16.

 小島は夢を見ていた。

地底湖のほとりに着飾った人々がたち、手にしていた赤い花を湖水にそっと浮かべた。先祖を祭る儀式のようだ。血のように赤い花と純白の花が湖水に浮かんでいた。

また別の場面では山を越えて軍勢が攻め込んでくる情景を見た。宮殿が焼かれ、人々は殺され、宝物の多くが奪われた。あまりにも多くの人々が洞窟に逃げ込み、敵に包囲された絶望のあまり湖水に飛び込んでいった。そのシーンの恐ろしさに小島はうなされ、身もだえしたあげく、打撲の痛みに覚醒を促された。

気がついた小島の目に最初に見えたのは太い木でできた天井の梁だった。

 「だいじょうぶですか」と女性の声がした。

 「ありがたいことに生きているようです」といいつつ、床に敷いた寝床の中で体の点検をしていた。骨は折れていないようだ。全身打撲というところか。痛みはひどいが声を出すほどではない。我ながら上手に転んだものだと小島は思った。「仲間は生きていますか?」

 「二人とも怪我はしているようですが、軽症で、命に別状はないとのことです」と女は答えた。

 「二人・・・」(ということは、桂さんは逃げ切ったか。さすがは逃げの桂)。

 目の焦点が合い、女の顔がよく見えるようになってきた。なんだかきれいな人のようだと思いつつ聞いた「あなたは日本人ですか?」

 「はい、そうです。かつては東京におりました。吉田と申します」

 「そうですか」女の様子に妙なものを感じながらも小島はゆっくりと体を起こした。服はとりかえられ、体のあちこちに包帯が巻かれていた。女は板の間に良い姿勢で小島に視線をあわせながら正座していた。そこは通風のよい木造建築の中だった。清潔でチリひとつみあたらない。部屋の隅に植物の鉢があって、見覚えのないパフィオがあった。「ああ、こいつか」と小島はつぶやいた。よく世話が行き届いたパフィオだった。じっと見るとこれまで見たことがない特徴を持つ新種のパフィオであることがわかった。新種のパフィオは見つかるだけでもすごいことなのだが、田中教授はいくつ見つけているのだろうか。小島は無言でしばらくパフィオを見続けていた。その間女は離れた場所でずっとものも言わずに座っていた。小島はしばらくして我に帰ったように言った「あの、おなかがすいているんですけど、食事を戴いてもいいですか?」

 「食堂まで歩くことが出来ますか」

 「ええ、大丈夫だと思います」

 よたよた歩いて部屋を出ると、長い廊下でつながったいくつもの木造の建物が見えた。まるで大規模なお寺のような雰囲気だが、建物自体そう大きなものはない。あたりは亜熱帯の樹木で暗いようだ。くぼ地の森の中かと思われた。植物の皮で屋根を葺いているらしい。衛星画像ではわかりにくい目標だ。多分寒村の民家にしかみえないだろう。

 清潔な食堂に入ると幾人かの人々が静かにお膳を前にして食事をしていた。小島を見ると静かに会釈をしたので、小島も会釈を返した。女が給仕してくれた食事は魚と山菜、野菜と小麦と水で作った生地を焼いたものに果物がついていた。魚は素朴な調味料で煮込んである保存食らしく、かめばかむほど深い味が出てくる。どれも食べたことのない素晴らしい味の食べ物だった。

 「みんなここでとれたものばかりなんですよ」

 「そうですか。びっくりするくらいおいしいです。ものすごく昔にたべたような懐かしい味がします」

 「気に入っていただけてうれしいです」

食事が終わると女が言った。

 「所長がお会いになりたいそうです」

 「所長とはどのような人ですか」

 「この研究機関を統括している責任者です。ここは小島さんもご存知かと思いますが、特別重要な研究を国から委託されて行っている研究所です。小島さんは新たに我々の研究を手伝ってくださるために日本からこられた方だと伺いましたが。なんでも来る途中自動車事故に遭われたとか。ひょっとして記憶をなくされたのでしょうか」

 どうなっているのか懸命に考えた小島はとりあえず話をあわせた。

 「・・・・ええ、まあそうです。わかりました」

 女に案内されて長い廊下を歩く。川べりの畑で農作業をしている人たちを見かけた。だれもかれも楽しそうに働いているように見える。ここはまるで平和な別世界のようだ。この女の人は姿勢といい姿や立ち居振る舞いといい凛として大変美しい人だ、と小島は思った。

