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2010年3月28日(日)

 日中だけは温かい日差しがあったので蘭を出してみずやりをした。

 

2010年3月27日(土)

 時間のたつのがいやに速い。かなりひやりとしたものの、へろへろになりつつ週末にたどりついた。狂乱の年度末もまもなく終了である。

 寒い。朝から氷点下だった。本日は蘭の活動はなし。最近何も咲かない。春をまとう。

 

 

2010年3月20日(土)

 時間のたつのがいやに速い。本日は温かかったが風が強く蘭の水遣りをしそびれてしまった。

 やっとBlc. Pamela Hetherington ‘Coronation’ FCC/AOSカトレア):ブラソレリオカトレア パメラヘザリントン ’コロネーション’ が終わり始めた。2月9日以来ざっと50日間の開花期間だったろうか。Blc.Chia Lin ‘Shin Shyn’といい勝負であるが、こっちのほうがもちがよろしいようだ。180mmの大輪カトレアが一般家庭のリビングでこれほど長く開花してくれるとは。

 

 忙しいと思っているわけではないが、時間が足りないような。

 

2010年3月14日(日)

 天気はよかった。一部出して手入れをしていた。

 C. loddigesii var. alba Shirayuki’בSanta Maria’は、C.intermedia var alba?にあまりにもよく似ているので、これを枯らして嘆いていた私にこの株を分けてくださったのではないかと思っていたりする。ほんとよく似ている。

 

 イルカの虐殺シーンを見て、こりゃ負けるな、などと思っていた。あれはあまりにもつらい。人に見せられたものではない。しかし、犬やら、牛、豚、鶏だって同じように耐えがたいシーンというものがあることを思い出した。知り合いに鶏をさばいたトラウマからか鶏を食べられない人がいる。誰しもそういうものを見ると食べられなくなる人は出てくるのじゃないか。鯨は食べなくても牛豚鶏を食う人たちは、将来「貴重な穀物を無駄にする家畜をやめよう。生き物を殺して食うな」という非難にさらされることだって十分にありうる。その際屠殺場の残虐シーンを見せられて「それでもあんたは家畜を食うのか?」とやられるのだ。そのときこそ日本人は「肉をくわんでもええから大豆を食え!」と言ってやるのである。けけけ。

 

 日本人なめられてないか?と最近思う。なめられるだけの事をしてきたように思わないではない。「なぜ日本人は劣化したか」香山リカ著を読んだ。劣化してるでしょ、その原因はね・・・という本なのだが、その理由の部分を要約して書くことが出来ないからよく読み取れていないのであろう。私も劣化しているようだ。日本人は劣化していると思う。そりゃ無理もないと思っている。私の解釈は以下のとおり。

たまたま仕事がたくさんあって、みんな頑張って、いい製品を作って、世界を席巻し、不動産を買いあさるまでになったころなら、仕事も一杯で、夢や希望や買いたいものがたくさんあった日本のみなさんは、元気一杯で、心も体も頭もしゃんとしていたことだろう。今はパイが減っているのだ。海外に新興の元気のいい人たちが一杯いて頑張っている一方、人件費の高い日本はよほど頑張る人にしか仕事がなくて、IT化のおかげで仕事はできる人に集中し、高い学歴の人ですら仕事にあぶれている。そのあぶれっぷりをみるにつけ、仕事がないと人間あきらかに能力が低下し、度胸も落ちて元気がなくなる。いい仕事があって、みんなで頑張ろうという気分になれば劣化している暇はない。この本は、そういうことは言っていないのでもっと性根の部分で日本人がおかしくなっているという重大なことを書いてあるのかもしれない。不景気ならこれまでにもあった。仕事がなくて劣化するのであればその都度劣化しているわけで、現状の日本人は、これまでにないイヤラシイ壊れ方をしているということなのかもしれない。

 

2010年3月13日(土)C. loddigesii var. alba ‘Shirayuki’×C. loddigesii var. alba ‘Santa Maria’開花

 天気が悪いが温かいので庭に出して水遣りをした。14日ぶりである。

 2007年6月18日大阪府堺市H様より頂いたC. loddigesii var. alba ‘Shirayuki’ ×  C. loddigesii var. alba ‘Santa Maria’が夕方になって開花した(9)。長い名前だが、要するにカトレア・ロディゲシーである。C. loddigesii var. alba Shirayuki’ ×  Santa Maria’と書いても同じじゃないか。交配親はどっちもアルバで、白さ強化のための交配という意味合いが込められた長い名前なのだろう。昔枯らした名なしのC.intermedia var alba?に雰囲気が似ていてよろしい。透明感のある緑がかった存在感のある花で、これから数日どう化けるか楽しみである。

 Cym. ? 'Boy'Den. speciosumEpc. Kyoguchi ‘Fumi’、パフィオにデンドロ各種いろいろにつぼみがでてきた。中でもEpc. Kyoguchi ‘Fumi’はカトレア類なので、このところ開花日数がよくつながっているカトレアだけの連続開花日数記録でも出来そうな勢いだ。

 Blc. Pamela Hetherington ‘Coronation’ FCC/AOSカトレア)は18cmの大きな花を開いたまま一ヶ月を過ぎた。たいしたカトレアである。

 

先週の寒波は寒かった。雪が3日も降って、山が白くなったほどだ。三日続けて頭痛薬を飲むという珍しいこともあった。頭痛薬を飲んだ後頭がさえるという変な性質のため仕事は恐ろしくはかどった。寒波→頭痛→仕事がはかどる、という変な日々だった。

懸案のジャガイモを植えにかかった。種芋3種、各3kgとスーパー見切り品800g100円を縦に切って植える。農家からさらに土地を借りて4a(400m2=40×80m)を今年は耕作する。正直言って我が家は下手だ。作るのも下手だが、保存も下手で、消費も下手である。得意はたまねぎとサツマイモとにんじん、大根ぐらいか。

 

今月は小遣いが30%も余った。みかん8個+イヨカン3個を毎日仕事にもってゆくため、夕方小腹が空いても柑橘類を食べるため毎日のように通っていた業務スーパーでの買い物が年明け以降1度もなく、それが小遣いの節約につながっている。この時期だんだんと味が落ちてきつつあるが、何個かに1個とてつもなくあまくてうまいみかんにあたる。イヨカンはおおむね甘味が強くてうまい。ネーブルは送られて来た当初すっぱかったのがだんだんと甘味が強くなっているようである。大体一日20個ほど消費するのであるが、スーパーで買った金額に換算すると800円を超える。かなり贅沢をしているのかもしれず、食事を少なめにしているにもかかわらず太った。推定残量60kg。

 

2010年3月12日(金)Restrepia elegans開花

 Restrepia elegansレストレピア):レストレピア・エレガンス が開花した(8)。ありゃ、人にあげたと思ったが、いつ株分けしたのだろうか。

 

2010年3月7日(日)

 天気が悪い。強風で、雨が降り、しかも寒い。みずをやりたいがそれどころではない。

 画像鑑賞の傍ら、古くなっていまいちぱっとしない画像はより分けて削除する方針だ。そうしないと新しい画像をもはやアップロードできないのである。ぱっとしなかった画像だけを集めて別サイトのページを作って保存しておくべきか。いろいろとまあ手が回らないのでぼちぼちやる。気がつくとあっという間に数年が経っている。

 憧れのカトレアC.インターメディアをかなり以前にいただいていたのであるが、このほど新芽にシースがあることがわかった。はたして花を見ることができるのであろうか。

 

 小学生が皇族についてどういうことを考えているのだろうか。思い浮かぶのは、大化の改新(いきなり暗殺ですぜ)。大仏を作ったとか、京都に遷都、源平合戦、院政、南北朝、応仁の乱、飛んで明治維新、日清・日露・太平洋戦争、終戦。小学生だった当時の自分は、皇族にあまりいい印象を持っていなかったように思う。

小学校時代同級生の美少女が「私清和源氏の出なの」といっていたので「すげー、さすがきれいで頭のいい子は家柄がちがうのか」と薄汚いくそがきだった私は正直あこがれていた。この件で皇族へのイメージが良くなったようにも思う。

皇族について国民は共通した認識を持っているわけではないだろう。世界的に見ても大変貴重な歴史と文化の継承者の方々という認識を私は持っているのであるが、そういう認識をもつのはおっさんになってからで、実のところ少数なのではないだろうか。子供の頃を思い出すと、じつのところ歴史の勉強などどうだってよかったので、「太平洋戦争を引き起こし、近隣諸国に侵略して、ぼこぼこにアメリカにやられちゃった責任者」(不敬な。そんなガキしばいてしまいなさい、と今なら思うが)という適当な認識をもっていた。それを親世代がたしなめていうには、「マッカーサー会って悪いのは自分だから、国民は悪くない、といって掛け合ってくださった。えらい方だ」という。それから25年、どうもあまり係わり合いになりたくない分野だなあ、わし理系だし、と放置していた(理系というのは国家と個人や歴史などめんどくさいことを考えなくてもすむ点が楽だ)。おっさんになって司馬遼太郎、半藤利一、佐々木譲、新しい歴史教科書等を読んで、天皇は戦争を回避するためにいろいろなさっておられたのだなあ、と認識を改めることになった。

「じゃあ、あの戦争は・・・」、なんてのを議論するのが好きな人が多いが、じゃあいまわしらはどういう戦いをしているのか、ということを考えているのであろうか。本当に大事なことは、当時の流れをよく頭に入れて、今日を見ることである。あの当時みたいに、国民が知らないうちに現代の「ミッドウェー海戦」にもう負けちゃってるってことはないのか。勝たないまでも負けない工夫はあるのか。

現代の我々は科学技術や、商売、金融、農林水産、環境など多方面で世界を相手に戦っているのである。まちがっても国民が「フィギュアスケート」やネット上の中傷合戦で韓国と闘っているわけではない。今回の冬季オリンピックに日本(国が?)が25億円を投じ、韓国が100億円費やしていたと聞いたが、それは金額的にもごく少数といわざるを得ない。この分野への金額を見れば、我々日本人がいかにこの分野に気合を入れていないかよくわかる(元気がなくてお金も出ないという見方もあるが)。かつての戦争では資源や物量の差でぼこぼこにやられてしまったわけだけれど、この国際的な競争で今日までいろいろな分野で日本が優位に立っていた理由はなんであろうか。お仕事での競争は、資金力と人の力がものを言う。日本には教育水準の高い人的資源と徐々に蓄えた資金があった。人は人件費の差を補うほど付加価値の高いものを生み出してきたので競争力があったのだ。それは知恵をよく出していた、ということなのだろう。今日資金は中国に集まっている一方、日本では資金の回転が良くないようではある。勢いのある中国では知恵もよく出ているのだろう。自分の職場をみるに知恵は猛烈に出ているようだが、よそはどうなのだろうか。知恵を出させる知恵は、人の扱いの知恵ということになる。究極的にはそこか、と思う。学校教育を見るにつけ、日本の人の扱いの知恵は劣化しつつあるという印象をもつ。

 

 本日は昼からずっと寝転がって「文化大革命」に関するスペシャル番組全4回分200分を見ていた。大変恐ろしいレポートだった。これまで文化大革命というと、「スズメは生産の敵だからスズメを捕れ」と権力者の号令→国を挙げてのスズメ捕り→翌年害虫大発生で農業生産に打撃、というある意味ほんとかうそかわからないようなこの話に象徴的に示されるような史上空前の失敗と認識していた。実際は恐ろしく苛烈で、震え上がるような内容だった。これが私の生まれた頃から近年に至るまで、多くの人々がえらい目にあっていた歴史があったことに驚いた。あれだけ苦労したのだから中国のいまの働き盛りは根性が立派だろうと思う。相当知恵を絞っているはずだ。「中国はもうじきバブルがはじけて凋落する」というような論調を見かけるのであるが、それは一部の中国嫌いに迎合したマスコミのおべっかで(昨年も世界金融危機で中国はあかんようになるという論調があったが、実際は世界経済回復の牽引車となった)、凋落するにせよ乗り越えるにせよ、かの国とは気を引き締めてお付き合いする必要がある。

