴス」(徳間文庫)が唯一9.0をつけていた。もう20年以上前なので、「ほんまかいな」と思っている。しかしながら、最近口コミなのか、この本に人気が出て新潮文庫から復刻版がでている。当時とてもマイナーな本だったので、ものすごく面白く感じたにもかかわらずあまり読まれていなかったようだ。70冊は読んだ筒井康孝を最近さっぱり見かけないが、もったいないことだと思う。本は残るというが、4000冊の大半は入手困難ではないだろうか。時代時代で読み物はかわってゆく。面白い本をものすごい量読み逃していると思う。

 

石川達三(最初の芥川賞受賞者だそうです)著「生きている兵隊」(伏字復活版)を読んだ。戦前の1938年に書かれた本なので、重要な読むべき作品であるがゆえに手に取ることができたのだろう。ある部隊の南京攻略(193712月)を、19381月に著者が南京にはいって取材したものをまとめた小説である。かたられる事件は事実に忠実に記述されたという。本は発禁になり、著者は裁判で禁固4ヶ月執行猶予3年をくらったそうだ。読みながら、ベトナム戦争の映画を思い出していた。米兵は、疑わしいベトナム人の殺害やら、婦女暴行やら、いろいろうげっと思うことをやる。見ているこっちは、まあそういうものか、と思ってみる。ある意味、人間というのは戦場でこういうことをするのですというのを正直にわかりやすく述べている。自分もああいう場におかれたらああいうことをするかも、と思わせる。本書もそういう正直さがある。アメリカ人がベトナムでの所業にあのように正直であったように、著者は、日本軍の民間人の殺害、婦女暴行、略奪、ひどい作戦でのやたら大きな損耗について「まあこういうものですよね」と提示しているのだなあ、とわかりやすく感じた。そんなのはぜんぜんやってない嘘っぱちだ、日本軍はそんなことをするはずがない、という人っているのだろうか。日本軍は日本兵そのものに愚劣で命の大事さを顧みないトンデモ作戦をやらかした例が豊富だ。それで泥沼の日中戦争でどういうことをやっていたか、この本に書かれている内容は想像によくあっていると思った。

もちろんいまの日本人は当時とは大きく違う。ただ、争いに巻き込まれたときにひどい判断をしてしまう危険性は念頭に置くべきだと思った。先の戦争は、敵を侮って馬鹿にしたり嫌悪の感情で対峙したことが泥沼化を招いたのだと思う。近隣の国に嫌悪の感情を向け、侮蔑することこそが危険なことだ。先方のあらを探す暇があったら、先方の優れたところを研究するべきだ。かの国で書かれている原著論文(ざっと500報読んだ)は量的には我が国を超えているし、経済も我が国の倍の大きさなのだから。人口なんか10倍なのだ。そういうのと渡り合ってゆくには知恵しか頼るものが無い。

 

2016年1月16日(土)

 寒いので2週間ぶりに水遣りをする。カイガラムシが付着したカトレアの葉っぱを指でこすって落とす。隅っこまでは取れないので、手じかにあったローズマリーの枝をちぎってその先端でこすって落とす。ハーブのチカラでカイガラムシをいじめるという感じである。寒波が来る前に水遣りができてよかった。

 

本日台湾で政権交代がなされたそうである。これまでの中国に沿う政策により中国に飲み込まれることを懸念した学生の国会占拠なんてこともあって「台湾は中国とは違う」という独自性を堅持することを打ち出した政党が政権をとったのだそうだ。確かに台湾は中国とは違う。台湾は、民主的な選挙によって政権交代ができる。そういうことは中国では伝説の尭舜の時代からしてなかった。あの勤勉な中国人の上にはいつも苛斂誅求、悪逆非道、人権無視、卑怯未練な支配者がいた。

明末の頃、群雄割拠していた頃、ある将軍が自分の女が居る都市が攻め取られそうになった際に、それを阻止するために長城の門を開いて満州女真族を引き入れたことが、漢民族の王朝「明」が倒れ、異民族支配王朝「清」の始まりだった、ようなことを司馬遼太郎著「韃靼疾風録」で読んだ記憶がある。「あほだ。人の迷惑を顧みないところが実に」

