蘭中毒

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蘭は習慣性があり、「アルコールが癖になっても、やめることはできる。薬も女も食べ物も、車だって断つことはできる。だが、ランにとりつかれたら、おしまいだ。逃れることはできない……絶対に」(エリック・ハンセン著「ラン熱中症」)といわれるほどに強烈なものである。おそらくタバコに匹敵するのではないだろうか。タバコを切らすといろいろと軽微な禁断症状が現れるように、蘭を触っていないときは蘭のことを考えてぽーっとしているとか、いじくっているあいだはうっとりしているとかいろいろ中毒症状と思われるものを呈する(?)。それでなくても、喫煙者が周囲の人間に喜ばしくない煙を吸わせるのと同様、蘭中毒者は蘭を自分の周囲に並べ立てる。また、喫煙が健康を損なうと喧伝されるごとく、蘭中毒者も蘭により己を変えられてしまうものなのである。これは中毒では、というあれこれを検討してみた。

 

蘭にまみれて生活したくなる

リビングがジャングルのようだ、と家族に言われた。冬場は温室がないので家の中に蘭を入れる。それでも日光を当てたいので大小さまざまな蘭の葉や花が窓辺に所せましと並び、窓をあけられない。これに加えてカーテンレールからバンダがぶら下がり、根っこをながながとたらしている。湿度を保つ必要から盛んに霧吹きをかける。この湿気でカビが生えたりするのだった。拭き掃除が得意になる。

家だけならまだしも、職場に蘭を置くようになると中毒もたけなわである。遊びのものを職場に持ち込むとなにかと問題があるだろうが、蘭ならば職場の環境改善などと何とでも理由がつくから比較的簡単に持ち込むことができる。しかしこれがエスカレートしてかなりの数の蘭がずらーっと窓辺を占拠するような事態に発展する例があり同僚もさすがに閉口するのである。

 

蘭を眺める時間がばかにならない

蘭の生長は遅いようで速い。ダイナミックであるとすら感じる。知らない種類などは思わぬところから芽が出る、葉が出る、花が出る。日々驚きがある。昨年咲かせたなじみの鉢ですら変わった生え方や大群のような芽をわらわら出して驚かせてくれる。それゆえ、仕事から帰ると一鉢一鉢を点検することになり、芽が出る、葉が出る、花が出るといっては喜ぶのである。鉢が多いとそれが深夜におよぶのであった。

 

蘭の情報に渇望する

蘭は情報で育てる。温度、湿度、水遣り、遮光率、肥料などの情報がないと蘭の調子が悪くなるので新たな蘭を手に入れたら手を尽くして調べる(調べてから入手するようなことができないのも中毒)。購入する書籍にあきたらず、図書館の本、インターネットなどを駆使する。この熱心さを仕事に生かせば出世するのではないかなどと思う。

 

蘭の店に行きたくなる

蘭は種類によりさまざまな特徴があり、面白みがあるため、場所の許す限りいくらでも欲しいと思うようになる。もし金に糸目をつけないほどの人なら蘭に費やす金額はものすごいものになるだろう。著者は幸い自制心が働き(けち、ともいう)、1000円以上要稟議(かあちゃんにお伺いを立てる)と心に決めているから100鉢への支出は3年間で5万円程度である(球根は1年間で6万円にのぼった)。だが、安い出物があるのではないか、と近所の蘭を扱う店を休みになると巡回するという中毒症状を呈する。果ては遠くの蘭展、蘭を求めて家族の行楽にかこつけた遠くの園芸店への遠征を敢行したりするのだった。

 

蘭について記録を作りたくなる

蘭をただ眺めているだけではあきたらず、調べたことなどを蘭の種類ごとに整理して電子データとして記録し、整理し、比較対照し、頻繁に参照するようになる。本ホームページはそうした趣旨の元に製作されてきたのだった。蘭の成長記録として、これまでどういう手を打ってきたか、いつ芽がでたか、いつ花が咲いたか、などまるで母子手帳のようなものである。立派な中毒といえよう。

 

蘭を人にあげたくなる

蘭中毒の症状が周囲の人間に顕著になることには当人のラン栽培の技術も向上し、蘭はよく増える。へんなもので、中毒者の私は増えた蘭にはあまり興味を持たなくなっていた。この増えた蘭を人にあげれば新しい蘭を買うスペースができる、と考えるからだ。この蘭をあげたいと思うのである。ただ、日ごろから蘭中毒者は蘭への思い入れを語ってやまないため、周囲は「もし枯らしたりしたらあとが怖い」となかなか受け取ってくれようとはしない。本当は中毒者の私を見て「あんな恐ろしいものはいらない」と思っているのかもしれない。