 

2010年3月6日(土)

 庭はクロッカスがぱっぱか咲いている。天気が悪いので水遣りは明日にしよう。

 明日も温かいのだろうと勝手に考えてごろりーんと寝ていたら急速に気温が下がってきた。明日は真冬並だそうだ。しまった。

 歯医者の影響なのか、仕事のしすぎなのか、HP作成へのモチベーションがあがらない。

 

 画像鑑賞シリーズのつづき

 Asctm. ampullaceum ‘II’アスコセントラム):アスコセントルム・アンプラケウム いい色の原種で、これを交配親にしたものが多いと聞く。100円で買ったというのがちょっとびっくりだ。

Asctm. miniatumアスコセントラム):アスコセントラム・ミニアタム これも100円だったのか。

Aspacia lunataアスパシア):アスパシア ルナタ 150円!なんか凄い値段が続くなあ。なにやらかっこいい蘭だったという記憶がある。

B. fragrance ブラサボラ):ブラサボラ・フラグランス 名前からして芳香がありそうだがあまり記憶にない。匂いというのは頭の中で再現しづらい。

Bc. Humming Angelブラソカトレア):ブラソカトレア ハミングエンゼル かっこいい花だったけどなかなか咲いてくれなかったなあ。

 

歯医者で奥歯の大穴をつつかれたあと、保護用に詰め込まれていたもの、夕方になってポロリと取れてしまった。痛いというわけではないが、大穴が剥き出しなので少々気色がわるい。

 

やっぱり仕事をしている。もう仕事してりゃいいか、と思う。テレビがつまんないからか。11月に組んだパソコンが実に速い。職場のクワッドコアより速くて安定しているのでやはりネットが邪魔なんだなあとおもう。

 

学校がどうのこうのという騒ぎになりつつある。皇太子のご息女うんぬんというところから、学校や親はなにをやっているのか、という方向に行きそうだ。子供らを見ていると、私の子供時代とは異質なものを感じる。子供も異質なら親も異質で、わが市ですら新聞で「虐待死を防げなかったのは遺憾」という見出しがでているのを見てギョッとした。こんな田舎でもそういうことがあるのか。こりゃもう全国的親子闘争時代といってもいいのではないか。親が子供を制御できず、親も己を制御できず、子供は好き勝手という具合か。なぜそういうことになるのか。

 子供が悪いとはいえないよねえ。生まれもって親に嫌われるような悪いやつであるとは思われない。ゆえに親がおかしいと結論していいのではないか。子供がおかしいのならそりゃ親がおかしいからだろう。ではなぜ親はおかしいのか。

昔の親は、世間体を気にしていた。夫婦喧嘩、親子喧嘩は隣近所につつぬけで、「あーら、またやっちゃったの?」と世話焼きが調停に来ていたほどだ。今日でも田舎の島にゆくと、ばあさんの世代では関係が濃密だ。よく近所のばあさんが家に上がりこんできて情報共有をしている。そういう濃いネットワークに参加していれば、我が子をぶってあざをつくっていたら「ぶつんならお尻にしなよ。顔は怪我することがあるからだめだよ」といってくれていたし、それに従ってもいたのである。その感覚は私の親の世代には十分に機能していた。よくいえば人と人との太古からのつながりが私の親の世代まではちゃんと生きて機能していたのである。

だが、現在ではじーさんばあさんですら孫の現状が把握しづらい。一部の親は、自分の軌道のずれを検出しにくく、軌道修正も困難になってきているのである。

職場ですら同僚の軌道のずれを検出しつつも、上司、同僚が軌道修正を試みてもさらに悪化する例が観測されている。現代は、プライバシーや個の尊厳とやらは守られるが、己は己自信がしっかりやってゆくよう自己責任の世の中になっているのである。そりゃまあ西洋社会ではそれがあたりまえなのだろうが、日本古来の人間同士のつながりを破壊してまで西洋風にあわせることがよいことなのだろうか。西洋社会というのはかならずしもうまくいっている社会でない、という点もみのがせない。それがグローバルスタンダードというのは、グローバル経済破綻を経験した今日ではしらじらしいセリフに聴こえる。我々はオトナの関係がこんなのでいいのか、考え直す時期に差し掛かっているのではないだろうか。

自分の世代をおもうに、なんとなくオトナになりきれていないガキじゃないかと、自分も含めて思う。我ながら頼りないのだ。そういうオトナになりきれていない我々が子供を育てるという危うさはどうだろうか。そうやってよろける現代人をうまく支えていた人と人との関係は急速に失われているのである。我々はこれからどうすればいいのか。

元凶を1つあげよう。個人情報保護法である。他人の連絡先や、名簿の管理が困難になり、同僚の自宅の電話番号すら把握できていない。同級生への連絡も難しくなっているのではないか。あれは、日本人を個々に孤立化させ、日本人固有の優秀な連帯活動を妨げる陰謀だったのではないかと思ったりしている。この悪法は、なんらかの保護は施してくれるのだろうが、失うもののほうが大きかったようにおもう。「コンプライアンスが日本を滅ぼす」だったか、こんなつまらない煩雑な法令をまもっていろいろ動きにくくなっているのが現在の日本ではないだろうか。

そんなこんなで大変に気持ちの悪い問題が持ち上がったものである。被害者にも加害者にもなりうる子供を持つ親としては、いろいろといやな雰囲気を感じないではない。

策があるとすれば、個々人を分離させるのではなく、連携させるような仕組みを作るべきだろう。昔と違って、職場にあっても我々は能力を見て人を見ていない。そういう人間の見方は、仕事は出来ても、飲酒運転、麻薬、児童回春、痴漢、はては傷害、殺人など、働く人間がプライベートにぶっ壊れてゆくような状況を防げず、社会的リスクを増大させている。派遣社員への扱いは実に冷淡だし、長年付き合った同僚が去ってゆくにしてもやはり冷たいものだ。こんな状態でいい仕事を出来ているだろうか。かつて日本に輝きがあった時代を思い出して欲しいのだが、職場は仕事のみならず働く人間のことをよく見ていてくれていた。今の状態で、今後日本は輝けるとは思えない。日本の凋落は人間関係力の低下に起因しているように思えてならないのである。

 

2010年3月5日(金)

 仕事漬けの一週間だったようで、記憶があまりない。

 うーん、日誌のネタに困るような事はなかったのであるが、はて何を書いたものか。そういえば、初めて咲くカトレア・ロディゲシーというのを楽しみにしているのではある。

 

 気がつくとオリンピックが終わっていた。断片的にしか見ていない。例のフィギュアスケートは全部見逃してしまった。受験生には酷なひたすらすべりまくる映像のオンパレードではなかったか。リンクの外の騒ぎが少々なさけない。今度はワールドカップがあるそうな。日本は出場できるのだろうか?。監督は誰なのだろう。知らないことが多い。

 科学者が集団で「恐竜絶滅は隕石の衝突が原因だったことを確証した」ような発表があったねえ。同じように科学者が大勢で手を組んで「地球温暖化は人類が出す温室効果ガスが原因であることを確証」すりゃいいのにとおもうんだけど。そっちのほうがわかりやすそうなんだけどどうなっているのか。

 「日本人の大半は鯨を食べたがっていない」と決め付けてくれちゃってるけど、私は子供の頃からよく食べていた鯨を食べたい。このあいだシャチ(これだって鯨だ)に人間様が食われていたけど、あんなことされてていいわけ?。シャチっておいしい?。シャチは鯨食うよね。知的生命の鯨がくわれていていいの?野生だからいいの?野生ってもんを知的生命っていうの?。詭弁だけど、鯨が増えると天敵のシャチも増えて、なぶり殺しにされる知的生命の鯨の数が増えるんじゃないの。そんなのに鯨愛好家のみなさんは耐えられる訳?知的生命のシャチはなぜ娯楽のように鯨殺しをするの?捕鯨に反対する理由に知的生命の殺害を挙げている国は、知的生命の効果的な殺傷を目的としたクラスタ爆弾なんかゼッタイ作っちゃいけないよね。ましてやありもしない兵器を理由に産油国に戦争を挑んで10万人も人語を解する大事な知的生命を殺害したりするなんざ言語道断てか。年間300万匹殺害されるカンガルーはちゃんと残さず食べているんでしょうね!

 人間どうにも命をいただいて生きているわけで、命をいただく以上大事にいただかなければならないわけですよ。食べ物の40%が生ごみになる、なんてのはあってはならんわけよ。それに牛や豚やカンガルーは知的生命じゃないから食ってよくて、鯨は知的生命だからだめって考え方すると、「政治体制が独裁で、指導者がだめで、異教徒で、しかも石油をもってやがるとんでもない奴らはいいがかりをつけてやっつけてしまえ」「我々アーリア人は、XXの奴らよりは云々」というもうなりふり構わないような考え方につながるんじゃないでしょうか。鯨一匹で牛50頭分の命が助かる、とかいうことを言うたらいけんのでしょうか。鯨1頭の命は牛50頭の命より重い、って明確に言ってないか。自分のひいきの生き物は大事?。家畜は人間が増やせるけど、野生動物は大事?カンガルーは害獣だから野生動物じゃない?鯨は水産資源をたっぷり食べるっていうけど。家畜を食べるのは効率が悪い。人類が食べるのすら行き渡らない穀類を家畜に食わせて、高価な肉を作るのと、自然に増えた分だけを海から取るのと、どっちが推奨されるかは将来明らかになる、かも。

将来科学者は牛、カンガルーの知能を上げて、国際司法の場で「牛食い」や「カンガルー食い」の奴らを告発していただきたいものだと思う。

まあ、べつにぐだぐだいわなくたって、これだけ人間が増えれば殺生をして生き物を食べる余裕は早晩なくなる。世界的に石油の奪い合い、食い物の奪い合い、水の奪い合いが始まっているのだ。我々日本人の頼みの綱は大豆、ということだろう。しょうゆ、みそ、豆腐、納豆、枝豆、湯葉、油揚げ、日本食は素晴らしい。結局肝心なことは、贅沢を考えずに将来来る耐乏生活に備えることだと思う。

 

2010年2月28日(日)

 寒い曇った日曜日でどうも元気が出ない。それでもさっさと庭に出して水をやった。

 

 特にしたいこともなく、仕事で余裕がない。今週きつそうだなあ。

 

2010年2月27日(土)

 歯医者で朝からぐりぐりやられたおかげで本日は何もせず。ダイエーやらあちこちで蘭を見かけた。シンビジウムとデンドロの季節であろうか。

 

 カトレアが3株咲いている。香りのよいシュロデレーが昼間がんばっているようだ。

 

韓国に負けて悔しい、と思っていたほうが韓国の方々に喜んでいただけるのだろうか、と思ったりする。日本に勝つ、というのが目標のような国ではなかったろうか。日本よりも大変たくさんメダルを取っておられるように思う。集中力があるのだろうと思う。今度韓国の方と一緒にお仕事をするのであるが、兵役経験者だそうだ。(これまで一緒にお仕事をした方々はほとんど兵役経験者だった)。日本に来て日本語を覚えて立派なお仕事をなさっている。たいしたものだなあと思った。聞いた話ではマイナス15℃で上半身裸で走る、という訓練があるという。兵役は2年じゃなかったろうか。ケータイもゲームもテレビもないんだろうか。4人部屋だったりするのだろうか。そういえば中国人の同僚も大学では8人部屋だったという。そういうなんとなく人間にもまれている方々にはたくましさを感じる。そうだからといって能力が高いということにはならないだろうが(たぶん資質は同じくらいだ)、それでもハングリーさは集中力に寄与していると思う。そういう苦労している男性をみていると女性もしっかりしてくるのではないだろうか。