至道流星著「羽月莉音の帝国5」小学館(2010)によると、毛沢東は大躍進政策の失敗で4000万人が餓死し、文化大革命で2000万人を死に至らしめたと記述されている。同書はフィクションであるが、かの恐るべき数値自体はよく見かける。その指導者を中国の人たちは本気で尊敬しているようなことをよく読む。なんというかこれまで自分が当たり前と思ってきたことがそうじゃないような不安な気持ちになる。その中国で共産党と戦って追い出された国民党が台湾に逃れて、いつしか民主化を果たして今日の豊かな台湾がある。今日「なんでここまで漢字を崩す」という本土の文字とちがって画数の多い本来の漢字が実際に使われていることにありがたみを感じる。台湾の漢字を美しいと思う。中国共産党はかの台湾を中国に取り込むことに戦争も辞さない執念をもっている。それゆえ、経済が悪くなっていらいらしている中国に台湾がどういう態度で臨むのか、ということが今後気になるのだった。

 

2016年1月1日(金)ご安心ください。咲いてますよ。

 連続開花はまだ細々と続いていた。リカステ、カトレア、デンファレ、オンシジウム、エピデンドラムなどが咲いている。連続開花は、2001819日以来5249日という。デンファレ「クイーンサウスイースト」がこの日開花したとある。東京ドームラン展2000にてハナジマオーキッドから500円で購入したこの株は今日も咲いているのだった。すげー。15年欠かさず咲いていたような。

 

 暖冬の影響なのか、昨年4月ごろ咲いたDen.スペシオサムにまた花芽がでてきた。めったに開花してくれない株だと思っていたので、2年連続開花というのは珍しい。なにがよかったのだろうか。

 

年末年始は、受験生と戦って過ごした。飯を作り、飯を食い、過去問と格闘し、散歩に出かけ、静かに本を読んだ。今年はよりいっそう仕事に打ち込もうと文献をわしわし読み始めた。

 

読書といえば、2015年読書記録集計は以下のとおり。

読了冊数746、積算定価625320円(平均838円)、うち図書館借り出し531冊、図書館本の割合71%、うち215冊購入15355円、平均調達コスト20.6円、積算ページ数168037p(平均225p)。大半がライトノベルで437冊を占める。

読書はまあ確かに楽しい。よい趣味だと思う。けれど自発的レースというか、暴走というか、疲れるほど読むのはどうかと思った。2001年ころに700冊読んだという人に会って、「さすが東大はそこまで読むのか」と感動と驚きを覚えたのであるが、その後、「どうやったらそういうことができるのだろうか」と思い続けて15年、あの手この手で可能であるという結論がでて納得がいった。まあその人は私よりもっとましなものを読んでおられたと思う。

今年はほどほどにして仕事をしよう。働ける月日は限られている。一生は一度しかない。私は来世というものは信じていない。来世がありそうだなあ、という証拠は何も見出せていない。だから限り有る人生の、ほんのちょっとだけど世の中のために働ける残り時間を無駄にしないように今年は仕事に打ち込みたいと思う元旦だった。

 

ここ数ヶ月ろくにテレビを見ていないので、世の中の動きがさっぱりわからない。録画がたまる一方。正月番組の録画をしようにも面白そうなものがない。家事のあいだにテレビをちらみしても携帯ゲームのCMばかり見ているような気がする。ああいうのって依存症の人はみたらあかんのんでしょうに。

番組をみていておもうのだけれど、パチンコの番組はあるのに、株の番組はない。株で儲けているひともいるだろうに、そのあたりのテクニックを紹介する番組とかあったら結構見るひといるのじゃないだろうか。

芝村裕吏著「宇宙人相場」はSFなのだけれど、株のテクニックが紹介されていて、これ本当かなあ?と興味深く読んでいた。なんでも100万円の元手で1分買って1円でも上がったら売り、1時間に60回の売り買いをやるという話が出てきた。1時間で5000円ほど儲かるそうである。

