蘭馬鹿日誌2014年および更新記録

ランのよしなしごとをつづる。下に行くほど昔 

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2014年8月30日(土)

 どろーんとすごすうちあっというまに夏が過ぎた。エピデンドラムとデンドロが咲いてくれている。

 

いろいろと悲惨なことがあったような気がするが淡々と仕事と読書をして過ごす。

久しぶりに晴れたようなので、くさぼーぼーの庭の草抜きと、畑のくさぬきをした。日照時間が弱いらしくて草すらよわっちいのか楽にひっこぬくことができた。

先週の土曜日は、朝6時からおっさんたちが集合して川の草刈をしているのに参加していた。ああやって体を動かすというのは大事なことだと思う。本の読みすぎで不健全だと思うので体を動かして働くことの大事さを思い出せた。あとでひっくりかえっていたけど。

 

今年の読書量も300冊を超え、500冊が視野にはいってきた。記録をとり始めてからの累積読書量が3000冊を超えた。ライトノベルの累積読了数は700冊に達し、まだまだ読みたいものだらけという「惨状」である。正直いいおっさんがこういうものを読んでいたらいかんとはおもう。ただまあストレスをすごく少なく感じるのでなんらかの効能があるのではないだろうか。一時期ライトノベルの積読在庫が900冊に達しそうだったのをせっせと読んで減らしている。読書を減らして、蘭や庭の世話をしたほうがいいのだろうとは思う。

 

国内にギャンブル依存症の人は500万人もいるという。多くはパチンコだ。出版業界は1.7兆円だが、パチンコは19兆円だという。自動車業界の3分の1もある。ラスベガスのある米国でもギャンブル業界は4兆円だそうじゃないの。あまりの巨大さに絶句してしまった。それでもひところは30兆円ほどあったそうで、福祉よりパチンコだったのか、この国は?と驚く。韓国ではパチンコをやめたそうで、考えてみればよその国でパチンコパーラーを見かけた覚えはない。すげーなあ、ぱちんこって。どんな魅力があるのだろうか。わたしが3時間かけてラノベ1冊読む金額を2秒ほどで使ってしまうらしい。まあやりたきゃやれば、と思う。

先日日本橋に息子と出かけた際、2万円握り締めて豪遊しようと思ったのであったが、結局いつものHDD2TB5980円とラノベ40700円、ラーメン700円×2というパターンにおちついてしまった。正直お金の使い道がない。

現代人は面白いもの欠乏症に悩んでいるのではないだろうか。よほど努力しないと面白い物をつかめないのである。お金がないと面白くないと思っている人も多いかもしれないけれど、どうもそうじゃないらしい。

息子の持ってきた数学の問題が面白かった。図形とか、方程式とか、最大最小とか、余弦定理とかが複雑にからまりあったやつ。ちょくちょく聞きに来るのでホワイトボードに式を書きつらねて解答する。なんか楽しい。

ライトノベルも、活字をがんがん脳みそに流し込んでアニメ映像を自前で作り出すなど複雑に脳みそを酷使するのが楽しいのだろう。

結局は脳みそが面白いと感じるかどうかってことかとおもう。

使うお金の多寡よりも、脳みその扱いこそがだいじなんじゃないかと思う。脳みそを楽しませるのは適度な運動や仕事、人間関係、良質な楽しみと食事、それらをバランスよく、ということなんだろう。面白くないからって、過度なギャンブルや、薬物、不適切な男女関係、美食、人の噂話、クラスメートをいじめる、外国人の悪口を言う、ってのはどうかと思う。

 

ばーさんを土曜日になると病院に連れてゆく。ありがたいことに自分はいまのところ医者にかかることがない。たぶんこれからだろうけど。ばーさんは、歯医者、認知症、高血圧、糖尿病で医者につれてまわる。わが親ながらクオリティの低い老後である。まあ自分の老後だってけしてほめられたものにはならないだろうなあとは思う。こうならないようにするにはどうしたらいいのか、ということが現在元気なひとたちが考えるべきことだと思うので、少々恥ずかしいとは思うが、書くべきと思ったことは書くかぁ、と思った。こういうなんというか情けない状態にずるずると引きずりこまれてきた今年、蘭の活動が停滞した理由があるのだろう。

 

2014年7月15日(火)

ラン友のおじさんから「生きてるかぁ?」という雰囲気のメールをいただいたので、気力を振り絞って更新した。これをネットに打ち上げるのが億劫。もう寝る時間だなあ、と思いつつ、最近へたれになったなあと思う。パソコンが別件でフル稼働中なので明日にしよう。

 

2980円スマホにパソコンから16GBものデータを流し込んで、動画や音楽プレーヤーとして運用してきた。使い方に慣れてきた。ワンセグテレビもあまり見はしないけれどそこそこ使える。動画再生機としてもなかなか使い勝手がよい。WiFiでインターネットもタダでできるそうではある。アプリもパソコン経由で入手する方法があるそうだ。辞書を引いたり、カメラをつかったり、ビデオを撮ったり、これほど欲しい機能がてんこ盛りで2980円!!。実にありがたい。ただ、通話やメール、ネットでの利用にはさっぱり興味がもてない。そんなもんになんで平均7000円も毎月払えるのかよくわからない。ひょっとしてネット環境がわるいのか?。パソコンを使えないとか。ほかに楽しみがないとか。世界最高水準の図書館があるのにもったいない。ああ、ゲームね。

いろいろゲームがはいっていたのでためしにやってみたのだけれど、なんだか息苦しくなってやめた。画面が狭いなど要因はあるのだろうけど、どうもゲームが苦手らしい。ゲームをすると強迫観念で時間がもったいないと感じてしまう。昔貧乏学生として大学に通い始めた頃、居候をしていたおじの家で、いとこがファミコンをやっていたのを覚えている。当時内心うらやましかったのだが、美人いとこの浪人生の彼氏が感じの悪いやつで、ゲームばかりしていたため、ゲームをやったらあんなやつになってしまう、などとさげすんでいたのである。まあコンプレックスというやつだろうか。それに理系の学生というのは遊んでいる余裕がない。2年生から3年生に上がる際に3分の一が留年する。だぶってたまるか、とまじめにやっていたため、ゲームに対して鬱屈してしまい、必要以上に拒否反応がでて今に至る。こうやって書いてみると結構なさけない。まあおかげでそこそこ稼げて家族はゲームを楽しめたと考えよう。

 

図書館で目に付いたので糖尿病に関する本、宮本正章著「知らないと怖い糖尿病の話」を読んでみた。「まだ大丈夫、とおもっていたら手遅れだった」ということがないように、怖いものに立ち向かってみた。2200万人の糖尿病+予備軍、だそうで、6人に1人だという。しかもかかってしまうと生活の質はどんどん下がってゆく。恐ろしい話のオンパレードだった。「あ、俺もうだめだ」と思ってしまった。

翌日、昨年の健康診断結果から血糖値や、ヘモグロビンなんとかの数字をチェックした。昨年までの数値はセーフだった。今年の診断結果はまだでていない。心を入れ替えて、糖尿病回避のためにあらゆる手段をとるしかない!、とおもってはいる。

著者は、糖尿病特有の足の壊疽がはじまり、ひざから下を切断するしかない患者を多く救ってきたのだそうだ。その方法がすごかった。壊疽患部に生きた蛆虫を袋詰めにしたものを貼り付けるというのである。僕ゴキブリは平気やけどめっちゃ蛆虫苦手なんで震え上がってしまう。なんでも大戦中けが人の傷口に蛆虫がわいた人は傷のなおりがはやかったというのである。蛆虫の効果は、患部のきちゃないものを食べてくれる、薬の利かない細菌がいても追い払ってくれる、ヒトの細胞が回復する力を活性化する、というものらしい。なんというか、古来人類と蛆虫は持ちつ持たれつの関係にあったのかもしれない。この恐ろしい記述のおかげで間食をやめ、体重が減少に転じた。

 

2014年7月13日(日)

ランは咲いているものを眺めるだけで何にもしていない。台風もまったく影響がなかった。

 

