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2010年6月27日(日)

 夏用蘭の棚を設置した。現場をショベルで掘って多量の土をどけて、棚を設置した。どかした土で庭に山脈が出来た。ネットを張るための木の棒を4本引っ張り出してきたが、ナメクジ、多量のアリなどでえらいことになっていたためまず洗った。ドリルで穴を開けてボルトで棚に固定した。横木をねじで固定した。ネット105円のもの2枚をわたし、画鋲で木にとめた。汗だくの作業であった。とりあえず5トレイを移す。なにやら今年は作業が2週間遅れぐらいだろうか。

 Pths. pterophoraにかなりの数の花芽が出ていた。買ったときにはしょぼかったが、ある年大変に美しく開花し、今回もそういう見事な開花をしてくれそうである。

 

2010年6月26日(土)Den.レインボウダンス開花

 Den.RainbowDanceが開花した。この花はちょくちょく咲いてくれる。

 雨の中見て回ったところ、フォーミディブル系のつぼみが結構大きくなってきた。

 昨年良い花が咲いたC. Candy Tuft × C. intermedia ‘Sherry’ も株がぐっと大きくなって良いつぼみが出来つつある。はやいところ庭を整備して棚を設置してよくよく蘭に日光を当ててやりたいものである。

 

 朝から雨だ。しようがないのでお勉強をしていた。運転手をして買い物に行って帰ってきた。畑を見ると、動物に侵入されたようで、先週植えた黒豆の苗を食われていた。サツマイモ、インゲンにもいくらか食われていた。

 とほほほほほほほほほほ・・・・

これで山際の畑から黒豆は撤退することとなった。これから植えるものといえば小豆くらいしか思いつかないので、あいているところは小豆を植える。

 庭のユリが見事だ。

 

 政治のことをあれこれ言ふと、ただのおぢさんみたひだなあと思ふのだが、ただのおぢさんだからいいのか。わたしもおぢさんになったなあ。

仕分けで有名になった女性議員が大臣に就任なさった。半分台湾の人なのに大臣になれるところが日本という国の度量の広いところだなあと好ましくおもふ。王長島の時代を思い出すねえ。かの大臣は仕分けで「2番じゃだめなんですか」など数々の有名なタンカを切つて、世間では大変かつこいいとおもわれているわけで、さういう羨望のまなざしもあろうけれど、逆に変にやつかんでしまうバカなヤローも居るのだろうなあ、と心配になるほどの栄達ぶりでいらつしやつた。

就任直後あらうことかその秘書が女子高校生のお尻をさわるという事件を起こした。なんでも自転車で後ろから近づいてスカートをめくつてお尻をさわつたというのである。どうやつたのだらうか?低速で近づいてスピードを殺し、相対速度を0にしたうえ、自転車の安定を保ちつつ、スカートをめくり揚げ、おしりをさわつたと?。シャトルのドッキングぢやあねえんだけんど、まあ大変器用な方だ。そんなことをして楽しいわけがない。おぢさんにとってそんな事件をしでかして警察のお世話になることぐらい情けないことはない。私なら絶対に避けたいし、まして見も知らずのお嬢さんのおしりを触るなどと大それたことをしでかしたら家族に合わせる顔がない。よしんば事故でそのような嫌疑と恥辱を受けるようなことがあれば、全力で逃げる。そりやもう下水にでもはいずりこんでジャンバルジャンのやうに逃げる所存だ。有名な先生の秘書ならば、言動、行動、金銭の出納などそれはそれは細心の注意を払つて先生、その家族、支持者、関係者のみならず自分自身身を慎むものなんぢやないの。それが何を思つたか自分の経歴を破壊するやうにジョシコーセーのオシーリィーをモミョーンでしょ(昔小学校の頃国語の時間に習ったロシアの話に、セミョーンとワシーリーという二人の鉄道工夫が出てきた。詳しい話は忘れたが、どっちかが労働条件に不満を持ち、線路を破壊したのを、もう一人がみつけて、走りくる列車の危急を救おうとするがうまく行かず自分の身を危うくしてしまう。そこへ人の心が残っていたその悪人が善人のそいつを助けて、悪いことをしたのに逃げもせず列車を止めて事なきを得るというヒューマニズムいっぱいの感動的なお話ではなかったかと思う。だが感動的な話を聞いた耳朶に級友の一人がささやいた。

「セミョーンがワシーリーのオシーリーをモミョーン・・・」

私は爆笑のため息が出来なくなり床に転がってもだえているところを先生に助けられ、油を絞られた思い出がある。この名作は父から子へと語り伝えられていったのでした)。

あ、こいつセンセの盾になったな、って思っちゃったわけですよ。どういうことかというと、世間の羨望とやっかみが集まるセンセは、頭のおかしい奴の標的になりやすいだろうなあ、とは容易に想像できることなのである。かつて日中戦争前夜戦争反対の立場だった総理大臣が駅で凶刃に倒れるという事件があった。あのあとなし崩しに戦争の泥沼につっこんでいつちやつたんぢゃなひか。演壇で議員先生が刺されたこともある。我が国はそういう国なのである。それが大臣就任早々に秘書がこんな情けない事件をしでかすということは、頭のおかしい奴のガスを抜くのに大変効果があっただらうと思つたのです。昨今はクルマで突込んで刃物を振り回す輩も珍しくない。「くそ、あの女えらそうに。こいつに仕分けられて、仕事がなくなって契約切られたじゃぼけ、ゆるさん」などと八つ当たりのようなことを考えて突入する物騒なおっさんが出ないとは限らない。よせそれは貴様の思ひ過ごしだ、と言つてあげる人間が側にいない孤独な奴が多いのだ。そういう孤独なおぢさんがこのニュースをネットで見て、2ちゃんねるで笑いものにされているのを見て、「けけけ、ざまあねえぜ、政治家の秘書なんざバカばっかりだ」ととりあえず秘書をバカにして留飲を下げてくれる分にはかなりのガス抜きになる。危険は回避されるのである。秘書があやしい金のやりとりをしてセンセの政治生命も危うくなるというようなこともなく、ファンからは「お気の毒に」と思われて傷も付かない。故意に、自分の経歴に泥を塗ってジョシコーコーセーのおしりをさわって先生を護つたのだとすると本当に勇気のあるえらい秘書だ、あつぱれである、とおもふわけである(事件自体は示談ですんでおり、秘書は逮捕された訳ではない)。

 でもぉ・・・東京ってそれをしますかぁってくらいバカなことするおっさんもいっぱいいるから本当のところはわからない。

 

 スーパーで「ワールドカップ日本応援ポテトチップスブロマイド2枚付き」は88円になっていた。先々週だったか3つ105円くらいだった。そのとき、「安いなあ。でも、もし日本が勝ち上がったらすごい値段が上がったりして。買っとこうかなあ」と思ったのを覚えている。肝心の試合は3試合ともほとんど見ていない。ボールが右に左にと画面をさまようい、ブブゼラの心地よい響きに誘われるように眠ってしまうのである。いいなあ、ブブゼラ。ダイソーが輸入してくれないかなあ。

 

 われもすまふ三田はゆりのき台といふところに、いかでかはしらねどデリヘル嬢来たりて、大阪工業大学が学生(宝塚在住)その9万円入りたるバックを奪ひけり。盗人にわかに警察に捕らわれぬ。いとすさまじきことぞありけり。そもデリヘルとはなんぞと問へば、訪問へのこしごき、となむいひける。いみじうあさましきことぞなむ聞きけり。さあれども、もろこしなどにたつきとられて若人のデリヘルや盗人に身を落としぬことこそいとあさまし。

 

2010年6月19日(土)Pholidota imbricata開花

 Pholidota imbricataが開花した。

 雨が止んでいるので庭の散策には助かる。一日運転手をしていたような気がする。

 カトレアの最後の一輪がおわりつつある。とうとうカトレア連続開花が半年でとぎれるのであろう。カトレアはまあ長々とは咲いてくれないのでよく続いてくれたと思う。

 雨で庭もぐずぐずだから蘭の棚の設置がはじまらない。今週も蘭関連の活動は不活発だ。

 

 ジャガイモの生育が悪い。よその畑ではちゃんと育っている。恐ろしく土がやせているのかもしれない。10年まともに耕作していないということを聞いたような。カリウムが足りないのだろうか、と疑っている。

 田舎からじゃがいもが送られてきた。20kg。そういえば正月に種芋を買ったなあ。芋を見たとき「負けた・・・」と思った。

 黒大豆の苗が20本くらいしかできていない。ヘタだなあ。ダイソーのナメクジ殺しを撒いたらこれまでになく多数の死者が・・・。たいへんよく効く。こいつ等が夜な夜な黒大豆の芽を食いに出ていたのであろう。

 山田正彦著「日米食糧戦争」だったかを読んだ。引き込まれる内容で、前の農水副大臣の書かれた小説と知って驚く(現農林水産大臣でいらっしゃるとはしばらく気が付かなかった)。自分を主人公に書いた小説なのだろうか。「民生党」と書いてあったがしばらく「民主党」だと思って読んでいた。天下り官僚の利権についてもいろいろ書いてある。民主党のアメリカにタイする考え方の一端がよくわかる。今はのど元過ぎて忘れているが、原油価格が高騰し、コーンがエタノールに化けていた2008年ごろ、食糧事情はわるくてパンが食えないエジプトなどの報道があったなあ。小説といいつつ、げっとおもうような事実がてんこ盛りで、近未来といいつつ、今年か来年に日本が飢餓状態に落ち込むことはあり得ることだと思えるのである。食糧自給率40%は統計のある140カ国中120位とかいう記述がある。こういうのはフィクションとは思えない。食糧生産国のアメリカ、オーストラリア、カナダ、フランス、ロシア、アルゼンチン、中国、タイなどは気候変動、人口爆発、奢侈化などにより食糧を提供する余裕が減りつつあるというのも納得が行く。あの一昔前の米不足を忘れている人が多い。近い将来日本は「ぎゃっ」というめにあって食糧を増産せざるを得なくなると考えている。著者は、若者に期待するところ大なのか、都市で仕事にあぶれた若者が故郷の五島でたくましく食糧生産に携わる希望のもてるシーンで終わっている。(平行して読んでいた花村萬月著「汀にて」も舞台が五島で、こっちはエロかった。偶然とはいえ面白い。4冊まえにも幕末の五島がでてきたような)日本はもともと農業人口がもっといてもいいわけで、都市で働くのに向いておらず、じっくり考えて辛抱のできる人が農業で働ければ良いものを、自給率を先進国中最低にまで下げて過度に雇用を減らしているのである。なんやかんや驚く話満載の本だった。

 

 ワールドカップ、日本はオランダ戦の夜である。私はサッカーはともかく、オランダのファンだ。幕末、勝海舟はじめ多くの日本人がオランダ人から蒸気船の運用方法を長崎で学んでいる。オランダ国王は、ペリーがくる以前から幕府に世界情勢を説いて準備を進めるように書き送り、開国後は咸臨丸など蒸気船をくれただけでなく、立派な教官を送り込んで枢要な日本人に西洋技術をたたき込んでくれた。その当時の物語を3冊〜5冊の本で読んだ。同じシーンを複数の本で読むというのは妙な気分だ。主人公が松本良順だったり、勝海舟だったり、塩飽諸島の船乗りだったり、数学者の山本さんだったり、榎本武揚だったりするのだ。日本史の名場面といっていいだろう。

オランダ人と仕事をすることもあって、なんとも立派な人たちだと感じていた。人口1500万人くらいでノーベル賞は日本より多かったのではないか。

いろいろ尊敬しているオランダに二次大戦中日本軍がいろいろやったのではと気になって調べてみた。二次大戦までのオランダはインドネシアに植民地を持っていた。300年間インドネシアの人々の必要な食糧を制限してまでオランダが商う商品作物を強いて作らせていたという記述に衝撃を受けた。4万人のオランダ軍に対し5万人の日本軍がやってきてオランダ軍はさっさと降伏したという。そのときどういう扱いをしたのか気になるがまだ記録を見いだしていない。やがて日本が戦争に負けて、英国が統治し、オランダも乗り込んできた。スカルノなどの独立運動が始まり、オランダ軍は「警察行動」と称してこれを軍事的につぶそうとした。日本軍の武器をインドネシア人が奪い、インドネシアはオランダと戦った。日本人も本国の意向に逆らってインドネシア人に混じって戦った。国際的には、「植民地に固執したオランダ見苦しい」という世論がたち、オランダはインドネシアを失う。インドネシアは植民地時代の搾取について謝罪するよう、要求を続けている。まったく私が知らないオランダの意外な一面だった。しかし、中立と言っていたのにドイツに占領されて、抵抗すれば食糧封鎖され、チューリップの球根を食べて飢えをしのぎ、海外では植民地を失うなど、戦勝国でありながら失うものが多かった。

いろいろ見習うべきオランダだが、まあどこもいろいろな歴史があるということなのだろう。

 