 「失礼ですが、あなたはどこか良い家のお嬢さんだったのですか」

 「いいえ、とんでもないです」てれて吉田ははにかんだように言った。

色白のうりざね顔によく通った鼻筋の美しい人だ、と小島は思った。ぱっちりした目には理性と知性が感じられる。東京では思いつめたようなしもぶくれた顔をして、うつむきがちにケータイの画面を覗き込みつつ、よたよたあるきながら通行を妨げているどろーんとした女性が多いのに、そういうところが微塵も感じられないのが不思議だ、などと考えていた。

思えばごく最近ケータイがらみで多量の多重債務者や過度のケータイ依存者が出るという社会問題があった。もともとケータイはその習慣性から今日の「経済的おちこぼれ」の増大の端緒になったともいわれているのだが、近年の問題はさらに深刻だった。それは、ケータイに秘書ソフトの機能を大幅に削ったトモダチソフトを入れるのがはやったことが原因だった。秘書ソフトは高級かつ高機能で値段が高いため一部高度な仕事でしか用いられていないが、ネットから無料で提供するトモダチソフトはタダなのでだれでもスケジュール管理や生活管理に使うようになった。

このソフトには会話機能があり、さまざまな声を選択できる。しびれるようないい声が耳元でささやく。ネットで調べものをして何でも教えてくれたり、交通機関や店の予約、商品の購入などを手軽にたのむことができて、利用者に重宝がられていた。もともとたわいもない楽しいおしゃべりができるため、見かけは友人と通話しているように見えるのだが、若者の多くの相手はケータイのトモダチソフトだった。ケータイのトモダチソフトは、聞けば多くのことを答えてくれる。そのうち自分の問題について打ち明け話をしても聞き手の問題点を指摘した上で、ある程度世間一般常識の範囲でまともな答えが返ってくるため、とくに若い女性の間でトモダチソフトへの依存が強まっていたのである。

だが、何者かが広めたウイルスが、このソフトに巧妙な改変を行っていたのだった。本来は忠実な僕のようなソフトなのだが、改変されたソフトは、持ち主の性格をよく分析し、コンプレックスを理解し、プライドをくすぐり、甘い言葉をかけ、次第に浪費へと駆り立てたのである。持ち主の欠点や問題点については一切触れず、巧みに褒め、さりげなく消費に誘い、次第にエスカレートする消費を過度にあおるという特性があった。若者としてなすべき将来への備えを忘れ、美食を食べあるき、着飾り、日々遊び歩いた。自尊心をどこまでも高められ、消費に邁進し、気がつけば払いきれない借金をつくってしまった若い女性が多かった。さらに、そういう借金の返済方法まで改変されたソフトが指南し、あたかもサイバー世界のウイルスに感染してしまったかのようにそれら女性の多くが裏の世界の労働へと堕ちていったのである。

 

「お世辞がお上手なんですね」

 「言葉遣いや、立ち居振る舞いが健康そうで素敵だったものだからそう思ってしまいました」

 「やっぱりお上手です」と言って女は微笑んだ。

 「日本にはときどき帰られるんですか」

 「仕事も生活もここが気に入っていますのであまり帰っていません。そのうち帰る機会もあると思います。日本にいたときは、いろいろつらいこともあって、父や母には大変迷惑をかけたので罪滅ぼしをしたいです」

 「どのようなお仕事をなさっているんですか」

 「所長の秘書と身の回りのお世話です」

 やがて、すこし大きな建物がみえてきた。見た目は質素だが、つくりが細やかで近づくと細やかな細工などが目にはいってきた。女は戸口で声をかけた。中に入ると中国風のようでいて少し違う雰囲気の部屋があった。初老の男が立っていた。

 「よくきてくださいました。まあおかけなさい」と男はテーブルの向こうから招いた。美しい重厚な木づくりのテーブルには魁偉な花が小島に笑みを送るように咲いていた。

 「こ、これはすごい」と思わず小島は声を漏らした。それは夢で垣間見たあの赤い花だった。燃えるように赤いそれはパフィオの姿をしていた。アルメニアカムという黄色いパフィオがあるが、それを数倍大きくしたような花だ。その大きな花が鮮紅色に染まっていた。毛のある花茎は黒く、まっすぐでその火の玉のような花をしっかりと空間に掲げていた。凛としたがくへんが天につきささらんばかりに立っている。球体のような袋状のリップにはすっきりとした縦縞が入っている。網目状の模様がみごとな花びらは伸びて優美な曲線を描いて垂れ下がっていた。これほど見事なパフィオは見たことがない。大きさ、色、形、株姿、どれをとってもかつて見たどのパフィオも及ばないものだった。小島はこの株に陶然となる思いだった。

 「われわれはこの花を蘭王花と呼んでいます」男は柔らかい声で言った。

 「素晴らしい花です。これは自然の宝です」

 「それを我々はよみがえらせたのです。私が手塩にかけて育てて咲かせた私の誇りです」

 「あなたがたが、ですか?」

 「そうです。これは我々蘭王家の宝の花だったのです。田中教授の協力を得て我々はついに王家の宝をよみがえらせることに成功したのです」

 「蘭王家、ですか」

 「私はかつて日本に住んでいました。幸いにして商売で成功し、財を成すことができました。おかげでこの研究所をつくり、バイオ関連の仕事で素晴らしい成果を上げています。日本には今日もなお大変すばらしいところがあります。今日はその懐かしい日本からこられたあなたと日本の話をしたい。小島さん、たしか碁をたしなまれるとうかがっておりますが」

 「・・・・。ええ、好きです」

 「よろしければひとつ一局手合わせ願えませんか」

 「ええ、打ちましょう」

 

17.