500円で買った音楽プレーヤーを4年ほど使ってきた。音が飛ぶことがあるし、どうも音質がよろしくない。いつも同じ曲から始まるというのもなんとなくいただけない。一方、動画再生パッドの小さいやつが欲しいなあ、と考えて探していた。以前購入した中華パッド(アンドロイド4.2のパッド)は結構よろしかったが、大きいのでかさばる。あれを音楽プレーヤーとして持ち歩きたくない。もう少し小さいのはないのかと探していた。ふと、「古いスマホって安く売られているんじゃね?」と思った。あれなら画像再生と音楽プレーヤーを兼ねる。ブックオフにいったところ2010年の品で、2980円のスマホが売られていた。得体はしれないが、買ってみたところ、iPad使用者でスマホ不所持の娘が「なるほど、その手があったか!」と食いついてきていじり倒し、解説してくれた。いきなり立ち上がってあれこれ使用できるということがわかった。電話会社と契約していないからいわゆるシムカードなるものがないので、通話などはできないが、WiFiによって機能制限はあるもののネット利用は可能であるとのこと。まあ通信には興味はない。

早速マイクロSDを仕込んでみたが、音楽の再生はできるものの、もっていた動画は再生できなかった。別形式の動画を送り込んでみたら再生できる形式が判明した。そこで、動画いじり関連の雑誌をみながら動画変換を行って、手持ちの動画をスマホもどきで見られるようにした。機種ごとに動画のサイズがことなるのか、変換では会社やスマホの型番を選んでから変換をするというめんどくささであった。そもそもこのスマホは淘汰された会社のものなので、選ぶべき一覧になかった。あれこれ試して、とりあえずマシに表示される方法をみつけた。

動画再生も音楽再生もなかなかよろしい。ただ、音楽再生は音質が素晴らしく、普段聞く曲にさむいぼがたつほど感激した。けれど、再生したいファイルを選んだり、連続して再生するなどのやりかたがよくわからない。おおむね使い勝手が悪い。まあおいおいなれるだろう。

ワンセグのアイコンがあったので起動させてみたが、なぜか映らなかった。

そういえばデジカメや動画撮影などもできるのであった。3D表示と3D撮影ができる機能もあった。

音楽プレーヤーだって4000円とか結構な値段がするので、これほどの容量(最大32GB)と機能を考えれば2980円は結構な買い物だった。こんだけ安いスマホは1台しかなかった。5万円するものがあったのにおどろいた。差額47000円はいったいなにがちがうのだろうか。

 

2014年7月8日(火)ツニア開花、フウラン開花

このところいい花が咲くなあ。ツニアも毎年のように咲いてくれる。フウランも常連だ。

 

4月に願書を出して、腰痛をおして受験してきた危険物取り扱い甲種の合否発表があって、なんとかうかった。よく勉強していったけれど、ひょっとしてすべる?、などと考えていた。まあおちたらおちたときのことだと腹をくくっていたのであるが、発表を見る際の気分は「ひえええ、たのんますぅ」と神仏に拝んじゃうような独特なものだった。合格率は32%だそうだ。

小学校のころ、算数が出来なくて自分は勉強が出来ないと思っていた。理科と地理だけできた。勉強って中学1年の頃えらく出来なくてやばいと思った。中間試験で英語42点、数学51点という点を取って、これはやばいと危機感を持った。それで友達の英語の塾に体験入塾させてもらった。その塾は、英語なのに授業中正座で足がしびれてかなわなかった。昭和だなあ、と思う。一人っ子で好き勝手に甘やかされて育った自分には塾はぜんぜん向いていないとんでもないところだとそのときは思った。ただ、使っていた教材は、市販の参考書と問題集を兼ねた3年間使える受験研究社の「英語」で、これを本屋で買って自分で勉強してみることにした。

理科が好きで、得意だったおかげで、好きなものについて勉強する方法論をもっていたことが大きかった。繰り返し問題をできるまでチェックを入れて繰り返しやるという簡単な方法である。その方法を、買ってきた英語の参考書に試した。以後今日まで続く勉強の方法が中学2年のころに完成していた。あの正座英語塾での1時間以来塾にいったことはない。皮肉な話、あそこで学んだ、というか盗んだ情報(つまり使用教材)が苦手だった英語の大躍進につながって実に大きかった。

今日高校入試のために塾にゆくと半年で30万円ほどかかるという。半年でわたしのへそくりが吹っ飛ぶのか。うちの子供らは3人とも塾が家から遠いのでゆかず、それぞれに家でしぼりあげて公立高校には入れた。勉強というのは、まず自分で何とかしようとおもうこと、問題集の確保、反復練習、ということにつきる。なにをおいても本人の意思がないと、塾に行ってもお客様になってしまう。また、人と比較しての成績ってのは大規模な模試でなければ、局地戦に過ぎないので、意味あんのか?って思う。変に競ってそれが目的になったらあとでバカを見る。学びたいから学ぶ、とおもってやらないと学問は身が入らない。内申点はさまざまな提出物を親のフルパワーまでつかってこなし、こまめに点をとりに行った。学歴を決定する試験を攻略さえすれば、途中の過程は問わない。攻略してやると意識することが重要ともいえる。なんか勉強苦手な人はうまいことやった経験が不足していて、戦う前からあきらめている。今回の試験でも試験会場でどこかのおっさんが「甲種は講習にでなければ受からん」などと言っていた。実際は210円の問題集と図書館の本3冊でOKだったわけで、うまくやればうかる、試して勝ち方を学ぶ、骨を惜しまない、ということが大事だ。(エラソー)。こういうことを何で学校で教えないのかなあ、と思う。試験での勝ち方は技術だ。技術なら誰でも実践さえすればある程度の結果が出る。試験で落ちるのは、やらなければならないときにやるべきことをしていなかったということだと考えている。「だってやり方がわからない」といわれると、やりかたを開発すべきときに開発していなかった、と思ってしまう。そういう試験技術は独自開発したもので、学校では教えていなかった。各人が自分に合わせて開発すべきものなのだ。もったいない。学校は「あんたら将来どうやって食ってゆくのか」ということを学生に問わないのが不思議だ。家庭でもそういう話をしないのだろうか。でも、うちも失敗はしているので、やっぱ向いてないひとがいるんだろうなあ。結局年寄りのぐだぐだ話になってしまったか。

 

2014年7月6日(日)オンシジウム開花

よくいじめたからなのか、夏にオンシジウムが咲いてくれた。普段は秋にさいてくれる。これが咲くと長いので、ランの花の少ない夏場を乗り切るにはたすかる。

 

植えていた黒豆が、認知症の母の肥料テロで17株ほど枯れてしまった。予備に畑の隅っこに植えておいたあまり苗を代役に立てた。

母に雑草扱いされずにすんだサラダ菜が大きく成長してくれた。ありがたや。ダイソーで2105円で買った種を苗床で育て、畑に植えていたものだった。ところが、とうがたってきたので3株ほど収穫した。けっこう食べられる。

 

ばあさんの病院の付き添い(土曜日に3箇所4時間)、薬の世話やら、洗濯物など、介護というのはいろいろ手間がかかる。おかげで4月からリソースを軒並みもってゆかれてランの世話がさっぱりである。まだまだこれからが大変だろう。まだしばらく大丈夫だろうが、そのうちいわゆる下の世話というのがあることだろう。クソやションベンくらい、たまに扱う水酸化リチウムのように呼吸困難に陥ることはあるまい。

 

いっぱい苦労したが、腰は治った。いや助かった。今年最大の作戦が発動中である。

 

2014年6月29日(日)

見事な花がさいているので久しぶりに撮影をした。レリア・クリスパからとてもいい香りがしていた。フォーミディブルが見事に咲いていたのに、写真をとりそこねた。

腰は完治ではないものの、なんとか生活に支障がない程度には回復していた。

 

庭の球根を必死で掘って回収した。先週からやっているのであるが、雨の中いそぎ作業をして球根を回収することが出来た。今年は球根の太りがよくて豊作だったとおもう。重労働でへとへとになった。爪の間に土が深く入り込んでいたい。こういうのは感染症の危険があるんだろうなあ。でもそういうばっちい体験もある程度健康に寄与しているのじゃないか。つまり、バイキンに対する抵抗力を高めているのかもしれない。

 

サッカーって1試合も見られなかった。試験に移動中だったり、通勤中だったり、就寝中だったりした。

 