「下流大学が日本を滅ぼす!」に先日ふれたのであるが、大阪の某私立大学の学生さんたちには大層しっかりした方々が多かった。一緒に仕事をしたその学生さんから「結婚しました」という葉書が届いていた。今日まともに結婚する若い人が少ないように思う。その学生さんは最初にあったときに机の上に「週刊少年ジャンプ」がどーんと置かれていたのをみて、「こいつはだめだろう・・・」とおもっていたのである。しかし、しっかり考えてアイデアを出し、行動して仕事の出来る学生だった。しっかりした文章が書ける男で、卒論もよくまとまっていた。就職も順調だった。30代前半で結婚したのだろうか。きれいな嫁さんをもらっている。彼の先輩の女子学生もしっかりした考え方をしていて、いい仕事をして卒業し、今では二人の子持ちで幸せに暮らしている。

「下流大学が日本を滅ぼす!」は面白い本ではあるけれど、「下流」かどうかは本人次第だ。職場が、学校が、先生が、親が、友達が、といっても結局本人次第だ。

 

 

2010年6月14日(月)

 雨だった。降ったりやんだりだ。

 

 三浦展著「下流大学が日本を滅ぼす! ひよわな“お客様”世代の増殖」を読んだ。立場によって感想の分かれる本らしく、下流にくくられていると思っている人には身もフタもないことが書いてあり、アマゾンの書評にはどうしてこれほど書き込みがあるのかというくらいの反響で、「半分まで読んで捨てた」「根拠がない」「読むに値しない」などの評が寄せられている。これらの評は、読者の悲痛な叫びのようなものが感じられ、それゆえ書評を読んだ人がただならぬものを感じてさらに読者が増えるのではなかろうか。

 著者は、あえて自分の部屋にいる同僚にでも話すような文体で「大学へいかないほうがいい人が行ってしまってるんだよ」というふうに記述されている。こういう語りかけるような記述の仕方は大変新鮮に感じた。

 読者が「講演収入2000万円をひけらかしている」という書き込みも書評欄にあったが、この「2000万円」が鼻についてかちんとくるようにわざと書いてあるとおもえる。著者はこういうふうに読者の横面を張るという激烈な本だ。これだけ本を書いて、多くの人の考え方に影響を与えているセンセの講演収入がそれくらいあって当然だろうとおもうので、ある種の読者は「やっぱりそこにかみついたか」と感じた。稼ぐことの相場がわかれば当然の報酬と思うし、そうでないひとにはやっかみの対象になる。あえて読者をゆさぶっているのだろう。

 子を持つ親の視点からは、大変重要な示唆を受け取ったように思う。多くの家庭の収入とその家庭の子供の教育にかかる費用が詳しく記述されている。フィクションではないだろう。かなり赤裸々だからインパクトがある。大学で遊んでいる息子娘のためにかけた費用がこれでは親はたまったもんではないだろう。ただ大学を目指すのではなくて、ちゃんと生きてゆけるように手助けをするのが親のつとめだと再認識した。やっていることは真逆で、子供が手を動かす機会を奪い、ものを考える訓練から遠ざけ、脳の活動を押さえるというケータイやゲームを与え、というところか。家計に多大な負担をかけて必要なことを学び取っているのか?とこの本は問うているのである。著者も人の親として、理不尽な批判を被ることもいとわずに大変きついことを若い人たち、高校、大学、親に書き送ってくれているのである。これは大変な勇気だと思う。

 「働けるだけの対人能力を付けろ。働いて食えるくらいの学力はつけろ。人として働く能力を低下させるような大学へゆくくらいなら手に職をつけろ。」とごくまっとうなことを書いてあるのだが、実際に働いている人にはあたりまえでも、まだずっと勤められるほど働いていない人には何を書かれているのかわからないかもしれない。

 下流ってのは、易きに流れることだと私は考えている。勉強とゲームならゲームをとる。入試か推薦かといえば推薦をとる。就職かバイトかといえば、バイトをとる。仕事で金を稼いでくるか、親に養ってもらって家でごろごろするか、といえば家でごろごろをとる。「とる」と書いたが、本当は「出来ないのでいやおうなく能力が低くても出来ることをせざるを得なくなる」ということで、これが下流の本質だと考えている。イメージとしては、頭がしぼみ、手がしぼみ、腹が出て、足も萎えてきて、色が白く、被害者意識が高まり、いつも不安で、ぼーっとしてまるで亡者のようだ。これは私から見れば気の毒なことではあるが、当人にすれば安楽なことかもしれない。

 人間だから気分良く生きてゆきたい。でも明らかに競争は存在している。楽しげなゲームや娯楽の誘惑は強烈だ。ちょうど個々の関係が、友達、親兄弟で希薄になる時代だった。能力は低下するが、それをとがめる人からの逃げ場があった。自分だましの人生に落ち込むと容易には抜けられない。どうも同じことばかり堂々巡りのように考えちゃうらしくて「あの女が・・・」「あのセンコーが」「あのおやじが・・・」など過去の記憶の周辺を何年もぐるぐるぐるぐるまわっているという人をみたことがある。私の考えでは、下流でなくなるためには、考え方を変えるだけでいい。つまり、娯楽享楽怠惰に支配されず、働いて食える人間になる、という意志を持つことだと思う。いや、それが根本であって一番難しいことかもしれない。その辺りは出来る人間は当たり前のように出来る。脳にそういう設定があって、それをちょいとかえると「気分爽快明るく朗らかに取り組む人間」になってしまうというものがあるんじゃないだろうか。人間の意欲はどこからくるのだろうか。

 解決策は、著者が言うように不要な大学へわざわざ通って借金を作ってまで能力を落とさないこと、大卒でなくても仕事がしっかりあること、生活力をつける教育をすることだとおもうが、まあ簡単ではないのでしょう。このセンセは自分でも書いているように結構影響力があって政策に反映されている案件もある。おっさんたちにはこのセンセの記述は大変クリアーなのでこの本に沿った、もっと若い人を大事に、ちゃんと能力をつけて育てる世の中に変わってゆくものだと私は信じている。

 

2010年6月13日(日)

 週明けから膝を痛めてへろへろな一週間だった。蘭の活動はあまりない。昨日裏庭においていた蘭棚を引きずって、球根回収の完了した庭に置いただけだ。本日から梅雨に入ったらしく一日中雨が降ったため何もせず。

 Pholidota imbricataが開花しそうだ。

 

 本日も黒豆をプラスチックトレイ2つに74個植えた。先週植えたものはまだでてこない。先々週植えたものは7本ばかり出てきた。

 庭のユリは4種類が開花。赤、オレンジ、黄色、白。

 タマネギの取り入れは昨日完了した。花茎が出たものの割合は昨年より少ないが、タマネギ自体の大きさが例年よりも小さい。ともあれ作付けが多かったため例年の2倍程度の収穫があった。今年もタマネギは高値かもしれず、たいそうな節約になるかもしれない。

 畑のインゲン3種、大正金時、うずら豆、花豆につぼみが出てきた。

 ジャガイモはえらく生育がよろしくない。土地がよくないのだろうか。不思議だ。

 

 管さんというと、お金持ちの気のいい友達とつるんで、その友達に大層迷惑をかけたという話である。属している組織の内紛で、それぞれ担いでいる上役と外部に逃れるが、友達の担いでいる上役が返り咲いて、政権を獲った。友達が権力の座に着くが、彼は「管の方が私より優れているから」と言って政権を管に譲り渡してしまう。その友達の見立て通り、管は見事な政治手腕を発揮して春秋の中原の覇者へと斉を導いていったのでした。(管鮑の交わり)

 こういうストーリーが展開するのならまことに結構なことである。しかーし、リーダが変わればなんとかなると思っているのなら日本人は病気だ。なんだかリーダさえ良ければ自分たちはマグロみたいにリビングに転がってテレビを見て文句垂れていればそれでええとおもっているフシがある。リーダが変わったトタン支持率が20から60になったと?ほー。支持率ってのは気分で変わるようなえーかげんなもんで、こんなものを理由にほいほい指導者が替わるんじゃこの国の政治形態は我が国独特のものと言わざるを得ない。サッカーが不調だからといって指導者を換えればどうなるちゅうもんでもないし、実際にサッカーをやっている関係者が選んで決めたことを観客がぎゃーぎゃーいうのはどうかと思う。どっちも日本人そのものの力不足とは考えないのである。マスコミ病ですな。

 

 足をくじいてからおとなしくしていたが、だいたいろくでもない目に遭っていたような。久しぶりにプレーヤーで音楽を聴いていると、どこでどう紛れ込んだのか「あなたがいた時間がぁー」で始まる歌唱力の高い女性歌手の歌が入っていた。いい雰囲気のカップルの情景だけれど、なぜか短調である。さびの部分で一気に緊迫する。うげ、彼氏が浮気しとるんかい。緊張感漂うおつき合いだ。いよいよ別れを切り出されて歌声はやけくそのようにますます冴える。うーん、これは名曲では。虚脱と回想。映画のような情景が浮かぶ見事な歌であった。最近は歌詞の一部からどんな曲か検索すると動画付きで出てきて聴けるところがすごいねえ。こういうお別れの曲は女性歌手が歌うものをよく記憶している。「September」も彼の浮気が原因であった。男バージョンでは「順子」ぐらいしか思いつかない。こういう曲をききながら、今週もさんざんだったなあ。

 

 川にオオサンショウウオを見物に行くと5匹も居た。結構目立つのだか、天敵に襲われたりしないのであろうか。30cmから70cmまでいろいろだが、30cmでも結構年食っているというが。

 

 

2010年6月6日(日)

 蘭の棚設置のため庭の球根堀りを行った。980円という巨費を投じて大きな総メタルのスコップを買ってきた。わはははは。すごい威力だ。見る見る球根が掘り返されてゆく。10kgぐらい出てきたのではないだろうか。

 

 それで珍しく一気に片づくはずだったのだが、またも家族にけが人が出た。休日対応の病院を消防本部に電話をして聞き、病院に連絡を入れてからけが人をつれてゆく。警戒レベルをかなりあげていたのだが、まあ事故は起きるか。それにしても最近やたら色々起きるなあ。

 

 先週植えた黒豆は発芽1という有様で、今後苗がとれるかどうか不安になってきた。

そこで、昨日農協で黒豆の種(といえば結局黒豆)を100g300円で購入しておいた。農協のタネだからそれなりに気合いが入っていることだろう。みるからにうまそうだったし。

さらにこれをHB101入りの水に浸し、本日ビニールポット76個に土を入れて植えた。昨年やったやり方である。本日ロイヤルホームセンターで苗育成用プラケースを見つけた。23円で植木鉢様のプラポットが連なっている。各種の大きさのプラケースを4種類買って帰り、2つに残りの黒豆51個を植えた。

 

2010年6月5日(土)

 蘭の棚設置のため庭の球根堀りを開始したが、足の膝を故障していたためさっぱりはかどらず。

 

 昨日通勤途上でダッシュしたところ足の膝をくじいたらしい。庭作業、畑作業等が困難になりこのくそ忙しいときにえらい目に遭っている。畑の調子も今ひとつだなあ。

最近いろいろとろくでもない目に遭っているのだが、本日のそれはすごかった。2車線の比較的太い道をクルマで通行中、青信号を40kmで通過しようとしたところ、50代とおぼしき女性が私の方は見ずに、反対側を見ながら赤信号で横断を開始した。直ちに急停車し、女性の手前3mに停止した。私は目の前の青信号を見ながら何か間違えたのだろうかと思ったほどだ。おばさんはこちらを見たが、会釈一つするわけでもなく、悠々と赤信号で道をわたっていった。こういうときに抗議出来ないタイプの人間のようで私はその後ろ姿を見送るしかできなかった。

「ごらあ、おばん、死にたいんか!」

というべきなのだろう。それが世の中のためになるとわかっていても、私には何も言えなかったし、今も別に言いたいとは思わない。なんだか異常なものを感じたのである。このごろの世の中は、私が考える以上に危ない、ということを感じつつある。

この日は早朝にも運転中ハザードをつけて道の真ん中で止まっている軽トラックをよけるため反対車線に出たところ、その先に田植機が低速走行しており、本来の車線に戻れず、反対車線を進行してくる赤いクルマにぶつかりそうになった。これはこれで恐ろしかったが、原因は私の不注意である。

 

普天間基地の云々で首相が替わる?。ちゃうやろ。案外高速道路2000円ちゃうか。有権者の大多数は最近財布の具合で支持率決めとるんちゃうか。せやから管首相になったらいきなり高速道路2000円になったりして。

国際的にそんなしょーもない理由でころころ首相かえとる国があるか?。景気いいんでしょ。普天間にしてもあれだけ「すみません」とまで頭下げてとりくんでくださっていたものを「期限が来たのになにしてんだよぉ、おら」といって「国民がみむきもしてくれません」と言わせて辞任されて、国民さんあんたらそれでいいわけ?アメリカじゃ大事に4年なり8年なりお世話してもらうわけでしょ。8ヶ月ですぜ?このところそんなんばっかりじゃないですか。