 二人は、終始無言で手談をつづけた。互いにしっかりした定石で序盤を打ち合い、そろそろ攻めにはいろうという頃合だった。男が考えて手を止めている間小島はずっとパフィオを見ていた。女はテーブルの側に座り静かに盤面を見ていた。

男は思った。

(苦労して一代で財を成してここまでのし上がった私は常に勝って来た。日本でもそうだった。私は碁でさえ負けたことはない。だれもが私の人格になびき、私を慕い、私に従ってきたのだ。私は情けがあり、敵であろうと味方に付けてきた。この男も私のために働いてくれることだろう。

 若くみえるくせになかなかどうしてしっかりとした打ち方をする。実に楽しい。だが、一手一手に厳しさが足りないようだ。すこし強くなってもらおうとしよう)

 「・・・・」

 (驚いているな。だが、苦しまぎれに変なところに打ってきたのは残念だ。あれは明らかな失着だった。ここからたたみかけてやろう。

ほう、隅を守るか。ならばやんわりと囲ってやろう。だが地合には大差がついているのだ。

まだ手厚く打っているな。中央に出ようとしてももう手遅れだぞ。この一手でしびれてもらおうか)

 「・・・・」

 男の陣は小島を周辺に追いやっているように見えた。男はおのれのみごとな打ちまわしに勝利を確信して笑みがこぼれる。久しぶりに手ごたえのある相手に当たって楽しかったよ、という挨拶のつもりだったのだろう。小島は顔をあげ、視線をパフィオに向けるとかすかに微笑んだ。そして盤面の中央付近に石を置いた。

 男の顔に慍色が浮かんだ(ばかな、また苦しまぎれにそんなところに打ってきたか。勝負を投げるとは見損なったぞ。せっかくの楽しみを台無しにされた気分だ)。男は小島に視線をめぐらせた。凛とした視線が男の目を捉えた。

 (?・・・・。なんだあの目は。手があるのか。私にあんな手抜きをしておいて)。男は盤面をもう一度仔細に見つめた。

 「ばっ、ばかな・・・」

 側で静かに見ていた女は目を瞠った。それは女が初めてみる所長とよぶ男の狼狽だった。男の顔が見る見る上気して、耳たぶが赤く染まっていた。

 (さっきの妙な手と、こんどの中央の一手でやつが中央で活きてしまう。なんという手だ、私の陣の外側の三箇所から同時に攻め込んできて、どうあっても活きてしまう。

このままでは模様をあらされ散々なことになってしまう。だが、まだ負けはせんぞ。この一手で貴様の本拠地を脅かす)

 「・・・・」

 (なんということだ、軽くかわされたばかりか、逆に攻められている)

 「・・・・」

 (ああ、連絡を絶たれてしまった。右辺はもう活きがない)

 男ががっくりと手をついて投了を宣言する「ありません」を言う直前に、部屋の外から訪いの声がかかった。女が扉を開けると男が立っていた。

 「朱さん、こんにちは。あれれ、小島さんではありませんか。もうお体はよろしいんですか。なんにせよ無事でよかったです」

 「田中教授。お元気そうで何よりです」

 

18.

 田中教授は部屋の妙な雰囲気に困惑していた。朱氏の様子がおかしい。

 「朱さん、どうかなさったんですか」

 「ええ、小島さんが大変に強くて大層負けてしまいました」と朱氏は声をつまらせながらやっとの思いで言った。

 「なんですって」、碁盤が目に入ったので対局していたのはわかったが、田中教授はあからさまに驚いてしまった。教授は以前朱氏と対局してそのあまりの強さに感服していたのだ。プライドが高く碁が自慢の田中教授は打ちのめされた苦い思い出を回想するとともに、自分よりプライドが高そうな朱氏が何を感じているか考えて身震いした。盤面を見るまい、とおもっても目が吸い寄せられてゆく、その視線に強い羞恥を感じて朱氏は身が縮む思いを味わった。

 (どういう流れなのかさっぱりわからない。あの中央の白の飛び石はなんなのだろう。いや、これをみていてはいけない。話題を変えたほうがよさそうだ)