携帯ゲームやパチンコより株のほうがなんぼか面白いのではないだろうか。ただまあ、どえらい損をした人は身近にいるので、そのあたり、人生の酸いところをしっかり効かせた番組があったら見たいなあ、とおもう。30億円稼いでうっかり税金を払い損ねたお兄さんが裁判所で「月の生活費5万円です」などといって裁判官に怒らせる話などは面白かった。株で儲けても何に使っていいのかわからない人にあぶく銭の使い方を指南するコーナーがあったらおもしろいだろうなあ。

キャスター「どうです、この豪邸、すごいでしょう。2億円ですよ。買いませんか?」

ナニワの株にわか成金30億円のお兄さん「ひとりもんでさみしいのでいいです。なんか夜になるとオバケでそうだし」

キャスター「このヨットなんかどうですか。5000万円ですよ」

お兄さん「このあいだ花火大会で防波堤にぶつかってましたよね。金持ちがはしゃいでああいうことするもんじゃないなあって思いました。僕あんまり泳げないし。なんか水が汚そうじゃないですか。魚釣ってもさばけないし。」

キャスター「嫁さんはもらわないんですか。ゴージャスな嫁さんなんかどうですか」

お兄さん「僕これでも国立出ているので、知的な方がいいですね。」

キャスター「じゃあ三ツ星レストランで食事でも」

お兄さん「遠くまでめんどくさいでしょうに。ちょっと中性脂肪の数値がやばいので、あまり美食はどうも・・・・・・」

キャスター「そんじゃ30億円を一体なににつかうんですか?」

お兄さん「儲けるプロセスが楽しいのであって、結果として得られたお金の使い方は考え中ですね。毎月の生活費は5万円ほどで、ほかに趣味もないし、いろんな人にいろいろいわれるのがいやなので家で静かにしている生活ですね。」

こういうやり取りを想像してしまったが、ある意味興味深い。

最近我が家の預金は案外少ないということがわかってしまい、ショックをうけていたのだけれど、もし30億円あっても実のところどう使ってよいか何も思いつかない。もしそういうあぶく銭があったら母子家庭を支援する基金があるのならそういうところに寄付したいと思う。でもたぶん株や金儲け自体は面白いのだろうから、やっぱり金儲けに走るのだろうか。納得の行く使い方というのは、さっぱり思いつかない。自分のへそくりすら満足に使えないのだから、少々カネをもっても貯金にまわるだけだろうなあ。

 

2015年12月20日(日)シンビジウム開花

 あまり記憶に無いのだけれど、シンビジウムが12月に咲いてくれた。だいたいいつも5月ぐらいだったような。暖冬のおかげだろうか。

 

 天気がよかったので水遣りのためにランをだしたのだけれど、溜めておいた水には氷が張っていた。すこし温かくなってから水遣りをした。

 

 すでに2軍球根を135球植えて、小球を突き刺して植えた西花壇につづき、本日は中央花壇と東花壇に1軍のチューリップ球根をそれぞれ88球、98球植えた。まず、いまだに咲いているマリーゴールドをひっこぬいて、西花壇に植えなおす。このマリーゴールドの根っこからでてくるエキスが線虫に効くらしい。まあまじないみたいなものだと思って植え替える。寒いのにまだ枯れずに生きているので侮れない植物である。そのあと花壇を備中鍬で掘り返して球根を植えた。まだ南花壇が残っているが、球根はぎりぎり足りそうである。小球も今年は畑に植えずに庭にぶっさして植えたい。畑から掘り返すとなんというか腐りやすいので、労力がかかるわりに得るものが少ないという気がする。扱いが楽な庭で育てる。まあ、咲く球根の上に小球をぶっ刺すように植えるのであまりいいことではないのだろうが、今年は球根がおよそ400球と少なめなので、そう込み合うことも無いのではないだろうか。例年600球植えているので、来年の開花は少々貧相かもしれない。これから買い足そうにもさっぱり売られていないのではある。円安のせいで品薄だったみたいだけれど、国内の増産は間に合わなかったのだろうか。まあなんにせよ、今年植えるチューリップは自家育成100%となる。チューリップ花壇18年間の歴史で初めてのことではある。

 

 自分が育てて今年5月に収穫したたまねぎはここまでしっかり使ってきて、それでも在庫が越年するようである。そういう意味では一家のたまねぎをまかなったといえるなあ。

 