国民の財布加減に左右されるリーダーだと、本当にこの国の将来に必要な政策を継続して実行できないわけでしょ。しょーもない理由でころころ支持かえんのやめねえとそのうち自分達の首が絞まる。

 

2010年6月4日(金)Cym. Sweet Debon ‘Sweet’開花

 Cym. Sweet Debon ‘Sweet’ が開花した。 

 

2010年6月3日(木)パフィオ?開花

 パフィオ?が開花した。あれ、このパフィオなんだったっけ、と書く段になってよくわからなくなってきた。

 

2010年5月30日(日)Slc. Cosmo-Beau ソフロレリオカトレア・コスモビュー開花

Slc. Cosmo-Beau ソフロレリオカトレア・コスモビューが開花しているのを見つけた。

最近夜寒かったのでろくすっぽ棚を見回っていなかったので、つぼみを見逃してしまい、咲いているのを見て驚くのであった。やたらナメクジがのさばっている。前回まいた薬が弱かったらしい。やはりダイソーのなめくじ殺しがよく効くようである。

このところの強風、長雨、低温で裏の棚を見回っていなかったのだが、ネットがすっかりはずれていた。ダイソーで買った針金でしばっておいた。

 

本日も昨日に引き続き、備中鍬をふるってかつてないほど広い面積を耕した。サツマイモを植える場所をまだ耕していないのに本日も苗を買ってきたためである。苗屋さんに昨日聞いたところでは、この時期のサツマイモを植えると、来月伸びてくるつるを切って株を増やすことが出来てお得なのだそうだ。やったことはある。収量はどうだったろうか。

大豆の発芽率が低かったので大豆畑は空き地が多いため、ここにサツマイモを同居させることにした。つまり大豆はさつまいものための肥やしという扱いである。

耕作面積は80%に達した。いつも思うのだが、農業がヘタだ。大体ワンテンポというか3週間というか遅れている。

手がまめだらけだ。備中鍬を振り回すと翌日腰にきていたのだが、最近は平気なのが不思議だ。

 

子貢政を問ふ。子曰はく、「食を足らし、兵を足らし、民をして之を信ぜしむ。」

「じゃあ先生、やむを得ずどれかを仕分けるとしたらどれを削ります?」

「兵を去らん」

「じゃあ普天間基地は廃止と・・・。つぎに削るのは残ったうちのどちらですか」

「食を去らん」

「まあ確かにコーテーエキは速く手を打たないとねえ。ん、なんかちがうか?」

「民は信なくんば立たず」

「たしかに、支持率がこれじゃもちませんはねえ。でも日本人の信じる、信用する、信頼する能力にも少々問題があるような気もしますけど」

 

2010年5月29日(土)セッコク開花

連日最低気温は9℃ほどにさがっている。バンダ類は家に入れていた。

セッコクが咲いていた。なんとも寒い5月だ。

そろそろカトレアが終わりそうである。1月からずっとなにかしらカトレアが咲いていたのだが、とうとうカトレアの日々も途絶えそうである。

 

天候不順のためか家族も風邪引きが多い。朝から家族のフォローである。病院に送って行き、お勉強をしていた。病院のロビーでパソコンが解放されており、インターネットを扱える。へー、便利になったねえ。うちのサイトは見えるが、検索して見るサイトはいろいろ制限がかかっている。

帰って畑を耕す。本日はしつこくじっくりやる。じゃがいもで失敗しているようだ。水はけが悪いとジャガイモは調子が悪い。溝を掘りながら、畝を別途作る。20m耕した。

先週植えた大豆はいくつか生えたようだがなにかに食われているようだ。大豆類を植えるときは注意が必要であるようだ。

大正金時は9割ほどが生えている。インゲン類は害虫が少ないのだろうか。

タマネギにトウがたちはじめた。気候がすずしかったからだろうか。近くの畑のタマネギはもっと大々的にトウがたっていた。トウが立つとタマネギはよろしくないようだ。ひょっとして今年も高値になるのだろうか。必要量は確保できそうだ。

また歯医者に家族をおくってゆく。帰り道サツマイモの苗を探す。今年は苗が高くないか?1本48円?。ホームセンターでアンノウイモつる25本1250円が見切り品300円になっていた。これだけ値段が下がるのだからきっとへろへろなのだろうなあ。そんなに状態が悪いようには見えないのだけれど。アンノウイモというと鹿児島のブランドサツマイモじゃなかったろうか。なんだか難しそうだ。これはリスキーだがなんとなく挑戦してみたいので1束買ってきた。安い苗でうまくいったためしがないのに懲りないねえ。

そろそろ黒豆を植える時期である。畑に直に蒔くとなにかに食われてしまいそうなので苗を育てることにした。農家では苗づくり用のトレイがあるのをネットで見た。それらしいものが農協で売られていたので「これ黒豆用ですか?」と聞いて買ってきた。128本のプラ鉢が連なったようなトレイ235円である。1つの容積は30mlほどだろうか。そこに8mmΦほどの穴が開口している。土を入れてみると結構ぬけそうだ。ベラボンを入れて塞いでみたがうまくない。ともかく畑で土を満たして持ってかえり、小さな穴のあいたトレイの上においた。これによく水をやって、農家の人から藁を買ったときにおまけにもらった黒豆を植え込む。黒豆はへそを下にして植えるのだそうだ。へそというものは、のっぺりした豆に一カ所あるあのチャックみたいな部分だろう。それしか見あたらない。へそから根がでるのだろうか。そうなのだろう。豆があがってきたら皮は手で取り除いてやるという。128個植えるのは結構手間だった。この苗の数が多いのか少ないのか。場所を確保しているが、畑の縁にもずらりと植えてやろうと考えている。昨年は鹿に食われてさっぱり出来なかったが、今年こそはたっぷりつくってみたい。そういうことを毎年15年間言っているような気がする。丹波の黒豆というのは結構難しい。ちゃんと農薬をかけることも検討したい。

 

政治って、「ぎゃっ!」と思わせておいて、議論を巻き起こし、「じゃあこれならどう?」と持ってきた案には渋々ながら「まあ、これなら・・・」と受けとらせてしまうようなテクニックがある。「消費税15%」といって「ぎゃっ!」となってケンケンがくがくの議論をやったあとで「じゃあ10%で」、「まあ、それなら・・・」とくるのだろうか。普天間基地のあれはなんらかのテクニックがあったのだろうか。あれで激しくこけて見せておいて実はもっと大事な案件が進行していたのだろうか。軍縮したい米国と、隣国からなめられちゃって軍拡したい日本政府の長期に渡る戦略のため国民意識の醸成をはかったのであろうか。だから次にくるのはプチ有事なんだろうか。朝鮮かなあ。竹島かなあ。尖閣諸島かなあ。北方領土かなあ。かんべんしてほしいなあ。自民が戻ってきて煽るんだろうか。「沖縄県民の痛みを無視して本土にも基地はいらないという。米軍をいらないというなら、誰が日本を守るんですか。あなた方の国家ですよ」って。わからんねえ。

 

2010年5月23日(日)

朝から暴風雨であった。寒いし、雨も風もひどいので屋外では何も出来ない。

 

2010年5月22日(土)Slc. Rocket Burst ‘Deep Enamel’ HCC/AOS開花

Slc. Rocket Burst ‘Deep Enamel’ HCC/AOSが開花した。天気が悪くなるそうなのでせっせと撮影をした。

 

歯医者は本日で終了した。歯石取りがきつかったが、今期は親知らず抜きだのいろいろ盛りだくさんで4ヶ月ぐらい通っていたのではないだろうか。

歯医者のあと家族の用事に引き回されつつも、夕方には時間が取れて農作業にいそしんでいた。買出しのさなか「サラダゴボウ」の種210円を買った。本来4月ぐらいに植えるべき種であるが、6月上旬までいけるように書いてあったので買ってしまった。秋に植えたゴボウが思いのほか立派に育ったのに味をしめて、畝を耕して植えた。

花豆の芽がでていたので、先週竹やぶから切り出してきた竹を横に立てておいた。

 

ええ?戦争するんですか。まじっすか?。でもなんで魚雷撃ってくるんでしょうねえ。かの国はもはや軍隊の暴走を止められない?それってタイみたいなんであまり不思議ではないというか、軍ってそういうもんなんですかねえ。しょうがないねえ。それで元首が隣の国にいざというとき逃げられるように根回しに行っていたと?軍は、かの国の状況を変えるには軍が暴れて国を戦争にたたき込みぼこぼこにされて統一される、というようなことをねらっているのか。日本は対岸の火事?。沖縄は台湾と朝鮮の両方ににらみを利かせている重要な基地なんだって。それで岩国とかじゃだめなのか。何ともきな臭いねえ。

 

タイってなにやってんだ、って思うよね。クーデターで政権が倒れるってのはあってはならんことでしょうに。やっぱりこういうことになってしまった。なんで軍隊が市民に銃を向けるの?。荒れるに決まってるよね。しっかりしろよ、って誰も言わないのか。

本日ドリアンを見かけた。タイ産。1280円。まあ商売はがっちりいきましょう。

 

黄帝液、じゃない、コウテイエキ(漢字を忘れた)のウイルスは、英国からドーバー海峡を渡ってフランスに飛び火したみたいなオソロシイ記述を見かけた。75km飛んでうつった、という記述がコワイ。わずか10個のウイルスで牛が売り物にならなくなるというし、かかった牛は何億個ものウイルスを生産するというから(ブタは牛の1000倍生産するという)、人の行き来が激しい日本は、日本発全世界コウテイエキなんていう最悪のシナリオもありうるわけですよね。そうなったら世界中から賠償を求められる?。それ以前に、日本から各国への渡航は認められず、日本逆鎖国(世界中から来るなと言われる)ということだって考えられる。そういうオソロシイ事態を、英国で封じ込めに1年かかった苦労話から想定してあらかじめ法律をつくっておくといいんだけど、まあ私のようなぼんくらが役人だったらやんないだろうねえ。

コウテイエキ対策法は、出た!、という第一報から24時間以内にあらかじめ指定していた疫学専門チームが現地に入り、警察による近隣の封鎖、自衛隊による特殊運搬車両導入、消毒処理の開始、処理施設の設営などをやる。自治体は国の指揮下に入り、農家は法律に則った処置と補償を受ける。変異するおっかないウイルスへの対応を自治体に任せておいてよいものとは思えない。まあ次はうまくやると信じている。

 

愚息がちゃりんこでこけてえらい目に遭っていた。悪くすりゃ死んでた。あとのフォローが大変だ。人間一寸先は闇ですなあ。もっともちゃりんこをなめていた愚息には、おまえの運転あぶないぞ、と数日前に警告を出しておいたのだが一週間を待たずにこけたか。がっぽり保険かけようと思っていたところだったのだが、保険屋のおばちゃんの電話番号を忘れてもたもたしていたため間に合わなかった。

 

2010年5月18日(火)C. walkeriana v. coerulea × C. schileriana v. coerulea開花

C. walkeriana v. coerulea × C. schileriana v. coeruleaが開花した。なるほどセルレアである。

 

2010年5月15日(土)Cym.devonianum開花

Cym.devonianumが開花した。昨日開花していたようだが、記録を忘れていた。

 

 トップページのL. crispaは大変すらりと美しくてあまり縮れて見えないところを見ると、ひょっとすると札が入れ替わって別のレリアが開花しているのではなかろうかという気がしてきた。レリアパープラタとテネブロサの交配種がいたように思うがどこへ行ったのか。L. lobata coerulea ×L. purpurata ‘Docrenta’というやつだ。将来的に「ははは、間違えた」とか言っているかもしれない。

C. intermedia var. aquinii coerulea × C. novilior coerulea ‘Blue Blood’と思っているつぼみがあるのだが、札が飛んでいて、つぼみの点点を見るにC. walkeriana v. coerulea × C. schileriana v. coerulea ではないかという気がしてきた。気難しいシレリアーナの性質のためか2つあるつぼみの1つがしけた。この開花にはちょっと期待している。

なんにしても最近管理がええかげんなのが悩みの種だ。

 

 夕方庭で勉強などしているとまだ寒いので花つきつぼみつきは家に持って入った。

 

 まーたメールでお返事がかけない。大豆を植える際水に浸しておくべきかどうか、という質問をいただいていたように思う。そうすべきなのかもしれないが、面倒くさいので袋からだしたまま地面にぷすぷすと埋め込んで植えていた。「北海道産大豆250g138円」の発芽率は4月に植えた次点で寒かったり乾燥していたりして6割程度だった。広い畝に大豆の苗が所々ぬけて生えている。コンパニオンプランツとしてナス科の植物と一緒に植えるとナス科のナス、トマト、ピーマン、ジャガイモの育ちが良くなる、と書いてあったように記憶している。そこで本日それらの植物の近くに大豆をぷすぷすと地面に押し込んできた。枝豆ができれば御の字である。そうでなくても本命の作物がよく実ればありがたい。大豆はサポニンという毒性物質も持っているらしいが、ゆでると取れるものらしい。連作も嫌うそうで、何度も同じ手は使えないかもしれないが、ナス科植物を繰り返し同じところに植えたりはしないので問題はなかろう。 

