蘭馬鹿日誌2013年10月-2014年2月および更新記録

ランのよしなしごとをつづる。下に行くほど昔 

連続有蘭花日数 4277日(2013/5/12)2013年5-9月 2013年1-4月 20128-124-720123-201112-1110-520114-201012201011-1020109-720106-420103-1200912-109-76-420093-1200812-1110-98-76-54-320082-1200712-1110-98-76-542 32月後半2月前半20071200612-111098765432200612002 12 11 10 9 8 7 6 200512-111098-76543220051200412-1110987654322004120031211109876543220031200212111098-320022-12001年以前   日誌迷作選

 

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2014年1月27日(月)関西らんフェスタ

 せっかくの関西らんフェスタなので、仕事をはやじまいしていってきた。都会に出るのはしんどい。電車代もけっこうかかるなあ。夕方に行ったためかえらくすいていた。平日に行くのはこれはこれでなかなかいいかもしれない。充電しておいたデジカメの電池がなくなるまで撮影して350枚ほどを撮影してきた。

 

2014年1月26日(日)

 関西らんフェスタが開催されているというので行こうかと思っていたのであるが、ついでがないなどの諸般のぐだぐだな理由により見送ってしまった。もったいない。でもまあ、昨年の画像の整理すら終わっていないのにまたあらたに500枚ほど未整理の画像がふえるというのはいやだなあ、と思ったしだいである。なんでも別に関西らんフェスタが大阪ドーム近辺で日を改めて行われるそうなので、それを楽しみにしていよう。

 

 図書館に初めてリクエストを出して(2013/12/19)いた本丸戸史明著「冴えない彼女の育てかた3」を金曜日(2014/1/24)に受け取ることが出来た。ありがたや。本作品は、図書館にすでにシリーズとして所蔵していたラノベの続きであって、こういうリクエストは迅速に処理されて1ヶ月ほどかかって本を受け取ることが出来たのである。

ところが本日、同図書館に全巻そろっている「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」で知られる伏見つかさ著の新作「エロマンガ先生」(リクエスト提出2013/12/26)は、「購入しない」ということを図書館のお姉さんがわざわざ電話で知らせてくださった(どんな羞恥プレイやねん)。連絡をいただいたことに丁重にお礼申し上げて了解した旨を返答した。こういう丁寧な対応の影にしつこいクレーマーの存在を感じないではないなあ。でもやはり「エロマンガ」にひっかかったようである。エロマンガって地名じゃなかったですかねえ。今度別の図書館にリクエストしてみよう。

 一方、土橋真二郎著(だったか)「OP-TICKET GAME」(リクエスト2014/1/6)は、受理されて、図書館のHPに紹介文がアップされていた。その紹介文によれば「OP」とは「おっぱい」のことだそうですよ。タイトルの「エロマンガ」はだめで、紹介文の「おっぱい」はOKみたいです。誰が何を思って購入の可否を決めているのか実に興味深いですね。

 人気のある作品に予約を入れても読めるのは半年後ということがよくあるので、これまでのように蔵書になってから予約を入れて長蛇の列に並ぶのではなく、戦術を変えて発売日にリクエストを出してみることにしました。「ビブリア古書堂の事件手帳5(124日発売)のリクエストを提出しました。図書館はリクエストの内容を直ちになにかのデータベースに照会して「リストにありませんけど」とおっしゃるので、「本日発売です」というと受け付けてくれました。これは早い順番で読めるかもしれない(結果4番目だった。同じことを考えた人間が前に3人いたらしい)。でもまあもし受理されなければ、自腹で買って図書館に提供するということも考えました。ラノベのマイナーな作品は受け取ってくれませんが、人気のある作品は「これこれの本求む」と図書館に張り出しがでています。お世話になっている図書館になんらかのかたちで助力したいと考えているのでした。でもまあ私のいかなる読書活動も、図書館にお勤めのみなさんの仕事を増やしていることには違いがないので、できるだけ自前で本を調達してあまり面倒をかけないようにしたいとは思います。

 

宇田川敬介著「2014年、中国は崩壊する」(扶桑社新書2012)を読んだのですが、その中に大変驚いた記述があったのですよ。著者が中国で実際に見かけた事件とのことですが、クルマが人を轢き殺してしまい、その人に戸籍がない(一人っ子政策の影響で戸籍がないひとがいるそうです)とかで、駆けつけた警察がそのご遺体を崖下に投げ捨て(いや、とりあえず病院へって考えないのか)、車を運転していた人間はお咎めなしだったというものでした。戸籍がない人はモノと同じ扱いになるのだそうです。要するに生まれてみたら人権がなかったという本人にはどうすることも出来ない状況であったと。あの国は法の下の平等(人間はだれしもぜんぜん平等に生まれていませんが、せめて法律くらいは人を平等に扱おうよ、の精神)ってものがないとは思っていましたが、ここまでのことってあるでしょうか。戸籍があろうがなかろうが人間様でしょうに。この記述はあまりに衝撃的で鵜呑みに出来ないのですが(なぜ、大事な人命をまえに戸籍の有無云々を議論しえたのか、死体を放置した場合の衛生をどう考えているか、など不審な点が多い)、人類の4分の一がこのような人権概念のない社会に暮らしているとすれば、それは捨て置けない恐ろしい状況であると思われます。しかし翻って考えると、人権意識がある程度しっかりしている我々日本人社会こそが、人類の中では少数派なのかもしれない。我々は、本当は恐ろしい世の中に生きているということを存外知らずにいるのかも知れませんよ。

 

2014年1月19日(日)明幸園ラン展

 早起きをして出かける用事があり、雪の中積雪をおして出かけた。用事はちゃっちゃとすみ、朝早くから時間がたっぷり出来てしまった。そこでたまたま情報をキャッチしていた明幸園ラン展を見物した。なにやらおなじみのランが咲き誇っていた。パフィオが少なくなったような。例年より規模はすこしだけ小さくなっているかもしれない。なんというか、ランという趣味は世間では低調になっているのでは、とおもってしまうのは自分が低調だからなのだろうか。500円の面白そうなわけ株が売られていたが、自分のランの世話も満足に出来ていないので遠慮して帰ってきた。明幸園の売り場は10年来かわらずいいものがずらりとならんでいた。

 夕方になって家に帰り着き、ランに2週間ぶりに冷たい水をぶっかける。ううう、すまんのう。

 

先日「パフィオペディラム」をググッて画像検索したところ、Paph. 「柳井」が一番トップに来ていた。すげー。ある種日本のパフィオの顔となっているわけですな。当サイトはなかなか有名画像が多いじゃないの。自慢じまん。背景には「アテネの学堂」の絵画(ジグソーパズル)を背負ってなんというか気品漂うマダムパフィオという感じである。このパフィオは、10年くらいまえに、山口県は阿部首相の地元の近く、柳井市の柳井園芸で、花が終わりそうな見切り品を300円くらいで購入して育てたもので、もちろん名なし、人にもらっていただいていまはないパフィオである。今画像をみてもなかなか素晴らしいパフィオでしたねえ。いや、いいなあパフィオ。

自分のサイトのアドレスを覚える気がないので、外部から自分のサイトを見る場合は、C.labiataなどで画像検索して(これも時々当サイトの画像がトップに来ることがある)、見覚えのある画像をクリックしてたどり着いていたのであるが、今後は「パフィオペディラム」を検索してたどり着けるということがわかった。

 

都知事選で原発を争点にするのってのはなんとなく意図ありの手なのだろうか。もし、原発反対を前面に押し出して候補となったとしても、都民の期待は都政への魅力的な政策に向かうよね。そんで原発反対候補の都政政策案がしょぼくて落選したら、原発反対運動そのものが負けたように見えちゃうんじゃないか。そういう世論誘導ってのも一面日本人の知恵なのかなあ、とおもったりして。

原発がいくら怖いといったところで、地震ほど怖いかなあ。いまの都に必要なのは喫緊の地震安全対策じゃないのだろうか。次に怖いのが軍拡しまくりの話が通じない隣国。次に経済。次に大気汚染か環境の苛烈化かなあ。

 

読書毎日2冊が先週途切れた。41日間続いた。もしも夏休みに毎日2冊、期間中82冊の本を読めという宿題が出たらたまったもんじゃないよね。そういうとんでもない時間を過ごした。途切れて助かった。やめるにやめられなかったのである。止まった原因は、図書館から借り出した本が行方不明になり、捜索に時間をとられて読書の時間が確保できなかったためである。もうこんな無茶はしないようにしよう。おかげでこのあとからの仕事が恐ろしくはかどった。

 

2014年1月5日(日)

 山口県の島に帰省していた。30日から4日までやっぱり先月から引き続き毎日2冊本を読んでテレビを見ていなかった。読書はスローダウンしてもいいと思うのだけれど、特にすることもないのでひたすら読んでいた。ジャガイモほりや、サイクリングをしたかなあ。まあ大体読書で満ち足りていた。そういう意味ではいい正月だったかもしれない。

 

 12月の読書量は、目標どおり63冊に達した(総ページ数14984p、1冊平均237.8p、月間本代500円)。本ばかり読んでほかのことをなんにもしていない。もう無茶な読書はしたらあかんとおもった。

年間読書量は432冊となった(年間本価格合計277,567円。年間本代3380円。本代平均7.82円。総ページ数117448p。1冊平均ページ数271.9p)。

 

2013年12月30日(月)デンファレ購入

 更新の不具合を修正してみる。本日は恒例の田舎に帰省する。田舎から田舎に帰るというのも妙だが。山から海にゆく。

 

 帰っている間に戦争になったらいやだなあ。

 

 クルマで田舎に下る最中、山陽道下り線福山西S.Aでデンファレの一株植え花茎1本花6つつきの株を買った。花が大きくて立派だったし、色合いもよかったのでつい手がでてしまった。なかなか立派な株なのに420円とお得だった。デンファレを買ったのは久しぶりだなあ。帰省中はこのデンファレを眺めて過ごした。

 このS.A.でネットが閲覧できるパソコンが設置されていたので、ブラウザを立ち上げ、C.labiataを検索してみた。画像検索すると見慣れた当サイトのラビアタの画像が何枚も現れる。その画像の元サイト、すなわち当サイトにたどり着き、トップページの具合を確認した。ちゃんと更新できているようでひとまず一安心であった。このように自分のサイトのURLは覚えていなくても、このサイトの花を画像検索すればたどり着けるというのが楽でよろしい。

 

2013年12月29日(日)

 本日も読書に追いまくられてろくに蘭の世話をしていない。やっと更新をしたと思ったら不具合でトップページをしくじったようだ。

 

 子供にラーメンを振舞うため日本橋に行った。昔池袋で食べた大勝軒ののれんわけしたお店で、若かった頃を思い出しつつ、つけ麺の大を注文した。しまった、1500gの麺と表示されているにもかかわらず、莫大な量の麺にええとしして己のキャパシティも考えずに挑戦してしまった。なんというか食べ物を残すことが極めて希なのでひっしこいて完食した。特段体調不良に陥ることもなく、そのあとラノベ39冊約4kgを695円で購入して、消化不良におびえつつも家に帰り着くことが出来た。無茶な食事はやめてちゃんとおいしく食べられる量を食べよう。