 クリスマス商戦らしいが、物欲は最低レベルである。本は欲しい。でもラノベの在庫は書斎に1300冊もつみあがっている。読了ラノベが1320冊となり、在庫を超えた。ラノベはこれまでの安売りがなくなり、購入が減って、読了が在庫を逆転したのであった。この読書のおかげでテレビを見なくなり、本さえあればいいという状況のため物欲が低下した。もうじじいなのであれ食べたい、それ買いたいというのはない。脳みそはフル稼働なのだけれどねえ。4市町村の図書館に足しげく通っているので、本のトラフィックが多い。高価な本をたくさん読ませていただき、図書館には大変贅沢をさせていただいたと感謝している。

 

 今年は紅茶を覚えた。茶葉をいろいろ買って、夜10時になると沸騰する熱湯を小さじ2杯の茶葉をいれたポットに注ぎ、2杯の紅茶を入れてかみさんに供し、自分も飲む。砂糖やミルクはいれず、茶葉の甘みと香り、うまみを楽しむ。茶葉によって明瞭に風味が異なる。でもまあこれも大変安上がりな楽しみのようで、1000円しないような茶葉の缶で長く楽しめる。ダージリン、キームン、アールグレイ、アッサムなどを順繰りに飲んでいる。珈琲は、全ての消耗品を精査すると18円のコストでのめるが、紅茶はもっと安そうだ。

 

2015年12月19日(土)リカステ開花

 寒いのでランにはなにもせず。

 リカステの白いやつが開花していた。寒くなってきてから咲いてくれるのはありがたい。なんのかんのとランは途切れずに咲いてくれている。オンシジウム、デンファレ、ミニカトレア、エピデンドラムなどが咲いている。珍しくシンビジウムもこの時期に咲いてくれそうだ。

 

2015年12月13日(日)

 寒いのでランにはなにもせず。先週はカイガラムシ駆除のつもりでマシン油をかけていた。

 

 今年の読書数が目標の700冊に到達した。まだまだ読むつもりなのだが、本を手に取ってもなかなかすすまない。ちょっとやりすぎたと思う。結構強烈な読書体験だった。

がんについてリアルな小説をお書きになった作家さんが書き上げた10日後ガンでお亡くなりになったとか(山内令南「癌だましい」)、実は日本人の英語は英米の英語よりも世界でよく通じるとか(永井忠孝「英語の害悪」)、アンパンマンの作者やなせたかしの中国大陸従軍記(やなせたかし「ぼくは戦争は大きらい やなせたかしの平和への思い」)とか、極貧から身を立てる若者を描く(黒野伸一「極貧!セブンティーン」)、ネットってほんとやってるとばかをみるねえと思った(中川潤一郎「ウェブはバカと暇人のもの 現場からのネット敗北宣言」)、お金がいらない世界を描いたひょっとして実現可能?と思われる話(長島龍人「お金のいらない国」1-4)、沖縄戦で人がばたばた死ぬのを目撃した女学生の記録(安田 未知子「13歳の少女が見た沖縄戦学徒出陣、生き残りの私が語る真実」)、人のココロはけっこうだまされている面白すぎる話(池谷裕二「自分では気づかない、ココロの盲点」)、将棋すげーという話(白鳥士郎「りゅうおうのおしごと!」)、奇怪な物理の世界(橋本幸士「超ひも理論をパパに習ってみた 天才物理学者・浪速坂教授の70分講義」)、人とお仕事の関係を問う名作シリーズ完結(垣根涼介「迷子の王子 君たちに明日はない5」)、動物の殺処分のリアル(尾崎 たまき           「お家に、帰ろう 殺処分ゼロへの願い」)、私と同世代の昭和のいじめ(黒野伸一「いじめレジスタンス」)、愛する奥さんと猫の死(荒木経惟「チロ愛死」)、イラクで多国籍軍はなにをやってきたか(池澤夏樹、橋本成一 写真「イラクの小さな橋を渡って」)、死と直面する病棟の人々を活写(伊藤一彦「その時、人は・・・」)、ケータイをもたない高校生が「空気」と闘うラブストーリー(鴨志田一(溝口ケージ)「青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない」)、すごいガンアクション、まあ銃は魅力があるんでしょうね(時雨沢恵一、監修:川原礫(黒星紅白)「ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン」I-III)など、面白い作品を多数読んだ。