 

 柑橘天国はさすがにイヨカンも劣化し、多量の小夏が届いたのでこれにシフトしつつある。小夏は日向夏ともいわれ本日1個198円というものを見た。結構高級品らしい。柑橘天国のおかげで太って体の調子があまりよろしくない。

 

 

2010年5月15日(土)Den.ゆいな開花

 Den.?ゆいなが開花した。I氏からもらったものではなかったろうか。

 L.crispaが大変かっこいい。もっと縮れて冴えないレリアだと思っていたのだが大変立派である。本日は天気と光線がよろしかったので多量に撮影をした。

 

 畑は60%に植付けが終わっていた。4月29日に植えた大正金時は、先週の日曜にはなにも出ていなかったのが、今日見るとずらりと本葉を出していたのには驚いた。ダイソーで大根、ミニトマト、ピーマン、にら、オクラ、ゴーヤの種、各53円を買ってきた。

 

 歯医者は虫歯の治療をした後、歯石をとりはじめたので今日で終わりか、と痛みをこらえて期待していたのだが、来週もこいといわれた。あーあ。今日もけっこうきつかったなあ。あとでぐったり来た。

 

2010年5月14日(金)Den.?古参5開花

 Den.?古参5が開花した。名前は戴いた当時の呼称がそのままスライドしており、古参デンドロの5株目ということらしい。

 

 サーバーのファイルを操作する別ルートを見出したので、サイトの更新ができなくなるという危機はとりあえず回避できた。「ちっ」

 

2010年5月13日(木)L.crispa開花

 L.crispaが開花した。どんな縮れかたをするのであろうか。

 

2010年5月9日(日)

 4時間もパソコンの前で何をしていたものか。更新したところ、蘭友のI氏から「遊びにゆきたい」というメールがあったことに気がつく。「どうぞ、待っております」と返信しようと返信ボタンを押したところ、返信のページにならず、あれこれ試してもうまく行かない。なんというかメールページもリニューアル後えらく使いにくくなったものである。世の中進歩しているのか知らないが、以前の軽い環境で満足していたものが、かえって使いにくくなるということはあるようだ。別の通信環境からでも送信しにくくなっているのでよほどサイトのつくりが悪いのであろう。

 ともかく、I氏になんらかの意思表示ということで、明日は畑仕事をしつつ家におります、と日誌を通じてお伝えした。

 この日誌もなにやらパソコンの不調で更新まで再起動やらなんやらえらくトラブル続きであった。一体何事であろうか。

 

 朝から種々家の片づけをした。I氏に電話をするがつながらず、倉庫の片づけをして過ごす。倉庫には積読本がうなるほど詰まっている。種々たまっているごみを捨て、本を整理する。面白そうな本がたくさんあるにもかかわらず、ここを探さずにブックオフに行って本をあさるということを繰り返したため多量の本が蓄積されてしまった。もう読んじゃって面白くない本をリサイクルしないともはやスペースがない。

 午後からI氏が来て、お土産にカヤランの仲間をいただいた。名前を聞いたが忘れてしまった。蘭友と蘭の話をするのは久しぶりである。一眼レフデジカメについてお話を聞いた。なんでも画像1枚が5MBに達するそうなのだ。うちの画像が300kBなのでさぞや重たいことだろう。デジカメの画像は取って置きの素晴らしい高解像度画像というものを目指していないため、300kB程度にしており、それ以上の設定で3Mピクセルも可能であるが、画質を落として撮影している。HPには40kBまで落としているし、スライドショーがスムーズに切り替わるような容量でいいかと思っている。まあいいデジカメを買うようなことがあったら考えよう。

 聞いた話ではレリア属から退去してソフロニティス属に移った品種が、今度はごっそりカトレア属に転属したという。聞いたときは、「はあ・・・」と呆けていたが、日誌を記述中に「じゃあRscとかはRcか。ちょっと節操がなさ過ぎるのではないか」ということを思った。蘭のゲノム解析が進んだせいなのだろうが、じゃあカトレア類すべての解析が終了して属分類が確定してから勉強することにして、やっぱ当分昔の名前で行こう、というずぼらなことを考えた。

 岡山関連の蘭展のお話を伺った。そういうのに気がつかないうちにあっという間に初夏になってしまった。東京ドーム蘭展の話もうかがった。何のかんので今年に入ってから30株増えたそうで、このサイトのルートを通じて譲渡株を発送して欲しい、という要望がある。「カトレアが多すぎる」とおっしゃって多量のカトレアをいただくことになりそうだ。もらった株のうち多くはうちで育てて、残りは蘭をもらってくれそうな人にメールを出して伺いを立てる予定である。

 あっという間に4時を過ぎて、さらに庭で蘭の鉢を手にうんちくを傾けつつ、楽しい時間を過ごした。

 

 I氏があらかた植え替えを終わっているという話を聞いて、そういえば今年はいやに植え替えが少ないなあと考えて、いくつか必要なものを見つけて植え替えをした。

 カトレア「村上」(バルブが小さいのに花が大きかった名なしのカトレア500円を、リカステ人気投票第一位の賞品に戴いたもの)をはずして結構痛んでいたミズゴケをはずし、2.5号素焼鉢に杉皮のフタをしてミズゴケで植えた。

 Epc. Kyoguchi ‘Fumi’ エピカトレア・キョウグチ ‘フミ’をビニールポットからはずし、ミズゴケをはずして、2号素焼鉢に杉皮のフタをしてミズゴケで植えた。

 

 買い物に出て、にんじんの種(ダイソー2袋105円を3袋、時なし五寸)、地這キュウリ、サラダ菜の種を買って来た。

 

2010年5月8日(土)

 庭に展開した蘭をそのまま出して、雨に当てたりしている。少々涼しいのでどうかとも思うが、まあよかろう。

 

 フォーミディブル系のデンドロビウム サマーナイトドリーム‘サチ’が駄温鉢からすっぽり抜けてしまっていたので植え替えることにした。

 

 L. crispa 'Paris' selfのつぼみがかなり大きくなってきた。selfというからには、個体'Paris'の自家受粉株と読める。パープラタみたいな花が咲くのかと期待していた。実はどんな花が咲くのか知らなかったので「Botanica's Orchids : Over 1200 Species (Botanica's Gardening Series)Botanica (編集) $24.95、」を見てみると、思わず「げっ、なんじゃこりゃ」と言ってしまった。えらく縮れたような花だ。今はソフロニティスに分類されている。HDDの写真2万枚にcrispaで検索をかける。ションバーキアにもcrispaがある。こちらも縮れているが、つぼみの大きさからして写真のように小さな花ではない。この種名から想像するに「crispa」とは「縮れた」という意味のラテン語の形容詞ではなかろうか。英語の辞書には「crisp」で「縮れた」という意味が載っていた。時々聞く「クリスピー」とは「焼いて縮れた→カリカリに焼いた」と意味が転じてゆくのが面白い。

広島植物園2004年8月18日撮影の1枚があった。なるほど図鑑とほぼ同じ花だ。2001年1月28日池袋三越蘭展で見かけた一枚、L. crispaは見事だ。なんにしても10年で2回しか見ていないわけで、ある意味かなりレアな蘭ではないだろうか。こういう蘭の画像が見られるのはこのサイトだけでっせ、といってしまう。

 

畑が広すぎて、今日まで文字通り未開のフロンティアというような畝も出来ていない領域があったのだが、やっと本日耕して畝を確定した。ボールを投げても端まで届かないほどもう一端がかなたに見える。通常の貸し農園が一区画10m2だとすると、40倍の面積がある。これでも農村の区画ではちいさいほうだ。それでもほぼ40%にものを植えた。ジャガイモ、たまねぎ、大豆、大正金時、虎豆、とうもろこし、赤シソ、トマトなどを植えた。

たまねぎを3つばかり収穫した。なんとなく長ねぎっぽいたまねぎである。来週からたまねぎだけ自給できる。

 

2010年5月5日(水)

 庭に展開した蘭を適した場所にあちこちへと移動させた。本日はかなり気温が上がったようである。

 

 サーバーのファイルリストが見えなくなったのは4月に入ってからだったろうか。ひょっとして無料HPというのは、稼動はしているもののもうサポートしてくれないのかもしれない。アップロードしたファイルが見えないので、削除したいファイルがあっても消すことが出来ず、容量の限界にある現状ではHPの更新が停止する恐れがある。そうなったらどこかへ引っ越すのだろうが、いまどきHPなんかやっている人間が少ないので、なかなか次の入居先も簡単には決まらないだろう。現在もかなり押さえ気味に更新しているので、もっとどえらいえげつないことができるサイトに移るのもいいかもしれない。いや、へろへろになってきたネット用パソコンの問題もあった。安定はしているものの、動作がかなり遅い。まあこのまま細く長くゆきたいというのが希望であった。

 

昨日同様裏山に登って、春蘭を撮影し、見晴らし場で勉強をして降りてきた。

昼飯前に勉強。13時から「畑をやっている人たちによる溝掃除」に参加した。屈強なおっさん6名による小隊は、溝の汚泥や砂、小石などを掃討しつつ800m北上し、最後に多量の汚泥渦巻く溝から多量のものを汲み上げて、それをトラックに積んでついでに自分も荷台に乗って、汚泥を農道にばら撒き、トラックに川の水をぶっかけて洗って作業を終えた。溝には、沢蟹、蝦、蛇、赤腹井守、鯊、見たこともない淡水魚、ヤゴ、タガメなどなんやかんやと豊富な生物が見られた。でかいはぜがいたけれど、あれは水質が良いことを示す珍しい魚ではなかっただろうか。なんでもふるさと環境保全事業というものらしく、帰りにアサヒスーパードライ、ペットボトルのお茶、おつまみいろいろの入った袋を戴いた。下手に渋滞につかまりつつ行楽へ行くよりもずっと面白くてインパクトがあった。もっとも腰に違和感をおぼえるほどあとがきつかった。

 

2010年5月4日(火)

 あの18cm大輪の花を50日間咲かせたBlc. Pamela Hetherington ‘Coronation’ FCC/AOSカトレア):ブラソレリオカトレア パメラヘザリントン ’コロネーション’は、3号素焼鉢から生えていた。いくらなんでもこれでは狭かろうと、植え替えすることにした。今度は3.5号鉢にそのまま入れようとしたが、バックバルブが少々邪魔だったため、取ってしまい、植え付けた。バックバルブは芽が出そうだったので、3号素焼鉢に植え付けた。それにしてもこのカトレアは凄かった。いつまで咲くのか、というくらい長い間あのびらびらの花を見事に咲かせ切った。天晴れこれぞ交配種の鑑という凄いカトレアだった。

 

庭に展開して、そのまま一晩置いたが、気候も暖かくこのままいけそうだ。だんだん気温が上がってきたため葉焼けが心配になり、裏庭の棚(通称寂光院)に遮光ネットを張ることにした。昨年までのネットはどれも経年劣化のため使い物にならなくなっていた。かなり昔に買った2m×2mのネットがあって、これを張ることにした。しかし風雪のためか棚は痛みがひどく、ネットを支える棒が吹っ飛んでいた。脚立と代替の棒をもってきて、棒を木ねじで止め、ネットを張った。別の棚にも100円ショップで買ったネットを張った。後はそれぞれ適した場所への蘭の大移動を行った。

 つぼみがいくつかナメクジに食われていたので、100円ショップで「ナメクジ誘い殺し剤」105円を買ってきた。名前からしてちょっとヒキョーな感じがしないでもない。遮光ネットも105円で補充しておいた。このたびの誘い殺し剤は粉状であった。4袋に分かれている。1回26円か。1袋をちびちびとつぼみのある株に撒いて歩いた。

 

 気温が高いのでどろーんとすごしていたが、こういうときは汗をかくのがよかろうと、畑の水遣りだの、庭の作業だの、裏山に登ってみるだのをしていた。この裏山には春蘭の株がいくつか生えていて、それを見て回ると、どうも株数が減っているようだ。それでもかっこよく咲いた春蘭を見ることが出来た。いいもんですなあ、春蘭は。

 