セクハラやじ問題ってなんかもやっとしたものを感じないではない。まあ言うたらいけんことを言うもんじゃないけど、うまく言う技術は低下し、聞くほうもうまく流したり抵抗したりする技術が低下した結果、いじめや各種ハラスメント、新型うつ病などがでてきて、かとおもえばひっこんで安きにながれて、能力低下を引き起こすようなことや、過度に空気を読みすぎて2秒以内に返信が当たり前という信じがたい状況にしばられてみたり、というようなことになっている。なんつーか、人間の強さやしなやかさがうしなわれてないかい?と思わないではない。体がかたくなって、受身の技術もなくて、足腰が弱くて、こけやすいという風に見える。とくに女性がなんかやばそう。みていてあぶなかしい。料理が男よりできなくて、食生活がすさんでいて、体を鍛えていなくて、成長期にへんなダイエットで体ががたがたで、骨粗しょう症予備軍で、スマホのやりすぎで学力も壊滅的というような女。女性の貧困化が進んでいるという話を聞いた。そういう人に「あんたそれまずいよ」といってあげる人がいない。こういう危ない状況に男が一言いえない状況にないだろうか。父親が言っても「うっせー、うざい」とかいわれそう(すげー言ったけど)。母親がいっても、同年代の女性への同調圧力により「うっせーばばあ」とかいわれる。こういう下流まっしぐらの女を軌道修正するのは実に困難と思われる。なんというか、あたりまえのことがいえなくなりつつあり、かつまた聞いてもらえない現状はやばい。(男もやばいのだろうなあ。実のところ。男がぐだぐだだから女性もぐだぐだになる人が増えてきたのだろうか)

 

高校生のスマホの利用時間と学力の関係について調べた結果がネットにあった。5時間使うと、使っていない人より明らかに成績は低いという。ただ、1時間使っている高校生の成績が最もよかったそうである。それがなぜなのか、解説者はわからないと書いていた。そんなのすげーわかりやすい事象だと思う。スマホの利用を1時間に押さえ込んでいる意志の強いやつならそりゃ成績は高いだろうなあ、とわたしは思った。使用時間0の人はかなり少数で、たぶん経済的事情もあって勉強のできるできないは玉石混交じゃなかろうか。スマホがあっても勉強やるやつはやっとんねん。1時間最低限のおつきあいに済ませて、自分のやるべきことややりたいことを優先する意思のあるやつがおんねん。人に引きずられて自分の時間をもってかれたらつまらん、と考えるやつがおんねん。勉強せなならんやつが5時間もあんなもんいじっとったら、そんなやつはあほにきまっとりますがな。

 

ダウラギリというヒマラヤの好きな山の名前をつけたカレー屋のチラシをもらった。ダウラギリってなぜか頭の中で「駄裏切り」という変換がなされてしまう。なんというか、しょーもない彼氏に浮気されたみたいな、ありふれたどこにでもある情けない人間関係を感じさせる。あの美しい山の画像を見るたびにしょーもないことを考えてしまう。

 またぞろダウラギリのことを考えていた晩飯時、世界第二位の標高を誇るK2のことを考えていた。全山がけだらけのとってもあぶない山だ。その「けいつう」がある瞬間突然「頚痛」と変換されしまったのである。食事中だったのでご飯を噴出しそうになった。なぜ脳みそはこんな突拍子もないことを考えて笑いをとりにくるのだろうか。字面がスマホのやりすぎで、首が痛くなってしまったという残念な感じになっている。スマホって垂直にして正面をむいてやればいいのに、水平にして覆いかぶさるようにやっている人がいる。スマホの面の地面との角度が垂直からずれ、そのずれ角がθだったとする。それにつられて頭も垂直から角度θずれる。そうするとなにが起こるかというと、質量m(だいたい8kg)のどたまが本来首に垂直にのって首でしっかり支えられていたものが、mgsinθの力で首を折りにかかるのである。その力に対抗するため肩の筋ががんばるので肩がこり、血行が悪くなり、頭痛がしたりする。長時間首の骨に力がかかることで、首の骨、頚椎の変形がおこり、本来カーブしている頚椎がまっすぐになるんだそうだ。これをストレートネックという。なんかネクタイみたいなふぁっしょなぶるなひびき。でもこれになると治らなくて往生するらしい。首にも腰みたいに椎間板があって、椎間板がはみだすことで椎間板ヘルニアが起きて大変痛い思いをするという。これぞまさに「頚痛」。8600m級の痛さだ。スマホの角度θをみると、「この人わかってらっしゃる」という人はほぼ0度(つまりスマホを垂直にたててみている)が、頭の悪そうなやつはほぼ水平である。あんな体に悪そうなものに、文字通りのめりこむんじゃねえよ、と思う。

 

2014年6月20日(土)レリア・クリスパ、Den.フォーミディブル開花

レリア・クリスパが開花した。つぼみにすらきがつかず、夜に咲いているのを見てびっくりした。裏庭でDen.フォーミディブルも開花してくれた。

 

やっちまった腰痛生活は2週間になるが、まだ歩くのがしんどい。図書館で腰痛体操の本を借りてきた。攻めの腰痛対策をやろうとおもう。

不自由な生活をやってみるといままでの自分がいかに幸せだったかわかる。乗換駅での全力疾走で、ホームで呼吸困難になるほど走ると、なんというか苦しいけどたまらない加速感を味わえた。「俺って激速」というすかっとした爽快感があった。ああいう危ないことをするからこういう罰が当たったのかなあと思う。一種の暴走行為だった。反省している。

認知症の母に畑のジャガイモを掘られてしまった。まだ近所の畑はどこも掘っていない。暑くなって茎がしおれてきた頃がほりごろだとおもって母には「さわらんといてね」、とお願いしていたのだがすっかり忘れてやりたいようにやってくれちゃうんだぜ()。腰痛でいててて生活をしていたので正直助かったとおもっていた。なぜか畑に植えたゆりと、はつか大根と、とまとが巻き添えをくってひっこぬかれていた。腰が非常時だからどうすることもできない。

そういえば、チューリップの球根を収穫中に腰痛になったので、未収穫の球根がうまっていたのであるが、これも母にたがやされてしまった。じつのところ、球根どころではない状況なので、育った黒豆の苗を植えるスケジュールからして、母の侵攻は「迷惑ありがた」という奇妙な状況になっていたのだった。ところが、芋畑の跡地を掘り返してみると芋が収穫されずにごろごろでてくるのであった。非力な母は適当な仕事をやったようである。息子に応援を頼んで芋の収穫をした。量的にはダンボール箱2箱半、20kgぐらいはとれて、芋は小さいながらも満足のゆく内容だった。

黒豆の苗はいい感じに仕上がっていたので、畝を耕さないという手抜きをしつつ、植えた。86本あって、土地がたりず、苗が余った。まあ綱渡りだったけれど時期ぴったりに作業できてよかった。あえて水をやらずにおいたら夜からおあつらえ向きの雨が降ってきた。

 

2014年6月15日(日)ミルトニアっぽいらん開花

ミルトニアっぽいランが開花した。これなんだったかなあ、と探してみるが調査能力が低下していて見つからない。まあ写真を撮っておこう。買ってから年月がたつようだ。

 

先週8日の朝、腰をかがめてチューリップの球根を収穫中、スコップをえいやとつきたてたら腰にびりー!!!と電流が流れるような刺激があった。なんというか、ああ、やっちまったなあ、これから惨めな日々に逆戻りだ、ということを畑でへたりこみながら考えていた。多分腰の辺りの椎間板がむにゅっとでてしまっていて、これから神経を圧迫して痛くてへこへこ歩く日々をすごすことになるのだろう。こういうのは10年ぶりくらいだ。うわー、かなわんなあ、とおもいつつ、やべ、来週資格試験じゃねえか、動けるうちに勉強しておかねば、と作業を放り出して撤退した。

その後は実にミゼラブルな一週間だった。危険物関連の資格試験は職場で必要なので申し込んでいたものだが、1週間前には関連書籍を3冊読み込んでおいた。その日曜から猛烈に勉強をすすめ、火曜日には問題集を一冊仕上げ、法令が弱点であることを認識して、情報収集をおこなっていた。木曜日に過去問を利用した模擬テストでは、なんとか合格ラインに達していたものの、法令をあと3問間違えたらアウトだった。法令以外は1問間違えただけだったので、法令に焦点を絞り試験まで法令漬けだった。土曜日に問題集2冊目を仕上げ、間違えたところを復習しておいた。

仕事に対してもいつになく真剣だった。大事な攻めるべきところがみえた。最重要攻撃拠点が見える。あれを攻略できるのなら腰痛にすら価値がでてくる。

腰痛は予想通り、座っている状態以外ではちくちく痛み、通勤はたいそう痛い思いをした。腰をかがめて歩くのは実にしんどかった。まっすぐな姿勢をとるとちくちく痛む。休むに休めない用件もあり、まったく本日までの1週間痛い思いをした。寝るときもある特定の方向を向いて寝る以外は痛い。まっすぐ仰向けが痛いのがつらい。まあ上手に寝てなんとか睡眠時間は確保していた。