 

銃乱射やテロがあると「身を守るため」と称して銃がうれるそうですね。でもそうやって買った銃で乱射に応戦した人っているんでしょうか。ちっとも聞きませんよね。それに応戦していたらまちがって警官に撃たれたりしそうですからあんまり応戦したくないですよね。銃が売れれば売れるほど結局悪い人に銃がわたりやすくなるばっかりってことじゃないでしょうか。あの人たち何がしたいんでしょうか。

あの国を出るときに隣の空港が銃撃戦で封鎖されていると聞いたときにはあきれかえったものですが、「京浜東北線は、お客様が銃を扱われましたためただいま不通となっております」とか「品川駅只今銃撃戦のため通過となります。お客様伏せてお待ちください」なんてことになったらいやよねえ。銃の心配なんかいらない快適さを知って欲しいと思う。あの国やっぱり人々が企業のくいものにされているように思える。

 

2015年11月23日(月)エピデンドラム開花

 Epi. floribundumが咲いていた。なかなかいい感じである。写真がみあたらないので、あまり咲いた実績が無いのだろう。

 オンシジウムが咲いてくれた。

 庭にランを展開していたらセロジネ・クリスタータの鉢がおちて、有望な新芽がもげてしまった。

 

 今年は円安の影響でチューリップの球根が高い。120円以下で調達できた年もあったが、今年は40円ちかい。これだけ高いと案外売れ残って安くなるかもと思わないではないが、最近ものを買う元気が無いので多分リサイクル球根で済ませるのだろう。

5月に掘った球根を、1軍開花球、2軍咲くかも球、3軍小球としてわけてみた。例年2軍の大半は畑に植えて太らせるのだけれど、今年は2135球だけで西の花壇を埋めた。1軍ははたして残りの花壇を埋めるだけの数があるだろうか。

 昔は、「良かれと思って」やる作業が膨大でチューリップの球根植えは重労働だった。深く耕したり、牛糞を入れたりなど。最近は「だりー、咲けばラッキー、まあ咲くやろう、大丈夫、いけるいける」というちゃらい雰囲気でちゃっちゃと植えてしまうのであった。

 

ネットニュースを見ていたら、一ヶ月あたり日本人モバイルゲームプレイヤーは24.1ドル(韓国12.8、北米6.6、中国3.9ドル、日本が突出)使っているという。日本のプレイヤー人口4580万人とか。5000万人ちかくが毎月3000円くらい使っているってなんかすげーなあ。早速100万円課金してしまい家庭争議になっている人がいるそうである。ああいうゲームをちんまい画面でちまちまやって100万円使うって、どんだけ趣味が無いのだろうか。

 

2015年11月21日(土)

 バルボのエリザベスアンがかっこいい。今年は花茎3本。きれいにオバケちっくな花が並んで咲いている。暖冬らしい今年は、リカステやシンビ、デンドロ、オンシジウム、カトレアなどつぼみ多数だ。

 

 空爆ってすごい消費だなあ、と思う。あのあたりは、言いがかりをつけて石油を獲りに行くというえげつない戦争をやったことのみならず、兵器の一大消費地にするという目的もあったのかとあきれる。アルデブロン著「私たちはいま、イラクにいます」によると「イラク国民2400万人の半分以上が15歳以下の子供」とのことである。また池澤夏樹著、橋本成一 写真「イラクの小さな橋を渡って」によると、2回目の戦争の前に150万人もイラクの人たちがお亡くなりになったと国連で報告されていたとある(太平洋戦争の日本の死者の半分くらい)。人類は何をやっているのでしょうか。ひどい生き物ですよね。テロっていろんな人のいろんな目的がまざりあっているように思われるのですよ。どこから金がでてるの?ってまず思う。純粋に「空爆をやめろ」という主張をもった参加者もおられるのでしょうが、なんとなくその陰で「ここでテロをやらせればミサイルがたくさん売れる」って思って参加している人たちが混ざっているのでは。それって困窮につけこんでますます人間を食い物にしていることになるんじゃないでしょうか。やたら空爆しているのはやたら武器で儲けている国ばっかりみたいだけど。