このところの柑橘食いで5kgも太ってしまっている。身もココロもデブだ。「何にもしたいこともないしー、楽しいことは何にもないしー、欲しいものも買いたいものもない。やる気がさっぱり起きない」という気分だったのだが、裏山の遊歩道をへこへことのぼり、見晴らしの良い場所にボーっと座って新緑の谷を見下ろして取り留めのないことを考えていたらだんだん考えがまともになってきた。最近電車で「朝5時半起きで人生が変わる」ような内容の本についての広告を見かけるのだが、早朝にこの裏山に登って文献を読む勉強などすれば人生変わるかもしれないなあ、などということを考えていた。夜のぐだぐだ過ごす時間を早朝にもってくるというのはまあいいかもしれない。おっさんになるとそういうことが可能になるだろうか。早朝出勤でねらっていることもある。朝早くには共用のリソースが空いていることが多い。いろいろいいこと尽くめかもしれない。また、習慣に勉強をまぜこむのは大変効果的である。かつてはそういう習慣があったのだが、悲しいかな最近はさぼってしまっている。そろそろお勉強の習慣を復活させる必要を感じる。山を降りて早速晩飯前に勉強をした。

 

2010年5月3日(月)

 庭に展開して、そのまま外に出しておいた。夜も比較的温かく、風邪の症状はおさまってきた。明日も暑いという。

 

 たこ焼きを作りたくなり、29日は5時間も立ったままで延々たこ焼きを焼いていた。テフロン加工していない鉄板の場合小麦粉が焦げ付いて往生するのであるが、使い込むうちにかぱっと小麦粉の殻がはずれてうまく回転させることができるようになるのである。この現象は中学校時代のたこ焼きの研究で発見していた。鉄板の「さび取り」のために小麦粉だけで焼いて、たこ焼きが焼けるようにする作業をしなければならず、29日にはそれが5回に及んだ。2時間ほどそういう作業をしていたのである。あほだ。もっと有効な時間の使い方が出来ないものだろうか。材料を買ってはじめてしまった以上後には引けず、焦げ付いた小麦粉を取り除く作業に多大な時間と労力を費やす羽目になった。6回目からたこ焼きの生産をはじめた。2ヶ所ばかりうまくゆかない穴があるものの何とか作れるようになった。それから12回までたこ焼きを量産(16×6=96個)した。

 本日またたこ焼きを作る。今度は鉄板がうまく働く。鉄板の表面がどうなっていたら小麦粉の殻がくるりと回転できるようになるのか、表面分析でもしてみてみたいものではある。たこ焼きの醍醐味は、小麦粉の殻を気持ちよくくるりと回転させるという作業にある、などと考えて今日は作っていたのであるが、150度回転させ、まだ固まっていない小麦粉を穴に流しこんだあと、新たな殻ができてそれをさらに回転させ、たこ焼きを球形に整えてゆく作業もまだ研究すべき余地がある。

 たこ焼きは8個400円から230円もする。たらふく食べるためには自分で作るほうが財布にやさしい。1回の調理で16個、それを4回で64個、大体一度に8回128個をつくり、食べた残りは冷まして冷凍しておくと家族が何度もうまいたこ焼きを食べられる。材料費は小麦粉230円、天かす80円、キャベツ120円、たこ230円、合計660円であった。

 郷里の中国地方ではたこ焼きにキャベツを入れる。他の地域では入れていないらしく、関西に来てたこ焼きにキャベツを入れる話をすると驚かれる。

 温まった鉄板の穴に天かすをいれ、その上にたこ、さらにみじん切りのキャベツをのせ、水にといた小麦粉(かつお粉を入れて混ぜておく場合もある)を流し込む。箸を一本使って調理を行う。火加減は中火くらいか。はみ出た小麦粉が固まった頃に箸で穴に寄せておく。こうしないとひっくり返すときに気持ちよく回転してくれないのである。小麦粉の殻が出来た頃に、穴の底を箸で引っかいて殻を150度回転させる。この際、内部のまだ固化していない小麦粉がじゅわっと穴に広がることが望ましいので、小麦粉の濃度をしゃぶしゃぶよりも幾分とろりとした状態に調整しておくとよい。幾度か回転を繰り返し、焼きの足りない面に焼き色をつける。なぜか天かすの油がまわって、表面がてらてらしてくる。内部に水蒸気がこもり、幾分膨れるため形の良い球状になる。初心者は半球状となるが、この球状の状態こそがベストだ。この状態で食べられる。火を止め、少し回転させ、余熱で加熱し、箸を突き刺して皿に取る。ソースは「おたふくお好みソース」を勧める。イラク産(?)なつめやしの芳醇な風味と甘味が他の追随を許さない広島県から全国を席巻するソースである。

 たこ焼き焼いて30年の歴史と伝統、なーんちゃって。この他、焼きそば、酢豚、パン、お好み焼き等を中学時代に開発したのである。当時よほど食い意地が張っていたのだろう。このようなレシピというか調理技能は個々人の文化で、これが豊かであればある程度生活を楽しめるのではないだろうか。5時間もたこ焼きを焼くなどというのは明らかに重労働であるが、その過程を楽しんでいるわけである。すき焼き、鍋物、パスタ、おでんなども得意だ。そういえば単身赴任中好きなものをふんだんに作って食べたため太ったなあ。

 鉄板の話に戻るが、テフロン付のものがあればいいわけである。そういう鉄板はホットプレートについている物が多い。しかしなんというか、ホットプレートだと火力が足りないような気がしてあまりうまく出来た覚えがない。最近はいいものが出来ているのだろう。たぶん。鉄製の鉄板にこだわるのは、安いということと、使い込めばいいたこ焼きが焼けることを知っているからだろう。今回往生したが、今後は間を長く空けなければもっと気楽に焼けることだろう。

 

 家にはいまだにイヨカンが10kgほどある。店頭から消えて1月以上になるが、小ぶりな玉はたいそうジューシーで甘く美味だ。流通の関係でうまいものが店頭に並ばない仕組みなのではないかと思う。この時期イヨカンにはある確率で客からクレームが来そうなすかすかしたものも混ざっているのである。大き目の玉はもうそういうすかすかになっており、こういうものを客がつかんだら確かに文句は言いたくなるだろう。小さい玉はうまいけれど、小さいゆえに客が避けるのではないか。本当にうまい小玉イヨカンは店には出ない。本当にうまい魚がなかなか流通に載らないように、本当にうまい柑橘がうまく流通されているようではない。魚の味を引き出すには鮮度もさることながら、適した料理方法を知っている必要がある。柑橘も魚も、うまいものを知っていなければ得ることは出来ない。うまいものを知るというのは今日案外難しいことなのかもしれない。

 

2010年5月2日(日)Restrepia elegans開花

 Restrepia elegansレストレピア):レストレピア・エレガンス が開花した。3月12日にも開花していた。

 Blc.Chia Lin ‘Shin Shyn’の鉢を落っことして割ってしまった。人にあげようと思っていたので、こいつ出てゆくのを嫌がったのであろうか、などと考えていた。植え替えに際して、バックバルブを取るのが良かろうと思えた。3.5と4号鉢のリサイクル素焼鉢を洗っておき、ミズゴケで植え付けた。

つぼみはCym.デボニアナムにも見つかっている。やれやれ、やっと咲いてくれますか。

                                             

HPのアップロードに際し、サーバーのファイルが表示されなくなっている。とりあえずアップロードはできるものの、入らないファイルを削除することがうまく出来ない。ただでさえ容量の限界にきているのでやりにくくなった。メールもなにやらリニューアルで使いにくくなっており、お返事を書くのに難儀している。モデムで10年、そろそろ限界か。かといって毎月銭を払ってADSLだの光だのはイヤだ。私はけちが趣味だからだ。同じ理由でケータイもイヤだ。それに何がイヤだといって、あの動画をだらだら見るのがイヤだ。人間はしなくちゃならない大事な何かがあるときに限って決まってつまらないものに入れ揚げるのである。私はいままで散々やってきたからわかる。そんなのは時間の無駄だ。逃げでしかない。つまんないものよりもっといいものがある。やらなきゃならないことに集中して時間を作り、やれやれよくやったといってもっといいものを見たり聞いたり遊んだりすりゃいいじゃないかと思う。まあなかなかそううまくできるもんじゃないんだろうけどねえ。

 

畑ではとうもろこし、大豆が芽吹いていた。

連休中とは思えないような元気のなさで、風邪を引いて特にしたいこともなく、だらだらしていた。買い物等で出かけはするが、連休だからといって特別何をすることもない。掃除でもするかなあ。

 

Windows7を買えるだけの金がお手伝いによってたまりつつある。ホームプレミアムあたりでいいか、などと考えている。だんだん新しいものに興味を示さなくなって枯れてきた生活をしているのだが、うちのわきゃー奴らも新しいものに疎くて妙に頼りないので、もうしばらく新しいものに付き合ってゆかねばならないか、などと考えている。

 

2010年5月1日(土)

 つぼみが多く見つかった。L. crispa 'Paris' self、C. intermedia var. aquinii coerulea × C. novilior coerulea ‘Blue Blood’、Slc. Rocket Burst ‘Deep Enamel’ HCC/AOS、などなど。

 朝の最低気温が4℃であったことをネットのデータで知った。5月だろ。そろそろ全部出しっぱなしにしようと思っているのになんという気温か。

 

 温かいといいつつ、一昨日から風邪を引いたらしい。目が痒い、体中痒い、足がだるい、席が出る、鼻水もでる。「黄砂か」といわれた。

 

 英国ブラウン首相の支持者ではないが、誰も聞いていないと思った場所である種鬱憤を吐露することはあろうし、あの程度の裏表は人間ならありそうなものじゃないか。メディアの活動によって英国首相のつまらない発言が全世界に配信され英国の歴史が変わろうとしているわけである。前後の話をよく理解しているわけではないが、「英国に外国人がどんどんはいってきてよくない」という意見に「英国人だって世界にどんどん出て仕事をしている」という議論を65歳の年金生活者のおばあさんとしていたようですな。市民が堂々首相に議論を挑むなんて英国は凄い国だなあ、と感心した。日本の65歳のばあさんが首相を相手に「そんなに政治資金が必要ならあなたのおかあさんみたいに私が振り込んであげるからあんな奴とは手を切ってしまいなさい」などとやったりするだろうか。別れ際に社交辞令として「よい色の服をお召しですね。お会いできてよかったです」とまあ普通言うわねえ。クルマにもどってテレビ用のマイクをつけたままで「ひどいねえ、だれがこんな会見セットしたんだ?。あの女性は偏見のカタマリじゃないか」とやったわけだ。表裏がくっきり出たかたちではあるが、首相から見れば「不愉快な会見だった。担当者は誰だ」という部分は正直な感想としてあって、それを我慢して、相手にこちらの不愉快さを悟られないように「服まで褒めて」きたわけである。「偏見のカタマリ、頑固」、と言ったのはよく研究してみる必要があるが、首相としては彼女の案に沿うとたくさんの困る人がでてきて、それは政治家としては偏った考え方だと述べたに過ぎないのではないか。なんにしてもものはいいようで、裏表があると有権者に取られたのは致命的だった。政治家が多くの人を上手にだます仕事ではなかろうかと思う。そういう意味では下手をこいたのだ。あんなものだ、と思うコモンセンスがあれば選挙前のご愛嬌と思えないだろうか。

 まったく別の見方は出来ないだろうか。首相は自分の仕事に嫌気がさした場合、こういうお手軽な失敗をすることで余計な理由をぐだぐだ述べることなしに職を辞することができるのである。政治家は、惜しまれながら職を去るとまた担ぎ出されて命を削るような仕事を押し付けられることすらある。よい政治家は、危険を伴う仕事をしている。後腐れなくすっぱり止めるにはしょーもない失敗が有効だ。「みんな笑ってくれるし、ぼくもそんなに悪い気はしない」という辞め方である。そう考えると、わが国も英国も要人をそう簡単にやめさせていいのか?と思う。要人にはそれなりに国民の税金がかかっている。要人には関連省庁の時給の高い役人さんたち大勢が時間と労力を割いて行政の説明をしているわけよ。大臣がすぐかわっちゃうと、あの説明はなんだったの、またやるの、資料使いまわしでいい?、書類のはんこがかわってかなわんなあ、次の大臣変な名前だからフォントの番号はこれこれね、と仕事が増える。少々の失言で辞められたらかなわん、と考える人はいないのだろうか。日本人は、人の上に立つやつをやっかんで辞めろやめろとよくやるのだが、結局は損なのじゃないか。