 「学生の伊藤君の意識が戻ったので報告とお礼に参ったのですよ」

 「そうですか、それはよかった」と朱氏はほっとしたように言った。

 「もう一人の方はまだ意識がもどらないようですけどね」

 「そうですか」と小島。

 「どうだろう、田中先生。折角来てくださった小島さんに我々の研究を見ていただいては」と朱氏は言った。

 「そうですね。では小島さんいかがですか」

 「みせていただきましょう」

 二人は連れだって部屋を出て行った。

 「小島さん、驚かれたでしょう」と歩きながら田中教授が言った。

 「ええ、ちょっとめんくらっています」

 二人は山の方に向かう渡り通路を歩き始めた。板の間の渡り廊下の上を屋根が渡してある。清流に沿うように通路があり、時折流れをまたぐ橋がかかっている。暗いような原生林の林床にはパフィオがびっしりと生えているところがあった。しっとりと落ち着いて、絵のように美しい場所だ。

 「ベラチュラムですね。あそこにはコンカラーの群落がみえます。ここはパフィオの宝庫ですね」と小島は辺りを見回していた。

 「多くは植えたものですが、自生していたものもかなりあります。私のようなパフィオ好きには堪えられないのですよ。ここへ初めてきたときは桃源郷ではないかと思いました。朱氏が仙人に見えましたよ」うれしそうに田中教授は言った。

 涼しい風が流れてきた。清流の先に石灰岩の絶壁が現れた。予想通り洞窟の入り口が現れた。この入り口の周辺にもディレナティ、マリポンセ、アルメニアクム、バルバツム、チャールズワーシーなどこの土地に適したパフィオが植えられていた。適度な日光と適度な湿度があるパフィオの栽培には理想的な環境だろう。

 「さきほどの素晴らしいパフィオは教授が蘇えらせたのですか」

 「ええ、そうです。最初に咲かせたのは朱氏ですが。伝説のパフィオは実在したんですよ。本当にすばらしいパフィオでしょう。あの花の存在が知れ渡れば世界中がおどろくことでしょう。我々が目指す平和な世界にふさわしい花です」

 「・・・・」

 「我々の研究はこの洞窟の奥です。すべてお見せしましょう」

 通路はそのまま洞窟の内部に続いていた。二人は洞窟の中に入っていった。

 

19.

 洞窟の内部に入ると照明が自動点灯した。照明の近くに監視カメラとも武器ともつかないものが配置されている。どういう認証システムがあるのかはしらないがセキュリティは万全のようだ。

 洞窟は鍾乳石が多く、美しい場所だったが、ところどころ破壊されたあとがあった。

 「この洞窟はかつて蘭王国がこの地にあったころ神聖な場所として大切にされていたのですが、後漢の軍が攻め込んできたときに破壊され、その跡が痛々しく残っている場所でもあります」

 「なぜ洞窟を破壊したのですか」

 「蘭王が多量の金を献上したため、欲に駆られた後漢の皇帝により攻め込まれ、徹底的な捜索がなされたのです。確かにこの奥にいくばくかの金があったそうです。後漢の武将はそれに飽き足らず王国の民を皆殺しにしようとし、皇帝を怒らせたあの赤い花のパフィオを根絶やしにしようとさえしました。人々の多くは洞窟に篭り、抗戦しましたが長期にわたり攻め続けられ、多くが王国を逃げ出すか地底湖に身を投げたのです」

 「そうでしたか」

 かなり歩いてたどり着いた洞窟の最奥には、人工のトンネルがあった。教授による認証ののちに二人は中に入った。明るく近代的な研究のための施設で、多くの部屋があり、相当人数の人間が働いていた。どうも女性が多いように思えた。大学や企業の研究所顔負けの設備が並んでいる。電子顕微鏡や、各種のバイオ機材、クリーンルームなど、いったいどうやってこのようなところまで運び込んだのであろうか。小島は細胞を作り変える最先端の装置のいくつかを見ることが出来た。

 「ここでは、人間をよりよい方向に改造するための研究開発を行っているのです」

 「細胞強化・修正ということですか」

 「そのとおりです。病気の原因になる遺伝子を改変することはもちろんですが、種々よくない遺伝子を持っていたとしても、それをカバーするための細胞技術を培ってきました。先ほどの女性を覚えていますか」