 この2ヶ月あまりにもラノベが安かったので買いまくっていたら400冊くらいになってしまった。パソコンの周りにうずたかく積み上げられて時々崩れたりしており、かみさんから床が抜けそうだと苦情が来た。私はお得な買い物に弱い。2時間以上楽しめるのにお値段が35円から10円の本がものすごくたくさん売られているのである。まあ苦情もでたし、もうそろそろ読むのに専念して購入は控えないとなあ、とは思う。

 こういう趣味というのは、世間的にははずかしい部類なので、人に誇るとか、俺はこんなに読んでいるんだぞ、とえばれない趣味である。それゆえ、人は関係ない、自分がひたすら楽しい趣味、ということができるだろう。そういうのが最も純粋な悦楽に近い趣味、ということができるだろうか。場所はとるものの、お金もかからず、いつでもどこでも読めていい趣味だと思う。人の趣味にとやかくは言わないけど、お金がかかって、仕事に差しさわりがあって、生活を圧迫して、人に迷惑をかける、頭の悪そうな趣味、というのもあるだろうなあ。ストーカーとか、ヤク中、ばくちとか、暴走行為とか、買い物依存とか。まあ何事もほどほどがよろしいのでしょう。ええかげんに無茶な読書をやめないと生活に支障が出そうだ。

 

2013年12月27日(金)

 仕事納めでランに水をやっておいた。

9連休とは。読書と年賀状書きしか思いつかない。

 

 今月は毎日2冊読むぞ!とココロに決めて、今日もめっちゃしんどい思いをして2冊読み連続29日目をのりこえた。本日は読みきれそうになかったところをたまたま図書館から借りていた薄い本で急場をしのいだ。あと4日こんな状態が続くのか。速読、などという読み方が世の中にはあるそうだ。そういう読み方でラノベを読んで楽しいのかどうか聞いてみたいものだが、まあ趣味じゃないのでやっていない。だから本は味わって読む。あとがきまできっちり精読している。そういうわけで毎日7時間は読書に使ってきた。まあ大変な贅沢かもしれない。人生後々振り返ってこの2013年が一番幸せだったとかぬかすかもしれない。今を生きる自分はひたすらしんどいし、いろいろ面白くないこともあったけれど、まあ毎日元気に働いて本をたっぷりよめるのだから幸せなのだろう。

 

2013年12月26日(木)

 寒い寒いといいながらこのところ氷点下にならない。中旬まで毎日のようにマイナス3℃くらいになっていたのだが、それ以後堪える寒さなのに不思議と氷点下にはならなかった。フォーミディブルがきりりと咲いているが、えらく花が小さい。夏冬で咲き方がえらく違う不思議なランだ。

 

 本日首相が靖国を参拝なさったというニュースをみた。強烈な一手だ。こりゃあっちの政府もたまったもんじゃないだろう。アメリカは失望したみたいなことを言っているが、本当は日米韓の協調した作戦行動にみえる。真剣に国益を考えたらそうにしかみえない。こんな重大な作戦行動が同盟国の協調なしになされるわけがないじゃないか。マスコミもだまされたふりしてとぼけている。「失望した」などといっているのは、かの国をクウェートに侵攻したイラクみたいに勘違いをしてアメリカの思うツボにはまるように誘導しているとみることもできる。まあいろんな人がいろんなことを言っている。私も実に適当なことを書いているのではある。本当のところどうなのか良くわからない。でもまあ総理が参拝したいからした、で通る話かどうか考えてみりゃわかりそうなものである。

 昔尊皇攘夷とかいって、天皇を尊び外国を打ち負かせ、と長州が幕府にせまっておいて、政権をとったら一転開国したじゃないですか。尊皇攘夷は幕府に現状の認識を迫るプロパガンダで、「ちんたらやってんじゃねえ、現状をみろや!おまえら(幕府は)対応能力がないのなら権力を手放せ!」という意味だったそうで。なんというか靖国参拝というのは、中国民衆に「日本をやっつけろ」と共産党に迫るきっかけになるわけで、それが出来ないのなら権力を手放せ、と民衆は誘導されてしまうように見える。でも願うところは、「開国」、つまり開かれた国になることなんでしょう。いや、ちゃんと法律に則った国というか、そういうまっとうなものですよ。

 子供らが、ケザワヒガシなどといっておりましたので、なんじゃその無人駅の名前みたいなのは、と問う。「次はケザワヒガシ〜、電車は次のケザワヒガシで快速待ち合わせのため6分停車いたします。車内温度維持のため扉の開閉は手動扱いとさせていただきます、次はケザワヒガシ〜」などと幻聴めいたアナウンスが脳裏に響く。聞くと、あの国で今人気沸騰中のかつての指導者の名前でした。ギネスブック(’94)の「虐殺」という項目で第一位のあの人ね。その指導者を持ち上げる式典に靖国をぶつけてくるとはこれまたすごい一手ですよ。民衆がそのケザワさんを「あの頃はよかった」などともちあげるのを奇怪に思っていましたが、これも政権が変わったら一転しそうに思えます。つまりケザワさんをダシにして現政権に文句をいっているわけですね。あのひどい時代よりも今のほうがもっとひどいと。

 まあ少々お月さんの上をはいずりまわったところで、あの大気汚染をみれば科学技術もなにもあったもんじゃないですなあ。あのガバナンスの悪い政権の次の一手やいかに。

 

 図書館にリクエストカードを提出したら早速その本が入荷し、私の予約リストにその本が登録されていた。ほんと図書館というのはありがたいなあ。毎回行くたびにリクエストカードを出しているのであった。リクエストが通らない場合というのに興味がある。

 リクエストを出すにあたり、思っていることは、これは面白いぞ、という本をリクエストしようということであった。1巻を読んで面白かったから、2巻からリクエストしよう、というような不埒なことはしない。そういう妙な蔵書もたまに見かける。おこがましくもいえば図書館の蔵書を素晴らしいものにしたい、これを他の人にも読んで楽しんでもらいたい、という気持ちでリクエストを書く。まあ本代をけちっている言い訳にしかならないか。

 ネットで複数の図書館の蔵書を調べれば、本の人気というか、必要とされている度合いというのがわかりそうなものだ。ものすごく検索して足しげくかよったので、なんとなくこの作家すごいなあ、という人がみえてくる。

 

2013年12月23日(月)Den.Formidible開花

 三連休は恐ろしい速度で飛び去るように三日目となり、2週間水遣りをしていない蘭に水をぶっ掛けるべく庭に展開した。しかし水遣り後も10℃を切った気温のためさっさと家の中に入れた。気温が低いためフォーミディブルが開花に3日もかかった。やっとちゃんと咲いた。

 

 今月毎日2冊読むというおばかなチャレンジをやらかして時間をとられまくったため年賀状すらかけていない。それなのにもう23日である。やはり一日2冊読むとまっとうな生活は無理だということが身にしみてわかった。

 しかし、読めば読むほどに読みたい気持ちが強くなる。とうとう図書館にリクエストカードを出すまでになった。備え付けの用紙に、図書館の蔵書にない読みたい本のタイトル、著者名、出版社、値段、自分の図書カード番号と名前、電話番号を書いてカウンターに申請するだけ。本が入ればメールで知らせてくれるのである。まことに結構な制度というほかはない。もとはといえば、図書館の蔵書でどうしても読みたいのだけれど途中から購入されていないシリーズ物が多いことに気がついたため、やむにやまれずリクエストカードを出すことにした。リクエストカードを出していた一部の人たちが何らかの理由により継続してカードを出さなくなったため、シリーズ途中での購入が途切れたのであろう。魅力的な蔵書は、図書館のユーザーがつくっているということもできるし、優れた作家への応援といえなくもない。

今年24万円分もタダで本を読んだ。なにゆえ本読みはここまで世の中から優遇されているのであろうか。テレビ、映画、マンガ、ゲームもそっちのけで人をひきつけてやまない読書であるが、リクエストにまで応じてくれるとは、と感激したしだいである。でも読書って世間で言うほどの効用があるかなあ、と思う。読書をすると頭がよくなる、という記述を見た。いや、もともと読書するほど言語処理について頭の働きが活発だったということじゃないのだろうか。読書をすると年収が上がる、なんていう記述を見た。年収が高いから余裕があって、時間とカネを読書につぎ込めるから読むのかもしれないじゃん。私として言えることは、せいぜいコストパフォーマンスがよい娯楽、というところだろうか。流行のドラマ、アニメ、マンガを追っかけなくても莫大な面白い話があるし。映像やマンガだと、なんというかテキストを追うよりもどかしいというか、刺激が薄いというか、テンポがおそいというか、アニメなどは大人の事情で製作されている原作と異なるつくりの荒い回などもあって、やっぱ本じゃないとねえ、という風に思うのである。あと、ネットで調べりゃたいていのことはわかると思っている人が多いようだけれど、モノを書くときにしっかり資料に当たっておかないと書けない。最新動向の原稿を求められているのに、最新文献も読まずに、ネットに転がっている内容で記事を書く、というのではちょっと銭がとれない。

 休日だから読書がはかどったかといえば、なぜか毎度苦労している。3連休の読書はケツが痛かった。休日の読書は姿勢に変化が少ない。2冊を読むのがしんどい。平日なら通勤でもバスだ電車だ乗り換えだとケツが移動するのであるが、その都度細切れの時間ながらも強く集中していたようである。そのためうっケツが解消されていたものらしい。28日からの4日間、8冊が最後の決戦である。ほんとしんどい。今年は年明けからしんどいことばかりだったなあ。

 

 ドラッグストアが店じまいセールで全品20%引きになっていた。ごっそり家庭のための何かを購入中のかみさんになにか要るものはないかと聞かれ、飲み食いしたいものやお体のケアなどに関心がないため、仁丹と答えた。仁丹にここ1年はまっている。前回購入した際は499円で1080粒だった。ガムのことを思うとなかなかなくならないし、なにげに健康によさそうな味はするし、口の中がすっとしてすがすがしい。口が寂しいときは仁丹がよい。12粒ずつを口の中でころがしていた。一日10粒を10回まで見たいなことが書いてあるが、そうそう100粒もくえるか。そういえばじいさまが食べていたような気がする。私が小学校低学年ころの思い出だ。分けてもらって甘くもなんともない妙な味に渋面をつくっていた記憶が懐かしい。スーパーの見切り品で安く買ってそれいらいなんかいいなあ、おもっていた。今回が3回目の購入である。私がいくらさがしても見つからない仁丹をかみさんはあっさりみつけてきた。なんと32501100円のところを880円。それを2つ買ってもらった。仁丹が多量に詰まったビンをみていると幸せな気分になる。見た目はケーキにのっているアラザンそっくりなので、明日息子が焼くというケーキにうっかり振りかけられたら大変なことになるだろうなあ、とおもった。生クリーム仁丹味のケーキ。あの銀色は本物の銀だそうだ。え、銀を食うの?一応重金属だわねえ、と驚く。銀は殺菌作用があって、人体に特段悪い効果はないらしい。息子がいうには、森下仁丹株式会社はなんでも最近カプセル化に関する独自技術が売れて倒産寸前だったものが盛り返しているそうである。結構なことだ。ああ仁丹よ永遠なれ。

 

2013年12月16日(月)

 バンダ、オンシジウム、大きな赤いカトレア、バルボのエリザベスアンデンなどが咲いてそこそこにぎやかではある。ただ、世話はゆきとどいていない。

 