日本は勉強やスポーツに集中する自由がある。学びたいという気持ちを妨げられない。いい本がたくさんあって安く入手できる。うるさいルームメートがいるでなし、兵役があるでなし、学業のために子供の頃から働かねばならないわけでもないから、勉強したければいくらでもできる。けれど誘惑も多いのでついつい安易な方向に行ってしまう。(今日も我ながら攻めが甘いしなあ。ほんと情けねえなあ)。言ってしまえば、優位な位置にいながら油断して、のほほんとして、よじ登ってくるハングリーなやつらにやられているという図式が見えるのである。このままだと先細り、ジリ貧は必至だ。

毎日5時間すし屋で働きながら大学に通っていた頃を思い出すと、当時の学力は最強だった。恵まれて暇も金もあるよりは、時間が乏しくお金がないほうが結果的には集中力が得られ、たいした突破力を発揮した(そうか、ああいう状況を作る必要があるのか。いや、勝手に自前でモチベーションを上げればいいんでしょうけどね)。

日本人は苦労が足りているだろうか、と思う。いやだと思って避けることで弱点を抱えたまま放置することになる。人につつかれると切れる。傷つくのを恐れてすくむ、引く、引っ込む。日本の唯一の資源ともいえる人の力が損なわれているということはないのか。逃げ場が多いので、弱くなってしまうのであろう。親がわるいのか、仕組みとしての教育がわるいのか。

案:鉄人教師の育成:ある意味人材が買い手市場だよね、今は。政府が有望な若者を多量採用してものすごく鍛えて高給取り鉄人教師を育成する。法律改正して、法律にのっとった体罰を認可、他にも多くの権限を与える。たとえば馬鹿親を訴える権利とか。親を教育する権限とか。昔は教師といえば仰いでいたもので、子を持つ親としては大事な子供を預けるわけだから、仰ぎたいのはやまやまである。高級とりで、知性も、人間も立派な先生が学校にいればいいなあと思う。逆に資質の乏しい先生は民間並にリストラの対象になるべきという意見が出るのは当然だろう。現職の先生にしても「鉄人教師」の資格が取れるようにすればいいわけである。もちろん校長や教頭、学年主任も「鉄人教師」資格をもたなければなれないとすべきだ。(まあ、人材を育てるのは人材が必要で、千里の馬は数あれど伯楽は常にはいませんわねえ)

 

2010年2月26日(金)カトレア・ワルケリアナ及びデンドロビウム フリーデリックシアナム開花

C. walkeriana var. coerulea及びDen. friedericksianum(資料画像)が開花した(7-8)。頂いた高いデンドロはどのあたりが高いデンドロなのかよくわからなかった。

 

2010年2月21日(日)カトレア・シュレデレ開花

C. schroederae 'Carlos Arango×Popayan'カトレア):カトレア・シュレデレが開花した(6)。

 

立ち上げた蘭の特選画像集は、画像リストがずらーっと並んでいてもつまらないので、画像の蘭に薀蓄をたれるコーナーに方針転換した。

Anacheilium vespa?:姫路の手柄山植物園の蘭展でエンシクリアに属していたが、分かれたらしい。花が長くもち、姿がきりりとしてかっこいい蘭だった。こういう画像があまり見られずに埋もれるのは惜しいので、片っ端から紹介してゆきたい。

Aerangis hildebrandisエランギス):エランギス ヒルデブランディス:ミニ蘭なのだけれどよく咲いて、香りもよく、長く咲いてくれる。花がかわいいので大事にしたくなる結構な種である。

Angcm. didieriアングレクム)(アングレカム):コチョウラン同様単茎性のアフリカの蘭で、香りが良いことで有名。寒かったのか弱って枯らしてしまったのですが。

Angcst. Paul Gripp X Lyc.aromaticaアングロカステ):先日も紹介したアングロカステです。アングロカステは近縁同士の2つの属、アングロアとリカステを掛け合わせた交配種です。名札の意味は、アングロカステ ポールグリップという品種にリカステ属のアロマティカという品種を交配したもので、Xが残っているのはまだ品種登録をしていないということを意味するのでしょう。この交配種はきっちり5月から7月の間に毎年律儀に咲いていました。うまく育てると多くの花をつけます。かの有名な須和田農園が横浜の蘭展に出店していた売店で購入した種でした。

Angcst. Paul Gripp X Lyc.aromaticaアングロカステ):2007年の写真。

V. Kasam’s Delight × Ascda. Peggy Foo (アスコセンダ):通りがかりの倉敷の花屋で350円で買ってきたもの。咲いてくれるまで結構かかったような記憶がある。独特の色合いで写真ではわかりにくい不思議な赤色に発色してくれる。

V. Kasam’s Delight × Ascda. Peggy Foo:別の写真。

 

柑橘天国、という状況にある。本日はポンカン3個、イヨカン2個、みかん5個を食べた。みかんは5個を単位として毎日食べている。スーパーへゆくと結構な値段しているのに驚く。イヨカンは90円前後もする。

今年度の柑橘は大変に美味で、甘味、酸味が絶妙なものがおおく、普段あまり柑橘を食べない私ですら魅了されている。50kgのみかん、20kgのポンカン、20kgのイヨカン、レモンもある。かみさんの実家の島(山口県大島)で採れたものだ。明日ネーブルが多量に届くという。職場で夕方腹が減ると、これまで近所の業務スーパーでおやつを買って食べていたのであるが、柑橘類のおかげでこの2ヶ月近く支出を0に出来た。日本人は先進国のなかではフルーツを食べる量がかなり少ないという話なので、意識的に取ったほうがいいという。柑橘類はガンの抑制効果があるという。しかし、これだけ甘いものを多量に食べると糖尿になりはしないかと心配になる。

大島は柑橘アイランドである。ポンカンはインド原産だそうで、もう少し温かい九州が本場なのだが、大島のポンカンは小ぶりながらも大変に甘く、美味だった。知るひとぞ知るレア柑橘である安政柑というものを食べることもある。柑橘というのは好きな人はかなり好きらしい。そういう柑橘好きに20kg規模で柑橘を送る契約をして思う存分柑橘を満喫していただくというビジネスはないんだろうか。島で驚いたのは、みかんの宅急便は20kg500円ということらしい。我が家に120kg送っても3000円なのである。

ビジネスモデルを考えてみよう。知り合いの農家から安く柑橘類を購入する。ネットで20kgを単位に「みかん10kg、ネーブル5kg、ポンカン3kg、イヨカン2kg」などと入力してもらい、注文を受ける。柑橘を分けることなく、1つの箱にごたまぜに入れて発送し、入金を受ける。1箱の値段がいくらなら利益がでるのだろうか。箱が結構するらしい。まあ商売はいろいろ難しいこともあるからなあ。特徴がないなあ。たくさん採れて安いし売れるだろうでは商売にならない。重くて、かさばり、腐るものをどしろうとが売るのは大変だ。よくよく流通を勉強してから考えよう。

 

2010年2月20日(土)パフィオ‘ヤナイ’開花

Paph. ? 'Yanai'パフィオペディラム): パフィオペディラム ? 「柳井」が開花した(6)。ここ数年律儀に欠かさず咲いてくれる。典型的な緑花で、ありふれているものらしいが、大変魅力がある。

 

先週立ち上げた蘭の特選画像集は、リンクを間違えていた。あはは、ばーか、いきなり躓いてやんの。画像をアップロードしたら容量制限にひっかかって入らなかった。ちょっとサイトの掃除をしないといけない。

 

水遣りは週に一度が定着しており、歯医者で親知らずを抜かれて帰ってきて少々負荷に不安はあるものの、ちゃっちゃとやっておいた。C. schroederae 'Carlos Arango×Popayan'カトレア がほころび始めた。C. walkeriana var. coeruleaカトレア)ももう少しらしい。

Blc. Pamela Hetherington ‘Coronation’ FCC/AOSカトレア):ブラソレリオカトレア パメラヘザリントン ’コロネーション’ は、花径が180mmに達した。なるほどたいしたカトレアだ。大変きれいだ。こりゃちょっと手放しがたい見事さ。とても800円だったとは思えない。

 

につぼみが4つある。以前枯らしてしまったC.intermedia var alba?カトレア)に雰囲気がよく似ているので大変期待している。

 

「蘭」の検索でヤフーにおいて第一位、Googleで2位となった。ちと効果が早すぎるのではないだろうか。1-3位は案外僅差なのかもしれない。まあこういう娯楽だと考えてぶっちぎってみよう。

 

名作画像鑑賞の夕べ:いろいろいい感じの蘭の画像を引っ張り出してきて薀蓄をたれるという、順位稼ぎとしかいいようがないあざといコーナー。いや、これはこれでやってみると面白いことがわかった。

Bc. Cliftonii ‘Magnifica’ FCC/RHSカトレア): さすがはFCC(得点89.5点以上ってやつでしたっけ。要するに凄い点数を取った品種。FCCは年間10株程度にしか授与されない、といわれていましたが今は知りません)。なにやら幽玄な感じがしますねえ。

Z. Artur Elle ジゴペタラム):東京ドームで3鉢千円だったとは思えないような、香りと品でしたねえ。

Blc. George King ‘Serendipity’ AM/AOSカトレア):一度見たら忘れられない特徴的な色合いですねえ。ほんとよく見かけます。毎年よく咲いてくれた丈夫で育てやすいカトレアでした。

カトレア:名なしの赤いカトレア。Slcでしょうねえ。よく見かけるんですが、いい色でした。

Pot. Haw Yuan Goldカトレア):この花のファンは多いでしょう。数もたくさん見かけます。

Phragmipedium lindleyanumフラグミペジウム):この蘭が丈夫で長持ち、育てやすいということはあまり知られていないのではないでしょうか。丈夫なのでかなり大きくなります。しかも花の数がすごい。いつまでもかわるがわる花が出ます。ほとんど見飽きてしまうほどでます。そういういみでもちょっと面白い変な蘭です。

Bc. Maikai ‘Mayumi’カトレア):この花は冬の蘭展の定番で、丈夫で育てやすく、よく咲いてくれます。環境がよければ50日間も咲いていました。さらに夏場にも咲いてくれました。ローリスクハイリターン、見返りの大きい蘭といえましょう。

Cirr. thouarsiiシルホペタラム)(バルボフィラム):変な蘭ですよねえ。よく言えば味があるというか。

Max. marginata マキシラリア):実はよく覚えていない。

Phal. Mishima Crystal (コチョウラン)ファレノプシス:大変きれいなコチョウランで、株の姿に品があった。花がきっちり位置決めしてきりりと咲いてましたねえ。寒かったのか枯れちゃったのが惜しかった。

Disa Kewensis ‘Artists’ (ディサ):クール系の夏越しが難しい蘭ですが、いい花が咲いてくれました。

Phal. schilleriana (コチョウラン)ファレノプシス:コチョウランシレリアーナは原種で、コチョウランではめずらしく香りがあるとされていますが、私にはわかりませんでした。この画像は雑誌に載せていただいたこともあります。上手に育てると大きな株になって大変な数の花をつけてくれるようです。

Dar. Charm ‘Blue Star’ (ダーウィナラ):バンダとフウラン等の交配種でしたっけ。

Com. macroplectron? (コンパレチア):大変優美な蘭でした。

Lyc. Jim Riopelle (リカステ):差し上げた株が村上園芸蘭展で1位になって商品に結構な蘭を2株いただいたというやつです。

Paph.‘Wine Red’ (パフィオペディラム):素晴らしい色のパフィオでしたねえ。この色合いをビニカラーというそうですが、由来を調べてみたいものです。パフィオペディラムと記述していますが、パフィオペディルムが正しいんでしょうかねえ。英語圏の人間がlum読めば「ラム」かも。