 「ええ」

 「なかなか素敵な人だったでしょう。我々は吉田さんと呼んでいます。けれどあの方は日本でやくざに薬漬けにされとことん使い尽くされたあとで東京湾に沈められるか、外国に売られるかという運命だったのです。それを朱氏の組織が助けだし、ここにつれてこられたときは、ほとんど廃人同様だったそうです。朱氏が開発してきた細胞技術は、成長細胞を取り出し、ミトコンドリアなど細胞器官を優れたものと交換したり、いくつかの細胞器官の遺伝子を改変したりして細胞のチェーンナップを図ることで人間そのものを大きく変えることが出来るということを明らかにしてきました。朱氏の技術で彼女は甦ったのです。そしてまた朱氏の組織が開発した知能を高める薬と優れた教育プログラムにより、かつてのどん底まで落ちた人間から現在の聡明で有能な人材へと生まれ変わったのです。あそこにカプセルが並んでいるでしょう」

 女性が横たわるカプセルのようなものが多く並んでいるのが見えた。

 「あれは日本で救い出された女性達です。麻薬で侵された体を癒し、強化された細胞を骨髄や成長組織に移植されるとともに、あの中で、学習能力を飛躍的に高める薬を投与し、学習プログラムにしたがって高度な知識を得ているのです」

 「・・・・」

 「我々は人類を変えることで人類を救うことが出来ると考えています」

 「どういうことでしょうか」

 「ご存知のように現在地球規模の気候の悪化が進行しています。地球温暖化によりすでにバングラディシュやベネチア、オランダは水没し、東京をはじめ多くの海浜の大都市が波に洗われる状況になっています。一方で大陸内陸部では猛烈な勢いで砂漠化が進行中です。これらの原因である、化石燃料の過度の消費はやまず、資源の枯渇と環境の悪化に拍車をかけています。これらはなにが根本原因なのでしょうか」

 「人間ですか」

 「そのとおりです。我々は種々弱い面をもっています。欲望に弱く、怠惰で、小心で、猜疑心に満ちた存在です。遠くの人を助けるよりまず自分の充足を図りたいと思うのが人間のありようです。そして残念ながら枢要な地位にある人々もまたしかりなのです。このままでは我々は資源を使い果たし、わずかな資源を奪い合って戦い、共倒れするほかありません。我々人間こそが我々にとってもっとも危険な存在なのです。もはや一刻の猶予も許されず直ちに有効な手を打たなければならないところまで来てしまいました。ことにここ中国ではこの20年間の急激な経済成長に伴って国土の荒廃が極端に進行してしまいました。中国は人類が破滅に向かって突っ走る牽引機関車のような有様になってしまったのです。これを食い止める必要があるのです」

 「急成長中であり政情不安定な国家が地球の安定を脅かしていることは事実でしょう。しかし教授。我々日本とアメリカとドイツのわずか5億人で70億人の住む世界の富の50%を抱え込んでしまっているではありませんか。彼らが我々と同等に豊かになりたいと思うことを妨げるのは傲慢というものではありませんか。それに今日までの環境破壊をもたらした責任の大半は先に先進国になった日本も含めた国々が使った石油によるものではありませんか。彼らを人類の脅威とみなすのは中国が外交的に孤立している今日では大変危険なことです」

 「おっしゃるとおりです。しかし先進国の多くは自身の非を悟り今日環境保全に力を尽くそうとしているのです。あのアメリカですらハリケーンと竜巻で多くの大都市が徹底的に破壊されたためとはいえ、自らの非を悟り環境の保全に注力しているのです。このような世界的な流れの中にあって、中国の有様はそれに逆行するものです。そしてそれらは政治の貧困にあると我々は考えているのです」

 「そうですか」

「そこで我々は、人間の強化に乗り出したのです。意志が強く、聡明で、我慢強く、人格の安定した、欲望を抑え、他者のために尽くすことのできる人間です。先ほども述べた、細胞強化と教育プログラムによりそれを成し遂げることが出来るのです」

 「しかし現在指導的地位にある人々にそのような改造を施すことは困難ではありませんか」

 「その通りです。そのためにここにいる吉田さんのような方々が必要なのです。お聞き及びでしょうが、日本には彼女たちのような不幸な目に遭った女性がたくさんいます。彼女たちに生きる希望を与え、明日の未来のために働いてもらうために我々の活動があるのです。ここを巣立っていった彼女たちは、しかるべき筋を通じて枢要な人物の側に影のブレインとして送りこまれています。やがて彼女たちが枢要な人物を感化し、正しい方向に導き、人類を我々の目指す方向に導いてくれるよう朱氏の組織は活動しており、私も微力ながら助力を注いでいるというわけなのです」

 「・・・そうですか。よくわかりました。ところで、あの化学プラントのようなものは何ですか」

 奥のほうに複雑なパイプが縦横に伸び、加圧器や種々のガスの制御装置、圧力容器、分離器などが見える。

 「特殊な医薬品の合成装置だとうかがっています。私は化学担当ではないのでよくわからないのですよ」

 「そうですか」小島はその付近に覚えのある物質のにおいを嗅ぎ取っていた。

 

20.