健康のありがたみを1週間じっくりと思い知らされた。同僚のもっと痛い目にあった人の話では、痛くて寝られなかった、というような経験もあるとかで、われながら今回の腰痛はまだ軽いほうだという認識がある。

思いつくことはとことんやったつもりであったが、本番はまた別物だったようだ。なんか過去問と傾向が異なる。どこかのおやじが「講習会受けないとなかなかうからないよ」なんてことを言っていた。講習会は結構な費用がかかる。今回、図書館で借り出した本3冊とブックオフで買った問題集2210円、受験料5000円+交通費を投入した。自信のない解答の数が予想以上に多いので不合格の可能性もあるなあ、というもやっとした受験だった。まあそういうこともあるか。苦労の稼ぎどころ、と割り切る。

翌日ネットで気になる答えをさがしてみる。ジエチルエーテルとアセトアルデヒドは、どっちが容器を不活性ガスで置換してから入れるのだろうか?。ジエチルエーテルは、酸素と反応して爆発性の過酸化物が生成するので、こっちだろうとおもっていたら、どうやらアセトアルデヒドだった。

まちがいを選ぶ問題で「アルキルアルミニウムのアルキル基は炭素数が多いほど反応性が高くなる」という記述を間違と考えた。これは正解したようである。

同じく間違いを選ぶ問題で「発煙硝酸は、硝酸よりも酸化力が弱い」とあったのを間違いとして選んだのも正解だった。

なるほど、この試験相当やりこまないと落ちる。

 

2014年6月7日(土)Den.クリソトキサム開花

これまで1輪ほどしか咲いてくれなくて、難しいなあとおもっていたクリソトキサムがなかなかみごとに開花した。

2000年にかみさんにかってもらったカトレアも開花した。

 

黒豆を苗床にうえた。豆が大きいので発芽には軽くてやわらかい土を使わなくてはならないと知ったのは3年くらい前だっただろうか。畑でつくっていた球根を掘り出す作業がきつくてはかどらない。

 

川井太郎 著「スマホうつ」秀和システム(2013)を読んだ。スマホを使っていると元気が出ない、いらいらする、不安になる、などうつのような症状がでる人がいるそうである。著者は指圧師だそうで、スマホの長時間使用でおきる姿勢の悪さが体にゆがみを生じていることが原因として、適切な姿勢やスマホの適度な使用について改善の仕方を述べている。スマホってはたでみていても姿勢悪すぎだろう。

今日スマホというのは一種の国難というか、人災というか、実に災難な状況になっていると見える。やってる人の姿勢を見ると、あれじゃあとでくるだろう、あんなんじゃたまらんだろう、と人事ながら心配する。

なぜそういうことに関心を寄せるかといえば、我が家のおできにならない受験生のことをかんがえるからである。我が家の3人の子供らは高校時代ケータイをもっていなかった。「うざい」「だるい」「たすかる」といってなしでやってきたそうである。先生が「いまケータイ鳴らしたやつ名乗り出ろ」とクラス全員を居残らせた際も娘は不承不承お付き合いで残るという事件もあった。学校はそういうあほくさい状況にある。スマホになってそれがさらにエスカレートしているようだ。

この本「スマホうつ」を読みながらバスに乗っていたときのこと、男子高校生らしいのが、ネットを介してクラスメートをいじめていたとかで先生に残されていたような話を声高に話していた。あほくささが昂進しているようである。スマホのおそるべき「効果」はショウケツを極めているようだ。

そこでわたしは不徳にもしめしめと思った。「チャーンス!世間の平均点ががくーんとさがっている現状、うちのあほ息子をてこ入れすればなんとか学費のやすい学校に入れるんじゃね?」

3人とも塾へはいっていない。塾へゆかずともできるやつはできるし、できないやつはできない、というのが自分の考え方で、実際3人をみていてつくづくそう思う。まあ上の二人は身の振り方を自分でなんとかしたので、3人目が親の手を離れるようにしたい。

昨夜、センター試験の問題でy=x2+2(a-1)xの頂点の座標を求める問題をだしてみたら解けていなかった。うそー。スマホもってなくてもできんやつはできんのんやなあ。

 

同居の母の認知症がなにやらにわかにすすんでしまったため、4月から1人息子のわたしが医者の付き添いをはじめて、朝晩の薬の世話やら、行動が困難な種々の場面での支援をするようになった。長い介護生活の始まりである。覚悟しよう。もっと早くに乗り出していればだいぶ軽く抑えられたのかもしれない。悪い息子だったと反省している。まあ現状になれつつ、大事に行こう。

 

2014年6月1日(日)植え替え

ランの遮光棚「寂光院」を整備したので、本日は30℃を越えた庭で株の振り分けをおこなうとともに、はみ出した株やコンポストの古くなった株などを20鉢ほど植え替えていた。ほったらかしにしてすまんのう、とおもった。やっと止まっていたあれこれが動き出したという感じだ。それにしても汗をかいた週末だった。

 

2014年5月31日(土)エリア?開花

え?、なんで更新が止まっているのか?、と久しぶりに見て驚く。まあいろいろあったからぶっとんでいるのだろう。

エリアの、すっかり忘れてしまった株が咲いていた。

 

気温が30℃に達し、野ざらしだったランが焼ける恐れがあるため少々遅れ気味だった遮光ネットを張った裏のラン棚を復旧した。毎年冬場の強風でぶっ壊れる棚であった。やってしまえば20分ほどの作業なのだがなぜかやる前は億劫で先延ばししてしまっていたのであった。

 

チューリップ畑の球根の収穫が重労働でさっぱりすすんでいなかった。そろそろ黒豆を植えないといけないので暑い中とりかかる。5m掘り進んで全体の5分の2を完了した。先の長さにめまいがした。

いろいろとあってそのストレスを読書で緩和するということをせっせとやっていたらしく、5月は48冊を読んだ。今年は5月終了時点ではやばやと209冊を読んだ。異常だ。ライトノベルの累計読了数は628冊に達し、在庫も830冊になった。そういうことをしているとランの世話や農作業などがおろそかになる。まあなにかと心労の多かったような(読書で麻痺していた)5月だった。

読書依存症ではないようだ。職場で必要となった危険物試験の勉強で3冊読んだ。しんどい読書だった。エクセルで危険物130種類の一覧表まで作成した。依存症というと生活や学業に支障を来すような行動に耽ることをいうわけで、やらなければならないしんどいことを意志の力でやる行動は依存症ではない。もし読書依存症であるとすれば、そのしんどい勉強読書は後回しにして自分が読みたい本から手をつけるであろう。依存症とはこらえしょうがないからそうなるわけで、思い切り意志の力できつい勉強をやった。4冊目の問題集にかかっている。

依存症に興味があったので、本田白寿著「私、パチンコ中毒から復帰しました! ギャンブル地獄から完璧に抜け出す方法」中公新クラレ(2013)を読んだ。大変に熱い内容だった。会社をサボり、犯罪にまで手を染め、女房子供に逃げられて300万円の借金の末にパチンコにかかわる全てを遮断して自力で借金を返し、生活をととのえてパチンコをやめた著者の強い意志の記録である。すげー。でも大半の中毒者には無理なんじゃないだろうか。著者は、パチンコをやりたいと思うココロの隙間を著作により埋めるという方法で切り抜けたので、本に書いてある方法は合理的ではあるけれど、不合理きわまる大多数の中毒者に効果があるかなあ、といぶかしく思いつつ読んだ。

パチンコで1000円すった際の自分を想像しておぞけをふるうので私にはパチンコは無理だ。負ける確率が高いゲームを繰り返していれば、その数列の和はかならず負けに収束するのは容易にわかることで、ちょっとした運試し、としてたしなむには楽しいだろうが、繰り返し勝つことをもとめてやりこむのはいかがなものかと思う。