 今月は毎日2冊読んでみよう、というチャレンジをやらかしたため読書の奴隷のような日々を過ごしていた。昨日も明石のダイキに村上園芸が来てくれていたにもかかわらず、見物を断念した。本日今年の401冊目を読み終わった。ここまで使った本代は3075円(1冊平均7.7円)、読んだページ数11万とんで74ページ(1冊の平均275ページ)。本は積み上げるとざっと4mほどになる。娯楽もここまでゆくと重労働かもしれない。テレビがみられなくなった。録画がたまり放題である。世間の動きがさっぱりわからない。「じぇじぇじぇ」がなにかも知らないのでなんか気持ち悪いなあと思う。寝る前になんとか時間を作り出して一日30分ほどは見ている。

 読書というと、1週間に1冊ペースだったことがここ数年の読書記録から読み取れる。それが1週間14冊にまで加速してしまった。もうちょっと蘭や仕事とのバランスを調整したいなどと思う。ぶっとんでいた勉強の習慣はなんとか再起動できた。仕事でずっこけているので、これをまたテイクオフさせたいとはおもう。

 

 ラノベの安売りを継続して行う店があって、他のチェーン店がやっていないのに、その店だけ在庫がやたらと豊富で、ここしばらく3105円という超安値であるためどんどん買っていたらパソコン横にラノベの積読摩天楼が出来てしまった。ざっと300冊ほどあるだろうか。12時間少々の娯楽が35円である。こういうお徳さについ飛びついてしまう。

400冊のラノベを読んでもラノベオタクとはおこがましくもいえないほど奥が深い。図書館の蔵書とは違って人知れず絶版になったような作品を多く入手することが出来たようである。残念な作品はなにゆえ残念なのか考察するのも興味深い。ラノベ業界の情報をくわしく紹介しているラノベ、箕崎准著「えでぃっと! −ライトノベルの本当の作り方?!−」はかなり面白い内容だったのだけれど、2冊目を出せなかったようである。惜しい。この本によれば、新人のラノベは2万部に満たない発行部数だそうだ。それゆえ人知れず消えてゆく本っていっぱいあるんだろうなあと思う。ラノベは誤字誤植などのミスを見つけるという楽しみもある。

戸岡景太著「ラノベのなかの現代日本 ポップ/ぼっち/ノスタルジア」によれば、ラノベは文庫本の20%を占めるまでに成長したそうである。文庫本といえば、筒井康隆が好きだったので60冊ほど読んだのであるが、ブックオフでみかけたのは5冊ほどだった。あのとても面白かった文庫の数々はどこへ行ってしまったのであろうか。ラノベで2000万冊を売り上げた「スレイヤーズ」なる作品があると聞いていたので、探してみたのであるが、見かけなかった。本というのは案外移ろいやすいメディアなのかもしれない。この「スレイヤーズ」は、ネット上では電子ブックとして販売されている。ひょっとしてもうそろそろ紙で出来た文庫本というのは廃れてゆくのかもしれない。それだけに、いまこの時期だけたまたま自分の至近距離でラノベはものすごく安いのかなあ、と思う。平均調達コストが18円だからたくさん読んでいるのだけれど、1400円でダウンロードするのだったら、多分けちな私は別の趣味に鞍替えしているだろうとおもう。

 

2013年12月5日(木)

 デンファレストライプが開花していた。赤いカトレアは大きく花開いてなにやらかっこいい。

 また蘭の棚にアマガエルが出現したそうである。いい加減寝ろよ。

 

 昨日健康診断で血液検査だったのに本日は献血のためまた採血されて検査され、くわえて太い針をぶっ刺されて血液400ml献上した。このたびもグリコプレッツエルだったが、手洗い洗剤のセット「キレイキレイ」をもらった。お土産は、なにやら献血回数と関係があるらしい。提供された飲み物は4本飲んだ。

 同僚の台湾人が献血に来てくれていた。最近は献血もずいぶん厳しくなってしまったのでいろいろと情報のやり取りが多い。日本語がわからないので英語で辛抱強くやりとりをしていた。台湾の人めっちゃありがたいなあ。けんど、血がすこしだけ薄くて基準値に達せず今回は断念とか。私の血は医師がほめるような数字をたたきだしていた。血小板の数とかいろいろ。まあわかるよ。抵抗力ぱないし。握力5049kgだし。昨日乗り換えのためダッシュしていたところものすごい速度が出た。もうぶっちぎりだった。ピザな(デブの今風の表現)おっさんなのに。本日も血が薄まっているくせに猛ダッシュで息もきれなかった。

 

 秘密保護法ってみなさん大反対のたいした悪法らしい。「なんで採決を急ぐ?」なんていわれている。けど、隣の国から武力的恫喝を受けてるわけでしょ。後の歴史で「あの時日本はとても必要な一手を打った」といわれる政治だったりしませんかねえ。もしわたしがかの国の権力者だったら、国内に居る日本企業の撤退を妨害して、日本の弱みを握るためのさまざまな画策をしますわねえ。「社長、あなたの工場と資産はわが党が差し押さえますよ」「どうかそれだけはご勘弁を。会社がつぶれて社員が路頭に迷います」てなやりとりがあって、「あなたの親戚に外務省にお勤めの人がおられましたね」とくるんじゃね?。平和ボケした日本じゃ重要な情報に命がかかっているっていう認識がないから社長も社員の生活かわいさに秘密の漏洩に加担したりしやしませんかね。もちろん社長も日本男児だから最初はつっぱねるけど、「社長、飲み屋の娘と出来てるそうじゃないですか。なかなかお盛んですな」とぴらりとやっちゃってる写真かなんかでてきたらもういけませんよね。社員よりかみさんがコワイ。そういやピンクトラップでええように操られていた外交官っていませんでしたか。やつらそんぐらい絶対やって攻めまくってきますよ。「甥っ子が言うには、美国さんは軍事衝突しても本格的に乗り出してくる気はないってケネディさんが言ってたそうですよー」ってメール一本で送れますもんね。そんなだだもれなざまを同盟国で親分のアメリカさんがご覧になったら「こいつらやる気あるのか。ちょっと痛い目みてもらおうか」って士気が落ちますよね。結果、「あ、ごめん、ハワイで演習してたら隙をつかれちゃったよーん」って博多や那覇が爆撃で壊滅したらいやでしょ。

そんなわけでこうやってこの法律で大モメにもめているのをみれば、さすがに当事者も気を引き締めてかかるか、情報漏洩にかかわろうとは思わなくなり、なんかやばそうだから自重する。日米で重要な方針のやり取りが行われているそういう内容をかの国にもらされたらたまったもんじゃないでしょうに。だから少々激しいやり取りがあるくらいのほうがこの時期国内の気分が引き締まって後々考えればよかった、ということにならないかなあ、と思う。

 

2013年12月1日(日)

 チューリップの植え付け402球。先週の243球とあわせて合計645球を植えた。結構ちいさい球根もあって咲くのか怪しかったけど、なんとか植えた。実に手抜きな植え方だった。購入球根は今年劣化が目立った。30球ほどうえただろうか。植えた場所にラベルを置いて写真を撮った。

 

2013年11月30日(土)

でかいカトレアがでろーんと咲いている。なんか花びらが重くって、よっこいしょ、という雰囲気で咲いている。この花は色は真っ赤で素敵なんだけど、ほんとだらしなく咲く。

蘭の棚にアマガエルが居た。冬眠場所の最終調整だろうか。外は連日氷点下である。鉢で冬眠する気らしい。

 

ふと思うのだけれど。ストーカーされてあぶなそうな女性にピストルの研修と貸与を行ったらええんじゃないだろうか、と思った。ストーカー野郎のこうと決めた決意と腕力をもって包丁ふりかざしてかかってくるというのをいったいどうやって防げばいいというのだろうか。発砲研修では、太ももをねらうことを推奨した訓練を行う。10m以内に接近してきたら問答無用で撃っていいことにする。肉親2名と本人の申告に基づき、銃の携行を認め、所持認可証の発行と、当該男性への告知を行う。不幸にして男性が死亡した場合、発砲した女性にある程度罪が問われる。実際に銃を持たなくても、申請だけでたいそう抑止力になるとおもうのだけれど。

でも・・・・・・杉浦由美子著「女子高力」によればペットボトルのふたがあけられない女子高生がいるのだそうだ。すげー生き物だなあ。

 

NHKの週間ニュースでさっぱり中国のことが触れられていなかった。ほぼ黙殺に近い。世間も知らんぷりに近い。株価は上がるし、円は安くなるし、なにやら景気がよさそうな話も聞こえてくる。本当はいろいろ進行中なのでは、とかんぐらないではない。始まる際は、いろいろといやらしい手を打ってくるだろう。例えば細菌兵器をばら撒くとか(ノロウイルスの発生場所が北九州や山陰に集中しているのが気になる)、発電所や銀行、通信が長時間ダウンするようなウイルスとか、邦人の人質とか、日本上空低軌道での核爆発(電子機器がダメージを受ける)とか。そういうことを未然に防ぐ行動が水面下で行われていたりしてなあ。いろいろ考えてもなにかできることがあるでなし、べつにええかと気にしないようにするか。

 

2013年11月28日(木)デンファレストライプ開花

デンファレのストライプ模様の花が開花した。

 

HDDレコーダーのHDD破損やら、マイクロSDカード32GBの認識不能やら、別のHDDレコーダーの不調、さらには職場のパソコンの不調、通勤用かばんの損壊と、なにやら不思議なほどいろいろおかしい。仕事もえらく不調不振スランプである。読書まで不調になってきた。先ほどもラノベの本の山の一つが崩壊したところである。ほんとろくでもないことだらけだ。しばらくこの落ち目状態に沈んでいることにしよう。

 

図書館に行くと「尖閣を獲りに来る中国海軍の実力」というようなタイトルの本があった。このご時世にこういう本が借りられずによく目に付くところにあるというのはどういうことだろうかといぶかる。本当に世間は関心がないのか?。借りようとしたら、予約の本が来ていて12冊の借りる枠がうまってしまったため、気になる「中国海軍の実力」とやらは借りることが出来なかった。

なんちゅうかえらく緊迫しているように感じるこの状況に、ニュースはなんというか緊急性のなさそうなものばかりをやっているような気がする。特に変だと思うのは、中国での邦人の動向である。たくさんの日本人が働いていると思うのだけれど、その活動がまったく報告されない。これって報道管制なのだろうか。あくまで平静を装うというか、敵をだますにはまず味方を、的なマスコミのありようである。

洋上では、お互いにかかってきなさいとばかりに演習をやっているそうじゃないの。

 

2013年11月24日(日)Slcカトレア開花

よく咲く大輪のSlcカトレアが開花した。画像記録やらいろいろさがしているのだが、データが出てこない。夏冬咲くでろーんと姿が崩れるカトレアであった。

 

子供らにチューリップの小球3000個を植えてもらうプロジェクトはのっけから躓いた。多量の球根を植えたはずが、予定地の25%をカバーしたに過ぎず、このままでは土地が余る。やっつけ仕事が裏目に出たようである。予定地を、用意した球根で満遍なく埋めるようにお願いする。二人がのべ5時間かけて作業を終了したそうである。簡単に終わると思っていたようだが、時給200円ということになってしまった。おつかれさん。