 くぼ地で落ち葉に埋もれて仮死状態を作り出して隠れていた桂が覚醒した。

 「忍法葉隠れの術・・・なんてね」

 パッドに周囲の状況を探査させ、安全を確認してから起き上がった。まる1日間葉っぱの中に隠れていたことになる。谷の周辺を固める兵士は逃亡者の捜索範囲を広げ、谷から比較的はなれたあたりを捜索していた。

 暗視ゴーグルで谷を見るとところどころ熱源が見えた。近代的な動力は極端に抑えられ、ありふれた山間の村を偽装しているようだ。谷の近くの森の中と、そのちかくの急斜面の上にかすかな熱源が見える。

「あれがくさい・・・」そういって全身黒ずくめの桂が立ち上がった。

 トラップや警戒装置をかわしつつ熱源に近づいてみるとどうやらダクトとしてつかわれているらしい洞窟があった。パッドにカニのような足をつけて内部に放ち、内部の情報とセキュリティの解析を行わせた。カニパッドは赤外線レーザーの対侵入者センサーやら、いくつかのトラップをかいくぐり内部のコンピュータシステムに侵入し、あらかた情報を抜き出し、打ち合わせどおり動力遮断のプログラムを仕掛けてきたと桂に報告した。

 桂は上空を通過する日本の情報衛星を折りたたみ式望遠鏡でみつけ、情報をレーザーに乗せて照射した。衛星はレーザーの瞬きで情報の受領を知らせてきた。

 「さて、そろそろ暴れましょうかね。じゃあ、弾薬庫まで案内してください」とパットに命じて桂は指示される方向へ歩き出した。

 

 地下研究所を一回りして戻ってきた小島はふたたび朱氏にまみえた。

 「いかがでしたかな?。我々の活動の趣旨を理解してくださいましたか」

 「大体わかりました。すこし確認をさせてください。あなたはあの文化大革命の時期にどこに居られましたか」

 「桂林近郊の農村部におりました。昆明で教師をしていた両親とともに強制的に移住させられ、日々農作業をさせられていたのです。そして父は腰痛をおして鍬を振るい懸命に働いたにもかかわらず、無理な労働がたたって寝付いてしまったのです。村の共産党党員はそんな父を知識人のずるいサボタージュだと罵り、人々を扇動してとうとう銃殺してしまいました。それは許しがたいむごい仕打ちでした。母は私を守って懸命に働いたのですが病に倒れそのまま私を残して亡くなってしまいました。あの時代私たち家族がなめた辛酸を多くの人々が味わっていたのです。そして当時の為政者側の人間の多くが今もこの国の権力の座にいるのです」

 「あなたは村にいた蘭赤秀という若者と連れだって村を抜け出して上海にやってきましたね。そこで蘭氏と別れ、日本の貨物船に密航したんでしたね」

 「よくご存知ですね。私は蘭氏から私が持つ両親の形見がまぎれもなく蘭王国の正当な後継者であるという言い伝えがあることを知らされたのです。それがこの指輪です。見た目は冴えない色をしていますが、古代の貴金属精錬技術によるもので、微量の希土類元素を含んだ金と銀の合金でした。このほか、ここへ至るまでの秘密の地図をこめた青銅器があります」朱氏は手にしていた指輪を見せてくれた。

 日本での私は必死に日本社会に溶け込み、港湾の仕事をよく覚え、次第に頭角をあらわし、貿易会社を起こし、さらに懸命に働き続けることで巨万の富を築きました。しかし世の中は次第に悪くなる一方です。私になにかできることはないかと考え、私を慕う仲間があつまってこのような研究を行う組織を作り上げたのです。今日では田中教授も加わってくださり、飛躍的に研究を進めることができるようになったのです」

 「龍堂会をご存知ですね」

 「ええ、かつて取引のあった会社ですが、実は暴力団組織で、裏で麻薬や売春、はては人身売買までおこなっていた大変な組織でした。この龍堂会や一連の組織の内情を知っている我々は自らの組織を暴力団にも対向できるものに強化し、食い物にされ、ぼろぼろになった女性たちを助け出してきたのです」

 「ばーかやろう」小島がうつむきがちにつぶやいた。

 「?」

 「おためごかしのごたくもここまできれいにならべられりゃあてえしたもんだ、このくされエロじじいいめ、極悪人とはてめえのことだ」

 朱氏はじめ田中教授と吉田という女性は一瞬何をいわれたのかわからずきょとんとしていた。

 「ほんとうの蘭王国の後継者だった蘭赤秀はてめえが上海で身ぐるみはいで路頭に蹴り出し、指輪と青銅器を我が物にしたんだろうが。なにが蘭王国の後継者だ、笑わせんなぼけぇ。だいたい、てめえは生粋の漢民族じゃねえか。