これに関連して、つい人に蘭を勧めてしまう。「最近楽しみがなくて」という人には「じゃあ蘭をやれば」と言ってしまうし、「年をとって楽しみがない」といわれれば「なぜ蘭をやらないんですか」と言うし、「うちの息子(30台)は漫画ばかり読んでそれが楽しみみたい」と聞けば「蘭をやるべきですね」とほざく始末である。人の趣味にとやかく言うのはナンセンスだと頭でわかっていても、電車の中でスポーツ新聞を読むくらいなら蘭をやれ、とか思うのである。世の中不景気だし、切れる人が多いし、かさかさした社会になっているようであるが、それだけに、「蘭をやるべし!!」と力強く思ってしまうのである。

また、蘭をやればタバコがやめられるはず、とすら思っている。ヤニが葉っぱについたら生育が悪くなる、と思えば蘭中毒になった時点でタバコを控えるかやめてしまうのではないだろうか。まさに毒をもって毒を制す。そういえば16の歳からタバコをすっている母親が最近たばこを吸わなくなった。もちろん蘭に囲まれているのである。

 

蘭以外への関心が薄くなる

園芸に限らず、関心が蘭に集中するためそれまでの趣味などが廃れる。パソコンに凝ってCPUだのHDDだのに煩悩していたものがそういうものにさっぱり反応しなくなった。おかげでお小遣いが余る。オリンピック、サッカーワールドカップ、プロ野球、ほかさまざまの世間のことがあまり気にならなくなり、関心を失う。逆に蘭に絡むものはどんどん推奨され、研究される。蘭のためのパソコン利用であり、蘭のためのデジカメ撮影技術(取扱説明書も「花をアップで撮影」の項ぐらいしか読まなかった)であり、蘭の温度管理のための電子工作とパーツ(トランジスター、サーミスター、リレーなど)の購入だの、蘭の棚を作るための日曜大工などでたいそう忙しい。

 

蘭を求めて山を歩くようになる

野性の蘭はあだやおろそかに採取してはならない。ただでさえ少ないのである。自然に生えている蘭の姿を見ることができなくなるのだ。蘭をやっていると、天然自然にはどんな風に生えているのか、というのがどうしても見たくなるのである。だから採取はしないぞと心に決めて近くの山をなめるように見て回るのであるが、一本の蘭も見出すことができない。蘭愛好家なら野生の蘭をむやみと採取したりはしないだろうが、売っているものはつい買ってしまう。売れるとなればとってくる人がいる。これはもう仕様がないことかもしれない。

山歩きが変わってしまった。それまでは景色を求めて入る程度だった。寂しい谷に入り込んで心細い思いをしたこともある。しかし「蘭、蘭、蘭はどこだぁ」といって這いずり回っている分には、危なそうな岩場や気味の悪そうな暗い谷も魅力的な場所になるのであった。自然、濃密な山歩きになる。こんな世界があるのかと驚く。

 

蘭の撮影もすさまじい

 蘭愛好家は、当然きれいな蘭の姿を保存しておきたいと考える。カメラを手に蘭展でぱちり、植物園でぱちり、家の蘭相手にぱちり、山の中、どこかの店、ホテルの中、国会議事堂内の議長応接室、もう蘭と見れば撮りまくるのである。蘭はとうぜん子供のように動き回る被写体ではないので、フィルムカメラほど処理の速さを要求されない。デジカメがランニングコストも安く多量の写真を撮ることができて便利である。2001年の東京ドーム国際蘭展では6時間ずっと撮影しつづけ1280枚の蘭の写真を得た。己を三脚と化し、腕を突き出し、腰を落としてひたすら撮った。足も腰もがたがたになる。その後でも写真の整理にまた手間と時間がかかる。蘭展などがあるたびに撮りまくるのでハードディスクが蘭の写真でうまる(2GB!)。そのなかから選りすぐった写真を1秒1枚でスライドショーで眺めたとしても1時間以上かかる始末である。

 

蘭の植え替えを気がつくと毎日している

 鉢はどんどん多くなる。技術が上がると、昨年植えたものの植え方が気になる。「こんな植え方をするから花が不調だったのだ」と植え替えをする。実は結構な数を夜な夜なやることになるのだ。

 

蘭の温室を建てるために立身出世を考える

これ以上蘭が増えたら→置き場がなくなる→蘭が買えない→禁断症状。早晩そうなるだろう。いつまでもうだつが上がらないと夏場に増えた蘭が冬に多く枯れてしまうような悲劇を招きかねない、などという妄想に取り付かれる。ゆくゆくはどんな蘭でも真冬にばんばん咲くような立派な温室を持ちたいと思うようになる。それには一つ仕事で一旗あげるしかなさそうだ、と考えて不純な動機ながら温室を目指して仕事にいそしむのであった。(中毒で脳天気になっている)

思うに、蘭は小さな鉢とはいえ、その寿命がわからないほど長生きをする。150年を過ぎてなお成長を続けるカトレアがあるくらいだ。それゆえ、蘭はいつまでも世話をする限りそばにあって、その行く末を考えた場合自分の将来のことも考える必要に迫られる。蘭の道30年という人はざらにいるらしい。

しかし、一方これほど蘭のことを考え読んだり書いたりいじったりしていて事を成せるのか、という疑問はある。

 