依存症というものは、どこか強烈な成功体験、よかったときの記憶が脳に快楽をもたらし、その刺激を繰り返し味わいたいという渇望感から引き起こされているように見受けられる。だから、自分自身の「鍾乳洞が好きになって化学が好きになり際限なく勉強した」という体験と、程度が異なるものの似た仕組みがあるように思われるのである。そこから考えると、若いうちによいものに多く触れるという体験、そこから好ましいものを見つけてそれに繰り返し触れる、多様なよいものに触れる、ということが重要かと思える。人間の脳は、成功体験から自分の得意を知り、その技術を好んで高めてゆくことで食い扶持を増やすなど、生存可能性を上げてきた。その仕組みが、しょーもない、銭にならない、人生を豊かにしないようなことに働いてしまったというのが依存症ということだろうと考えた。

 

2014年4月19日(土)デンドロいろいろ開花

デンドロがいろいろ咲いてくれている。

うかうかするうちに連休が近づいてくる。特に予定はない。植え替えをしよう。嵐でぶっこわれた裏のラン棚の修復をしよう。まあそんなところか。

 

庭のチューリップが大変盛大に開花していた。チューリップというのはいろいろな色が鮮やかで楽しい。今年は90%の花がリサイクル球根で咲いてくれている。借りている畑で、小球をふとらせることで球根の自給が可能になったのである。来年は我が家のみならず、かみさんの実家分までまかなえる。その畑でも花が100を超えて咲いている。ものすごい労力ではあるが、花を見ていると報われた気がする。

 

2014年4月16日(水)カトレア・インターメディア、スキンネリ、ロディゲシー開花

原種カトレアの開花ラッシュだった。カトレア・シュロデレーやトリアネにつづき、インターメディア、スキンネリ、ロディゲシーが開花した。

 

2014年4月12日(土)Epc. Kyoguchi ‘Fumi’ エピカトレア・キョウグチ ‘フミ’開花

Epc. Kyoguchi ‘Fumi’ エピカトレア・キョウグチ ‘フミ’が開花していた。可愛い花である。管理リストに記入漏れしていた。まあそういうメンテナンスは最近ぼろぼろではある。カトレア・スキンネリが開花中で、ロディゲシー、インターメディアが続く。

 

庭のチューリップがすごい。自分で植えておいて言うのもなんだがすごい。いろいろ難問山積みであるものの、庭の花をみるとつかの間頭がお花畑になる。

 

いつもの古本屋にゆくと、ライトノベルが3105円だったものが、100円になっていた。税金上がってなおかつ値下げというところがすごい。おかげで消費税アップから36冊も増えてしまった。

 

2014年4月3日(木)Lc.エルセリト開花

かなり昔姫路ラン展で購入して、里子に出して、増えたからと出戻ってきたLc.エルセリトが開花した。ほっとするようなかわいい黄色い花である。

 

新年度、Win7に虐待されていたような1週間だった。遅い!。まあ古いパソコンにWin7を入れるのが悪い。動作が挙動不審だった。一方、そのまんまWin7やWin8.1が入っている別のマシンは快適だった。とはいえ勝手がわからないのでいらいらする。おうちのXPを見るとほっとする。起動にかかる時間は30秒台だ。じゃまくさいネットがないパソコンというのは存外快適である。

 

2014年3月23日(日)C.シュロデレーも開花中:村上園芸ラン展示会

カトレアシュロデレーも咲いている。

本日は雨だと思って出さなかったのだが大ハズレでけっこうよい気候だった。

 

ダイキ神戸北町店で開催されている村上園芸のランの展示会をみてきた。このたびはえらく花の数が多い。すごい数が咲いている。カクチョウラン(ファイウス)の花が多くてめだっていた。デンドロも数多くの種類がどばーっと咲いていた。

ふと値札のない見たこともないランがあった。胡蝶蘭のようなつやのある肉厚の双葉があり、それが丸い毛の生えたバルブから出ている。株は大変好ましい姿をしていた。衰えたとはいえかなりの数をみてきた私が知らないランである。値札がついていないということは値段であきらめなくてもよいので、まず村上社長に生育温度を聞いてみる。最低10℃は欲しいというものらしい。原産地はニューカレドニアだそうな。どのくらいぬくいところかよくわからない。フランス領だったところで、ニッケルが産出するんだよなあ、という程度しか知らない。姿からして胡蝶蘭っぽい扱いでよさそうだ。値段は、なんとか私が買える金額にしてくださったが、相当な珍品なので申し訳がないなあ、と反省する。名札には「munificum 改行Inobulbum (=Den  」 とあり、Inobulbum munificum なのか、Den. munificumということなのだろう。手持ちの本には記述が見当たらない。社長は「毛玉デンドロでぐぐれ」とおっしゃっていた。値段も比較的高かったし、珍しいランなので、枯らしたらとおもうと責任重大に感じてしまうのだった。

 

花と野菜の土99円を買ってきて、先週購入したサラダ菜の種を、苗床トレイに植えた。

今月初旬に植えたジャガイモの芽がでてきていた。

庭は、チューリップが1株開花し、クロッカス、水仙、ヒヤシンスが美しく咲いている。いつのまにか春がきていたなあ、と思う。

 

そういえばファイルの大きさ制限で日誌が見えない状態ではあったなあ。更新もせんとなあ。

 

2014年3月23日(日)そういえばC.トリアネ“ムーレアナ”が咲いている。

咲かずのカトレア、などと認識していたC. trianae 'Mooreana' FCC/RHSが咲いてくれているらしい。らしい、というのは、色柄から「あれ、ムーレアナ?」と思ったのだが、あんまりしょぼいのと名札がないのでいぶかしく思ってしまったためである。買ったのが2005530日だって。かれこれ9年!。世話が悪いと咲くのだろうか。

リビングの気温は朝6℃だったりする。ひどいカトレア栽培もあったものだ。結構つぼみがあがってくるなあ。

 

ジャガイモを植えた畑のすみっこにぷすぷすとゆびではつか大根の種を植え付けてきた。

 

消費税があがるからといって買っておきたいものがないなあ。105円のものが108円になるってことは、1.029倍になるってことで、まあたいしたことねーじゃん、と思う。ほしい本をあほほど買ってもっているので、とりたてて欲しいものがない。本の山をみていると大変豊かな気分になる。13時間のお楽しみが700冊も!。でも計算してみると、合計2100時間か、4分の1年の時間だ。案外たいしたことないなあ。でもまあ、このペースだと全部読むまで7年以上かかりそうだ。最上級の娯楽の山、と自分の脳みそが認定しているのだから(世間では省みられないので値段が30円ほどなのだが)たいしたものだ。

必要があって、中古のノートパソコンを買った。2日で到着。すぐ使えるソフトも入ったなかなかのものだった。USBのファイル転送が早くなったのだなあ、というぐらいしかXPWin7の違いを認識できていない。

 

某図書館から蔵書としての購入を断られた伏見つかさ著の新作「エロマンガ先生」(たぶんエロマンガという地名がひっかかったもよう)をわが市の図書館にリクエストを出したところ、「蔵書にありますから予約入れときますね」といわれた。うーん、わが市は太っ腹だ。

リクエストを出して早々と読むことが出来た三上延著「ビブリア古書堂の事件手帳5」はたいそう面白かった。何でもお見通しキャラってものに最近の読者は弱いのではないだろうか。ふと、この著者の著作がえらくたくさんあることが巻末のリストをみて知った。本書はベストセラーなのでたくさん売れて読まれているわけだが、そのほかの作品を読んでいる人は少ないのではないか。この作家の作品だから面白いのではないか、と5冊も読んでいまごろ気がついたくらいだし。それらの作品は全部電撃文庫だ。少々アクセスしにくいのではないだろうか。700冊の積読在庫を検索したら1冊あった。気をつけていつも行く3105円の棚をあさってみたら6冊もでてきた。ラノベも奥が深いなあ。アマゾンで見ると多くが中古で、そろえるのに時間がかかりそうだ。だが、初期の作品の多くが、周辺の図書館にはないのにわが市の図書館にそろっていた。どうもラノベに関しては、近隣の都市の中では最強の図書館であるようだ。

 

2014年3月22日(土)関西らんフェスタin京セラドーム

今年の関西らんフェスタは2回に分けているらしい。会場は京セラドームの9Fであった。晴れたので朝からランを庭に展開して、バス、電車を乗り継いで出かける。ドームでラン展というと東京ドームを思い浮かべる人も多いだろうが、そんな中のだだっぴろいところでやらずにドーム付属の催し物会場みたいなところでやっていた。規模は従来の関西らんフェスタと変わらないものの、今回はなんというか花のレベルが高いように感じられて、撮影枚数が700枚に達した。撮って撮ってとりまくった。屈伸運動、かっくんとひざを落とし横目線で一枚撮る、床にひざをついてすり足で接近、掬い上げるようにパフィオのアゴを撮る、のびあがって上から目線で撮る、光の陰影が出る横からもとる、名札も撮る、なんか気になった隣のランも撮る、たかーいところにある花も伸び上がって手だけで撮る、会場全形もマクロをはずして撮る。なんか花がとってもきれいに見えたので夢中になって撮った。撮影で汗だくになり、くたくたになって会場をあとにした。