庭の花壇の造成にかかる。土を盛って、そのうえに球根をならべ、土をかける、というらくちんな植え付け方法を行った。速攻243球のリサイクル球根を植えた。今年のリサイクル球根は600球ほどあるようだ。今後リサイクルだけで需要をまかなえると思っているのだが、新しい品種が出て安かったら買って植えたい。

 

尖閣諸島上空を日本の航空機が飛んだらあっちの戦闘機が飛んでくるような話になっているそうである。宮崎正弘、石 平著、「2013年後期の「中国」を予測する 習近平の断末魔の叫びが聞こえる」なる本が図書館にあったので読んでいたところ、中国はますますやる気満々で大変危険みたいなことが書いてあって、そこへもってきてこのニュースなので大変にびびった。戦争になったら何をしましょう、などと考えるが、特段知恵はでない。マスコミはなんというか、このニュースへの感度が鈍いようにおもわれる。まあ、私が心配しすぎなのだろう。中国には240発の核弾頭があるそうな。列車に積まれて、位置が特定しにくいようにトンネルで移動してどこから打ってくるかよくわからないのだそうだ。核攻撃を受けたら電車が止まるから、すたこらちゃりんこで逃げてこよう、などとあほなことを考えていた。電車が止まった際ちゃりで帰るという能力に長けているのではある。35kmくらいなら散歩ていどだ。関西の三ツ星レストラン12店舗だったかには3時間以内にちゃりで到達可能である。全米の三ツ星レストランは関西より少なかったと思うけど、自家用ジェットでも3時間ではつけない。さすが関西。京都だけは核攻撃せんでくれ、と思うなあ。

企業の方から聞いた話で、中国人の最近のジョーク、「北京では外に出ればタバコがタダで吸える。上海では蛇口からスープがでてくる」。北京の話は大気汚染のことを差している。上海の話は、そういえばあのあたりの川に豚1万匹の死骸が浮かんだって話から来ているのだとぴんときた。習近平の「宴会禁止令」だったかで、豚が余って川に捨てたという実にモラルの低いことをやらかしたらしい。4年前にホテルの水道でうがいをしただけで腹が下った水道である。あの国って普通の生活すら困難なんじゃないか。

本の中で、中国は内政がわやで、人民から搾取しまくった金を持って逃げる支配層に人民の怒りが爆発しつつあって、その怒りをそらすために日米に戦争を仕掛けてくるのだという。そんなあほなことせんと選挙しろや、この面子バカって思う。最前線の韓国は、伊藤博文を殺害したおっさんの銅像を中国に建てる、という話をもちかけて、ほんまはうちらと同盟国なんだけど、わしらは見逃してという必死のパフォーマンスである。その努力が実を結んで死人がへることを祈るよ。

 

2013年11月23日(土)

氷点下の朝がつづく。蘭はとくになにもしていない。 Bulb.Elizabeth Ann2012年12月31日のつぼみが目立ってきた。

 

毎年重労働のチューリップの球根植えを息子らが志願してくれた。バイト代は弾んで2000円である。それだけ払うべき重労働だった。20mの畑の畝に球根推定3000個を植える。先週のたまねぎの苗(500本)植えでものすごい筋肉痛になってしまったので、それを回避できるのであればまったくありがたい。

 

HDDレコーダーのHDDは簡単に交換できるということを知り、それじゃ自分の使っているHDDレコーダーのHDD500GBを2TBHDDを交換することを検討した。このレコーダーは、録画可能時間があと20時間で、いつも「これを早急に見て、消すなり外付けHDDに移すなりしなければ・・・」とむやみに悩んで時間をくっていた。それなら、今回買ってきた外付けに入れたH社のHDD2TBと交換できないか、ということを考えた。早速内部を見てみると、かみさんのレコーダーとは少々雰囲気は異なるもののHDDをたやすく交換できた。動作させてみるとほぼ変わりなく使うことが出来た。残り時間200時間と出ている。まあうまくいってよかった。それまで使っていたHDD500GBS社のもので、これを外付けに入れて使う。案外かみさんのレコーダーみたいに簡単にHDDがつぶれたりしてなあ。

 

本日かみさんから聞いた話。スマホをもたない、と宣言した社員には5000円の手当てを支給する、という会社があるそうだ。私が勤めていたら申請すればいきなり収入アップだ。年間6万円収入がアップするわけですね。スマホはことほどさように会社にすら損害を与えているもののようである。会社が5000円払ってでも取り返したいようなスマホが会社に与える損害ってどういうものなのか、興味がある。

まあでもスマホ漬け高校生が家計に与える影響も年間6万円じゃ利かないよね。小遣い5000円アップするからスマホをやめてくれといったらやめるだろうか。まあやめないよね。1万円ならやめるだろうか。彼らが1万円で得るものって、スマホほど執着するものではないようにも思えるから、やっぱり手放さないのだろう。

フェースブックとやらが10代から見限られているような話を読んだ。え、もうですか、と思った。それほど10代というのはサルラッキョウのごとくスマホをいじり倒して、ちょっと面白いサービスが出れば一気にそっちに流れてゆくものらしい。なんだか重みも渋みもない薄っぺらなはかない世界ですな。そういえばソーシャルゲームの会社だったか、かなり流行っていたけれど、あっという間に消えてしまった。

ラノベ読者が減ったのか、古本市場ではラノベ3105円セールを今週もやっていたのでまた18冊買ってきた。古本市場は、ラノベがアニメの原作としてのシェアを伸ばしていることに着目して目に付くところに大きなラノベコーナーを設けて半年、多分あまり儲からなかったので、目立たない棚に押し込んで、余剰を安売りすることになったのであろう。その背景には若者のより深いスマホへの傾倒があるように思われる。

スマホは若者の消費行動にあまりにも大きな影響を及ぼしている。例えば漫画。ネット上には恐ろしく多量の漫画があるらしい。私の若い頃に小遣いを握り締めて1冊ずつ買いに行った漫画であったが、スマホを手にしたら漫画漬け、ゲーム漬け、動画漬け、音楽漬け、メール漬け、ソーシャルメディア漬け、電話漬けの生活にどっぷり浸れるらしい。月1万円近く(親が!)はらって入る大遊園地だ。広大な娯楽の沃野に入れるスマホは、消費を妨げ、ケータイ関連会社の一人勝ちってことになるんじゃね?そうやって育った人間って、仕事するより家でスマホやったりするほうが楽だろうし、デートしたり、バイク買ったり、カメラ買ったり、クルマ買ったり、家買ったりしないんじゃね?。テレビすら見ないよね。だって見たいアニメを選んでみりゃいいんだし。

著作権により創作者に本来もたらされたはずの利益が吹っ飛んでいると見える。漫画、音楽、アニメ、などなど。それって創作者の意欲を削ぐものではないだろうか。漫画やラノベが売れなくなるというのは、アニメの原作のいいのが出てこなくなるということでもある。日本の素晴らしいコンテンツの質が低下する恐れがあるからスマホによる著作権侵害はいいものが出てくるのを阻害しているということにならんか。若い世代のモラル低下も危惧される。

スマホは経済活動に長期間にわたるマイナスを与えていると見ることが出来る。労働力の質を低下させ、時間の浪費は多大、労働意欲および消費意欲を低下させ、金を稼がない使わない人間を多量に作り出し、著作権は侵害しまくりで、まあいうたら社会秩序の破壊なんじゃないの。たぶんだけど、今後なんらかの規制がかかると思う。スマホバッシングがおきるかも。まあ誰もスマホをもっていない我が家にゃかんけいないことだけんどね。

もし、「オレはスマホをやめて国公立大学へ行く!」と決意した高校1年生がいたとしましょう。彼はもしスマホ漬けの3年間を過ごして学費年間100万円の私立四年生大学に通った挙句、就職口もなく・・・、という人生と、めでたく年間学費52万円の国公立大学に入り、中堅企業に正社員として就職できた場合を比較した経済効果は、まずスマホ代が年間12万円の3倍で36万円、学費4年×100万円から、4年×52万円を引いて、トータルで228万円の節約となる。結構な差ですよね。これを高校3年間36ヶ月で割ると、6.3万円だ。「スマホやめて国公立大学を目指すのなら、小遣い3万やる!」と言っても、成功すれば毎月3万3000円の利得があったといえるのではないか。それにその後の人生でも差がつくんじゃね。フリーターの年収を180万円(時給900円×2000時間)、正社員だと300からじわじわあがって600万円くらい。長期にわたって差がつく可能性がある。まあ、スマホつかっていても自分を制御してちゃんと結果を出す人もいるけど、やりすぎているやつにとってはスマホは格差アクセラレータという恐るべきデバイスであるといいたい。なんにしても、進路決定の重要な時期に親のすねかじっている身分でちゃらちゃら遊んでんじゃねえよ、と思う。

 

ますます本を読みたい今日この頃である。先月47冊を記録した読書量だったが、来月は60冊行くんじゃないかという気がしてくる。ラノベの古本セールで、安くて面白そうなタイトルを手当たり次第に購入し、110円の店にも3回も行ったり、古本市場の3105円セールなどもあり、2680円で97冊を得た。なにゆえラノベ買いに走るかといえば、図書館に入らない系統のラノベがあるらしいなあ、と思ったからである。池田、三田、川西の3市所蔵のラノベタイトルをほぼ覚えているので、それ以外安ければ買いを入れる。これまでラノベ420冊を読んでまだまだ埋蔵量(読むべき本)があるなあ、と思う。

読書は悪い習慣ではないと思うけれど、「パンツブレイカー」なんてぶっとんだタイトルの本を読むおっさんってやっぱはずかしいなあ、って思う。これで読書量が多い、なんておこがましくも言えない。

購入したラノベの中には、宣伝用のチラシがはいっているものが結構な割合で存在する。こういうものは、読む際にじゃまになるので中古であれば捨てられているはずなのだが、入ったままということは、ひょっとすると一度も読まれなかった、ということになるのだろうか。こころもち表面に傷もなく、つやつやしている。ラノベって結構売れ残っているのじゃなかろうか、と心配になる。売れ残った挙句に10円やら35円で叩き売られているのか、なんかもったいないなあ、と思う。アマゾンではキンドル版のラノベがかなり売られているので、今後はもはや本の格好で読まれなくなるのかもしれない。少々さみしい気がする。

 

ラノベばかりを読んでいるわけではない。森下典子著「日日是好日 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ」を読んだ。著者は、新潮文庫の「デキゴトロジー」を書いていた人で、なんというか文章が大変読みやすい。なにかつるつる読ませる不思議なワザを持っている。茶道ってぜんぜん知らなかったのだけれど、それを大変わかりやすく、25年の茶道経験をもってその奥ふかーいところを記述してくれている。よく考えたら、こういうお作法ものというのは世界にあまり類を見ない。テーブルマナーというのがあったりするが、ともかくなんというか、茶道というのはすごい。四季折々のお菓子と植物までもが茶道に巻き込まれて紹介されている。流れるような無駄がなく美しい挙措立ち居振る舞いというのにはあこがれる。ちょっとだけ「へうげもの」をみて、茶道ってなによ、って興味はあった。戦国小説にもたびたびでてきた。本では婦人や若い女性がたしなんでおられるのだが、戦国の世では、千利休や信長、秀吉、ほかさまざまな武将が出てきて、えらく迫力があって怖い。なんでまた千利休って秀吉に殺されちゃったのかと考えてしまう。