C. labiata (カトレア):原種カトレアの代表格はこのラビアタではないでしょうか。花の素晴らしさ、香りのよさ、花のもちも長いなど原種カトレアのよさを固めたようなカトレアです。トリアネやワルケが幅を利かせているのは冬場蘭展が多いからだと思うのですよ。9月頃蘭展があったらさぞかし素晴らしいラビアタを見られるんですけどねえ。

C. labiata (カトレア):同じ株を夜撮影。

Dendrochilum glumaceum (デンドロキラム):香りの良い育てやすい蘭でした。

Angcst. Paul Gripp × Lyc. aromatica (アングロカステ):アングロカステで検索してもなかなかでてこないでしょうねえ。だからこうやって登録しておくのは意味があるのでしょう。

魅惑の蘭画像はまだまだありますねえ。

 

最近の歯医者はうまいと思う。先週歯石を取ってこれで開放かとおもっていたらレントゲンを取られた。うすうすなにかたくらんでいるだろうなあ、とは思ったが「わるいところを治療してゆきます」としかおっしゃらず、今週放免か、ひょっとするとなにかあるのか、よくわからない状況だった。おりしも月曜日の朝食で右上隅の親知らずがほっぺたに噛み付いたため、口の中が少々痛いなあ、なにやら親知らずが邪魔だという認識はあった。本日口をあけると、件の親知らずは虫歯になってぐらぐらしているので、痛む前に抜きましょうといわれた。30数年ぶりの歯を抜くという作業に本来ならひるむはずが、なぜか観念してお願いしますと言っていた。歯の悪いところもお見通しなら、こちらの気分さえもうまく読まれているような見事な持ってゆきようだなあと後で感心した。変な感覚だが、ここでこれを耐え忍べばあとで利得がある、というようなことを考えていた。どのような治療をするのか興味があったというのもある。まずは麻酔をかける。いつもの「痛かったら左手を上げてください」と言われるが、あげたことは過去三年間2回くらいか。奥歯の歯茎にちくちくという刺激はあるがさして不快ではない。ほどなくしびれた感覚がやってきた。親知らずは、小さい歯のかけらのようなものがぐらぐらしていたのでそれを抜くだけだと思っていたのであるがあとで調べてみると親知らずそのものがごっそりなくなっていて焦った。抜く際の刺激もちょっとガリっという振動が来たくらいで作業自体は一瞬だったのだろう。抜いたものも見ることがなかった。ああいうものは見ないほうがいいのだろう。口の中に血の味すら感じなかった。綿のようなものを噛まされてしばらく待たされたのち、痛み止めをもらって治療は終わった。比較的長くかかったように思う。前に治療を受けていたお姉さんが「痛くて寝られなかったから薬をください」という話をしていたのを思い出す。そういうことも覚悟しなければなるまいと思っていた。買出しをして昼になり、麻酔が切れるまでに腹ごしらえをと考えてかみさんと回転寿司に行った。最近の回転寿司は満足度が高い。千円程度でこれほどのご馳走が食べられるというのは実にありがたいと思う。それから水遣りだの、別件の買出しだの、あれこれ用事をこなしたが、6時間たっても痛みがこない。現在の医療というのは人類史上最高の贅沢かもしれないなあ、と思う。

 

2010年2月14日(日)Masd. ? ‘Wine Red’開花

Masd. ? ‘Wine Red’:が開花した。

当サイトの画像はでかい。Blc.Chia Lin ‘Shin Shyn’のようなリンクをクリックすると結構ボリュームのある画像がでてくる。よそのサイトはなぜかつつましい画像ばかり出てきて蘭の魅力が減衰しているように思われるのだが、うちのはトリミングにより容量は減衰しても画像はなかなか鑑賞に適した大きさになっているようである。それゆえネット上では画像検索でよく引っかかる。それら画像も日誌などで、Blc.Chia Lin ‘Shin Shyn’のようにリンクをつけてあげないと引っかかりにくいことがわかってきた。蘭の迷宮に特集ページを作ったりもしたが、そちらのほうは画像検索に反映されないようである。ここ1年分ほどのトップページの写真などはほとんど検索にかからないというもったいないことになっていた。登録画像数は2009年にわずか16個。(2008年61個、2007年79個)

そこで、画像の利用率を高めるためのページを立ち上げた。

蘭の特選画像集

このページに「ええかんじの画像」を登録し、リンクを張り、それをコピペしてサイト内で利用し倒すと、それが検索サイトにかかりやすくなるのであった。この作業により万年2位3位に甘んじていた「蘭」の検索順位を一気に1位に引っ張りあげる作戦である。(そんなことをしてなんになるのかはあまり考えていないのだが)。

名なし蘭に素晴らしい画像がある。名なしであるがゆえに、これらは一般的な名称をつけてリンクをつけることで、より強力なコンテンツになりうる。検索者は品種名よりも「オンシジウム」「パフィオペディラム」「コチョウラン」「デンドロビウム」「バンダ」で検索する場合が多い。そういう一般名称には特に強烈な画像をつけて置くように心がければわんさと初心者を集客できるわなあ。(まあ蘭好きが増えれば増えた蘭をもらってくれるという利点はあるか…。こうやってべらべら戦略を語っちまっちゃあ戦略になっていないか)

 

Blc. Pamela Hetherington ‘Coronation’ FCC/AOSブラソレリオカトレア パメラヘザリントン ’コロネーション’ とりあえず新着 20100214

パフィオ讃岐パフィオペディラム Paphiopedilum : こういうキーワードで検索するのではないか。なんかあざといかなあ。20091010

C. walkeriana alba Pendetive AM/AOSカトレアワルケリアナアルバペンデティブ 

C. walkeriana var. coeruleaカトレア ワルケリアナ

Den. Queen South East : デンドロビウム クイーンサウスイースト

Slc. Rocket Burst ‘Deep Enamel’ : ソフロレリオカトレア・ロケットバースト'ディープエナメル'

C. Candy Tuft × C. intermedia ‘Sherry’ カトレア・キャンディータフト×カトレア・インターメディア’シェリー’

Coel. fracida :セロジネ・フラキダ 

胡蝶蘭 コチョウラン 胡蝶蘭讃岐 Phal.‘Sanuki’

デンドロビウム Dendrobium デンドロビウム芯ムラサキ Den.? ‘ShinMurasaki’: 

Den. Oriental Spirit ‘Miyabi’: デンドロビウム・オリエンタルスピリット‘ミヤビ

  Den. Rainbow Dance :

Epi. Pretty Lady ‘Misumi’: エピデンドラム プリティレディー ‘ミスミ’ 

デンドロビウム Den. ? ‘Ikeda’: 

Paph. ? ‘Sanuki’ Paphiopedilum パフィオペディルム

Vanda Sansai Blue, バンダ

まあなんにしても多量のコンテンツを使ってネットに仕掛ける総攻撃であった。

 

2010年2月13日(土)

朝歯医者の待合室で読売新聞をめくっていたら、夜中に録画で見た日本大賞のDen. fimbriatum var oculatum(資料画像)の写真が育てた人とともにカラー写真で2面にのっていた。新聞には1面、2面、ほか2箇所も蘭展の記事があって、読売新聞どんだけ蘭好きやねん、と思った。

 

毎週恒例の蘭の水遣りであった。庭に全部出してHB101をどばどば振り掛けた50Lのバケツの水をジョウロで汲んで3回ほど念入りにかけるのであった。寒かろうなあ。

 

庭ではクロッカスが咲いた。水仙は12月からずっとかわるがわる何かしらか咲いている。チューリップの芽が多く見られるようになった。

 

2010年2月12日(金)

夜中に東京ドームの蘭展の録画を見ていた。なんとなく年々簡潔になってゆくなあ、という印象をもつ。以前はもっとねっちょりいろいろ盛りだくさんな放送だったような。趣味家の温室ももっとたっぷり見せてもらっていたように記憶している。ここ数年、きれいな世界の、リッチメンズワールドという感じにまとまっている。金かかってるなあ、という映像が続く。以前はあったが、ふつーのサラリーマンが職場の窓辺で結構ええ花咲かせているような庶民的な話はない。取材費があまり取れなかったという雰囲気である。不景気なんですかねえ。

番組のリッチな雰囲気にあこがれて蘭をはじめた奥様が、それでも蘭を枯らしたりなんかすると、あれは金持ちの世界でのみ成立する園芸であったか、という偏見を持つかもしれないねえ。当サイトでは、「蘭はリッチな楽しみなんかじゃありません。蘭は『どうころんでも理科』です。」という立場を取っている。

今年は個別株の紹介は3つだった。日本大賞はDen. fimbriatum var oculatum(資料画像)という原種だそうな。2位はリカステの親戚でこれも原種。3位はC. amethystoglossa(資料画像)これまたカトレアの原種。花がどばーっとある一人でもてないような株ばかりだった。リカステスキンネリの1輪で勝負していた日本大賞があったなあ。ああいうのが好みではある。もちろん日本大賞Blc.Chia Lin ‘Shin Shyn’も好きだ。

昨年の記憶がまったくない。日本大賞がリカステショールヘブンの白いやつだったなんてはじめて認識した。そういうのならうちにもあるぞ。Lyc. Shoalhavenまあ日本大賞には失礼かも知れんけど。昨年の2月22日に「あーあ、東京ドーム蘭展が終わってしまったけれど、状況がさっぱりつかめないままである。」という記述があるから無理もないか。当時は激戦の真っ最中でそれどころではなかった。当時買ったパソゲーがまだ開始1時間というところで放置してあるのを思い出した。思えば強烈な1年だった。

明日から東京ドーム蘭展ということですわな。ええっすねえ。まあ楽しんでください。

 

Blc. Chia Linを画像検索すると画像の第一位はBlc.Chia Lin ‘Shin Shyn’じゃなくて、Blc.Chia Lin ‘Shin Shyn’になっている。ふと思ったのだけれど、よく見られている画像が多くあるからこのサイトは検索順位が2位だったり3位だったりするわけである。画像に誘われて訪問者も増えているようである。それがうれしいかどうかは微妙だが、順位を上げるためには、いい画像を多くアップロードして、日誌の文中やページの記述にリンクを張ればいいわけである。方法ははっきりしていて、原種蘭のホルダー25.6MB(実全容量のに4分の一)を別サイトに移し、これまで撮影されためちゃいけてる画像の数々をこれでもかというくらいアップしてリンクするのである。原種画像へのリンク切れが多く発生するようなところはあるが、まあたいした数ではない。人様の蘭より我が家の蘭のほうがかわいいわなあ。そうするかなあ。

 

自宅のデンファレは初めてつぼみが出たのにしけてしまった。葉っぱもなくなってしまった。某所ではデンファレは花盛りである。一体某所とリビングの差はなんなのであろうか。こういう結果が出た以上率直に申し上げてマンションや事務所はデンファレに向くけれど、一戸建てで最低気温が8℃を切るようなところはデンファレは難しい。長年デンファレを礼賛してきたのではあるが、うまくいった例ばかりを見て、明らかに失敗している例をよく見ていなかった。デンファレは明瞭に場所を選ぶ。どうもデンファレがうまく行かないという方は今後も難しいとしかいいようがない。長年デンファレをやってきて、やっぱり今年も自宅でしくじっているのである。デンファレを我が家で成功させるにはなんらかの設備が必要であると言える。

 

鉢だけ暖めたら蘭は元気に過ごせるだろうか。「鉢だけヒーター」とドラえもんの声で言いつつおなかのぽっけから出してみたりして。電気アンカみたいなもので鉢をくるむというアイデアである。コンセントにつないで、鉢を暖めるポットがあったらどうかなあ、と考えたのである。100Vで3Wの熱を出すには、電流が0.03Aになるように抵抗を10000/3Ωにすりゃいいのか、などと考えていた。単純そうで奥が深いなあ。フラスコを暖めるのにマントルヒーターというものがあって、そういうもので蘭の鉢を暖めたら、株本体はともかく根が活動して効果がある、というようなことはないのだろうか。そういう実験誰かやっているだろう。鉢だけ暖めて蘭が元気なのなら扱いは楽だ。もっともそういう鉢加温器の電気代はたいしたことはないだろうけど(一日72Wh、電球1時間つけたくらいか)安全性の確保が大事だ。こういうものが有効であるとわかると特許が取れるんじゃね。咲いている期間を長く出来たり、新芽出しがうまくいったり、全体をケースで暖めるのより少しの蘭だけを大事に育てるのに向いていたりしてねえ。そもそも蘭を数鉢もって楽しんでいる人がいるだろう。シリアルにつなげられて、5つまで接続可能とかだと便利かも。まあ近いうちにそういうけったいなものを製作してみますかねえ。