ドームの外に出ると橋下氏が選挙演説をしていた。選挙はとうに終わったものだと思っていたがまだやっていたのか。大阪府に勤めているのだがさっぱり興味がわかない。図書館さえ充実していればいい。兵庫県は図書館にリクエストを出すと本を買って蔵書をふやしてくれるけれど、大阪府だととっても遠くの市から取り寄せてくれるのはいいのだけれど、返却期限が2週間厳守なんだよねえ。やっぱ貧乏なんだろうか。

 

移動中の電車のつり広告で、件のなんちゃら細胞の研究者が、どーでもいい私生活のあることないことを書かれたゴシップ記事の見出しを見かけた。そんなしょーもない情報をとどけることでちゃら銭を得ているのかこの週刊誌は。このいじめ体質が日本人の悪癖であることは論をまたない。「あの子って陰でこんなことしてんのよ、信じられるー」という陰口体質を大人が率先して子供らに示している例というわけだ。大体人の陰口ってもんがストレス源になるのだからそういう会話は極力避けるべきだ。世界でもっとも自然豊かで美しい国(カーネルサンダースが沈んでいた道頓堀川にも魚が生息しているのがすごい)に生きる日本の皆様、人の不幸は蜜の味とばかりにこのような記事をよまれるような志の低いことをよもやなさっているのではないでしょうね。まあ9割方なさそうだなあと思いつつもまだあのなんちゃら細胞が本当だったらいいなあ、と信じてはいるのですよ。

 

絶対方向感覚、というほどのものではないヤセーのカンを生かして、ドームから知らない道を2kmほどてくてくあるいてなじみの日本橋にやってきた。

日本橋にラーメン二郎的な背脂系極太野菜大盛りラーメンを出す店があることを事前調査で知っていた。東京赤羽のラーメン二郎のファンだった私は、ラーメン二郎をリスペクトするラーメン店「マッチョ」で、キャベツあぶらマシマシ並650円を食べた。なんというか懐かしい味がする。二郎を食べたのはもう13年も前のことだが昨日のことのように思い出される。ぶっとくてこしのある麺、背脂でこってりと濃厚なスープ、歯ごたえのあるキャベツともやし、とろりとしたチャーシュー、いやーラーメンってほんと素晴らしいですね。650円で腹いっぱい食べた。関西のラーメン道徳なのか客は帰り際にかならず「ごちそうさま」と一声かけて席を立つのが好ましい。背脂系ラーメンは必ず下る私は、家に帰ってからやっぱりくだった。

HDD2TBは本日も5980円だったのでパス。

日本橋といえば安売りのラノベ、とばかりに35円を9冊、72冊、10円で31冊(合計42冊、推定6.3kg、めっちゃ重い)買って帰った。在庫が740冊に達し、いくらなんでもこりゃ買い込みすぎという状態である。ラノベ7冊の質量の平均をとったら150gだった(パッド390gで本を読むってやっぱまだウデ疲れんじゃねー?)。それゆえ、740冊を集積している場所はおよそ111kgの紙の山が床を押しているということになる。まあ大丈夫か。

 

 

2014年3月15日(土)

先週ぶっ掛けたマラソンが効いたのかアブラムシらしいものは見かけなくなった。

 

最近恐ろしく時間の流れがはやい。読書まみれの影響だろうか。313日に今年の100冊目を読んだ。例年に比べてペースが速い。今年は500冊読む調子ではある。この数字に焦りを覚える。1年かけてたった500冊しか読めない。読みたい本は山のようにあって、それでも時間はどんどんたってしまい、あっというまにジジイになってしまいそうなのである。

 

あのなんとか細胞ってすごい成果だと門外漢の私でも思った。とうとう女性ノーベル賞受賞者がでるのか、日本は素晴らしい国だなあ、と喜んでいたのである。現状このような騒ぎになって、渦中のあの研究者は世間をたばかったように報道されているのであるが、落ち着いて考えてみると、大事なところは本当にあのなんとか細胞(ついスマップ細胞とか、スタンプ細胞とか言ってしまう)ってのはあの方法でできるのかどうか、ということじゃないだろうか。米国で70兆円、日本で30兆円だったかお薬にかかるというようなことを聞いたことがある。医療とは国家財政を傾けるほどお金がかかる。逆に言えば莫大な富に直結している。そういう医療にもろに効く超重要な新技術の発見かもしれないのに、たかだか数千億円産業のマスコミと一緒になってひょっとすると本当かもしれない数兆円の富を生む技術をぶっつぶし、日本の英才を集めた最精鋭の研究所を機能麻痺させていているのかもしれない。かの研究者はなんらかのぽかをやったかもしれないけど、「あの研究は本物だ、証拠はこれこれ」、と言って世界に結果を示せるのならいいけれど、本物だったのに他の国に最初の論文を持ってゆかれたら我が国が数兆円単位(国民一人当たり数万円)で損をする可能性はないの?。かつて研究の画像を捏造してES細胞の研究を数年沈滞させた事件が韓国であったけれど、今回の研究に関して最初の論文とノーベル賞を韓国にもって行かれたら超うける。

思い出すと、常温核融合という「おお、なんだそれはすごいな」という発表に世界中が色めきたったことがあった。あれも再現しなかった。あれもうますぎる話だった。今回の細胞の話は多数の研究機関から再現できたという話が出てくればまた風向きも変わってくるのだろう。多分特許は出願しているだろうから悪い展開にはならないか。しかしもし結果そのものが捏造だったりしたら日本の科学史上最大のスキャンダルになるんだろうなあ。そのときは多分韓国で別の方法で「にがりにつけたら万能細胞ができた」みたいな本物が出てきたらやっぱり超うける。

またひところ大学でレポートをネットの文章からコピペするというのも問題になった。文章を書く力というのはじつのところもろに収入に比例すると思えるので、よそから取ってきて使う、というようなことをすれば重大な能力低下を自ら招くことになる。そればかりでなく、提出されたレポートや学位論文など、広くネットの記述を検索・比較して無断盗用を自動的に暴きだすソフトまであるのだ。コピペに依存していると要するにあとでえらい目にあう。博士論文などは、国家がその作成を助けていることもあって国立国会図書館に収蔵されるだけでなく、PDFファイルとしてネットで誰でも見られる状態になっているものもあるので、コピペなんかするもんじゃないということを教育機関は重々教育していることであろう(え?してないの。ウッソー、ぶっちゃけまじやべぇんじゃね?)。画像を使いまわしたり、切り貼りしたり、反転させて別の画像に見せかけたり、というのが暴かれたちょっと前の大スキャンダルを知らない研究者はいないし、ましてや発覚しやすいコピペなど、かなりの数の研究者や著述家が職を失ってきた行為であった。そういう方面の教育の不足があるのかもしれない。

その一方で、若手研究者の置かれている環境も厳しいのではないかと思う。研究者の30歳って、学位とって3年ってまだとっても駆け出しなんだけど、成果が出ないと研究所を放り出される任期付き任用という制度もあって大変プレッシャーのかかる年頃ではないだろうか。世代間の不公平みたいなものを感じないではない。もうちょっと若手が安心して研究の出来る環境にしてあげたらいいのにと思う。そのほうが今回のような巨大なリスクを減らして、長い目で見たら研究の力を持続的に強くもつことが出来ると思うのだけれど。とある著名な研究者が言ったことば、「論文論文とうるさくいうといいものはでてこない。若いうちから予算をとりにゆくことに汲々とすると研究なんか出来ない。先輩の予算に食わせてもらえばいい」。某研究所を、なんちゃら特別研究機関てなことにして研究者の年俸1億円を可能にしよう、なんてことをしようとしているらしいけど、研究者が1億円もらってうれしいだろうか(うれしい人はいるだろうけど、たぶん使ってる暇がないぞ)。研究者にあほな仕事させないような支援の拡充のほうが大事では。例えば特許業務や共同研究の仲立ちをしてくれるような強力な支援チームとか。特許ださないと論文書かせてもらえないらしいから、特許で難渋している研究者は多いんじゃないか。弁理士さんに「それ何の役にたつの?」って聞かれて「お口ぱくぱくになりました・・・」(つまり唖然)という。まあ要するに、作家と担当さんの関係、みたいな。