茶道は、お茶を飲む作法、などと考えていたのであるが、実のところ、人を招き、もてなし、供に食べ、茶を飲み、話をして、送り出す、一連の「おもてなし、もてなされ道」とでもいうか、なんにせよ、「一期一会」に相対する際の美学であったか、ということを理解した。確かに茶道をやっていたひとはなにかちがう。すごい世界がある、ということを教えてくれたなんかすごい本だった。女子高生は、いや、高校生はスマホやめて茶道教室に通えばほぼ確実にいいことがあるとおもうけどねえ。だから親として、「おまえ今日からスマホやめて茶道教室へ通え!」といってやったら、「うん、そうする」ってやつはいると思うけど、言ってみちゃどう。あんなダサいデバイスに人生スポイルされるのもなあ、と思っているやつは居るはずだ。スマホのしがらみを断ち切って、茶道の世界へ入るなんてかっこいー、と思うのは私だけだろうか。

 

2013年11月21日(木)

寒くなったなあ。蘭はとくになにもしていない。カトレアのつぼみがゆっくりと大きくなっている。

 

かみさんのHDDレコーダのHDDが不調になった。HDDの内容が表示されなくなり、録画した内容がふっとんでしまった。こころなしかHDDの壊れたような音がする。動作不良のときの音は独特な繰り返しが聞こえる。バックアップを取っておきたい番組もあったが、まあしょうがないなあ、とあきらめる。最近は録画番組に執着がなくなってきたなあ、と思う。そのうちテレビも見なくなるのじゃないだろうか。補償期間だったとおもうが、どうも最近の買い物はその辺の手続きがよくわからない。HDDがあかんようになってもレコーダー自体は使えるし、外付けのHDDに録画したり、再生したりができるから、案外いかれたHDDを交換するだけで元通り使えそうに思えた。

そこでHDDTBをまた買ってきた(今年3個目)。中古のバルク(むきみ、という意味。ぷちぷちの袋に入れただけで売られている)ドライブでもちょっと値段があがって5980円だった。これを外付けHDDドライブにいれ、中にあったHDDレコーダー用1TB(中古3000円)をHDDレコーダーの壊れたらしい内臓HDDと入れ替えた。作業時間10分。別にマニュアルがあるわけではなく、内部を触ってみたことがあるわけではないが、当たり前のことをしているという感覚で作業をした。この装置は、中がすかっとしていて基盤とHDDしかない。ホコリがやたらとたまっていた。テレビにつないで使ってみると問題なく使えるので復旧したと言える。問題のこわれたらしいHDDはあのW社製で、パソコンに入れて調べてみたら認識はされるもののやはり壊れているようだ。残念である。SATAHDDとしては初めて我が家で壊れたドライブとなった。

 

2013年11月20日(水)

朝に霜が降りていた。うっかり入れ忘れていたシンビジウムとDen.モスカタムがあった。すんません。夜に帰ってきて家に取り込んだ。

 

今年の仕事の山場は本日を持って全て終了した。振り返ればまじきつかったとおもう。午後しばらくぼーぜんとすごす。なにをやったものだろうかと途方にくれていた。とりあえず掃除をしようとおもった。原稿仕事が残っていたのをなぜか嬉々としてやっつける。明日から戦後の復興という気分になる。

 

テレビでニュースをみる習慣が廃れてしまった。その時間は翌日分の3冊目に取り掛かっている。なにやら無性に読みたい。平日に3冊読むことは可能なのだろうか、と考えて22時からちょっと薄目の本をわしわし読む。本日は三冊読んだ。

 

2013年11月19日(火)

寒くなった。蘭の全てを屋内にいれる。カトレアのつぼみが出ているけれど、秋に咲く赤いやつだっただろうか。

 

2013年11月16日(土)バンダ、バルボSP開花

バンダは昨日開花しているのをみつけた。本日は天気がよいのでランを外に出して水遣りをしているときに、デンドロキラムっぽい蘭が咲いているのを見つけ、よくみたらバルボSPだった。

先月から咲き始めたオンシジウムやらデンドロのハワイアンキングがきれいだ。

 

息子らにバイト代千円を出して耕して整地してもらった畑に、たまねぎの苗を植える。二袋105円の泉州黄玉葱だったかをダイソーで購入し、同じく105円の苗の土でもって、苗床に植えたのが9月だったろうか。苗はぴんとたっていたもののえらく小さい。こんなのがたまねぎになるのかというくらい小さい。しまったなあ、しっぱいしたなあ、とおもいつつ植えた。推定300本はあったかもしれない。恐ろしく数だけはあったようだ。玉葱予定地の3分の2は埋まった。これで玉葱が出来たら大もうけというくらいリスクが大きい。全滅もありえるなあ。とほほ。保険に苗を買いに行ったら売り切れでもう入らないとか、見切り品29850本を198円、というしなびたこれもリスキーな苗があって、200800円を買ってきた。植えているときに根がほとんど枯れていたので、これも失敗したなあ、とおもいつつ植えた。やるなら先週やるべきだったのだろうが、なにしろ天気が悪かった。まったくついていない。

ついていないといえば、今月はいろいろとついていない。正直これまで以上にピンチだ。年明けから猛烈に追いまくられてやっと最後の山場が見えてきたというここに来て、これまでと異質なピンチに見舞われているのであった。ゴール前で気が緩んだか。押さえつけていた自我というかわがままが出て、緊張の糸がきれて小さな失敗がこたえる。どうも精神的にきつい。ずーっと長期間くよくよしていたところにいろいろ打撃をくらった。おかげで読書がとまったほどである。

本日ラノベ3105円セールで購入した15冊の中にあった小波無人著「前略嫁当たりました。」をめくっていたところ、「世の中には幸福も不幸もない。ただ、考え方でどうにでもなるのだ」(ウィリアム・シェークスピア)、という一文があった(なんでラノベの冒頭にそんな文がでてくる・・・)。へんな話だが、この言葉にすこし気持ちが楽になった。なんというか自分の現状の幸福を傲慢にも当たり前のものだと思って、小さな不幸に全てを台無しにされたような気分で過ごしているだけなのではないか、ということに思い至ったのである。職場でのあれこれの事件やそれにまつわる自分の気持ちをかみさんに聞いてもらったところ、「おこちゃま」と言われてしまった。たしかにそうなのだろうと思う。

農作業で体を動かすと、少しは脳みそもほぐれた。ちょっと原稿仕事をやりすぎたようにも思う。

 

2013年11月13日(水)

仕事で和歌山に行ってきた。民家の塀に鉢がくくりつけてあり、立派なオンシジウムがたくさんの花をつけていたのに驚いた。家のバンダがそろそろ咲きそうだが、今年はつぼみ1つであった。

 

最近人前で発表をする機会に恵まれている。研究発表を300人ほどの聴衆のまえで20分間を2件、50人ほどの前で30分を1件、100人ほどのネイティブのいるところで英語で20分(途中かなり噛んだ)、企業に出張して30人ほどの前で1時間という具合の強烈な40日間を過ごした。どれも異なる内容だったからそのつどパワーポイントを作成した。そういうことができる人間ではなかったと思う。以前なら一件でもアップアップだった。つぶれてしまいそうなプレッシャーにさいなまれていたものだったが、そういうものを感じている暇がなかった。どうも読書がクッションになっていたらしい。読書はストレスを低減させる効果があると同僚に聞いた。そういう研究があるらしい。それゆえ、この強烈な時期に読書量が普段の倍になったというのは、いってみれば自己防衛だったのかもしれない。本当にしんどかった。のこり山1つ、というところだが、その先楽になれるということもないようだ。年間400冊まであと55冊だ。

しかしなんというか、ちょっと調子が悪いような。人と会って話をするに、どうも自分は元気がないような気がする。楽しむ心が弱くなっているように思う。運動不足なのだろうか。まあ昨日もある失敗で大変くよくよした。常日頃いろいろくよくよと考えている。

 

息子に、「おやじは高校時代楽しかったのか?リア充だったのか?」と聞かれた。私は、「ものすごく楽しかった」と答えた。しかし、リア充というのは、たしか若者の定義では、「彼女がいてリアルが充実していること」だと理解している。私には、彼女はいなかった。「私は勉強で頭の中がバラ色だったのだ」と答え、「彼女がいなくてもガリ勉だろうが、オタクだろうが、ひきこもりだろうが、自分が勝手に楽しければ、アホみたいな彼女を連れている下手なリア充よりも脳みそバラ色なんじゃないの」という意見を述べた。当時の私には世界が不思議に満ちた美しいものに見えていた。世の中結局のところ自分の脳みそを上手に楽しませている人の勝ちなんじゃないだろうか。金持ちでも、ホテルのメニュー偽装や投資の失敗でくよくよしているようでは「負け脳」なのである。おっと、「勝ち脳」「負け脳」って発明しちゃったよ。そういう脳みそって、脳派の計測で勝ち負けを数値化できるのではないだろうか。「うれしい波」をプラス、「くよくよ波」をマイナスにして一日積分すると、その比のプラスマイナスがわかる。プラスで大きな値ほど勝ち。そういうのを一日頭につけて測定するデバイスがあったら売れるぞ。また、そういう数値が「うつ」を評価する目安になるのじゃないだろうか。

脳みそが楽しんでいる状態というのは実感としてわかる。文章を書いていて面白いと思っているとプラスだ。ああ、明日の仕事あれそうだなあ、とくよくよ思っているとマイナスだが、解決策を模索していい手を思いつくとプラスに振れる。プラスにするためのヒントは、いやなことを堂々巡りさせて考えずに、なにか解決の糸口はないだろうかと創造的な方向に考えをめぐらすとよいことに気がついた。昨日の失敗でどツボの思考に落ちいた際に、着想を得てプラスを勝ち取った。でもまあ、いやなことを考えるのもある程度必要でだいじかなあ、と思う。

子供の頃はうれしい感情というのはかなり強烈だったと思う。おっさんになるとかなり鈍くなる。だから、多分、他人は自分とは相当ちがった世の中の見え方をしているのではないかと思う。同じ経験をしても悲惨な感じ方をする人もいれば、ヘイチャラで楽しい、と感じる人もいる。だから日々の感じ方をプラスに、楽しくする技術があるように思える。そういう目で見ると、そういう指南書がある。「すべてがうまくゆく方法」みたいなタイトルの本ってありますよね。いわゆるポジティブな考え方でなんでもええように考えましょう的な。

私は、人をうらやむということがなくなってしまいました。実のところ、そういうのは少々さびしい。「あの人いいなあ」「くー、うらやましいなあ」と思って生きてゆけたらと思う。そういう感情は5年位前はあったかもしれない。「あんな美人を奥さんにもってうらやましい」と思えるひとは幸いです。私にはどうも美人がわからないのです。評判の悩殺美人とやらが「えー、単なるおばさんじゃん。なんか、こう足が貧相」と思え。高級車や、ブランド品や、最新のスマホのよさがわからないのです。人間の欲望が理解できないためか、ドラマをみられない。必要なものはあっても欲しいものがない。そのあたりが元気のなさなのかなあと元気がなく考えているのでした。これも多分読書のしすぎが原因かもしれない。とても味わいあるすばらしい作品は誰でもただで読めることを知ってしまった。それは、昨日企業の社長の運転する黒塗りのベンツに乗せてもらうよりもココロ揺さぶられる感覚を川上未映子著「乳と卵」と橋本紡著「半分の月がのぼる空4」から得た、という体験に根ざしています。さすがにベンツでは泣けません。