 基地問題って、また政権交代するための時限爆弾だったんじゃないか、ってかんぐっている。先の日米合意を覆す、といってスタートした次点で、こりゃもめるぞ、と思った。この混乱はなんとなくわざとくさい。国民が飽きっぽくて支持率が低下することは誰もが予想できることだ。よくわかった上で事を運んでいるようにも見える。そういう国民ゆえのこの政府なのである。この政府を選択したのだから、あの英国のおばあさんじゃないけれど意見をちゃんと言って、「次は投票しない」、なんていわずにちゃんと支持するべきなんじゃないの、と思わないではない。マスコミにわしら国民の意見があまり流れていないということにかの英国女性によって気がついてしまった。政見放送があるのだから、一人持ち時間5分ほどで有権者の意見を毎日流せばいいのに、と思う。そういうの面白そうだから聞いちゃうけどなあ。「私は3人の子供を持つ主婦です。高校授業料無償化で助かっています。それで民主党を支持しています。けれど、中小企業に勤める主人は過労になり、その際の保障などはほとんどなく、生活は困窮しています。弱者救済の政策が穴だらけだということを述べたくてやってきました・・・」云々をしっかりくわしく聞きたい。ともかく断片でなくてそういうまとまった人間一人のしっかり考えて述べられた意見が聞きたい。マスコミってほんといつも断片的で「普天間反対」「徳之島反対」「高速道路1000円つづけて」「タバコ増税反対」くらいの5秒発言しかない。だから、発言者が本当は民主党支持としても、この点だけ気にいらないという発言をしていたとしても、民主党の政策への支持をうしなっている、という方向に発言を刈り込むことはマスコミの思いのままなのである。これをマスコミ政治といわずしてなんと言おう。

 

 のだめの24巻を買ってきた。え?終わったんじゃなかったの・・・、と思いつつ読む。今度は「魔笛」をやるのだそうだ。よくCMで聞く曲が入っている。全体をテレビで見ようとして途中で寝ちゃった覚えがある。ここ10年間ちょくちょく聞くのだけれどどういう話かいまだに理解していない。楽曲の量が膨大だ。これじゃMozartは過労死したんじゃないかと思えてくるほどだ。漫画はまんがで、本当にええとこ描いてくれる音楽漫画ではないかと思う。

 

2010年4月30日(金)Epi.マリエ×ラディカンス開花

 I氏にいただいたEpi.マリエ×ラディカンスが開花した。

 

 連休の谷間の仕事はきつかった。

 上海万博のリハーサルでけが人が多数出た、という話を聞いていやな予感がした。上海は暑いだろうから、長蛇の列で病気になる人が出なければいいがと思う。1970年の大阪万博で6400万人の入場があったというが、上海万博は7000万人と予想されている。おかしい。あれから40年も経って、交通機関の発達やら中国13億人の人口を考えれば7000万人ですむわけがない。一日40万人を想定しているというが、そんなモンですむだろうか。上海って大阪よりも大都会だし、万博公園よりも会場が都市の中にあるぞ。上海は40℃ちかくなる日もあるというじゃないの。こりゃ明石歩道橋事件みたいなことがなければよいが、と危惧している。日本から行かれる人は十分注意していただきたい。

 

2010年4月29日(木)セロジネsp開花

 村上園芸で購入したセロジネspが開花した。フラキダと書いた札が刺さっているので、本当のところそうじゃないかと思う。

 

 連休の初めらしい。子供と畑で畝を耕して大正金時(インゲン豆、マツモトフーズ250g、業務スーパー238円)を植えた。1袋で丁度20mの畝が埋まった。8倍になると仮定すると、2kgの豆が取れる、かも。

 

2010年4月26日(月)Cym. Lady Jewel  開花

 今年やたら花茎の多いCym. Lady Jewelが開花した。7本もあった。

 

2010年4月25日(日)Den. farmeri開花

 村上園芸産のDen. farmeriが開花した。こういう有名どころのデンドロが早速開花してくれるとはありがたや。

 昨夜の冷え込みがウソのように朝8時から温かかったので蘭を庭に展開した。

 

 昨夜新パソコンのHDDがやくたいもないデータで一杯になってしまい、それじゃあと日本橋にHDDを買いに行くことにした。お供に子供1人つれてゆく。途中宝塚線の例の有名な事故現場を通過する。付近に報道のクルマと人があつまっていた。あの日はこんな風に天気が良かったような気がする。

大阪ビジネスパークOBPに面白そうな催しがあったように思えたので京橋にゆくが、ガセネタだったのかなにもなし。かつて殷賑を極めたこのあたりはなにやら「しもたや(閉店してしまった店)」が目立つ。こんなに日本は景気が悪かったのかと驚く。これじゃ大阪ロンリネスパークOLPじゃねえか。まったく大阪は商売が下手だ。

 地下鉄で日本橋にやってきた。ジャンクな店を見て回る。ブラックLEDライト100円。単4Ni-MH電池3本つき、USBV端子付充電器500円、LR20325個入り100円、碁の学習ソフト2種類各100円なんていう変なものを買う。

 子供と大阪大勝軒でつけ麺を食べるために30分くらい並んだ。閉店時全国ニュースにまでなった大勝軒は、かつて東池袋にあって、東京出向中は何度か昼休憩に休暇を取って食べに行った。とてつもない量の麺に翻弄されていたような食事だったと記憶しているが、このたびはごく普通のつけ麺だったと思う。こういう味だったかなあ、と記憶がぼやける。

HDDはネット価格と実売価格が微妙に違う。本来実売のほうが安いはずだったが、そうでもないらしい。1TBHDDは日立が6750円か。気の迷いでWD6500円を買う。ケーブルが690円もするのが癪に障る。しかも店員が「XP等の古いOSでは性能が引き出せないので特殊な設定をする必要があります」などという。そりゃまあそうか。

折角来たのだからなにか面白いものはないのかとおもいつつ、特にしたいこともないので山奥に帰る。

パソコンにHDDを突っ込み、フォーマットをかける。でかい容量だけに猛烈に時間を食う。4時間くらいかかったのだろうか。その間畑を見に行ったところ、今朝の霜にやられてキュウリがあかんようになっていた。かぼちゃもだめっぽい。茄子も不調だ。なんでまた425日に霜が降りるのか。昨夜は本当に寒かった。なんとなく今後苛烈な気候になりそうに思える。

ジャガイモが元気よく芽吹いていた。その畝の長さは2列植えで40mにもなる。いくらジャガイモが欲しかったからといってそんなに作って消費しきれるのだろうか。いや、我々はへたくそだからそれぐらいでちょうどいい収穫になるのかもしれない。

村恒例の集会に出て帰ってくるとフォーマットが終わっていた。OSをインストールしてメインのHDDとして使おうと考えていたのであるが、使ってみると現在の0.5Tと同様に遅い。OSが古いのだから1Tにしろ0.5Tにしろ実力は引き出せていないのだろう。それじゃあこれまで整備してきた快適な環境がぶっ飛ぶ分新しいHDDをメインにするのは損だと思える。早速妙なトラブルも起きたので、1Tから早々に撤退して、もとのHDDで起動することにした。SATAケーブルのマザーボードに接続されている口の順番を入れ替えるだけで、起動する順番が入れ替わるようである。

Tの巨大な入れ物が増設された、というだけに交通費+HDD代+ケーブル代+食事代なんやかんやで1万円以上散財したのであった。やれやれ。Windows7にするメリットがさっぱり見えてこないので、1年間皿洗いでためた小遣いでそろそろWindows7が買えるものの購入には踏み切れない。大容量のHDDも宝の持ち腐れであるなあ。現状維持が仕事においてはよろしいようだ。

 

2010年4月24日(土)Den. speciosum 大明セッコク開花

 寒い土曜日だった。蘭を出して水遣りをした。

頂きもののDen. speciosum 大明セッコクが開花した。開花困難種、と認識していたのだが恐ろしくさっさと開花してくれた。頂いた3株中2株開花1株つぼみがしけて再度花芽がでてくるという結構なプレゼントであった。こういう有名どころのデンドロが早速開花してくれるとはありがたや。

 

予告されていた親知らず抜きであった。こてこての仕事漬けの平日を抜け、さらに歯まで抜かれるとは。前回は小さかったが今回は比較的大きい。その親知らずは虫歯になっているので痛む前に抜くべし、というものらしい。同僚も「抜けば肩こりが治る、こともある」と明るい見通しを語った。虫歯の親知らずから正体不明の「イヤ汁」が染み出して肩が凝ったり集中力が低下して頭が悪くなっていたらイヤだなあ、と思う。ここはひとつ辛抱して2週間前からじっくり覚悟を決めてきた。麻酔を歯茎に注射するらしいが、今回はなにやら大規模だ。なんだか問題の歯の周辺が膨れているような気がする。程なく麻酔が効いたらしいが頭がボケるということもない。いよいよ引き抜き道具のご登場でびびる。ほかのことを考えようとは思うのだが、結構な大きさと重量感を口の中に感じる。患部の感覚はなくて、要するに痛くないのだが、どうやらてこずっているらしく、妙に工数が多い。重機のような道具が口の中で角度を変えるのがわかる。ねじっているのだ。きゃー、コワイっっ。後で痛みそうだなあ。心理的にこわくて気分が悪いだけでまあ痛みはなかった。

脱脂綿を噛むように言われてやっとおわったことがわかる。この大工事の支払いが1100円だった。歯医者様ってすごいなあ、と思う。

そのまま買い物をして、2時間経過したころにはうどん屋でかけうどんの大盛りにねぎを山盛りにしてカキアゲをつけて食べていた。まだ痛みはこない。確かに虫歯で数週間いてててて、というめにあった挙句、治療で痛い思いをするよりはいいのだろう。歯ブラシが届きにくかった親知らずがなくなって磨きやすくなるだろう。7時間経過したが鈍い痛みがある程度で普通に文章を書いているのだった。

若い頃はやたら銃弾飛び交う映画や実際戦闘をしている映像をみても、「そこだやっちまえ」という気分でいたように思う。シュワちゃんが機関銃で敵をどばどば撃ち殺したりするよねえ。そういうのを気分よく見ていたわけだけれど、一発でも撃たれれば治癒するまでが大変だよねえ。包丁で刺されても親知らずどころじゃなくて大変に痛いだろう。人をナイフで刺すようなやつはいっぺん親知らずを抜いてもらえ、などと思う。学校で美術の時間に彫刻刀で手をぶっ刺した経験があるけれど、あれはぜひ体験していただきたいねえ。

 

中国軍隊が日本近海でして欲しくないことをしたそうで、新聞が首相の対応に噛み付いていた。ある一面だけ見れば新聞の言うように首相の対応はよろしくないのかもしれない。しかし新聞を出す人々は、我々市井のおじさん同様首相の立場の情報に接しているわけではないので、本当のところはどうなのだろう、と思う。為政者は、自らが進めるべきと考えた政策を遂行するために、マスコミや国民の気を故意にそらすことや芝居を打つことくらいやるだろう。何が起きているのかフィクションで考えるのは市井のおっさんの好き勝手にしてもよい部分だ。日本がアメリカに基地問題で言うことを聞かない→アメリカでは「日本てめえ調子ぶっこいてんじゃねーぞ」と一部タカ派は考えている→外交ルートを通じて「中国さん、見てみないふりするから日本近海をさぐってもええよーん。(やつらをびびらして基地や金を差し出させることが我が米国の国益にかなう。なんたって米国は自国の国益最優先だもーん)」という→「そんじゃやってきまーす」と中国海軍がでばってくる→実はこれは日本側の策略で、中国海軍は思いっきりデータを取りまくられていたりして→日中外交の席で、中国海軍の弱点がえげつなくさらけ出してグーの音もでないめにあわす→アジアの軍事バランスと平和が保たれる。

まあそんなに日本人がおできになるわけがないので、こんなにカッコいいスパイ小説っぽいことはないとおもうが、こと国家間の力の駆け引きについては一応政府のほうがプロだ。先の戦争で負けているのだからよくよく研究してくださっていることだろう。「中国軍になめられていいのか」などと戦前に国民感情をあおっていた新聞を思い出させるようなことを書かなくても、実力で勝って戦争をしないことを考えていただきたい。

 

2010年4月23日(金)Den. kingianum及びDen. kingianum×glacilicaule開花

 Den. kingianum及びDen. kingianum×glacilicauleが開花した。

 

 中国の1元札をみていたらすかしが春蘭であることに気がついた。中国は蘭が好きだねえ。

 

2010年4月18日(日)

 寒い土曜日だったが日曜は一転温かくて日差しのある一日だった。蘭の棚と窓を隔てていたビニールをはがした。蘭の出し入れが容易になった。蘭を庭に展開してたっぷりと水遣りをした。

 

 庭のチューリップが大変きれいであった。

 

 昨日まで寒かったが、畑はなんとか植えたものが無事生育していた。大型の獣が針金の柵をぶち切って侵入したようで、足跡が残っていた。まだなにも食べるものはないので被害はない。今週は畝に石灰を撒いただけだった。昨年栽培した大正金時(インゲン豆、マツモトフーズ250g、業務スーパー248円)を植えてみようかと思う。

 畑の写真を見ていたら、「1万円で10kg用ダンボールの野菜5箱の栽培を請け負ったら商売になるだろうか」、というようなことを考えていた。大半は送料で、苗代、肥料代、手間賃、というところである。たまねぎ、ジャガイモ、にんにく、インゲン、枝豆、コーン、キュウリ、ピーマン、トマト、かぼちゃ、スイカ、紫蘇、さつまいも、にんじん、というところで箱5つが埋まるだろうか。そういうビジネスモデルを考えていたのである。1箱2千円の野菜ねえ。たまねぎは保存が利くので価値があるか。顧客の好みもあろうから難しいのではないだろうか。