これらの症状はまだ序の口であると思われる。想像を絶するすごい話がまだまだ蘭中毒者にはあるはずだ。昔読んだ漫画の中に、すばらしい蘭を咲かせてその道では羨望を浴びていた蘭愛好家が実は殺人鬼で、人間を焼いた灰が蘭の肥料に一番よい、ということで次々に人をあやめるという話があった。それがずっと頭にあったため、蘭というのはおどろおどろしいというイメージがあったのだ。もっともそういう話は聞いたことはないが。

 

恐怖!蘭中毒の進行

蘭中毒にかかるととめどもなくランの鉢が増える。下図は、蘭中毒者の蘭の種類の増加を示すグラフである。

1ないし2鉢でも興味を持って手元に置くと長い潜伏期間ののちに蘭展などに出かけて発症する恐れがある。蘭展も大きなものに2回以上ゆくと爆発的に種類が増えて行く様子がよくわかる。コワイですねえ。

同じグラフを金額ベースで見ると

蘭展ののち中毒を発症してランにつぎ込む費用の増加率が異なる2つの時期があることがわかった。傾きの緩やかな時期(2001年ごろ)と、ハイペースな時期(2002年)ごろである。これは後者が設備面でも力をいれ(設備投資の金額は入っていない)、蘭を受け入れるスペースを拡張したためである。

果たして、このグラフの先はどうなっているのだろうか!?。

 

蘭中毒者の部屋突撃リポート

リポーター 「今私は蘭中毒者の部屋にきています。いやーすごい有様ですね。コワイものを見たい人はリンクをクリックしてみてください。私なんかまっぴらですけどね」

蘭中毒者「ほっといてください。何しにきたんですか。ひとんちまであがりこんで」

リポーター「あなたですか。蘭中毒者は。こんなことをしてご近所に恥ずかしくないんですか?、奥さんに申し訳ないと思わないんですか?。」

蘭中毒者「べつに世間様に迷惑をかけているわけじゃないでしょう。わたしがタバコのポイ捨てやら空き缶の投げ捨て、ゴミの日でない日にゴミを出したり、はたまたわざわざ女性専用車両にのりこんでいるオヤジや、酔っぱらった振りして隣の女性にもたれかかったりしてるわけではないんですよ」

リポーター「(笑)そりゃまあそうですけど。なにも窓一面を蘭で覆い尽くさなくてもいいじゃありませんか。ここまでしますかふつう」

蘭中毒者「素晴らしいじゃないですか。植物との共生ですよ。植物あっての我々じゃないですか。こうやって室内に植物があれば風邪をひかずにすむじゃないですか」

リポーター「なんですって?風邪をひかない!?。ははーん、あなた馬鹿は風邪をひかないっわけですか?自分でいっちゃっていいんですか?」

蘭中毒者「ななななな、なにをいってるんだあんたは!。失敬なっ。室内に植物があれば湿度が適当に保たれてインフルエンザの予防になるっていうじゃないですか。」

リポーター「テレビの見過ぎじゃないですか?。ほら、なんとか大辞典とかいう。「ランのおそるべきパワーを徹底解剖。なんとマイナスイオン出まくり、T細胞を活性化し、集中力を高め、活性酸素を退治し、血液をきれいにする驚異のパワー!」てか?」

蘭中毒者「なにをわけのわからんことをいうとるんですか!?。蘭があるからあたたかくして湿度も保てば風邪の予防になるじゃないですか」

リポーター「あたたかく?。光熱費が馬鹿にならんでしょうね?」

蘭中毒者「ぎく!」

リポーター「世話も大変でしょうに?。こんなことしてて仕事はちゃんとしているんですか?」

蘭中毒者「たじたじ」

リポーター「おくさーん」

奥さん「ほーい」

リポーター「奥さん、どうですこれ?」

奥さん「じゃまです!(きっぱり)」

蘭中毒者「あー、おまえらぐるだったのか」

奥さん「きいてちょうだい。真っ昼間でも外から電球がついているのが遠くからでも見えるんですよ。恥ずかしいでしょ。外から見て葉っぱだらけなんですよ。おまけに鉢はこけずるずるだし、ナメクジが這っていることがあるし、蟻がうろうろしているし」

蘭中毒者「花がきれいだって言ったじゃないか」

奥さん「でも食虫植物みたいなのやら毒々しいまだら模様やらくさいのやらいろいろ変なのもあるじゃない。それにうちの子が同級生からなんて言われてるか知ってる?おうちがジャングルみたいていわれてんのよ。」

リポーター「ほんとジャングルですぜ。」

奥さん「休みの日も朝から蘭ばっかりやって。でかければ園芸店のついでに家族の用事があるようなものだしね。あなた職場も蘭だらけにしてるんじゃないでしょうね」

リポーター「実はそうなんですよ」

奥さん「まあ!!、どうしましょう」

蘭中毒者「うるさいっ!。うるさい!、うるさい!。」

家庭平和のために蘭はほどほどにしましょう…。(フィクションよ!信じて!!)

 

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