あと、捏造、コピペとかしそうな怪しいやつはこっそり調べたらええんちゃう?。そんで予防的に内部でお説教かましておけば、こんなシロウト技で大スキャンダルにならずにすむし、本人と組織のためになるんじゃね?。いや、もうおおっぴらに予算をとって研究者それぞれの著作物、成果物を過去にさかのぼって第三者機関がチェックして、現状の違反(過去の分は警告だけ)は本人に告知した上で給与に反映させる。そうすりゃ誰もやらんでしょ。その第三者機関ってのがビジネスチャンスかもしれない。週末外国で技術をうっぱらってくる技術者対策にも有効かもしれない。案外儲かる、そんでもって国益にかなった商売かも。

今回の一連の件は、多分捏造というところで限りなく黒に近いとみえるのだけれど、「フージコちゃんにまんまといっぱいくわされちゃったよー」的な度量の広い社会だったらみんな楽なんだろうけどねえ。内容的には、「とってもいい技術が発見されました」といわれ、「いや実は・・・」ということなんでしょ。うそつきなんていくらでもいるじゃない。嘘ついて男殺してる女もいるし。社会がわるいとかわけわからんこといって人を刺しているような大変悪いやつもいるわけで。私的には、あはは、ちょっと夢見ちゃったよ、という事件であった。(本人はえらい目に合うし、関係者は気の毒だけど)。

 

ネット依存が世間ですごいことになっているそうだ。むしろこっちのほうが大問題じゃね。女子高生の4割がスマホ利用1日平均6時間という。メールの返事を書きそびれて寝られなくなる女性が多いとも聞いた。電車で若い女性のスマホがなんかすごい。おっさんは、ねる、新聞、読書、というバリエーションがあったが、ねえちゃんたちはまるでデルボーの絵画かってくらいそろって一心不乱にスマホをやっていて異様だった。ねえちゃん、往来で立ち止まってスマホいじるなって思う。歩きスマホは減少傾向だが、通せんぼスマホが台頭してきやがったぜ、ちくしょうめ。

ネットは仕事での利用がほとんどなので、そんな寝られなくなるような悩ましいメールのやりとりはしていない。メールで気まずくなるくらいならするなっておもう。言いたいことがあるのなら会って話せよって思う。土日はHPの更新でファイルを打ち上げる以外は完全なオフラインであって、外をのぞきに行くことは63時間まったくない。正直ネットなんか見たくもねーよ。ツイッターもフェースブックも興味はない。読書のおかげでネット依存に対して免疫があるらしい。ネットみているより本の方が楽しい。本に入れ込むあまり仕事や生活がおろそかになるというようなことはないようである。ただ、ネットをみてぼんやりしてしまうことはある。そういうときなにが起きているかといえば、やらなければならないことがあってとっかかりが見えないときや、なんとなくモチベーションが低くて時間がまだあるように見えるときなど、だらーんと弛緩したちょっと気分の悪い状態に落ち込んでいたりする。そういう時はまあ確かに損をしているとおもう。だからえいやっとネットから離れて手を動かしたりするべきなのであろう。どんなつまらない用事でもいいからネットから離れて手を動かすのが効果的だと思う。世間的には、勉強をやりたくない気持ちが効果的に働いてつまらないネットでだらーんとしているという誠にお気の毒としか言いようもない状況に陥っている学生諸君が多いのだろう。家事や掃除、趣味の手作業、やっぱり勉強でもすれば、と思う。学生諸君のネットだらーん状態は、金を払って将来の稼ぎを減らす大損をしているといってよかろう。

 

2014年3月9日(日)

アブラムシが発生していて、カトレア・シュロデレーのつぼみにもたかっていた。本日は天気がよかったので、庭に展開してマラソン乳剤と思われる(ラベルがとろけてなくなっていた)薬剤を薄めてぶっかけておいた。

 

本サイトのメールアドレスは変更を余儀なくされたため別の無料メールに登録してサイトのリンクを更新した。

 

たまねぎでしくじった跡地で巻き返しを図る。ジャガイモの種芋を3種3kg仕入れてきた。ざっと750円。ジャガイモ用肥料501円というものも買った。ちょっと気合を入れて畑の半分を使ってジャガイモをやる。これまで何度か失敗してきたので、肥料分ちょっと気合をいれてやる。穴を50箇所あけて、肥料を一握り入れて混ぜておく。種芋、メークイン20個、ホッカイコガネ13個、?(忘れた)13個を植えた。

グラジオラスの球根がホームセンター売られているのをみて、畑に植えたらさぞかしいい花が咲くのだろうなあとおもって眺めて煩悩していた。20570円。

 

2014年3月8日(土)

セロジネの花にアブラムシがたかっていた。本日は寒いので、明日マラソンをぶっかけよう。

 

クロッカスが咲き始めた。水仙は12月から咲いているのであるが、クロッカスの開花から夏のゆりの終了までが球根花のお楽しみ時期である。チューリップの芽の数がすごい。20mの畑の畝にびっしりとチューリップが芽吹いている。今年はほぼチューリップ球根を自給できた。来年はよそに回せるくらいに出来そうだ。

 

娯楽が過剰すぎてさっぱり消化できない。本を借りすぎてしまった。録画がたまりすぎてHDDがいっぱいになってしまった。なんというか、録画したり、見たり、吟味したり、消したり、残したりの煩雑な作業をしていると娯楽の奴隷のような気がしてくる。娯楽というのは、適度に楽しめればいいのであって、過度にふけったり、ましてや追いまくられたするのは間違っていると思う。録画を見るって、案外楽しくない、と最近思うようになった。人生は短い。欲張ったってだめだ。これこれはよそう、と決められなければずるずる引きずられてしまう。乗り気になれない本はさっさと返却し、見そうもない録画は消した。なんと100時間ちょっとの空きスペースが出来た。

HDDレコーダーは、HDDをとっかえひっかえしてどんどん録画を溜めることは出来るけれど、そのHDDを他のレコーダーで見ることは出来ないということを知った。てっきり刺さっているカードを取り替えればいけるのかと思ってやってみたがダメだった。つまり、機械がおかしくなったらとり溜めた録画は見られなくなるということである。もう娯楽なんて読書だけでいいんじゃないとおもわないではない。

 

おいしくて財布にやさしかった回転寿司屋が閉店してしまった。もうあのゲソ天にぎりを食べられない。

そうかとおもえば、終了したはずのラノベ3105円セールが復活していた。ただし、近所の店だけらしく、同チェーンの他の店にいってみるとやっていなかった。まあ、でも、書斎にヒマラヤ山脈みたいな本の山が出来てしまっているから、読むほうに専念するべきなのだろう。といいつつ来週と今週で21冊も買ってしまったのであるが。

 

WinXPもサポート終了とかで、職場のパソコンもリプレースすることになり、Win8.1がやってきた。タッチパネルをしゃこしゃこやってもありがたみがよくわからない。オフィスも2003から2013になる予定だ。だりーなあ。Win8.1については本を借りてきて勉強したのだけれど、新味やありがたみはどこ?という内容であった。解説書を300p読むのがしんどかった。多分別に新しいことでしたいことがなかったのだろうと思う。

 

2014年2月24日(月)セロジネ開花

セロジネ、たぶんCoel. viscosa セロジネ・ビスコサ開花。

 

2014年2月23日(日)

天気がよいので外に出して水遣りをした。いただきもののセロジネはまだ開花していない。3ヶ月ほど咲き続けているオンシジウムの咲き遅れのつぼみがかいかしつつある。寒さで不調になったカトレアのつぼみがあるようだ。今年は例年になく寒く感じる。

 

隣国との関係がかなりぎすぎすしていたり、気候が凶暴だったりして心配事がいろいろあるのだけれど、ありがたいことに個人的にはまれにみる平穏さである。また今後仕事がいろいろ大変になるのだろうが、ここ数週間を見るに過度な読書中毒で過ごしている。ここ1年読みたいと思っていた小説をネットで見つけてしまった。もともとネット小説として発表されていたものが書籍化されていたのであるが、もとのネット小説もそのままネット上に公開されていたのである。1000pもあった。溺れるように読んでいたのであるが、この作品に勝るとも劣らないすごい作品の数々がネットには惜しげもなく存在していることがわかった。縦書きのPDFファイルで読めるそれらの小説は字が大きく表示されるので読みやすく、本をもたずとも指一本でさくさくページをすすめることができて、内容も猛烈に面白ろく、いずれも1000pを超える。図書館から借り出した30冊、積読600冊などが入り乱れての読書三昧である。このためオリンピックやニュースをほとんど見られなかった。