 

2010年2月11日(木)ロックハーティア・エルステディイ開花

Lhta. oerstediiロックハーティア・エルステディイが開花した(5)。記録忘れであったが。

ブラソレリオカトレア パメラヘザリントン ’コロネーション’が2輪御開帳である。

バンダに終わる花がでてきた。長く咲いていたなあ。

 

先週末ダイエーで見かけたカトレアとオンシジウム、デンドロが300円ででていた。蘭は花が欲しい人には高いが、育てたい人には安い植物ではないだろうか。初心者の頃だったらこういうのを見たらすぐ手を出していただろう。2000年あたりでも蘭を手に入れる機会というのはそうそうなかったと記憶している。ノビル系デンドロを手に入れたいと考えてから実際に入手するまでかなりかかったように思う。ノビルだと思って手に入れたものがデンファレだった、ということすらあり、それからさらに1年待たされたのである。当時ノビル系に飢えていた。してみると今なら、カトレア、パフィオ、デンファレ、胡蝶蘭、シンビジウムなどなんやかんやが安価かつ容易に手に入る。

 

昨夜職場のヒジョーにキビシー話を聞いてかなりブルーになりつつ帰ってきた。仕事も厳しかった上に冷たい雨と風に散々なぶられ、身も心もひえひえで参った。こりゃあ厳しくなっているなあ。まあ誰しもいろいろ厳しいのであろう。

本日も一日荒れ模様のなか仕事や家事をしていた。

 

2010年2月9日(火)Blcパメラヘザリントン‘コロネーション’開花

Blc. Pamela Hetherington ‘Coronation’ FCC/AOS(資料画像):ブラソレリオカトレア パメラヘザリントン ’コロネーション’が開花した(4)。いいのか?こんな本格カトレアが民家のリビングで開花して?ワーディアンケースすらない、いわゆる電球加温でまたも本格カトレアの開花であった。いやぁ、まさか咲いてくれるとは。ありがたや。

 

2010年2月7日(日)京都蘭友会蘭展(高島屋)

雪が積もっているが、良い天気になったので9時ごろから蘭を庭に出して水遣りをしていた。

運搬中リカステショールヘブンを落っことして花を傷つけてしまい、鉢を割ってしまったから、一回り小さい鉢に入れ込んでおいた。

カトレアのつぼみが4種類ある。順次咲いてくれればよいがとおもう。ぶっ掛けている水の温度は2℃くらいだろうか。ひどいことをするなあ。

 

京都高島屋で京都蘭友会の蘭展が開催されていたので、息子を供に連れて行ってきた。

山奥から京都へは結構な距離である。半分うつらうつらしながらたどり着いた。まあ恒例みたいなもので、とくにこれといってほしい蘭があるでなし、気楽な見物をする。折角きたのだし、ほとんど使い道もなく小遣いが余っているのだからなにかうまいものでもと思っていたのだが貧乏性が災いしてアイスクリームフロート300円なるものでいっぷくして展示会場に行く。知り合いに声をかけられ、ひとしきり話し込んで撮影開始。汗が出るほど撮影していると、なんでも講演会があるらしく、きれいな声の司会者の「ドクター田中の講演」という声が聞こえてきた。サイトを何度かのぞいたことはある。有名な老舗サイトだ。あっちが40万カウントでうちが10万と記憶していたら、実は30万まで来ていて、その差10万。差を詰めてきているのだろうか。「パフィオXXXX(最近になって使用が望ましくないとされる言葉)あつまれ」→「パフィオファンあつまれ」という訂正が妙に印象的であった。まあパフィオにはクレージーな愛好家がいるという記述がエリック・ハンセン 「ラン熱中症 愛しすぎる人たち」に詳しくある。そういう狂おしいパフィオの話かと思ったが、初心者へ蘭をいざなう内容であった。人前で堂々と講演をぶってくるというのはたいしたものだなあ、と思い、蘭を撮影しつつ背中で聞いていた。印象的だったのは、「突然の雷雨で雨宿りに寄った神戸市内の蘭屋でみた素晴らしい花に感激して、触ったら、店の人間に、高い花にさわるな、といって怒られた思い出があり、そのとき少年の決意として、将来あんな素晴らしい高い花をこの手で咲かせてみたい、と思った」とのことである。なかなか衝撃的な蘭とのなれ初めですな。私とえらい違いである。1998年3月12日14時ごろ、三田市本町のミドリ電化の園芸コーナーの見切り品花なしカトレアの根っこが鉢からはみ出して鉢の外側に付着しているのをみて、この植物の尋常ならざる生命力、根っこのパワーに感激して315円で購入したカトレアインターメディアと思しきものが私の蘭との出会いだった。要するに花ではなく根っこにほれたのである。

撮影は400枚ほどだったろうか。昨年より規模が小さくなるのはこの不景気なご時世で致し方ないことであった。

I氏にばったりと会った。3株525円という蘭をつかんでおられた。1株あたり175円か。京都府立植物園の蘭展を見学なさった帰りだそうである。そっちもあったのを失念していた。

息子に何かうまいものでも食わせようと河原町近辺をうろついたが、結局かけそば220円を食べることになってしまった。貧乏性だ。石屋で105円均一のワゴンがあり、アンモナイト、パイライトFeS、天青石SrSO4、岩塩NaClしめて420円を買った。かみさんに土産を買ったら、なんのかんので5000円の出費となった。外出は金がかかるなあ。

 

初心者でも蘭栽培を簡単にするアイデアを思いついた。近い将来、蘭の様子を簡単に画像とデータで知らせてくれて、アドバイスを自動的に送信するサービスができるに違いないと考えている。現状USBカメラが市販され、これをパソコンのUSBに挿し込み、付属のソフトをインストールすると、出先からケータイでペットの画像を見ることができるというものがある。私はこれを終夜運転する装置を自宅から監視するのに使ったのであるが、そういうのはもう3年も前のことで、今はもっと進化しているだろう。そういうUSBカメラはもうかなり安くなっている。パソコンにつなぐまでもなく、ID付でデータをうまくネットにとばしてくれるようになるだろう。

蘭の鉢にラベルとともにそういうカメラ付の支柱を刺すのである。「グリーンサム」とでも名付けようか。カメラはぐるりを撮影できる特殊なもので、必要な部分だけをトリミングして送信する。支柱には温度センサ、太陽電池でもある日照計、湿度計、鉢の中のpHと水分量を計測している。このグリーンサムを買ってきて、育てたい蘭の鉢のコンポストに突き刺す。パソコンからネットに入り、グリーンサムのHPにいって製品付属のIDとパスワードでユーザー登録をする。するとネットからの信号でグリーンサムが起動し、蘭のデータを集める。その頃の蘭にはICタグがついている場合が多く、品種のデータが直ちに設定されるが、「名なしの蘭」の場合でも送信された画像データをもとにある程度どのような蘭か判別してくれる。

ユーザーは画面に現れる「あなたの蘭はC. trianae ‘A.C. Burrage’です」とか、「Paph. concolorと思われます」という表示されて、「詳しい情報を見る」「育てる」というボタンが画面に現れる。「育てる」をクリックすると、植物を擬人化したキャラクタを選択する画面になり、かわいいキャラクタに名前を付けて、これを蘭のアバターとして使う(というかユーザーが使われる)。アバターからの指示が「グリーンサム」本体から音声で「水が欲しいです」という具合に発せられるか、ケータイやパソコンに指示がキャラクターがお辞儀をしているかわいい画像と供に届く。グリーンサムが収集したデータをもとに、最適な条件が提示され、必要な作業のデータがユーザーに届く仕組みになるのである。

ユーザーは家に帰るとグリーンサムの黄色ランプの点灯を見出し、近寄ると「お水ください」とか、「もう少し温度が高いとうれしいです」「もうちょっと日当たりの良い場所はないですか」とかいうかわいいアニメキャラっぽい声を聞くことになる。蘭に「瑞希ちゃん」とか「秀吉」とか名前を付けて萌える、もう蘭やってんだか萌えやってんだかわからねえオタク蘭愛好家が増えたりしてねえ。ネットで生育を調べると、生育の様子が画像とグラフになって示され、肥料のタイミングや指示が示される。また全自動水やり器や、ファン、肥料の通販ボタンが画面に表示されて至れり尽せりだ。アバターの書いた写真入の栽培日誌も読むことができる。

アバターに家の中の状況を聞くこともできる。「変な人が来たよ?」といって画像が撮影され空き巣の逮捕につながり、治安に寄与することも可能だ。

だんだんアバターを高度化するアドインがでてきて、風呂を沸かすとか、切り忘れた電気を切るとか、宅急便を受け取るために扉の開閉や応対までこなすようになったり、恋人が家に来るというのでやはり扉のカギを開けてもらったりといろいろ任せるようになったりするなど。なんかだんだんSF小説みたいになってきたなあ。主人公がアバターに依存してしまうとか、このあとアバターが変なウイルスにのっとられて家の中はホラーハウスみたいになるとか、その恋人がストーカーになってしまい、家の中で主人公v.s.ストーカー+アバターとの壮絶な死闘とか、やっぱり最後はアバターが助けてくれちゃうとか、そういう話けっこうすきだったりして。おいおい蘭はどこへいった。

しかしまあこういうビジネスを考えている人はかなりいると思うねえ。技術的に難しいとも思えないけれど、センサを集積したものがまだ開発されていない。こうなると蘭までプラグアンドプレイですか。蘭に限らず農業分野でものすごいビジネスチャンスがあるような気がしてきた。

 

2010年2月6日(土)

雪が降って積もり、予約していた歯医者にゆけなくなった。あおりをくらって蘭展にもゆけなくなってしまった。だが、10時半には雪も消えてしまい、出鼻をくじかれた影響で一日家事をしていたような。

ダイエーでカトレアを見かけた。ミニカトレアで1380円だったか。見切り品で580円になっていた。いっぱいあるからなかなか手が出ない。オンシジウムも580円。ミニデンドロも580円だった。シンビジウムも千円台で立派なものがあった。不景気だから蘭も売り方をいろいろ変えているのかもしれない。こういう不景気な時期だから、かえっておうちで楽しくやれる蘭がブームになればいいなあと思う。

蘭は、保湿に効果があって風邪やインフルエンザの予防になるとか、結核の予防になるとか、花粉を吸着して花粉症を和らげるとか、発ガン率が低下するとか、うつ病の治りがいいとか、腰痛に効くとか、頭が良くなるとか、認知症に効くとか、マイナスイオンが出ているとか、ひょっとするとまあそういう効果があるかもしれないので、そういうデータを調べて発表する人がいたら面白いことになるだろうなあ、などと無責任なことを考えている。

夜になってまた雪が降って積もったが、明日は出られるのだろうか。京都へいって他に何をしたものか。道中勉強漬けか。12月に祇園で飲んでいた記憶があるが、さすが京都はおいしいものがいろいろあったなあ。明日はしかし行っても貧乏旅行だ。

 

受験シーズンだわな。うちもまた受験だ。かなり厳しいところである。受験の家康といったらわしのことかというくらいうるさいのであるが、いくら家康でも秀忠に期待できないから晩年あれほどなりふり構わずえげつないことをして豊臣家をつぶしたわけで、頭の使い方まではなかなか相続していただけないものなのである。