 

2013年11月5日(火)デンファレアリカ開花

長い出張から帰ってみたら、定番のデンファレ、アリカが開花していた。

 

食材偽装のニュースがかまびすしい。「クルマエビの○○」と書かれていた料理に、実はブラックタイガーが使用されていた、という例があちらこちらで見つかって大騒ぎらしい。まあ確かに詐欺ではある。そういう食材にこだわったメニューを食べたことがないので、多分お金持ちか見栄っ張り、またはこだわりのある食の愛好家がだまされたのであろう。だましたのが、結構名のあるホテルや飲食店というのが実に格好悪い。不景気だったからなあ。飲食店は大変だったのだと思うよ。おいしい店に食べに行きたいと思っていてもそういう店はかなり少なくなってしまった。

でもまあ、値段と満足感の期待値をはかりにかけて厳選して食事をするのは当たり前で、素材の表示を見極めて料理を頼むようなグルメじゃないので、まったく関係のない話だ。フレッシュグレープフルーツジュース11400円なんていう無茶な飲み物はたのまないなあ。一缶59円のドクターペッパーでも十分うまい。安くてうまくて納得できればいいよ。そんな目くじら立てるほど高いもの食べてどうだというのだろうか。アレルギーが出て命にかかわる、という人がいたら気の毒ではあるが。

ガイドブックで有名店とされる店で食事をしたが、値段の割りにおいしくなかったばかりか、下痢までやってしまった。経済学の番組を見ていると、「馬鹿ほど高いコストを負う」、という風に聞こえる。外国へ来たから奮発して有名店での食事や名物を食わねば、という行動に巻き込まれたばかりに馬鹿を見た。一方、身の丈にあった街中の飲食店で、じっくり選んだそこそこの定食は、それなりに異国情緒と、うまいものを食べたという感覚があった。

 

2013年11月4日(月)Blc.パメラファレル開花

長い出張から帰ってみたら、Blc. Pamela Farrell ブラソレリオカトレア・パメラファレル2011年9月4日 が開花していた。久しぶりに水遣りをした。オンシジウムも2株開花していた。デンドロビウム・ハワイアンキング ‘ジャイアント’ 2010年8月5日   も咲いている。

 

山場すぎる山場の出張で、大変に疲弊した。あまりにきつかったのか今年の420日から193日間つづいていた11冊読み連続日数記録が途絶えた。12冊よみ連続記録も1010日から1026日までの17日間で途絶えてしまった。とはいえ、10月の読書量は過去最高の47冊という異常な量になった。読書量調査によれば月間7冊以上読む人間は3%ほどいるそうである。

海外出張ってまじ大変。行きは10時間、帰りは12時間も飛行機の中なのである。ケツが痛い。しかもめっちゃゆれた。真っ暗な機内でジェットコースターばりの無重力が何度も波状攻撃できた。ゆれるとシートベルトサインが出っ放しでトイレにも行けない。たいてい何でもうまいとおもって食えるのだが、機内食はかなりなレベルでまずく作られていた。しかも量が少ない。そのせいなのか、かの国は食事の量を減らすことに成功したらしく、エコノミーの座席におさまらないような巨大なケツをした人間を見かけなくなっていた。すげー、変わればかわるものだ。

値段の高いホテルだったので、えらい人とシェアしていたが、狭かった。便器が小さいのが不思議だ。かの大国はガタイの大きな人が多いが便器は低くて小さい。すわったらちんちんが圏外になってしまうのではないだろうかと心配になる。実に不思議である。しかも先進国のくせにウォシュレットじゃないのだ。今日図書館のトイレですら見かけるようになったあの文明の利器がかの国にはない。仕事で出かけたヒルトンホテルですら見かけなかった。なんというか、ホテルが古風だ。オバマがサックスでブルートレインを吹いているのが似合いそうな雰囲気である(わけわからんがそう思った)。どれも昭和の頃のセンスというか古めかしく重厚だった。意外にも古いものを大事に使う、という点は好ましく思える。

めしがまた大味で。なんでチーズケーキに塩があんなに効かせてあったのか謎だ。かなり有名店に連れて行ってくれたらしいが、1時間待たされ、注文に難渋した挙句、値段が高い上に、全体に味はいまいちだった。この国の名を冠した料理はない。おこがましくも私が言うようなことではないが、「バカ舌の国」と評されることもある。3億人が住むこの国の三ツ星レストランの数は関西圏にすら及ばないのじゃないか。もっていったカップ麺のそばを強烈にうまく感じた。そんでまた物価が高い。だいたい倍という風に感じていた。日本はデフレ時代が長かったので、その間この国は順調に物価が上がってこんなことになったのであろう。15年前に来たときの倍くらいになっていたかと思う。りんご1200円だった。硬くてすっぱかった。お土産を買って帰ろうとおもって難渋した。何を買ったらいいのか、魅力的なものがないので困った。大体同じようなものが日本にはある。

そういえば入国の際、審査待ちに2時間かかった(日本では5分)。なにしろ「何しに来た」の質問から始まり、右手4本の指、親指、左手4本の指、右手親指、の順に指紋をとられ、顔写真を撮られて、パスポートにはんこをもらうというめんどくさい入国である。テロに付けねらわれるような不徳の国家だからなのか。まったく先代の元首はたいしたことをしでかしたものである。いまだに無人機で多くの民間人を誤爆するという人の恨みを買うようなことをやっているので、今後もこのような警備の強化が続くことはあれ、緩和されることはないのだ。多くの人がときどきは、「この国馬鹿なんじゃないの?」と口にするのを聞く。まあ偉大で立派な面もあろうけど、なかなか理想的な国家には近づけないものだなあ、と思う。みなさんよくトレイ我慢できたなあ。見ていると、一人の日本人女性が係官の前にたっていたのが、うしろにすーっとぶったおれ、手すりのバーに背中からぶちあたって顔面蒼白で痙攣していた。あの血の気のうせた顔がすげー怖かった。うわ、人間こんな風になってしまうのか、とびびる。1分ほど失神していたが、やおら起き上がって何事もなく行ってしまった。あれは不思議だった。たぶん貧血だったのだろう。あのぶちあたりかたがすげー痛そうだったので、滞在中痛かったんじゃないか。ああいう目にあってまで来たい国かなあ。そもそも何をしに来た、と正直思った。

現地にいる日本人に質問した。「この国は先月デフォルトの危機を回避しましたが、今後遅かれ早かれデフォルトに陥るのではないですか」と。ベンチャーを営むその男は言った「それはありえない。この国はどんな汚い手をつかってでもそれを回避するだろう」。その汚い手っていうところにとても説得力を感じた。なにしろ、他国の民間人を無人機で殺害してでも自国の利益にこだわる国なのである。人を殺してでもデフォルトを回避する、と読める。やくざの親分が、いざとなったら手下の内臓売ってでも金を作るぜ、といっているようなものだ。この国の凄みを「汚い手」という言葉に感じて震え上がった。

この国は、経済的優位を確保するために我が国の外交、経済、科学技術を盗聴しているという。さもありなんというか、まあ国家のありようとはそういうものかなあ、と思わないではない。

帰りに空港へ向かう車の中、高速道路の反対車線で、作業車両に突っ込んだらしく大破した車が転がっていてすごい渋滞になっていた。事故も壮絶だなあ。

テレビのような銃撃戦は見られなかったし、犯罪に出くわしたこともなかったが、隣の国際空港では私が帰るその日銃撃戦があって空港が閉鎖されたそうである。やっぱり物騒な国だ。

街角には角ごとに小銭をねだるホームレスの皆さんがいた。これも15年位前の倍以上に感じる。早朝朝食を食べに出かけると、寒さで震えていたりしていた。おいしいご飯にぽかぽかお風呂、あったかい布団で眠る恵まれた生活をしていると大変つらそうにみえる。この国に、貧しいものでも努力すれば富める、というドリームはない。富める者が、まず富むのである。だから日本人ベンチャー社長のように高い教育を受け、人材と資本を引っ張ってこれる力のあるものはチャンスを得る。しかし、何もなしにスタートしてビッグになるチャンスはまあない。年間300万円の大学の学費が払えなければ高い教育を受けることが出来ず、人脈を得ることもなく、資本を引っ張って来れないからだ。

滞在中一度もテレビをつけなかった。つけたらテンション高くてうるさいのだろうなあ、と思ってつけなかった。ネットはもっていったノートパソコンで普通に出来たのであるが、つないだのは7日間中5回×3分くらいだった。ネットやスマホがなくて困る、という人はいるのだろうが、私は別に困らなかった。図書館で借りたガイドブックで、駅はあちら、港はこちら、と仲間を案内していた。観光は初日30時間起きて、ぼけたあたまで、すこしうろついたぐらいだった。旅行中読んだ7冊の本がまた微妙だったなあ。旅行中本読むもんじゃないなあ、とおもった。

街中でやたらと胡蝶蘭をよく見た。手に持って運んでいる人も何人も見た。売られている蘭はほぼ胡蝶蘭だけだった。よほど胡蝶蘭がすきなのだろう。日本よりも温暖な気候なので、栽培には適しているのだろう(地中海性気候だった)。植物園が近くにあったらしいが、結局いけずじまいだった。

面白かったのは人間で、自分も含めて真剣勝負の場にあってとてもかけない面白さがあった。たくさんの人に出会えた。まあそういう点で意味のある旅だったのだろう。

お互い生活かかっているから海外とのやり取りは重要であることは間違いない。でもまあ海外を楽しむ能力がないのは良くわかった。

 

帰国後、連休なのでだらーんとすごす。どっちにいても気分的にはどろーんとしていたなあ。小遣いがあっても使いたいものがないのは国内でも同じだった。読書のペースを上げつつある。蘭の世話と、畑を耕せてよかったと思う。ぐんぐん冷え込んできた。夏から一気に冬という気分である。

 

2013年10月21日(月)

デンファレに3株ほど花芽が出ている。 デンファレは冬中咲き続けてくれるありがたい蘭なので、大事に行こう。

 

 

2013年10月20日(日)

C. labiata var. coerulea ‘Blue Giant’´‘The King’ カトレア・ラビアタセルレア(ブルージャイアント×ザキング)2010年10月31日が大変キレイに開花している。写真もいっぱい撮影した。花3つでじつにきりりと開花してくれている。腕が上がったわけでも、手入れがよかったわけでもないのだけれど、望外の見事な開花をしてくれた。ありがたや。

 

黒大豆をこのままにしておくとせっかくの旬の味が落ちそうでなんかもったいないなあ、すこし職場にでももってゆくか、と膨大な手間をかけてひっこぬいて、葉をとっておいた。それほど成りはよくない。2回の台風の影響で北からの風によって大半がべったりと南に倒れていた。来年は南側に重点的に盛り土をするか、などとおもう。ありがたい実りではあるが、業務重畳、読書膨大、ほかさまざまでなかなか手が出せなかったが、本日分の読書を攻略したので夕方からかかる。調子に乗ってたくさんひっこぬいてしまった。あとの処理が大変だった。まあたくさんの実りに楽しい気持ちを思い出せた。