 

2014年2月16日(日)

いただきもののセロジネ(たぶんCoel. viscosa セロジネ・ビスコサ)からつぼみが出ていた。我が家の劣悪な環境に危機感を感じて花芽がでたものらしい。カトレアとデンドロ類にいろいろつぼみがでていた。Lc.エルセリトから恒例の花芽がでていたが、びっしりアブラムシがついていたので、丁寧にこすってとりのけた。あの冷凍食品に入れられたというマラソンでも来週かけてみるか。

食べ物にマラソンを入れたというあの事件にはとても腹が立った。大事な食べ物が回収して廃棄されるわけでしょ。食うに困る人が世の中にはたくさん居るというのになんというもったいないことをするのかと憤りを感じる。あの農薬で人が死ぬためには相当濃くしないといけないから、まずマラソンで人が死ぬとは思えないけれど、@世間に猛烈な迷惑をかけた、Aもったいない、Bくうてゆくための仕事をないがしろにした、Cかの国の犯罪者と同等な卑劣な犯行、という点でめっちゃ腹が立つ。

 

畑のあいたところ、梨の木の下にゆりを植えようと考えていた。そろそろゆりの球根の安い時期になってきたので、ホームセンターコーナンによってみると、すかしゆり3種5個いり200円というちょうどよいものが売られていて、これを買って帰り、速攻植えた。1本あたり40円。結構歩留まりよく咲いてくれる。来週もう5球増やそう。

植えたたまねぎは大失敗だったようで、まともに玉葱になりそうなものが生えていない。苗作りは明らかに失敗だったうえに、購入した苗も時期をはずしてしまい、苗代800円をどぶに捨ててしまった。3月になったらジャガイモを植えよう。たまねぎの収穫がないというのは痛い。例年300個はつくっていたので、安い年で1個50円だったとしても、苗1本5円を引いて300×(50-5)=13500円分の家計への寄与があったのである。あいたたたた。

 

金曜日は吹雪の中仕事で出たのであるが、大雪、というほどのことはなかった。土曜日には雨でほとんどの雪は消えていた。雪で遊ぼうと思っていたので実に残念だった。われながら小学生みたいだと思ったが、残念なものは仕方がない。以前、大雪でバスが止まり、家まで15km、凍った道路をすきっぱらで3時間半かけて歩いたことがある。3回こけた。今回もそれでもいいとおもっていたのであるが、とんだ肩透かしだった。正直関東がうらやましい。八王子積雪65cm!めっちゃうらやましい。

 

 残念といえば、ラノベ3冊105円セールが終了していた。「ああ、やっとラノベ購入中毒から解放される」とほっとしたのではあるが、まだそろえたいものがたくさんあったのに残念、という気持ちもあった。購入記録を見ると、2013年11月16日から購入が始まり、合計442 = 16 +15 +18 +18 +15 +12 +24 +24 +21 +21 +27 +3 +15 +12 +6 +18 +9 +川西21 +箕面24 +宝塚6 +猪名寺15 +尼崎30 +伊丹21 +西宮15 +24 +12冊。来店回数:三田19+他7、のべ26回。購入金額の合計は15470円(書店で新しい本を26冊も買える金額だ。だが新本は図書館で読める。また、26冊では需要の1ヶ月分に満たない)。超絶高価なスマホ様の月額使用料の二か月分くらいだろうか。大変な金額というほかはない。目下の興味は、三田以外でもこのセールは終了しているのだろうか?ということであった。未練たらたらである。(2月17日の昼休憩にちゃりんここいで確認しに行ったところセールは終了していた。ああ、なんということか、本当に終わってしまっていたのだった・・・。夕刻、失意のあまり図書館で7冊借りて帰ってきた。昨年読んだ432冊中図書館から借りた本は379冊、88%だった。元気を出せ、図書館があるじゃないか!!!。現時点での借り出しは30冊近くあり、自転車操業で読んでいるため、もともと購入した本を読む余裕などないのであった)

いつかまたこのようなセールがあったときのために、ゲットした本をせっせと読み込んで、購入したい本リストでも作成しておこう。

 

2014年2月9日(日)

 大雪の翌日、晴れて気温も上がったのでランを出して水遣りをした。つぼみが結構いろいろある。寒さにやられないように大事にゆかねばというところだ。

 

 お知らせ:村上園芸 展示会@ダイキ宇品店 212(初日は午後15時から)−16

 

 お得な買い物によわい私は、最近のラノベ3105円セールにはまっていた。ラノベ3105セールは三田の店だけではないのではないか?と考えて、あるときはちゃりんこで、あるときは5km走で、そんでもってカーナビもないのに迷いもせず、川西、箕面、宝塚、猪名寺、尼崎、伊丹、西宮のチェーン店を1週間で回った。その結果どこも同様なセールをやっていたため、あれよあれよとラノベ150冊を買い込んでしまった。この1年で664冊を買い込んだなかで、先週150冊が一気に流れ込んできたような状況だ。

 読書記録の様式で、購入した本のデータをエクセルシートに登録した。著者名、挿絵画家名、タイトル、出版社、出版年、購入日と場所、値段、ページ数、購入金額を記録した。これで今後は読了時の読書記録がらくちんになる(600冊分も入力する手間はすごかったが)。その結果在庫628冊、平均価格599円(税別)、平均調達コスト33円。この1年の総購入費用20141円となった。この金額が多いか少ないかは今度の読み方しだいだろう。

 本日も三田店に行って見た。さすがにこんだけ買って、もう欲しいものはないだろう、と思っていたが甘かった。24冊も買ってしまった。これまで2012年出版の本はいくつかあったが、このたび2013年の本が多く出ていた。いったいラノベ業界になにが起きているのだろうと考えさせられる。どうも店は独自の評価を行っているらしく、アニメ化されたものは総じて値段が下がらない。また、アニメ化されそうなものや、よく売れているものは値段を下げない。この店は、昨年初頭ラノベの在庫を拡充して広い本棚を設けていたけれど、たぶんあんまり儲からなかったためか、ここへ来て在庫の処分に乗り出したのではないだろうか。それにしてもこのセール11月あたりからかれこれ4ヶ月間にもなる。よく在庫が続くなあ、と思うくらいよく補充されている。他の大手の古書チェーン「B」は、ラノベの在庫はあまり多くなく、値段も35010550円と変化がない。このため、この古書チェーン「F」がことさら多量の在庫を抱えたことが今回のセールに繋がったのではないかと思う。それゆえ、近いうちにセールが終わるように思われるので、それまで積極的に買いを入れるべきか。いや、ここらで目を覚まして、在庫を読み込むべきなのだろう。やっていることは実にこっぱずかしい趣味だ。昔食玩を集めるおっさんがいたなあ。チョコエッグに入っているプラスチックのフィギュアを集めるため、大人買いして、ちょこはタッパーにつめて人に上げていたそうである。そのフィギュアを集めて眺めて楽しむのだろうなあ。そういう趣味にだんだん接近しているような気もする。

文庫本は、世界中で日本にしかないような精緻なつくりにほれぼれとする。欧米のペーパーバックなんかは、変な絵の表紙で、紙がざらざらで分厚く、場所をとる。まあそういうのが好きな人もいるのだろうけど。一方で日本の文庫はきりりとかっこいい。薄いようでページは多く、紙も薄くつややかで、どうやって切りそろえたのかと思うほどページの重なりがとても滑らかだ。読み終わっても本に崩れは見られない。練りに練られた表紙やカラーグラビアと挿絵など、ラノベには華美な様式がある。内容は時に非現実的ながらも、予想を裏切る展開で読み手を飽きさせない話が多い。将来日本のラノベ本が、浮世絵のように世界的なコレクションとなる日が来るかもしれない、などと思う。発行部数がすくなくてさーっと市場から消えてしまうラノベも多いので、有名な絵師が手がけていたものや、あとでその作家が有名になったものなどは高値がつくかもしれない。でもまあ読んだら値がつかなくてもうっぱらうなりしてしまうのだが。

 

2013年10月-2014年1月

 

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