 

 サイトの容量が限界に来ていて、時々画像や日誌がアップロードできなかったりするのであった。パソコンも旧態依然としており、はてさてどこまでつづけられるものやら。ネットパソコンというのはメンテナンスが面倒である。時々ネットというものを邪魔くさいと感じる。ネットで欲しいものというのはめったに出てこない。

 話は変わるが、ネットオークションで200万円も無駄遣いした挙句(何を買っていたのか興味がある)、おやじと赤ん坊を殺して家に火をつけたというひきこもりのおっさんに憤りを覚えた。「残忍かつ身勝手極まりない犯行であり、極刑もって望むほかはない」という判決が聴こえてきそうである。しかし、まてよ、とも思う。自分の子供だって面白くないことがあれば荒れるし、そういうことが重なれば何にもしたくなくなって引きこもってしまうことだってありえないことではない。そうならないように用心はするにしても、そうなるメカニズムと雰囲気はわかる。高学歴でも仕事がなくて、仕事がいろいろつらいとかで、長期間家にいる人は珍しくないのである。なんでまたそういうことになっているのか。

 香山リカ著「私は若者が嫌いだ!」によれば、若者は打たれ弱くなっているそうである。大学出るまでお客様生活をしてきたことが「会社は私にどんな楽しみを与えてくれるのか」というとんでもない意識を根底に持ってこの厳しい世の中にのほほんと漂いだす「若者」がいるというのだ。

 「新人、ここはこうしねえと売り物にならねえっていってるだろうが」→ちょっとしたふてくされ→「何が気にいらねえんだよぉ。だまってちゃわからんだろが」→「てめえ新人お客様してんじゃねえぞごらぁ」→「主任、こいつ使えません」→「来てねえじゃん。え?、かあちゃんからやめますって電話あったんすか。まじっすか?。かー、めっちゃ気分悪」。こういう流れかどうかしらないけれど、きっかけは些細なものかもしれない。「先輩・上司がいやなやつだった」というやめ方は実に多いようだ。まず働くということの意味をお客様学生によくよく教えておく必要があるのではないだろうか。家庭科はあるのに労働科がないのはおかしい。消費があって生産や労働がないのはおかしいだろう。当然「クレーム処理」「先輩・上司の叱責」という頭を下げる、教えてもらうなど人間として当然必要なコミュニケーション能力身に付けさせずして何が教育か。

私は「ひきこもり101番」の設置を具申する。虐待101番ってあるよねえ。虐待もひどいが、引きこもりは家族への虐待だって今回の事件のようにありうる。学歴の如何を問わず、若者は国を支える大事な人材である。引きこもりで困っている若者と親、親戚、近所の人からの通報で、当事者のもとに駆けつける。国家が責任を持って、カウンセリング、研修、職業訓練、男女交流、薬物・ゲーム・買い物中毒からの脱却を支援する。失業して家でなすことなくすごしている成人にそういう支援をする人が欧州にはいるというじゃないの。

でもねえ。中には自己中心的で、考え方がひん曲がっている人っているんじゃないかと思う。そういうのは法律作ってそれなりのところにしょっぴいて、「性根を叩きなおす」べきではと思う(家庭の金を盗むように蕩尽するやつは窃盗罪を適用すべきだし、引きこもり野郎の暴力は立派に傷害じゃないのか。そのへんどうなっているのか)。このたびの事件がその契機になるかもしれない。死人が出たり死刑になるよりはマシだ。国は家庭のことには口を出さない、という姿勢が災いして、相次ぐ幼児の虐待死、ストーカー殺人、引きこもり殺人、介護疲れの無理心中、孤独死などが相次ぐ社会になってしまった。おせっかいな政府という選択を試してみてはいかがだろうか。そりゃ誰に聞いても「ほっといて欲しい」というだろうけど、ほうっておくと、その家庭では手に余ることや、ろくでもない事をするやつが出てくる。そのあたりをうまくやれませんかねえ。

 

2010年4月17日(土)Epc. Kyoguchi ‘Fumi’開花

 今週はやたら雨が降ってしかも寒かったようである。蘭は出していない。

 

 Epc. Kyoguchi ‘Fumi’が開花した。予想通り咲きやすい種らしい。

 

 庭のチューリップはみごとだが、最近蘭の写真があまり撮れていない。これだけHPが不活発になるのも珍しいなあ。

 

 寒い天候だったので畑が気になったが目立った被害はなかった。

 

 先週田舎から柑橘が届いた。特殊な柑橘らしい。見た目みかんの形をしていながら、ネーブルのようなへそがあるものがあった。皮は、ネーブルよりは剥きやすく、香りが少なく温州にちかい。房の皮がえらく薄い。果肉はあまり経験がないほど濃厚で甘く、しかも食感がゼリーのようだ。こういう食感は小夏に近いだろうか。房の皮がうすいので皮ごと食べられるうえ、タネが皆無であり、食べやすい。剥きやすく、食べやすく、甘味が強いというまことに結構な柑橘である。こんなものは食べたことがない。聞いてみると、田舎にある農業試験所から試験的に作られた苗木を購入した近所のみかん農家からもらったものだそうだ。ほんと面白い柑橘だった。

 店頭からいよかんは消えたが、家には玉のちいさいいよかんが多数残っており、なお美味である。

 

 最近基地問題で日米関係が悪化しつつあるように見える。フィクションだとおもって書くのだけれど、日本は米国の軍事力を見限った、という想像をしていた。実は核物質が大規模に流出してもはや強力な軍隊では国民の安全を守ることが出来ないところまで来てしまっているとか。シカゴ、ワシントン、ニューヨーク、サンフランシスコ、ロサンゼルス、モスクワ、サンクトペテルブルグ、ロンドン、北京、上海、香港などが核テロの標的になっているところまできているとか。米、露、英、中との関係強化はテロリストの標的とされるとの懸念から表向き不仲を装うという外交方針とか。各国は、テロ支援国家、少数民族など力による押さえ込みから、対話路線への転換を迫られているとか。核兵器を取り出すことが出来ないトリウム溶融塩原子炉の開発と普及が急速になされるとか。外交面や技術開発において日本が重要な役割を果たし、結果的に21世紀の覇権国家として、核廃絶、過度な競争の廃止、世界平和、世界人類福祉を実現しちゃうとか。

 いくらよその国との戦争に強くても、ほいほい都市が核攻撃されるようになっちゃうと軍隊は無意味か。

 

 

2010年4月11日(日)

 雨がぱらつくものの温かくて日差しもあったので蘭を出した。

 

 

2010年4月10日(土)Den.Rainbow Dance開花

 良い天気だった。全部出してよく日に当て水遣りをした。

 Den. Rainbow Danceが開花していた。

 

 庭はやっと春らしくなってチューリップがよく開き始めた。

 

 畑にいって畝1つ(10m)を耕して大豆(マツモトフーズ、北海道大豆250g、業務スーパー138円)を横5列で植えた。1粒から4粒とれれば1kgの収穫になるなあ、と皮算用をする。先週植えた苗はどれも元気そうだった。ジャガイモの芽が出ているのを見つけた。

 

 先週みかんを食べ尽くし、イヨカンのみが30kgのこっている。イヨカンは本日行ったスーパーの店頭からは消えていた。そろそろ味が落ちるようだ。ときどきぱさぱさになったようなものにあたる。皮をむくのに力がいるときもあるが、みかんの感覚で一度に6つくらい食べる。太ってちょっと動きにくいような気がする。

 

 歯医者へゆくと、「虫歯になっている親知らずを抜いてゆきましょう」、と言われた。前回の見事な親知らず抜きに感心して、もう一本もぬいてもいいかな、と思っていたところへこういわれると抵抗できない。うまいなあこの歯医者は。だが一週間楽しみにすごすわけには行かないだろう。なんかこう仕事がちょっときつい時期なので、まあだいたい年中のべつまくなしにきついのだから、きつくなかろうが、フルスロットルできついところに叩き込んでいったりするわけで、それでもなんだか追われるようにきついのはちょっと精神的にもきつい。まずいなあ、なんだか懐具合もきついしなあ。

だいたい面白くない気分で生きているようにおもうが、この状態を幸せでない、と思っているわけではない。幸せだからといって、面白い、というわけではないと思う。現時点で幸せだと思っている理由は、@とりあえず食うに困らず、持続的な仕事がある。A健康で文化的な生活を送っている。B門地、民族、宗教、ほかさまざまでいわれなき差別や恥辱をうけることなく、拘束されない、などなど。日本人の多くは、人類全体の上位数%の豊かで安全な生活を送っているように思うが、これを幸せといわずしてなんと言おう。香山リカ著「スピリチュアルにハマる人、ハマらない人」を読んでいると、「いいことばかり起こる」という開運術なるものがあるそうな。いいことばかりないと満足できないモンなんですかねえ?おっさんになると別に運がいいかわるいかなんてほとんど気にしなくなるんですけどねえ。できたできないは運がきめるんじゃなくて、やるかやらないかと投入した労力と能力で決まるものじゃないのだろうか。そりゃ「これから市場に買い物に行きますが、狙撃兵に撃たれませんように」とか、「対立する部族が攻めてきて私たちを皆殺しにしませんように」てのは運の問題だろうか。「私ばっかりいいことがあってみんなにうらやましがられる」ことを祈念するのはどうかとおもうが、「みんなの幸せを願って魂の研鑚に努める」というのは結構な考え方で、まあ頑張ってくださいと思う。国中民族対立っていうんじゃ個々人の幸せも吹っ飛ぶわなあ。占い師に「今年は体に悪いので勉強はひかえなさい」と言われた人の話を聞いた。どんな勉強がどんな運勢に障って体を悪くするというのだろうか。適当なことを言ってんじゃねえと思うが。

幸せについて、人はどのようにかんがえておられるのだろうか。いいことが起きる、というのはある種自分の置かれている状況(ポテンシャルP(t)、と表現する。単位はJか)が良くなることだろう。そういうのがどんどん良くなるのが、「幸せ」、と捉えられているとしたら、ポテンシャルP(t)の時間微分、dP(t)/dtが正なら幸せ、と考えているのだろう。「幸せ」=「いいことが起きること」?。私も昔はそう考えていた。だとすると、安全な飲み水の確保や、生命の危険にさらされつつも、賃金の上昇率が高い最貧国の住民などは日本国民より幸せってことにならない?。平均寿命40歳の国の教育を受ける機会がない、6歳の頃から働いて、最近給料がどんどん上がってくにも豊かになりつつある人たちは、そりゃ確かにやりがいがあって勢いがあって楽しいかもしれないが、教育水準の高い日本の高校生がその人と人生を交換したいと思うだろうか。日本の高校生のほうが、安全でおいしいごはんに、ぽかぽかおふろ、あったかい布団で寝られる快適な住居に住み、クーデターや疫病の恐れもなく、学んで大きな仕事を手がける機会に恵まれているのだ。幸せってP(t=現在)の絶対値じゃないか。

ポテンシャルの時間微分dP(t)/dtは、活力や元気に等しいのである(単位はJ/s=Wか)。dP(t)/dt>0ならそりゃ面白かろう。そういう状況は何も運やタナボタ式のいいことによってもたらされるものではなくて、自前の努力で作り出せるものだ。これがだめなら次を試せ。それでもだめでも次をやるしかない。そうやってうまくゆけば元気が出る。よきことを占いで楽にゲットしようというのはちょっと人に頼りすぎではないか。どこまでも検討した上で、どうしても絞りきれない場合は占うのはよかろう。良い導きを得て努力して得るのならよかろう。だが、いいことばっかり起きる、ってのに期待するのはどうかと思う。ましてや占いを自分が努力を怠る理由にするのは自分自身のポテンシャルを損なうことになろう。

おっさんになっておどろいたのは、あきらかにdP(t)/dt>0という状況において、ちっとも喜んでいないということであった。感謝はしているが、やることをやったんだから、まあ結果が出たというところか、という気分である。世のため人のため家族のためにやらにゃいかんからやっている、というものでもある。出力が大きいので結果的にdP(t)/dtはかなり大きくなる。しくじってもくさることなく淡々と次の手を打つだけだ。喜びや楽しみというのは若い頃のもので、よいことを素直に喜べるのは若者の特権なのだろう。香山リカ著「私は若者が嫌いだ!」によれば、やたら打たれ弱い若者が増えているそうである。私も時々「何をくじけまくっているんだか」といぶかしく思う人を知っている。

もう一点、「幸せ」=「人にうらやましくおもわれること」という勘違いも若い頃経験した。「高学歴」「高収入」「高身長」の彼、というとなにやら懐かしいねえ。「ブランド品」「イタ飯」「ディスコ」「海外旅行」。ならべてみてうらやましいとおもうかどうか。人間関係の妙な緊張がなつかしい。ああいうことを考えるのも若い頃ぐらいだろうか。