 

土日のあれこれを縫うように仕事と読書をやる。読書のエンジンがあたかも高速回転して、その動力で仕事がまわっているかのようだ。仕組みを想像する。読書に年間400冊という数値目標を持ち込んでしまったために、じわじわと読み込む速度があがっていった。新しい本を手に取る際に、これまで心理的障壁を感じることが多かった。最初の100pを読めばある程度は乗り越えられる障壁である。その間、その本の世界観なり登場人物なりを吸収して頭のなかに舞台装置を作るかのような作業を面倒に感じていたのかもしれない。しかし、問答無用のところてん式読書がそういう心理的障壁をぶっ壊し、立派な大通りに整地してしまったかのようである。この結果、仕事の切り替わり時に存在していた似たような心理的障壁までもがぶっこわれてしまったかのようである。両者は、脳内ではある種の物質として存在しているのではないだろうか。「ぐずぐず物質」または「四の五の言っちゃう物質」はたまた「明日にしよう物質」という感じのものである。それとも、「はい次!物質」が多く生産されるようになって、これが仕事と読書を推進しているのだろうか。ともかく、日々「はい次!」でどっちも高速で回転している。いったいいつになったらゆっくり出来るのだろうか。正月とゴールデンウイーク、夏休みや盆にゆっくりした記憶がない。「ゆっくりして何をするのか?」と思ってしまう。こういう状況は、免疫力が高まるようである。「仕事いやだなあ、やすみたいなあ、家でごろごろしたいなあ」という気分だと簡単に風邪を引けるらしい。やるべきことがはんぱなくあると「風邪は引かないことに決めた」でやってゆけるのである。まあしんどいことだ。

 

2013年10月19日(土)フラグミペディウム開花

 フラグミペディウムが開花した。はて、このフラグミはなんであったろうか。調査中である。なんにしても袋ものの蘭が咲いてくれるのはうれしい。

 

 本日しか時間が取れないので、黒大豆を収穫した。畑の半分をひっこぬいてきた。すごい量にひるむ。かみさんがちょきちょき枝つき豆にして、ダンボール2箱になって親類の家に発送した。枝がついていないと味が落ちるとかみさんはいう。

 

 本日も2冊読んだ。これで10日連続の2冊読みである。なんというかコツみたいなものがつかめてきたような気がする。

本日は、みのもんた著「義理と人情 僕はなぜ働くのか」を読んだ。とってもたくさん仕事をなさることで有名な人だ。くだんのテレビ局へお勤めだった息子さんの話しも出てきたが、親父として訓をたれた、という記述だった。なんでも3人のお子さんには、学費は出しても、小遣いは出さず、という方針だったそうで、ごくまっとうな家庭とお見受けした(私はそう見る、というだけで世間はそう見ないのだろうけど。週刊誌のものの見方でみてもこっちの目が曇るだけでこの著作から学び得るあれこれが減る)。特に、奥様は大変献身的に家族を支え、著者も大事にされている様子が書かれていた。さて、ほんとうのところ一体何があったのかとは思う。実のところ「朝ズバ」は、朝からテンションが高すぎるのでNHKニュースを見ている。ほとんどブラウン管で著者をみたことがない。多分この著者なら、現状をものともせず本にかかれていた水道メーターの会社経営に注力されていることだろう。昔著者をテレビでみたときに「奥さん、あなたまちがってますよ」とずばっと言っていたように記憶している。この物言いがみょうに爽快だった。でもたぶん「奥さん、あなたの教育まちがってますよ」というようなこともおっしゃってきたのだろう。ごくまれに、ちょっといかがなものか、という子供の育て方をしている方もおられるので、放送の時点で世間も納得する意見をおっしゃっていたのだろう。これを世間が「おまえが言うな」というふうに捉えるようになったらたぶん復帰はないのだろう。一般的に言って、いいおっさんのしでかしたことで、その親を責められますか?。有名野球選手の兄弟が事件を起こしたからといって、その野球選手がプレイできなくなるなんて、だれもそんなこと思ってないでしょ。だったらなんで、って思うわけです。

ちょっとまえに島田紳助著「ご飯を大盛りにするオバチャンの店は必ず繁盛する絶対に失敗しないビジネス経営哲学」という本を読んだ。この著者も大変働き者で評判の人だった。さまざまなビジネスの話が紹介されていた。芽の出ないお弟子さんにビジネスで成功させるため私財を投じていたのか、なんか偉い人やなあ、と思った。働き者の著者が書いたものを読むと、仕事もうまくやれば面白いのだなあ、ということを思った。けどまあ本は誰しもええことばっかりかくもんやから、私も本音で言えば「芸能人のおっさんたち、かっこつけやなあ。ほんまはいっぱいかっこわるい修羅場あったんちゃう。まあかっこつけるのが芸能人の仕事かぁ」。こういう自叙伝は、かっこつけて自分の人生を語っているその行間にセキララな人生が滲み出しているように思われて興味深い。

 

2013年10月18日(金)

 Den.Arikaにつぼみがついていた。寒くなったので、デンファレは室内に入れた。

 

 9日連続で一日2冊の読書が続いている。続くものだなあ、とあきれる。この危機的状況でなぜ?とおもっていたら、迫り来る強烈な仕事2つの核心部分を鋭く突いて、なにやら順調に推移している。これまでなら足がすくむような不安にさいなまれるところが、読書で脳みそのくよくよする部分が麻痺でもしているのか、躊躇なく仕事に斬りかかってさくさくやってしまっているという日々だった。飛び込みの仕事までさっさとやっつけてしまっている。そういう仕事ゆえの一日2冊読みだったのかもしれない。まあ、仕事というのはいままでぐだぐだ悩んでかなり以前から時間を浪費して、締め切り間際にひいひいいいながらやっていたように思う。読書の知られざる効用なのだろう。年間読書400冊までのこり93冊/74日。絶対無理、とおもっていたのが、ほぼ確実に到達する見通しになっている。

 

2013年10月14日(月)Slc. Cosmo Beau開花

 Slc. Cosmo Beau(2013年2月11日)が開花した。今年二回目になる。不定期咲きなのだろう。前回40日くらい咲いてくれていたような。

 

 昨日の祭りの疲れがでてぐったりしていた。風邪を引いたらしい。読書ペースが1冊半に落ちた。

 

 NHKのドキュメンタリーを見ていると中国で孔子がはやったり、キリスト教が流行ったりしているらしい。拝金主義の反動がでているのだそうだ。お金ってそんなにいいものか?と思う。黄文雄著「中国と中国人は、この五文字で理解できる」によれば、詐(いつわる)、盗(ぬすむ)、争(あらそう)、私(おれがおれが)、汚(汚染)の5文字でくくれるとし、誠、施(ほどこす)、和、公(おおやけ)、浄が日本とあって、すげー日本びいきなのでちょっと内容を疑ったりもした。中国の歴史を振り返りながら、よくしらなかったあちらの事情を解説してくれており、そのすさまじさに絶句した。ここ200年間で5回も!自然災害や人災により1000万人規模で人命が失われていると記述されていた。えーなにそれ、と震え上がる。いろいろな指導者がでてくるのであるが、親兄弟や子を殺害して皇帝の座につく例などを多数挙げ、ああ、そういえばそんなのいたなあ、と思いつつ、「孔子の教えに従っていいことをやった指導者はいない」、とばっさりである。確かにいつもたいそう仕組みが悪い国だ。まあ、蒋介石の息子さんが台湾の民主化を成し遂げたことを思えば、中国人にも優れた指導者が出ないこともない、と反例を挙げる。

 我が身をおもえば、ごく普通の給与であっても糖尿の危機に瀕している。へそくりは一般的なおっさんの半分しか持っていないが、使い道はさほどないからもう十分である。少々金があっても出来ることは限られている。カネでできることなんざしれていのだ。カネに意識が向いている間はカネの奴隷となってかえって不自由をするのである。欲しかった高いバッグを買ったあんた、それで何をするの?。少々カネをもってるからって誰があんたのことを尊重してくれるというの。うまいものを食べつづければ、通風だの糖尿だの心臓病だの動脈硬化だの脳溢血だのいいことはないぞ。そんなあったりまえのことはキリストさんや孔子に教えてもらわなくったって日本人なら常識として知っている。ちゃんと稼ぐことは大事だし、ちゃんと使うことも大事だ。そういうのにはある程度知恵というものがいるのだろう。

 

 あかね書房が出している「科学のアルバム」という写真図鑑がある。その1冊、徳富一光著「しょうにゅうどう探検」を今から38年前に母に買ってもらった。その年に鍾乳洞へつれていってもらい、以来ずっと鍾乳洞にはまっていたのだった。鍾乳洞は炭酸カルシウムを主成分とする岩、石灰岩に出来る。その石灰岩は化学反応により穴が穿たれて鍾乳洞が出来る。その化学反応(CaCO3+CO2+H2O=Ca(HCO3)2)に魅せられて化学の道に進み、おかげで今の職を得て、いまも炭酸塩をいじっている。子供の頃の夢がかなった、と見えないこともないが、夢をかなえるってのはきりがない話で、死ぬまでやるべきことがあると思う。小学生時代からの化学オタクであった。そういう意味で人生を方向付ける1冊だったなあと思う。いまだに大事に持っている。驚いたことにこの本は1974年時の内容のまま今でも手に入る(表紙の写真が変わっているようだ)。私はブックオフで、105円で1995年製のものを2冊目として手に入れることができた。38年前とまったく変わらない本だった。今読んでもええなあ、と思う。隠れた名著だ。

 同シリーズの発行年の同じ本に埴沙萠「サボテンのふしぎ」という本がある。この著者がNHKスペシャルに出ていたのでやはりブックオフで買ってきたその本を掘り出して見てみた。本にある著者の写真ではパイプをくわえたグラサンの渋いおっさんだったが、番組では爺さんになっていた。それでもすごい映像で植物のすごさを見せ付けてくれた。40年以上植物相手に写真を撮り続けてきたのか、すげえなあ、と思う。そういう息の長いところが日本という国のすごいところだなあ、と思う。そういうのは銭金どうのこうのを超越して尊いことだと思っている。

 

2013年10月13日(日)C. labiata開花

 C. labiata var. coerulea ‘Blue Giant’בThe King’(2010年10月31日)が開花した。ラビアタって2年に一回ペースだなあ。毎年咲いていただけるだけの腕がないということであろう。

 

 ミニカトレアが咲いているのに気がついた。

 

 毎年恒例の秋祭りである。太鼓をたたく児童を乗せた山車を押して12kmを歩く。毎年おっさんたちと食べる弁当が豪華だ。休憩中は本を読む。なんというか昨年の祭りを昨日のように感じる。1年あっというまなのだろうか。今年の餅撒きはやたらと自分のところによく転がってきて、ものすごくたくさんひろうことが出来た。もち30個奉納して、2個おさがりをいただき、24個拾うことが出来た。息子に「1個10円で買い取るぞ」と声をかけておいたので、彼も参加し24個別途ゲットして今年は餅がたくさんある。例年になく楽しい祭りだった。

 

2013年10月12日(土)Eria javanica? エリア・ジャバニカ開花

 Eria javanica? エリア・ジャバニカ が開花した。ちっこい白い花である。

 