神戸じゃ大麻を中学生がやっているそうだが、そんなつまんないものはおいといて、頭が良くなる薬はないのだろうか。私は頭痛でXXXを飲むと作業効率が格段にアップする。普段は決戦を避けるような仕事に果敢に挑みかかりやっつけることすらある。そういうなんというか、気分が悠々として頭の回転が早くなったような爽快な気分というのは仕事や勉強、そして試験に有効なのではないか。聞けば私だけにそういう効果が出ているらしい。こういう薬を受験につかったら・・・というようなことをちょっと考えないではない。しかしまあ試験に効くなどという効能を、薬がうたうわけにはいかないわねえ。人生の大事な戦いで薬を使うというのはちとまずい。使い方を間違えて結果が悪かった場合は目も当てられない。不勉強を棚に上げて訴えるやつが出てくるからそういう薬は、私は存在するはず、と思っていても成立し得ないのである。

中学時代の中間試験で眠気覚ましの精力剤を実戦投入している。睡眠時間が少なくなったため、眠くなるより頭すっきりで試験に臨んだほうがよかろうとおもったのだが、どっこい落ち着かず、考えがまとまらず、集中するのに苦労して、試験中にこれはよろしくないなあ、と思った。試験をしているとどうしても自信のない個所にあたって焦りが出る。そのとき、焦りを薬のせいだと思ってしまうと、余計なことを考える時間だけ試験時間を損してしまうのである。

コショウは集中力を高める、とかなんとかいう記述を見て、子供と試験前に粒コショウを1時間かけてなめていたことがあった。コショウくらいならあまり害はなかろうと思う。プラシーボ効果っちゅうのか、「これをなめれば今日の試験は大丈夫だ」と親がいって子供をだますと、びびっている子供には効果があるかもしれないし、まあそう罪はない(でもいきなりやらないほうがいいと思う)。そんなことができるのもまだ中学受験ぐらいで、あの頃は楽しかった。高校受験からは、ちょっとそういう軽軽しいことはできないねえ。

 

2010年2月5日(金)ランババ開花

ランババというオドント類の株が開花した(4)。結構好きなので楽しみである。

バンダが開花50日に達した。この冬は妙にもちがよろしいようだ。

明日は京都と思っているが、首尾よくでかけられるだろうか。

 

プリウスねえ。2週間前名古屋市内を移動中高速道路が大渋滞していた。原因はといえば前面をぺっちゃんこにして大破しているプリウスであった。あらめずらしい、でもたくさん売れたからねえ、と思ってみていた。たまたまプリウスだったというだけで、ブレーキがどうのこうのというわけでもなかろうと思う。急場に人を混乱に陥れるような機械の動作を欠陥というのであろう。クルマが完璧な機械といえる代物だろうか。少々の欠陥があってもそれを見抜いて、理解して安全に運転するのがドライバーというものじゃないかとドライバーの立場で思う。安全安全といいながら当の人間様がもっとも危険になりつつあるのは昨今の状況である。まあ自分がブレーキでありゃ?と思うことがあったらとりあえず売ったお店と相談であろう。「ありゃ?」を「ありゃ?」と認識できない人の面倒まで見なければならないクルマ屋さんには難しい時代である。やたらと人が死ぬ前にリコールしておいてよかったのではないか。

一人勝ちトヨタを世間は叩いているように見える。しかしトヨタ主導で始まった一件でもある。一人勝ちになる恐ろしさを三河気質と家康からの人を読む歴史でよく理解しているであろうトヨタは、わざとこけて見せたのではないか、と思ってみている。かつてGMが世界一だった頃、近くトヨタが首位を取るという報道が流れた。そのとき、米国トヨタの日本人のえらいさんが日本人の秘書にセクハラをして辞任したというニュースが流れた。ええとしのおっさんがセクハラもねえだろうと思いつつ、そういう恥をさらけ出してライバルを油断させる作戦なのではとかんぐったのである。トヨタのえらいさんが馬鹿であろうはずはない。仕事が好きなそれなりの人物が人の上に立っているはずである。下半身に惑わされるようなタマではない。わざとこけたのだとすると恐るべき会社だと思えたし、実際その後のトヨタには凄みがあった。勝って兜の緒をしめることはあっても、「勝者の奢り」などと叩かれるような会社とは思えない。

歴史物を読めば関ヶ原にあたる。上杉討伐に関東に赴く家康は、三成の挙兵を読んだ上で、鳥居??を大阪に残していった。鳥居が三成に討たれると、家康も鳥居もわかった上で、敵を油断させるためになされた作戦だったと記憶している。現代では熾烈な情報戦が行われていることは想像に難くない。あのトヨタが何手先を読んでああいうことをしているのだろう。このあとライバルの致命的な欠陥隠蔽とその暴露があるのだとしたら、今回の対応を見てトヨタの株が逆に上がる、という作戦が進行中ということはないのか。

今回こけてみせたあとに何が来るのだろうか。ライバルを油断させておいて、よしよしプリウスおそるるにたらずと思わせておいてから、充電時間30分で300km走行可能な電気自動車でもだしてくるのだろうか。なんにしても市井のおっさんにありがちな下手なかんぐりである。

 

2010年1月31日(日)

ななしのデンドロは「キリギスゴールド」という手がかりがあって、該当するものを探索していたところ、ネット上ではひっかけられず、HDD内にあった画像に酷似していることからこれと断定した。DenGilliestonGold~Nathallie2090125HHorie.jpg、「ジリーストンゴールド‘ナタリー’」ということになった。かなり多くの株が出回っているのを見たのでまずまちがいなかろう。

 

物事を大体ポジティブに表現することにしているのであるが、観察して得たデータを頭の中で検討中は結構どろどろとネガティブに浸りこんで検討している。かなり悪いことを予測して、こうすればまだましか、というところ、毒が抜けきるまで考える。しかしニュースがいろいろ悪い。本日も連続する百貨店閉店のニュースだった。よく聞く数字は「売上がピーク時の40%に落ち込み」というものである。こうなると店をたたむ、会社が倒産する、というところの数字らしい。

北野たけし氏が「みんなで貧乏になろう」というようなことを書いていたように思うのだが、どうも近々そうなるなあ、と思う。職場の給料が下がるらしい。驚くべきことではない。このごろはどこもそうだ。ベースアップという言葉があったがこれからはベースダウンではないか。仕事20%アップ、給料10%ダウンという世の中である。まあ家族が食えるのならいい。金のかからない楽しみが種々あるおかげで特段気にするほどではない(蘭、読書、勉強、仕事、畑etc)。可処分所得が増えるとうまいものを食べようなどと考えてしまい、体に良くない。蘭が咲いてくれるので気分は良い。思えば昨日咲いた3株はどれも頂きものだったなあ。ありがたや。

 

「ばかとテストと召喚獣」なるアニメがある。子供が見るのでつい見てしまうのであるが、いわゆる「萌えアニメ」というやつだ。おまえトシなんぼやと突っ込まれそうだが、「萌えアニメ」はいい。「萌えアニメ」にはなにやら人間のツボをつくなにかが仕掛けられていると見ている。妙な心地よさがあり、それが人の心を捉えて離さない。製作者は近年かなり研究しているのか、完成度が高い。世界を席巻する日本の萌えはハイテク同様日本のお家芸であり、その価値は計り知れない。

しかし私は、このアニメを見ていてまだ何かが足りないと感じた。大変よく出来ているのだが、もっと銭の取れるものに磨き上げることが出来たはずだ、と思うのである。これからさらなる展開があるのかもしれない。

大変不条理なつくりのあるアニメはキャラクタに分析困難な魅力があったようでいまだに大変人気があるという(見てないのでなんともいえないが)。かのガンダムにもそれらしい点がある。これらしつこく愛されているアニメはかなり銭がとれる。そういうなんらかの魅力をよくよくわかっている製作者が巨大な富を作り出す。これまでそういう研究がなされてきたような様子はないが、なんというか、そういう影響力の強いものが育ちつつあるのではないかと感じるのである。

ひとつ物足りなさを感じる点を上げるとすれば、人格の魅力、だろうか。一段高い人格、というものを受け取り手は本当のところ期待しているのではないか。

注目しているアニメで最近吉田松蔭をデフォルメしたキャラクタがでてくる。面白いことに顔がでない。これは「ベンハー」でキリストを扱った際の手法ではないか、とピンと来た。作者は私と同年代のおっさんだと思える。そもそも集英社は若年層をよく研究したおっさんたちの頭脳集団である。モザイク一杯の困ったアニメなのだが、もってゆきようでは日本の青少年に大変よろしい感化を与えうるアニメになる可能性がある(買いかぶりすぎか、今週のは非道かったなあ)。何しろ吉田松蔭というとてつもない題材に触れるとそれはそれはえらいことになる。

10年ぶりに司馬遼太郎著「世に住む日々」を読み返していた。7pにして涙と鼻水だらだらである。これは効く。後世に与えた影響があまりにも大きい吉田松蔭なのだが扱った本が少ないようにおもえる。古本でもやたら流通量が少ない。司馬遼太郎の幕末から明治にかけての作品の出発点はこの「世に住む日々」なのだと思うのだが、なぜかあまり読まれていないようだ。吉田松蔭でなぜやたらと泣けるのかは自分ながらよくわかっていない。

 

2010年1月30日(土)Den.XXX、Denもらいもの、Epi. boothii開花

夜勤明けで帰ってくると良い天気だったので水遣りをした。

やたら長細いデンドロDen.XXXが開花した。見た目はふつうのセッコクに見える。真冬に咲くとは知らなかった(2)。

Denキリギスゴールド(?)(5月14日にいただいたデンドロ)、も開花していた。良い香りがする(3)。

Epi. boothiiも開花していた。これも香りがよろしい(4)。

先週散布したスミチオンが効いてアブラムシは見かけなくなった。ありがたや。

またしてもナゴランを枯らしてしまった。

Blc.Chia Lin ‘Shin Shyn’ ブラソレリオカトレア・チアリン‘シンシン’が終了した。ざっと40日間の開花であった。我が家のような温室もろくな加温もないところで長期間割きつづけるだけの実力をつけてきたのだなあ、と感心した。なぜか例年同期して咲くはずのC. schroederae 'Carlos Arango×Popayan'カトレア・シュレデレは、昨年の記録を見ると2月4日とあるので、ちょっと遅れ気味のようである。今年はまた強烈な有名カトレアの開花が控えている。

 

20時間の休日仕事が終わった。きつかった。きついときはクラッシックが効く。

LisztのHungarian Rhapsody No2(演奏は辻井さん)にはまった。曲想(この用語が適切かどうかは知らずに使っている)がめまぐるしく変わる。渋い導入部が好き。途中どこかで聞いたことがある曲になる。運動会でよく聞いた部分だ。リレーやパン食い競争でよく使われている部分である。ぱたっとメランコリックな曲に変わり、この部分も実によろしい。まだ数十回は聞かないと全体を頭の中で再生できない。最近まではまっていたChiopinのScherzoNo2も曲想がさまざまで別の曲をつなぎ合わせているようでいて全体に統一感がある。はまるまで何回も聞かないと曲が頭に入ってこない。一日に何回も繰り返し頭の中で演奏される。売れている曲というのは、曲想が一本調子で、それを3回繰り返し、時々間奏で異なる曲想を少しだけやることがある。あまり複雑さがない。インパクトがあってつかみはばっちりという曲が売れる。覚えやすくはあるが、それゆえ飽きるのも早い。回転が速くて、それゆえ利益率も高いのだろう。これらの楽曲が思い出の曲となりうるのは各人の人生がその時期印象深い出来事などがあったためであって、流れている楽曲にその時期の思い出が染み込み、忘れがたくなためで、楽曲が極めて優れているからではないと思う。中学高校という時期は楽曲が極めて印象的に刷り込まれる時期で、楽曲に対する要求が高い。この時期にいい曲を聴いておくと一生ものかもしれない。