すこし考えると、「それをやっちゃあおしめえよ」というようなもっと致命的にひどいテロって可能なんじゃないでしょうか。まだ手加減してくださっているというか。だから欲望にかられてこういうことをエスカレートしている人たちは、そういうサイアクのテロに巻き込まれる可能性は考えないのだろうか。もちろん私も巻き込まれるので大変恐ろしい。それゆえ速やかに国際協調して難民受け入れ、貧困対策、和平交渉と人道面からせめて行くべきでは、と思った次第。このままエスカレートした場合、貧困のアクセラレータたるお金持ちのみなさんもひとしく割を食うことになるのではと愚考するしだいです。

 

2015年11月8日(日)

 温かい雨だったのでランを外に出して水遣りのつもり。蛙がよく鳴いている。

 

 朝顔の苗を夏に買った中に今時分まで白い花を昼夜問わず咲かせている株があった。直径4mmのコードみたいな茎を屋根まで伸ばしてものすごい数の花をつけている。かみさんには受けがよいが種がさっぱりなっていない。最近の品種なのだろう。来年も入手できるだろうか。

 

 昨日250本のたまねぎの苗を植えた。本日のこりの250本を植えた。鉛筆より太い苗もあったが、爪楊枝ほどの細い苗もあった。それぞれどうそだつのだろうか。

 

2015年11月7日(土)

 バルボのエリザベスアンが開花していた。このランは、ちょっとみぬまに大きな変化を見せるので驚く。花芽がでたなあ、とおもっていたら結構大きな花がどーんと咲いていたりするのだった。毎年よく咲いてくれる。

 

 息子をバイトに雇ってつくってもらった畝に、本日買って来たマルチ1750円(135cm幅、5穴、15cm間隔)をかけた。マルチって高いなあ。使ったら洗ってとっておいてまた使おうかしら。穴は5×103列あって、ざっと500株のたまねぎを植えることができる。マルチでの栽培は2年目、おなじくマルチをはって今年も苗をつくった。苗は昨年より1週間早く植えたので生育はよいようだ。

 種2種類を畝に東西にわけて植えている。どっちがどっちだったかわすれた。本日は、東側に植えたたまねぎを、南から植えつけた。明日は北半分に西側の苗を植えつける。

 苗は例年よりも値段が高いようだ。100本で650円が相場だろうか。500本だと3250円かかる。種だと500円くらいだ。タネから苗を作る人はあまりいないらしい。母から学んだ方法で、年々うまくなっているような気がする。おっさんになるといろいろ枯れてきて、余計なことを考えないからなのか、いろいろうまくなっているような気がする。

 そんなこんなで400個ほどのたまねぎが取れたとして、1つ40円くらいだとすると、16000円くらいの寄与が家庭にある。労力はすごかった。ただ、耕せる土地があって、農業をやれるということがありがたいことなのだろう。

 

 職場支給のケータイで、防災訓練のためショートメールを出すことになった。以前2回ほどやったことがあったが、さっぱり操作方法を忘れていたので人にききながら何とか出すことが出来た。まあ覚えておけば便利かもしれない。パソコンで書くメールからすると、とっても字数が少ない。当初はひらがなだけだった。5年間で(生まれてこの方)ケータイからメールを出した件数4件。

 

2015年10月31日(土)

 ランを出しては水をやり、寒いので家に入れるのを繰り返している。シンビジウムに花芽をみつけた。つぼみが見えている。少し暖かくしてやれば年内に咲いてくれるかもしれない。

 

 黒大豆の収穫第三週目である。今年は過去最高の収穫だったと思う。先週までに親戚や恩師に枝豆でダンボール7箱を出荷している。今週は残った3分の一を自宅の冷凍食材とすべく全部抜いてきた。鞘をむいて豆を取り出し、水洗いして冷凍した。2.5kgあった。さまざまな料理に重宝する食材なのだそうだ。かみさんは、3週間重労働だったはずだが、親戚との物流に欠かせない作物で、あとでさまざまな農産物になってかえってくるし、食材が確保できてありがたいと逆にねぎらってくれた。豆むきは指がばかになるほど実にきつかった。家族3人で黙々と剥いた。