水月昭道著「高学歴ワーキングプア」というショッキングな本がある。「なぜ博士はコンビニ店員になったのか」なんて恐ろしいことが書いてある。学歴が高いことでかえってその後の人生が思うに任せない気の毒なことになってしまうという人がいる。今だからわかるが、人にうらやましいと思ってもらう状況というのはリスクが存在する。ブランドバックを買うために犠牲にしたことはなにか?、海外留学で英語が書けるようになるのか?それで就職が有利になるのか?、イケメンの彼氏に「おまえが一番だよ」って言われてじゃあ確実に2番がいるなってことはないのか?、博士になったときに500万円の借金がつみあがっていたとしたらこれを回収するのはどうすればいいのか?、自称うらやましがられる人はうらやましい職業についているのか?。

幸せって、結局ポテンシャル(実力)の裏付けがモノをいう、そりゃもうシビア-なもんだとおもう。これでだいじょうぶっていうことはない。「いつまでも幸せに暮らしましたとさ」、というフレーズにだまされてはいけない。「人は楽しむために生まれてきた」わけではない。少々ええ大学でたり、ええ男つかまえたり、宝くじで2億円あたったからといってそれで一生幸せというものではない。幸せ=楽ではない。幸せと努力はあたかも表裏の関係ではなかろうかとおもえる。最初にもどるが、ようするにきついわけである。きついなあ。

 

うなぎの卵からの養殖に成功したというニュースが印象的だった。うなぎは謎に満ちた深海魚で、遠い海のふかーいところで産卵して、稚魚が日本に戻ってくるのを捕まえて、1匹100円くらいで取引されて、これを養殖してうなぎにしていたかと記憶している。うなぎはどんどん高くなってきた。半額見切り品ですら500円以上するため手が出ない。好物のうなぎを食べる機会がどんどん減ってきた。稚魚の漁獲量がどんどんへっているからである。うなぎの稚魚を人工的に得るには環境の違いを考えるとちょっとやそっとでは解決できないだろうと思っていたのだがそれがうまくいったというのがすごい。まだまだ課題がいろいろあるそうだが、頑張っていただきたいものである。

 

子供の入学式に出て、君が代を全員で歌った。君が代の歌詞はギネスブックによると最も古い国歌の歌詞だそうで、9世紀のものだそうな。空海のいた時代じゃないだろうか。歌詞は実に平和だと思う。どこぞの国でオリンピックの際に少女の素晴らしく美しい声で歌われた国歌の歌詞は、「敵をぶちころせ」というようなものだったというわねえ。

 

 

2010年4月8日(木)Epi. ‘Nakazato’開花

 Epi. ‘Nakazato’ が開花した。

 

2010年4月4日(日)

 本日は水遣りをしてから活動する。良い天気だった。全部出してよく日に当てる。

 2008年3月29日 村上園芸より購入したDen. farmeri デンドロビウム・ファーメリー

につぼみを見つけた。

 

 昨日は畑に動物よけの針金を支柱に渡す作業をしていた。動物は電気が来ていなくてもあまり近づきたくないらしい、という観察結果に期待しているが、リスクがあるといえばあるなあ。

 苗が安かったので飛びついてしまった。1ポット58円。買うとき、「時期が早く出てきてしまった苗で、寒さでやられるリスクのためこのように安いのであろう」と考えてはいたが、つい手を出してしまった。トマトサターン、トマト桃太郎、ミニトマト黄色、タカの爪、ピーマン、茄子、長なす、かぼちゃ恵比寿南京、キュウリ苗はなぜか見切り品29円を3ポット、北進2、?1。また、ふとねぎ30本入りの苗198円→見切り品100円を植えた。しめて650円。10mの畝が埋まった。品種のシールが張ってあるポットに土を入れて名札代わりに畝に埋め込んでおいた。母の借りた畑は4aある。40m×10mもある。とても作物で埋まらないだろう。無謀なことをするなあ、と思わないではない。寒波が来たら来週には全滅しているかもしれないなあ。

 全体の5%にもならない領域に苗だけで650円かかる。こんなに広いとあまり金をかけたらリスクが増す。昨年もいろいろ失敗をして(スイカ全滅、かぼちゃ不作、黒豆鹿?に食われほぼ全滅、小豆手間かかりすぎ虫食い多数、さつまいも収量少ない、サトイモほぼ全滅、やすい種各種ほぼ失敗、ジャガイモほとんどとれず。らっきょうは不作。しょうがも不作。)かなりリスクの高い畑であるという認識がある。リスクには農業技術が低いということもある。要するに下手だ。我流で適当なことをやっているのである。

 母の得意なたまねぎ500本はなんとかうまくいっている。この利益で畑の借地代や肥料が回収できるだろう。にんにくも順調。国産にんにくは高いからなあ(100円で買った中国産を植えていたりして)。じゃがいもに種芋9kg2400円を投入しているのでなんとしても利益を出さねば、と思う。

 本日ポップコーンの元(200円)を買ったとき、このコーンは生きているのではないか、ということが気になった。タネもばかにならないので、これを種として試してみることにした。鳥のえさのコーンは発芽するそうだから、これも発芽するのではないだろうか。畝一本ほぼ10mにコーンを植えた。こういう農業をナメたようなまねをしてやっぱりバチが当たるんだろうなあ。残りで実際にバター味ポップコーンを作ってみるとなかなか美味であった。

 赤紫蘇を栽培するように依頼を受けていたので、まじめに買っておいた種を植えた。かなりの量のタネだなあ。こんなに生えてきたら大変だろうと思った。コンパニオンプランツとして使えないだろうか。

 四月中は見切り品じゃがいもの種芋があれば植えてみたい(収量の違いを見るため)。また、大豆を(マツモトフーズ250g、業務スーパー138円)を植えてみたい。                                                                                                                                                                                                                           

 今年は畑も広いので積極的に参加していろいろ試してデータを取り、収穫の期待できるものを探そう。来週はマリーゴールドや大豆を植えてみよう。

 

2010年4月3日(土)

 年度末の激戦は終わった。昨日ちょっとしたフィーバーが仕事で発生して夜中まで燃え上がっていた。ちょっと蘭もリハビリをしないと勝手がわからない。本日も寒くて蘭の生長も鈍りがちで、つぼみはいろいろあるけれどなかなか咲いてくれない。

 

 本日図書館で齊藤亀三著「世界の蘭380特長 生態 栽培法」(主婦の友社、2009年1400円)を借りてきた。魅惑の変な蘭が見事な写真と供に解説されている。こういうのを見ながら蘭のリハビリである。

 

 それにしてもきつい3月だった。入試もあったし、仕事もきつかった。まあなんとか志望校に入ってくれたから安堵するとともにぐったりしていた。本日歯医者で新聞を読んでいたら中学三年生を持つ親は塾代に年間32万円を支払っているという記事を見た。それっておやじの小遣いに匹敵するのではないか。月3万円の小遣いに昼飯代を含むおやじだっているだろうに。32万円といえば、その家のかーちゃんが時給800円のバイトに出たら400時間働いて稼ぐ金だわなあ。すげくね?毎日1時間以上子供の塾代のために働くんでっせ。家庭の奥様のお仕事をお金に換算すると年間1200万円にもなる、という試算があるくらだから、少々もったいないことかもしれない。

 うちは塾が遠いのでいっていない。どうもきわめてまれな例らしい(といいつつ、いまも私が横にいる息子の英語をみている)。かわりといってはなんだが小学校からスカウトに送り込んでいる。年間8万円程度かかる。世の奥様に申し上げるのだが、スカウトにかようお子様方はなぜか偏差値の高い高校に通う率が異様に高い。原因として考えられることは、@親の子供にかける手が厚いため、A子供らがボランティア活動、キャンプ活動を通じてお客様的状態から積極的に社会とかかわり、手を動かすことにより己の役割を知り、学業に取り組むから、Bええ学校に通う先輩を見習うから、C単なる偶然、気のせい。

 ほとんど塾に通ったことがないからわからないけれど、高校ぐらいになったら自分の意思で勉強せんと先に進めませんわねえ。だから自らが進んで行動したくなるような活動をしているようなスカウトは、ある意味よい訓練になっているようだ、ということは申し上げたい。

 このスカウトも蘭関係者のI氏よりおすすめを頂いたので、この場を借りてお礼申し上げたい。

 

 4月になってもみかんがまだ30kgもある。本日は2kgを消費。収穫から3ヶ月になるが、まだまだうまい。たいしたものだ。

                                                                                                    

 AKB48なるものの感想をメールで書かれて、「ああ、あれね」と思う程度でまったくなにもかけない。おにゃんこ、モーニングときてだんだん人数が増えているようだなあ、とは思う。なんとなく太ももしか映っていないような、という印象がある。最近の女性は太ももで勝負しているのだろうか(やーらし、おっさんどこみてんの)。どれも詳しくしらない。基本的にテレビでもほとんど見たことがない。

 家族もちのおっさん同士というのは、人口に占める割合は最大ではないだろうか。それぞれ話の通じる、理解しあえる共通認識がある。AKB、新型ケータイ、ブーツ、シャネル、スイーツ、萌え、なんやかんやにはまっている方々はそれが一世風靡しているかのような錯覚を持っておられるかもしれないが、それはそれぞれはまっている方々の周辺にはまっている方々が濃縮されているだけのことで人口の大部分は知ることすらない事柄もあるのだ。前者の群と、数学、英語、国語、化学、物理、世界史、日本史、政治経済、倫理社会等の一群と比べて若い方々にどちらが潰しが利くか、利益が上がるかと考えると後者だろう。金をかけているのも後者のほうであって、結局、銭にならないことを話題にして肝心なことを話題にしないのである。本日図書館で見かけた本のタイトルに「世界で最もやる気のない日本人」というのがあった。存外世の中やる気がないのだなあ、という気がしてきた。

 本日格調高い三田図書館で「なぜ○ックスがうまい男は出世するのか?」というタイトルの本が返却棚に堂々と鎮座していた。「はあ!?・・・、いやぁ、それほどでもぉ」といいつつ、周囲を見回してからちょっと拝見。どひゃあ、図がいやらしいねえ。ああしろこうしろってか。このタイトルで貸し出しカウンターに並んでお姉さんから借りるのはちょっと勇気がいるよ。息子の図書カードの空きを借りてこんなものを借りたら怒られるだろうなあ。

タイトルでうかがえるのは、「ナニが上手ならば、その男は出世する」という命題が真であるという前提があるようだが、そもそも「ナニが上手」と「出世する」という状態をどう定義しているのだろうか。でもナニばっか上手で働きの悪い男っているよね。「ナニが上手」ってのはお相手に判定していただくわけでしょ?。ウソかもしれないし、客観性もへちまもないよね。出世ってのも「年収1000万円以上」とでも定義するのか。そもそも命題自体が怪しいように思う。そんなのおっさんあんたの思い込みだよ、という気がしないでもない。

「ナニが上手」→夫婦円満→仕事に集中→出世、という話の流れはありそうだ。だから、本の中身を予想するに、出世した方々に「ナニのほうは如何ですか?」と聞けば「そっちのほうも相当おできになる」という自己申告が多く存在し、そこから夫婦円満の必要性を説いているのであろうと推察する。その際の技術的な解説も含まれていると思われる本だ。やれやれしょうがないなあ、と思いつつ、「世界で最もやる気がない日本人」とは対照的にどっちもやる気の元気の良い本かもしれない。でもこういうタイトルを見てむっとしちゃう人もいるとおもうからそういう意味では品のない世の中になったなあ、と思う。どっちも読んでいないくせにこういうことをいうてはいかんか。

 

 3月末に富山に出張していた。用事を終えて駅で特急列車を待っていた。買った切符よりも早い列車に乗ろうとホームにいたのだが、そこへ金沢行きの特急列車がやってきた。切符は富山→大阪の乗車券+特急券であった。金沢はかみさんのすきな小出の芝舟が売られている。特急列車の到着時間の差を利用して芝舟を購入するべく金沢行きに乗った。するとすぐに車掌がやってきて、「特急券は1列車乗車1回に限り有効なので、富山金沢間の特急料金1150円を貰い受けます」という。わたしは驚愕しつつ1150円を支払った。1150円、ものすごい大金である。まさに青天の霹靂であった。私は切れるまで時間がかかるので、誰もいなくなってから静かにぶちきれていたが、ルールとあらば仕方あるまい。多分常識なのだろう。世間の皆さんは私のような無知によりバカなめに遭遇しないことを願って敢えて恥をさらす。

ルールをしらないで銭を失うというのは情けない話ではあるが、すでに支払っている区間で、重ねて料金を取る了見というのはサービス業としてはどうかとおもう。(座席カバーの交換と洗濯料金なのかなあ。車掌の人件費だろう)(新幹線でひかりとこだまを乗り継ぐところはどうなっているのだろうか)

 

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