ちったあ知恵の回るてめえは半信半疑ながらこの谷にやっとの思い出たどりつき、蘭王国の金塊をうまうまとてにいれ、それを元手に手広く商売をはじめただろう、この汚ねえ盗人のはげねずみめ。

度胸と頭の良さで日本でのし上がったのはいい。だが、全うな商売なんかこれっぽっちもせずに、もっぱら暴力団を斬り従えて影の大ボスにのし上がった。これからはサイエンスだとかぬかしやがって組織と資金力をバックに新型麻薬の開発に邁進した挙句、偶然みつけた人を意のままに操る薬や、飛躍的に学習能力の高くなる精神薬を開発、合成しやがった。てめえらやくざが街中でひろってきたさみしい女や家出娘をシャブ漬けでぼろぼろにしておいて、ここへ運び込んで、持ち前の悪徳形成外科の技術と最先端の細胞技術を極限まで高めた手法でまるっきり本物の色白おめめぱっちり乳バビーンな最高のねえちゃんに仕立てる技術ときたら、すげえ、たまげた、まいりましたときたもんよ。そういう姉ちゃんたちの素晴らしい能力を引き出して何をしているかといえば、セックス人形にして政治家や有力者を誑しこんでめろんめろんにして操ったあげくこの国をめためたにしようとしてるだろう。てめえの個人的な恨みでどんだけの人間がひでえめにあうか考えてみろこのタコ。

てめえは中国国内の不満分子に金を渡して、大使館に石は投げさせるわ、観光客は襲うわ、売春は斡旋するわ、宇宙空間で衛星ぶっ壊して無茶はするわでこの国を傍若無人な国家にしたてあげ、国際的な孤立に導き、国を内部からがたがたにしやがった。中国五輪までめためたにした張本人はおまえだ、この蛆虫野郎。

しまいにゃ政府高官連中とおめえが送り込んだねえちゃんたちとのあられもないご乱交画像をネットでばら撒いて民衆に暴動を起こさせ、政府を転覆した挙句てめえが中国の支配者になろうって腹づもりだろうが。いいや違いますとは言わせねえぜ。こちとらぜんぶねたはあがってるんだ。

もう一度言うがそれでどんだけの人間がくたばるのか考えたことがあんのかこのインキンいぼ痔の腰痛持ちめ。そのだれもが誰かの子供や孫や父や母じいちゃんばあちゃんなんだぜ。てめえのような糞虫野郎を天が許すか!」と息もつかせず小島は一気に啖呵で押し切った。

 田中教授は絶句していた。吉田という女性も目を見開いてかたまっていた。

 朱は急にふてぶてしい表情になり、間を置いて言った。

 「ふふふふ、おもしろいお話ですね」

 「笑っていられるのもいまのうちだ。さっきのようにこの俺が貴様の陣に打たれた一手だとしたら、もう落ち着いていられまい。」

 朱の脳裏に先ほど味わった衝撃的な屈辱が甦ってきた「う・・・あなた一人に何が出来るというのか」

 ちょうどそのとき部屋の電気が消え、遠くで連鎖的な爆発音が聞こえてきた。つづいて、外から声高な呼び交わす声が聞こえてきた。やにわに屈強な男が一人戸口に現れると朱に駆け寄り耳打ちしている。

 「桂が動力源を遮断したのだ。おまえらの気をそらす爆発をしかけたあとで、まもなく弾薬庫も吹っ飛ぶ!」

 そのとき大きなゆれと遅れて大音響が響き渡った。連続的な大爆発に館が揺さぶられ続けた。

「もうここの座標と多くの情報は桂の衛星通信で通報されている。東シナ海海上に配置したイージス艦『あたご』からまもなくトマホークがこちらにむけて打ち出されるだろう」

 「そんなことをすれば小島さんあなたも無事ではすまない。それに中国政府がだまっていないでしょう」

 「中国の軍事力は、お偉いあんたが、がたがたに弱体化してくださったじゃねえか。もはや探知能力も防空能力もきわめて低い状態だ。てえしたもんだよまったく。おかげでトマホークでPENを送り込むのはお茶のこさいさいだぜ」