中学時代にQueenのボヘミアンラプソディを聴いた。この曲は現代の楽曲にあっては曲想が多様で実に印象深い。よくこんな曲が出来たなあと感心する。名曲というのは、どうやってこんな曲を思いついたのだろう、という計り知れないものが感じられるように思われる。

センター試験物理17年で60点。電気で大量失点。これは錆付いている。勉強のやり直しだ。物理の参考書を105円で手に入れていたのでこれを読む。25年も経つと新しい内容が盛り込まれていてかなり面白い内容になっている。たとえばケプラーの法則が数学的に解説されている。これはこれでいい趣味かもしれない。

 

最近思うのだけれど、電車に乗っていると「この人大丈夫か?」みたいなのをよく見かける。閉まった扉を乱暴に叩くおっさんとか、(人がばーさんに席を譲って立ったところで横を見ると)大また広げて席をよけいに占めるこれも背広のおっさんとか、ケータイいじってチャクメロを大きな音できいている背広のおっさんとか、人の足に組んだ足を何度もぶつけても平気でいやがるこれまた背広のおっさんなど(おい、ゲーハーてめえええかげんにせえよとにらみつけても知らん顔だ)、雰囲気が悪い。世間の負け負け気分の陳列棚が電車内の様子である。原因は中国か?。中国が悪いわけではない。ハングリーな皆さんが一生懸命努力して明るい将来展望を持って頑張り、さらに資金が流れ込み、うまく回る仕組みが出来ているのである。仕事が吸い寄せられるのだろう。中国に仕事を取られている人は今後さらに増える。ある程度豊かな状況から、だんだん儲からなくなって元気のないところにさらに仕事をとられるのだからかなりきつい。

上海の栓抜きビル(492m)は猛烈に高く見えたが、最近の画像をみるとその近くに土台の太いビルが建設中である。気になって調べてみると、なんと632mのくねった形状のビルがたつのだそうな。本当に中国は景気がよろしいねえ。日本の若者がよく中国を嫌って悪口を書いているのを見かけたものだが、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」と言いたい。

そういえばこの2日間で読んだ原著論文5報中4報まで著者は中国人だった。いいたいことは、欧米人に審判を頼んで「日本人と中国人どっちが一生懸命頑張ってますかね?」と聞いたとすれば、米、英、露、独、仏、蘭、伊、西、加、は圧倒的多数で中国と答えるのではないか。

 

筒井康隆の短編で、相撲取りに追いかけられるやたらコワイ話がある。あの恐怖は今でも思い出せる。そういう意味では名作だったのではないか。あのおっさん今度ばかりはもうだめだろう。これをうやむやにすると、相撲界どころか日本がもたないとさえ思えてくる。

ほんと日本の雰囲気が悪いので心配になる。警報だしてもいいくらいではないか。

 

2010年1月24日(日)関西らんフェスタ

家族の用事で7時に移動を開始し、クルマで家族サービスがてら守口を目指す。地図はないが、守口市駅はマトがでかいので標識を見ながらなんとかたどり着いた。10時前だったので駐車場はがらがらで買い物をすると3時間無料だという。かなり都会なのに便利なデパートである。一番乗りで会場に到着し、ひたすら撮影していた。例年に比べ規模は12%ダウンという雰囲気であった。湿度が低いのか気候が悪かったのかしおれた花も多かった。

ワカヤマオーキッドだったかがデンドロビウム・テトラゴナムという指名手配中の株の交配種を525円で売っていた。Den. tetragonum X kingianumとあった。来年には咲く予定の暑さ寒さに強い株だそうだ。都市蘭展で株を買うことは極めてまれなのだが、今回は買ってしまった。JOGAだったかの冊子までつけてくれた。不景気の影響なのか、原油の高騰なのか、出品数は少ないものの、ランの単価が全体に下がっていて、手が出そうな株が結構あった。花つきトリアネが1000円台というのはちょっとびっくりした。

なんとか水遣りのできる時間に帰り着いた。すぐ庭に展開して日光が暖かいうちに水遣りをする。アブラムシが目立つ。薬「スミチオン」が手じかにあったのでこれを噴霧した。

 

行きかえり運転してつかれた。画像は500枚を超えていた。

 

2010年1月23日(土)

トップページの画像不足が続いている。撮影する時間が取れない。本日も水をやりそびれた。今日も寒かった。

リビングは石油ファンヒータが壊れて、電気ストーブ1つに家族で群がっている。石油を使わない冬というのは初めてだ。電気代はかなりかかっているようだが。そのおかげなのか蘭のもちがよい。カトレア、バンダ、パフィオがそろって40日開花に到達しそうである。

寒いのでカトレアのつぼみが心配である。

明日は家族の用事で朝早いのを利用して蘭展を見に行こう。

 

今週もセンター試験をやっていた。(新聞掲載の)日本史22年が63点だった。司馬量太郎の歴史小説を全部読んで少しはわかるつもりでいたが、そんな甘いものではない。年号を問う問題はないが、出来事の順序を問う問題は多くあった。誰が何をどうしたか、ということをきっちり押さえなければならない。ところが渋沢栄一について小説を読んでよく知っているつもりだったのが、問われてみるとさっぱりわからなかった。小説からの情報はその人の事跡に焦点を当てていないため、それ以外の人生の情報が邪魔をしてかえってよくわからなくなる。最近読んだ森有礼(文部大臣)の短編も、あまり芳しからぬ私生活の話で、その仕事についてはさっぱり触れられていなかった。

国語17年のうち漢文は50点中46点と大量得点であった。漢文で点を取らないのは損だ。私に言わせれば化学、物理、地理、または世界史の10分の一の手間と時間で40点もくれるのである。ぼろもうけではないか。それに気がついた高校では漢文に力を入れるところが多いようである。ここでも小説の知識は「安心」にこそなりはすれすっかり忘れていた。話は春秋時代の斉、カンチュウとホウシュク(漢字がでねえよ)、漢のショウカなどがでてくる。宮城谷昌光著「菅仲」(上下)、司馬遼太郎「項羽と劉邦」で読んだ記憶があるが、それで設問に答える参考になったかといえばあまり役に立っているとはいいがたい。例年漢文は設問自体が問題を解くヒントになっている。本文を一読してよくわからない内容が、設問によってじわじわと合理的に説明されてゆくのである。本文と設問から得られる解釈が合理的ですっきりしているほど正解に近づくという経験を何度かした。そもそも高校生が司馬遼太郎や、宮城谷昌光を多く読むのは推奨はするが、ちょっと時間的に無理がある。当時は問題に多くあたることで何とかしたわけで、漢文は読書量よりも解読技能がものを言うのではなかろうかと思う。

国語での得点に読書量がものをいうのは論を待たないが、当時の私の読書量はかなり低かったというべきで(生まれてからの積算で50冊以下だったろう)、問題集だけで8割以上取れる、ということはいえる。(読書量は二次試験での記述力に効くかも知れない)。

倫理社会17年55点。前半宗教について面白い問題があってついやってしまったが、途中から「誰やそいつ」というもんばっかりでてきてわけがわからなかった。こういう点を取るあたり己の教養の低さがよくわかったような気がする。高校のころとはちがい2000冊近い(読書記録をつけている)読書量がありながらこの程度である。宗教、哲学、人生というところはぼっかりぬけているようだ。

今回読書量と学力の関係について考察することになったのであるが、読書は人生の楽しみのひとつであって、学力向上という目的で読むのであるならば教科書、参考書、問題集を薦める。学力というのは取りに行かねば身につかないものかと思える。読書は好まないものを読むことは困難であるから自然と偏りが生じてしまう。

Z会のセンター試験全科目3年分をブックオフで105円で買ってきてやっているのであるが、本当に知らないことがたくさんあって興味深い問題集だ。

 

 

2010年1月16日(土)

先週作ったトップページは昨年も使っていた画像というのをすっかり忘れて作ってしまった。

昨年1月25日に撮影した京都蘭友会の画像を選抜編集してページをこさえた(→京都蘭友会20090125)。アップロードには時間がかかるのでおいおいやる。

雪が降ってるよ。日陰には積もってるし。だが、水遣りのチャンスはすくないのでさっと出してさっとやってしまう。あーしんどかった。なにやらカトレアのつぼみが多いけど大丈夫かなあ。

 

クラークのSFでは宇宙船レオノフが木星の衛星エウロパまでいって云々というのがあった。そういう2010年がやってきたのだなあ。やれめでたや。そのSFを映画で見たとき、映画の中では米ソの対決をやっていたんじゃなかったか。米ソ対決ですぜ。古いねえ。そのころは1999年も越せるかどうか心配していたのが、もう2010年である。年を取るわけだ。

今日おっさんといえども勉強をして切磋琢磨していないと「君たちに明日はない」などとリストラにあったりするようである。そういう勉強ではないが、子供の勉強も少々気になるので少々気が早いものの時節柄センター試験などをちょっとやってみたりする。17年化学で100点を取った。まあ一応プロですからねえ。英語は6問まちがえて176点だった(ちょっとはずかしかったりして・・・)。よく使うものは衰えないということなのである。よく試験が終わったら忘れるから無駄だ、というのを聞くが、結構使うので年々の積み重ねがものを言う。受験科目ですらなかった生物が70点代だったりする。センター試験に難問はない。要はやったかやらなかったか、手をかけたか手を抜いたかの違いである。時間と手間をかけてごっそりやっていれば学費の安い大学に行ける。とはいえ高校3年間で多量の知識をアタマにいれるのは結構忙しい。当時の私はやたら書いていた。高校三年にもなると毎日太字ボールペン1本とB4のプリントの裏25枚程度を消費していた。この消費量をもって勉強量を測る目安として毎月ハカリで計っていた。ノートらしいノートは世界史以外取らず、ひたすら裏紙に書きなぐっていた。問題集中心で、間違えたところは正解するまでしつこくやった。こういうことを楽しいと思ってやっていたのである。やりたいことがあったから楽しくやれたのではないだろうか。当時1999年ごろ人類は滅ぶと思っていたが、最後の時まで一生懸命やろう、などと思っていた。暗い世相はいつの時代もあった。

子供の受験という時代になった。親がいくら受験の巧者でも子供もそうなるとは限らない。子供の志というものを育てるのにしくじったなあと思う。あたりまえだが、本人のやる気ちゅうものが最も大事なのだ。いやー、しくじったなあ。そういう意味では親失格という反省はある。これからどう挽回したもんでしょうねえ。

よく親が金持ちでないと塾にやれずにいい大学には行けないというわねえ。馬鹿いってんじゃないわよ、と思う。年収を理由に勉強をサボってどうする。ブックオフで105円だせばいい問題集が買える。あとは自分で勉強すればいいのだ。貧乏だからこそ勉強ぐらいしろよと思う。志のある奴は金持ちだろうが貧乏だろうがやる。志はお金でどうにかなるもの、ではなさそうだなあ。(そういいつつ、中学二年だった私は、級友の通っていた塾に1時間体験入学して(正座がいやで行かなかったが)、そこで使われていた教材「自由自在中学英語」を見て「盗んだ」。これを本屋で買って自習し、劣勢だった英語を優勢かつ強化し、これが転機となって高校入試を征した。塾にはなるほど重要な勝つためのノウハウが存在するようだ)。

貧乏だとゲーム機が買ってもらえないから腐って勉強しない、というのはあるかもしれない。最近思うのは娯楽も子供のやる気に妙に関係しているのではないかと考えている。私の子供の頃はゲーム機はなかったけれどお金のかからない娯楽はたっぷりあった。あの時代と比べるといまなんざ貧相なものだとさえ思える。ケータイとゲーム機のある子供時代なんて考えるだけでいやだ。当時はしかしアップルコンピュータというものの話をする勉強のできる少年がいた(彼はその後阪大へ行った)。彼は数学好きで、コンピュータにあこがれていた。出来る少年というのは、与えられた遊びで喜んでいるようなタマではないようだ。いまは当時と比べるとものすごい性能のコンピュータが極めて安い。そういう意味ではいい時代になったのだが、奥の深いコンピューターを、実にしょーもない使い方をしているのが現状である。