 豆のあとはたまねぎである。畝を作らねば、と作業していたら、そういえば昨年は息子をバイトに雇ったらいい畝にしたててくれたなあ、と思い出して息子に作業を発注した。このところ読書漬けだったので小遣いが余っていたので余裕がある。

 

 10月の読書量は111冊となった(使用金額1594円)。1日平均3.58冊。

一ヶ月あたりの読書量は65冊あたりが限界だと思っていたのであるが、単なる思い込みだったようである。「冊数を稼ぐために図書館で薄い本を借りて読む(ただし一般書架で)」という方法を見出した。2年前にも同じようなことをしたように思うのだが、いろいろとスキルがあがっているようで今月はとてもたくさん読んだ。その結果ラノベの割合が多かったものが、芥川賞などの文学賞ものの薄いハードカバーをよく読むようになり、絵の多いハードカバーも多くあって、読書の幅が広がった。面白い本もいろいろ見出せた。定価合計は100353円、ページ数は20205pであった。

ただ、在庫のラノベを11冊読む(1日休んだが合計31冊)という縛りもあってそれで毎日3.58冊平均というのはきつい日々だった。

 たくさん読むことにあまり意味は無いと思う。これは「いかに冊数を多く読むか」というゲームであって、パチンコやバス釣りをたしなむ人がいるように、ある種熱中できて多大なエネルギーが必要な趣味に過ぎない。4市の図書館に足しげく通い、薄い本をハンティングするのが妙に楽しい。ただ、労力と使用時間だけはすごいかもしれない。夜中0.5時間、朝1.5時間、昼0.5時間、夕方1.5時間、夜3時間、合計7時間を31日間つづけると217時間投入している。土日やってるぶん労働時間より長い。まあそういう魅力的な趣味を開発できたのはいいことだとは思う。やりすぎてしまって楽しいところを通り過ぎて微妙にきつい趣味になってしまっているのではある。

 正直もっと仕事がしたいので、仕事時間中の密度を上げたい。今月は外にやらされる外的要因が多くて、6日は外勤していた。今週は、龍谷、立命館、関西大学と私立大学に連日の用事があっていってきた。外国に行ったみたいにキレイなところだった。私立大学金持ちだなあ。普段よくゆく国立大学は、すすぼけたそっけない一方、私立大学は建物がきらきらしていた。閑散とした国立大学とちがってにぎやかだった。学費結構するんでしょうねえ。

大学も恐ろしくスマホ漬けだった。道中電車バスの中はだれもかれもスマホ漬け。道行く人もスマホ漬け。すげえなスマホ。きっと私の知らない素敵な世界が広がっているのでしょう。多読を趣味にしているとその方面に近寄ることすら出来なくなってしまって完全に世間から置いていかれてしまっている。毎日16時間はオフラインの生活。SNSとかFBとかラインとかツイッターとかゲームにまったく縁が無い。気楽で平穏ではある。とうとうニュースもほとんど見なくなってしまった。

私の読書時の本と地面のなす角は85度である一方、スマホの画面が地面となす角は平均して45度くらいじゃなかったろうか。この角度は、首がうなだれてしまうので、肩懲りませんか?

 

2015年10月12日(月)

 ランを出しては水をやり、寒いので家に入れた。

 

 黒大豆は生育が遅れているようであるが、採ってきた株はそこそこ豆がついていた。収穫大変そうだなあ。

 台風で株が寝ちゃっていたりで、9月に見たときには葉っぱばかりで豆が貧相になると予想していたのだが、10月になり葉っぱをひんむいてみたら下からたわわなふたつのふくらみをもった豆さやがぶらんぶらんさがっていた。「わたし脱いだらスゴイんです」という感じの豆だった。てっきりヒンヌー、いや貧豆だと思っていたのでうれしい誤算だった。

 

 

 

2015年1-9

2014年9-12月

2014年2-8月

 

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