 10月になって汗だくの日が何日もあった。何事かと思うほどだ。今年最大の作戦発動だったためか毎日汗だくだったけどかまっちゃられないのであった。日本は、今後夏か冬しかないという状況になるのだろうか。4月から10月が夏、11月から3月が冬、ちゅう感じに。寒暖の差が激しくなり、風は凶暴に、雨は容赦なく、雷は電子機器をたたき、台風は山をくずし、竜巻は家を壊し、豪雪が街を押しつぶす。我々日本人は打たれ弱くなっている面がある。いうたらわがまま。酷暑、熱波でもしも電気の供給を需要が超え、37℃の東京大阪で大停電が発生したら、台風どころではない死人がでるんじゃないかとびびっていた。でもまあ全部乗り越えてきたんだわなあ。そりゃ夏に調子崩して死ぬひとはいるし、冬になれば風邪で死ぬ人だっている。

 

 今年最大級の山場を通過し、なんとなくゴールが見えてきたような気がするが、よく見るとゴール前にきっつい峠が3つ連なっていた。えー、こんなん乗り越えられるのだろうか。本日も障害突破のため仕事に激突した。

今年のこの辛抱強さはいったいどうしたことだろうと思う。毎日3時間ほどの読書で、集中力と落ち着きが保たれているからかもしれない。まもなく今年の読書量は300冊に達する。例年100冊程度なのに今年は異常に多く、過去最高だった1993年(うわ、20年も前か!)の300冊を超えて400冊に到達する見込み。読めばいいってもんじゃないとおもうのだが、なんというか読書のために仕事に気合が入っている。例えば時間内に集中してやるべきことをやる。その踏み込みと見切りがかつてない冴えだった。能力が30台前半の倍くらいに拡張している。人間って出来ないと思っていたら出来ないしやらないけれど、案外誰しもかなりすごい能力を持っているんじゃないだろうかと思う。「まだやる気出してないだけ」とかいうけど、本人がやりますと踏み出していないとか、やる気の出るなにかに出会っていないとか、やる気の基になるような人間と一緒にやっていないとか、そういう仕事をまかされていないとか、いろんな状態がそれぞれの人生にはあるとおもう。でもまあやらなきゃやる気も出ないだろう。

あと105冊、残り日数80日だ。ここ三日間一日2冊のペース。来年は500冊読みたいなあ、などと思う。

読書記録をエクセルでつけている。データ数2560.著者名、タイトル、使った金額、ページ数、個人的評価、感想、などを記入している。感想は、印象的なことだけをのべて、読んだことを思い出せる程度の走り書きをする。個人的評価というのがちょっと独特で、なんちゃってマグニチュード表記というものを編み出した。どこかのサイトの大勢でやっている評価は星が1から5個という大雑把なものだが、そんなもんで本が計れるものか、と常々思う。星3個が猛烈に面白かったりする一方、5個でも平凡なそこそこの面白さだったりするのである。ああいう評価方法はその本が好きな少数の人が書評を書けば簡単に5にもなるし、優れているけど厳しい内容の本だったりすると内容にショックを受けた大勢の人が辛い点をつけたりするのである。なんというか、自分への影響、というのを体感したココロの揺さぶられる振動エネルギーに擬して数字にして記録してきた。それゆえ、感じたエネルギーを地震みたいにとらえて、エネルギーの大きかったと思った本はそれなりに出現頻度が低くなった。ただ、地震とちがうのは、しょーもなさそうな本は、あまり出回らないのと、選ぶ際に避けるため頻度が低くなる。評価が集中する5−7の間で小数点がつく。評点と評価内容は以下のとおり。

.0:あんまりおもしろくなかった。20冊に1冊くらいの頻度。面白くなかった下手な小説。教養を求めたが興味がもてなくて眠かった本など。

.0:まあ読んでためにはなった。2冊に1冊くらいの頻度。教養的な読書。あまり盛り上がらなかった小説など。

.0:おもしろかった。読んで楽しかった。2冊に1冊くらいの頻度。日常的に面白い本。

.0:めっちゃおもしろかった。感動した。ええ本よませていただきました。30冊に1冊くらいの頻度で出会える。

.0:めったになく面白いまたは猛烈に感動した本。多大な影響を受けた本。300冊に1冊くらい。感受性の低下なのか、ここ数年出現していない。

.0:ふりかえってみれば自分の人生に多大な影響を長期間与えた本。2500冊に3冊くらい。若い頃によい本にあたるべきなんでしょう。

さて、この連日の読書は果たして依存症なのだろうか。わかっちゃいるけどやめられない、というのが依存症だ。なんか違うと思う。ここまでしんどいのはほどほどにして、たまっている録画を見たり蘭の世話でももうすこしやりたいと思う。変に数字にこだわってしまうという依存症かもしれない。「集中力が高まるなどご利益があるから」などと思うのも依存症患者か。まあ無理って思ったら程ほどにするわなあ。なんとなく行けそうとおもうからやってしまうわけで。

 

 育てていた丹波黒大豆の枝豆を試しに1本ひっこぬいてきて、食べられそうなさやいり豆だけを計量した。240gあった。ざっと期待した量の半分かなあ。半分でも食べられればありがたい。この量でもスーパーで買うと400円はするようだ。最近野菜がむやみと高いそうなので、野菜補給のためせっせと食べることにした。塩ゆでして食べるとまあ結構うまみがあってうまい。ビールを飲まないので、つまみとしてのありがたみはない。

 

2013年10月6日(日)Neost. Lou Sneary ‘Sato’開花

 Neost. Lou Sneary ‘Sato’2010年11月7日が開花した。久しぶりのような。今年は直射日光で苛め抜いたように思う。

 

朝から地域の奉仕活動でおっさんたちは来週の秋祭りのために神社の掃除であった。汗だくになって働いた。それにしてもなんでおっさんばかりなのだろうか。家長集会みたいな雰囲気はある。それゆえおっさんばかりになるのか。

本日も追われるように読書である。んでもって昼から仕事。おもいっきり仕事。あっというまに夜。私の休日はどこへいった?。通勤中勉強読書。この本眠い、きつい。朝から晩まで働きづめだった。ほんときつい一日だった。スーパーでますのすしが半額になっていたのがうれしかったぐらいか。

蘭の植え替えぐらいしたいものだ。来週までの辛抱か。また台風が来そうだなあ。

 

2013年10月5日(土)村上園芸(ダイキ神戸北町)

 蘭友のIさんからメールが来ていて、久しぶりに村上園芸を見に行きましょうというお話であった。大変久しぶりである。

本日の午後にIさんの家にゆくと、蘭は我が家の2倍程度に増加していた。見事なスタンホペア・ワーディだったかのつぼみが5つ出た株があった。ゴンベッサ師匠からのいただきものだそうで、「こいつ咲かないので環境変わったら咲くかも」と言っておられた株だそうだ。種々懐かしい株が咲いているのを見た。うちより開花株が多い。遮光もばっちりで、葉っぱがきれいだった。私のように下手に欲張って葉を損なうことはないようだ。そこで例によって分けちゃってでかくなった株をいただいた。

 

 Coel. cristata セロジネ・クリスタータ 

 4号鉢にいっぱい20バルブくらいの大株。4株ほどにわけて誰かに上げようかと思った。さっぱり咲かないうえ、4株ほどに増えていたそうだ。

 

 Coel. viscosa セロジネ・ビスコサ

 これも在庫があるとかで、くださった。細いバルブのセロジネである。

 

 Iさんの家の庭にはわんこがいる。2歳ほどだそうで、なんというか細くて若い感じの犬である。そいつが人のケツをべろべろなめる。手もべろべろなめる。こっちもなでなでしてやるのだが、どうもべろべろやるのが好きらしい。犬に触れる数少ない機会なので、こっちも真剣になでる。

 Iさんは以前はマキシラリアにはまっておられたが、そのうちセロジネに矛先を変え、最近はデンドロをしっかりと集めておられるようだ。

 パソコンの自作に関する話をしつつ、ダイキ神戸北町店を目指す。私がとおったこともないような山道をI氏は通る。これはこれで面白いと思う。さまざまな情報交換をしつつ、あっというまに目的地についた。

 社長は相変わらずだった。ランの展示もしっかりとみせていただいた。C.labiataの開花株があった。この時期はやっぱラビアタですかねえ。うちもやっとつぼみがシースから出てきたところである。最近仕事と読書に入れあげてしまっているため、蘭の世話も行き届かず、サイトの更新もええかげんになっているので、あまりテンションは上がらない。明日からの重労働に意識の一部をもっていかれているような状況であった。

 そのなかで目に留まったのは、

Brs. Rex ‘Waiomao Spotless’ FCC/AOS ブラッシア・レックス‘ワイオマオ スポットレス’

 ブラッシアっぽくない株の姿をしている。交配種のようである。つい、FCCという文字に、むむ、となってしまった。

 かつて我が家にはBrs. Eternal Wind ‘Summer Dream’ SM/JOGA

というブラッシアがあった(別画像2008年、もういっちょ2005年)。花茎4本を四方に伸ばし、半径1mもの空間に30cmの長さを誇る花数十輪で咲き誇っていた。雄大な株だった(人に差し上げた)。

 そういうブラッシアが、ちょっとやそっとでは取れないFCCという高評価を得ているのである。これは気になる。村上社長に聞くと、緑色の長さ30cmの花が10輪花茎1本に並んで咲く姿は壮観である、とのことだった。

 

Den.capituliflorum デンドロビウム・カピチュリフロラム

 昔我が家で咲いてくれていたこともあったが、弱って枯らしてしまった。再挑戦である。以前の株よりも逞しいようにみえる。

 

 本サイトの村上園芸の案内をご覧になって、本日の村上園芸に四国高知から見物に来られた方が居られた。「どんだけ蘭がすきやねん・・・」と驚く。展示会は明日まであるので、宣伝のため本日中にアップロードはしよう。

 

 以上4株を本日は入手して、I氏に送られ家に帰った。家の畑で、I氏に黒大豆の枝豆を収穫して差し上げた。今年も黒豆は不作のようである。なんとか食える豆があるという程度だ。食べごろまで1週間か2週間ということろだろうか。

 蘭の話題として、13年間毎年一本の新バルブを出し、コンスタントに花茎1本を出して咲いてきたDen.クイーンサウスイースト(2008年11月28日)の話をした。「老舗ですねえ」「優良株ですね。収益が安定していてあたふた新事業に取り組まなくてもいいからむやみと株が増えない」「なんかあほほど枝分かれしてバルブがわーっと増えるというのは困りますけど、こういう堅実一路ってのは好感がもてますね」「高芽がわーっと出ちゃうのもこまりますよね。持ち株会社ってのかホールディングスってなんか名前の印象がわるいような。花は出さずに株ばっか増えても困るんですよ」「高芽って根が放射状に出ていて硬いから鉢に入れるのが大変ですよね」

 I氏は分け株が膨大にたまってしまったそうなので、11月中くらいに「初心者蘭セット」などの企画を希望しておられるそうだ。我が家の株もしっかり植え替えて、余剰株の里親を見つけたほうがいいのだろうなあ、と思いつつ、当面強烈な仕事と激突せねばなるまい。

 

2013年5月から9月

 

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