ある程度ちゃんと遊んでおかないと勉強にやる気が出ないということはないだろうか。「勉強しなさい」と言われたことはないが、あれを言われると勉強しなかったのではないかとおもう。自分も当事者だったくせに「やる気の心理」というのはよくわからない。私は、小学中学と勉強が出来ない少年だった時代もたっぷりあるので、出来ない気分はよくわかる。できるようになるまでにはある程度時間がかかる。自分で考えて立ち向かって勝つ、という経験を繰り返すことが大事で、そういうのを遊びの中で体験していたのかもしれない。

勉強できる、というのは本来大変ありがたい状況である。食えないから奉公に出される、家業を手伝うため学校にゆけないというのが日本にもずっとあった。現状世界の多くの子供らにしても学業はままならない。大学時代の私は食パンのみみにマーガリンをつけて食うような食事もあったし、大学の学費をバイトで稼いだりもしていたが(月7万円のすし屋のバイトで学費と部屋代13000円と本代、食費、光熱費、かみさんとのデート代までがまかなえていたので実に結構な時代だった)、極上の学生生活を送っていたと思う(もちろん当時は不満たらたらだったが)。日本も日本航空もなんやかんやも出直しという昨今、私も親をやりなおして、勉強できることのありがたみを子供がよくわかるような子育てをしたいなあ、と思う。

 

1月14日(木)

昨年1月25日に撮影した京都蘭友会および関西らんフェスタの画像精製が終わった。なんと1年もかかってしまった。蘭画像に対する熱意が低下しているためである。なぜ低下しているかといえば、HPの容量が限界に来ているため莫大な原種、交配種の画像データを所持しながら公開できないことで気分がくさっているためである。しかしまあ蘭に入れあげるのもほどほどにと思えば、現状がちょうどいいのではないかと思う。

画像整理をしていて思うのは、見て美しく、品種名のデータ、咲出者のデータなどファイルに書き込むことで、結構楽しめるということである。精製した画像を見ていたらまた蘭展に行って撮影をしたくなってくる。蘭展は再来週らしい。

 

昨年HDD炎上事故で2008年の画像ファイルを半分失ってしまった(バックアップを取ったHDDをたまたまこの時期流用してしまっていた)。炎上したHDDの基盤を交換すれば復旧できるかもしれないと考えて適合する基盤を探索しているのであった。

 

1月10日(日)

子供の行事のため早起きをして、午前中からたっぷり時間が空いたため村上園芸の蘭の展示会に行った。宝塚在住のひーやんがLyc. Jim Riopelleを展示しているというので興味があった。このLyc. Jim Riopelleを譲渡したのが昨年の10月10日で、当時つぼみつきだった。あれからいまごろまでえんえん咲いているようである。見ると花5輪がえらく立派にそろって咲いていた。「受賞したら賞品はもらってください」という書き込みがひーやんから掲示板に先日あった。それほど自信作だったのかもしれない。確かに見違えるほど立派になっている。花の雰囲気が違う。先端部分が白い。見ればボール状の肥料がいくつか鉢の植えに載っている。肥料や育てる環境で花の模様からして違ってくるものらしい。バルブがかなり大きい。いまだに大きな葉が悠然とひろがっている。育てる人の心遣いからして違うのだろう。居並ぶ競合(隣の香りのよいオンシなどはいいせんいっていた)を抑えて来店者投票堂々の第一位だった。すごいねー。村上社長がやってきて、「ひーやんさんからkojimaさんに賞品を選んでもらうようにことずかっています」と仰る。「ええええ、ですがこういうのはやはり持ち主がもらうべきものではないかと」「ひーやんさん、都合でこられないとのことですし、先方から言われていることなのでもらってかえっていただかないと困るのですが」「はあそうですか」

賞株のお値段(X千円分の蘭)を選ぶと聞かされてたまげる。えー、そんな高額な蘭買ったことないしー。2100円以上は出さないというオキテがある。蘭見物そっちのけで蘭選びに没頭する。まあいずれはいい株にしてひーやんにしろどなたかにもらっていただくのではあるなあ、と思う。普段手が出ないランを手がけるよいチャンスとみえなくもない。パフィオ・インシグネ2000円か。どれもええ感じですなあ。ちょっと葉が広がりすぎているような。パフィオ・インシグネ・オッディー、花2つつき。これは面白いには面白いが、予算に足りない。2株っていうのもありなのだろうか。提示された金額に相当する蘭がみあたらない。咲き誇るカトレアにしても立派なものがかなり安い。不景気の影響でデンドロが高そうとおもってみて回るとほぼそれらしい金額の原種が見つかった。Den. friedericksianum(つづり怪しい) デンドロビウム フリーデリックシアナム つぼみつきである。なんでこれほど値がはるのであろうか。まあ普段が安すぎる買い物ばかりしているので、蘭は本来高いものだと考えればごく普通の値段かもしれない。ともかくこれを大事に育てよう。

見物の最中に気になるカトレアがあった。花径10cmを超えている比較的大きな花のカトレアだが、なぜか500円という値段がついているのである。小さなバルブなのに花が立派である。こういう変なカトレアに弱い。名無しだろうがいいものはいい。これは自分が買うつもりで手に持っていたところ、村上社長から賞株と一緒に値札をもっていかれてしまいいただいてしまうこととなった。あちゃあ。

そういうわけで、掲示板では「もちぬしが賞品をもらうべき」などと書いておきながらしゃーしゃーと受賞賞株をいただいてきたのでした。ひーやんさんそのうち楽しみにしていてください。

 

名無し大輪カトレアをカトレア「村上」と名づけて、ものさしを当ててみると花径140mmもあった。ありゃあ、結構大きな部類だ。鉢は3号で、バルブも小さいうちから大輪が咲くというのは珍しい。ちょっと先が楽しみではある。村上園芸は相変わらず掘り出し物が多いなあ。

 

1月9日(土)

晴れて天気がよかったので庭に全部出してしつこく水をかけた。シースにつぼみのあるカトレアがいくつかある。ちょっと暖かくして大事に扱わないと開花してくれないかもしれない。

 

懸案の庭の球根植えが終わった。懸案をせっせと片付けてゆこう。

 

1月8日(金)デンファレ・サティオツトメ開花

昔サティで100円で買ったデンファレが開花した(1)。ピンクのストライプタイプであった。買った当初その年の内に咲くと豪語していたが、数年かかってしまった。買ったとき10円玉10枚集めて買ったような記憶がある。

 

村上園芸が宝塚のダイキに来ているとの情報をみかけた。明日は無理みたいだが、なんとか都合をつけて見に行ってみたい。

 

この週末あたり蘭展があるのかと思ったら、関西らんフェスタは次の次の週らしい。昨年撮影した写真をまだ整理できていないというなさけない状態である。蘭画像に飽きてきたのだろう。推定2万枚はもっているわけで、探せば有名どころの蘭はたいがいは出てきそうだ。

 

年明けの一週間は休みでなまりきっていたところに寒波と仕事の山でなんやようわからんうちに週末にたどり着いた。やっと蘭の水遣りができる。

職場で主に使っているノートパソコンがのたのたしていたものを出勤早々届いていたクワッドコアのデスクトップに乗り換えたら仕事のフローが大きくなってしまいよりめまぐるしさが増加している。ついていた液晶がやたら広いため、仕事をあれもこれもと広げてやっているとますます過密状態である。それにしてもすごいパワーだ。パワー4倍お値段半分のマシンである。

 

ミカンは推定200kgが田舎から届いた。ポンカン20kg、キウイ10kg、イヨカン20kgもある。豊作であるうえ、糖度が高く、実にうまい。かみさんの実家ではミカン栽培を開始するそうである。ミカンの木は、収穫してみると1本から20kgダンボール8箱、つまり160kgが採れたようで、大半が水分としてもなんとも恐ろしいような生産力である。そんな木がたくさん生えているこれまで人に貸していたミカン畑が返ってきたらいったいどういうことになるのだろうか。

 

このところ何かに祟られたようなろくでもないことばかり起きる日々だったのだが、謙虚に耐え抜く、というちょっとマゾっぽい趣味ができたようで、「苦あれば楽あり、楽が蓄積されているのだ」と考えることで「おっとー、またひでえめにあっちゃったよ、あはは、儲けた。まあ、リカバーだ」とやたら立ち直りが早くなった。よく「難行苦行♪」とかいいつつさらなる仕事に突き進み、夜中もちょっと異常なくらい勉強に熱が入る。面白いのでどんどん加速してみよう。祟られ景気は少々過熱気味だ。

 

1月5日(火)

かみさんの実家の周防大島に帰省したのは29日で、4日にこっちに帰ってきた。自宅で越冬していた蘭は無事であったので一安心だ。

今年の蘭は縮小傾向が続くとみている。

島でとって送ったみかんが多量に届いた。この冬はみかん漬けである。

 

この年末年始は海岸でぼーっとしていた記憶しかない。買い物も(105円の本3冊とSDメモリ500円)、うまいものを食べにゆくとか(田舎で魚と野菜中心のメニュー)、にぎやかなところに行く初詣も(島の神社へお参り10分、寺で除夜の鐘をついた)、おせち料理も、ごろ寝してテレビを見るということもなかった。テレビ番組は2時間も見ていない。なにか面白いものをやっていたのかどうかすらわからない。お金も数千円使った程度だ。

温暖な島なので名物の柑橘はふんだんにあった。中でもポンカンはすばらしかった。インド原産のこの柑橘の原種はデコポンの片親である。くだけやすい皮をむくとさわやかな香りがする。実が簡単にバラける。内皮ごと食べると、酸味は程よく強い甘みが広がる。ときおり種をがりっと砕いてしまうのがたまに傷だが、それもどんどん飲み込んで食べてしまった。今年の柑橘は出来がよくてこのポンカンも大層うまい。家に送ってもらったわせミカンもかつてないうまさでどれだけ食べたか覚えていない。ポンカンは佐賀産6個398円で売られていたのを見たのだが、田舎の家にはプラスチックケースに20kgほどあった。これを多量に食べたら太ってしまった。

転がって文献を読んで記録をとっていたというのをもっぱらやっていた。14報あったので28時間ぐらいはそういうことをしていたらしい。「難行苦行」といいつつ、他にすることを思いつかなかった。昼は海辺の写真を撮って歩き、600枚にもなった。釣に3回出かけて、ずっと坊主だった。30日に強風と雨で岩場で立ち往生してエライ目にあった。これが最も印象深い思い出で、確か心入れ替えて精進しますから助けてくださいという意味のことを神仏に祈願したような気がする。最終的には気合で苦境を脱したが、あれはコワかった。それで心を入れ替えて勉強ばかりしていたのかもしれない。それでも懲りずに元旦は別の場所で岩に登ろうとして滑って手をすりむいたというのもあった。自然の中というのは結構危ないのだなあ、という感想を持った。そこここに死がころがっているというが実感できた。そのほかにもおおむねろくでもない目によくあっていた。高速道路が事故で閉鎖になり渋滞につかまるとか、じつにいろいろである。日ごろの行いが悪いからであろうと反省して今年一年間は謙虚に、感謝して生きてゆこう、なんていうのは昨年も言っていたかなあ。年末年始、「ワーキングプア死亡宣告」なる本を読むと「自分という人間はたいした存在ではない、そう自覚することから将来への道は開かれる」などとある。まあたいしたもんじゃないというのはよくわかっている。あとは辛抱ですな。この本によれば日本の労働者3人に一人はワーキングプアという状態であるそうである。そうかもしれない。すごい時代になってきたものだ。それも日本だけじゃないのである。よほど辛抱してかからないと今日の辛い時期は乗り越えられないだろう。

 

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