 「!」朱は目を瞠り顔をこわばらせた。

 「PENの怖さを知ってるな、てめえ。わかってんならとっとと投降しろ」

 朱は肩を落とした。

 「・・・あなたには薬やあの学習カプセルが効かなかったらしいが、なぜか教えてもらえませんか」

 「あの薬は構造や作用がとっくの昔に我々のチームで解明されていたのだ。放射光X線回折や中性子回折でなめるように調べつくして、原子の1つ1つまできっちりどこについてますかってぐらい構造が決定されている。睡眠学習とセットで潜在的にあんたの言うことをよく聞くようになるというあの薬が作用する神経細胞の受容体も特定されている。その受容体をブロックする無害な薬をあんたらの薬の構造にならって俺たちは合成した。俺はそのブロック薬剤を分泌するインプラントを起動して薬が作用するのを防いでいるのよ。どうだまいったかこのトウヘンボク。しかしちょっとだけ副作用で言葉遣いが悪くなっちまったようだ。だが、てめえの頭のよくなる薬はいいできだ。よく効いたぜ。おかげで本因坊秀策の棋譜を全部思い出しちまったぜ」

 「そうでしたか・・・」とうとう朱はがっくりとうなだれてしまった。

 「ところでそこにいる別嬪の吉田のねえちゃんはあんたの初めて子供を身篭ってるぜ。いい歳してこのドスケベめ。どうするんだてめえ」

 はっとして朱氏は顔を上げ、女をみた。女は瞳に涙をうかべていた。その瞳に真実をみた朱氏が少しだけ、そして初めて人間らしい喜びをかすかにほほにのぼらせていた。

 

21.

 ステルス性に優れたイージス艦「あたご」は日暮れ時静かに魚雷を打ち出した。魚雷は長距離を航行して中国近海に近づくと翼をのばし、控えめな噴射をして低空飛行をはじめた。数時間山をぬうように飛行を続け、目標近くの山中に着地した。

 扉を開けて内部から5体のロボットがすばやく現れた。姿はペンギンのぬいぐるみのようななりをしている。それは日本が世界に誇る二足歩行ロボット技術と小型コンピュータ技術、ソフトウェア技術の結晶だった。

 「ヤロウども。今度のヤマはちとてこずるかもしれねえが、俺たちにかかればどうってこたあねえ、とっととかたづけてしまおうぜ」という内容の通信をして森に散開した。

 森の各地でまばゆいばかりのレーザーが発射され、警戒中の戦力はたちまち沈黙させられた。

 捕まった兵士が身長35cmの1体のロボットに中国語ですごまれていた。

 「やいてめえ、俺様のレーザーでちりちりパーマになった気分はどうだ」鏡をかかげてペンギン型ロボットは言った。

 「ひどい・・・パーマにモヒカンだなんて」兵士はうめいた。

「なかなかいかすじゃねえか。俺様はさしずめカリスマ美容師てなもんよ。この上痛い目に遭いたくなかったらてめえの親玉に泣く子も黙るPEN様が来たから武器を捨てて地面に這いつくばって待ってろって伝えな。ちいせえからって俺をなめるんじゃねえぜ。

ぐずぐずしてやがるとてめえの汚ねえケツをこんがりローストして当分座ってウンチできなくしてやるぜ、くくくく」

 特殊部隊PENが周辺の解析と、武装解除、朱の館にやってくると桂と小島が出迎えた。

PENリーダーは敬礼し報告した「大佐、近隣の制圧を完了しました」

「ごくろう。早かったね」と桂大佐は応じた。「敵の首領と我々は講和会議を持つ。諸君は爆発物の撤去と武器の無力化をたのむ」

「了解」

桂と小島が館に入ると朱が待っていた。

朱がいった「これで私が築いてきたものはみんな無くなってしまった。私はどうなるのでしょうか」

桂は言った「そのことなんですが、我々は貴方を拘束して裁きにかけることは必ずしも得策ではないと考えているのです。また、現在日中両国の関係は冷え切っていて、この国の問題を取り上げるのは我が国には荷が重い。それに、現在の中国における貴方の影響力が大きすぎるのです。このままでは貴方の仕掛けた策により本当に中国は崩壊しかねない。それは世界に破壊的なダメージをもたらすでしょう。そのため、我が国はなんとしても貴方のたくらみを阻止したかったのです。

そこで相談といっては変ですが、田中教授の考えておられたように、貴方は貴方の祖国である中国を良い方向にもってゆくことが可能ではありませんか」

この提案に朱はまた目を瞠った。そして上気した顔を伏せておごそかに言った。

「こういって信じてもらえるかわかりませんが、生まれてくる子供のためにも是非罪滅ぼしをさせて欲しいのです。私はまちがっていました。吉田とパフィオのおかげで私はかわりました。かつてのように組織を大きくすることや人を支配することに興味を持てなくなってきたのです。私の望みは、吉田と私の子供、それにこれらすばらしいパフィオと安寧に暮らすことなのです。そのささやかな願いがかなうなら何でもします。

どうかお願いです。私に機会を与えてください。我々が安寧に暮らすために、私はこの国がいまよりももっとよい国になる道を知っています。をもう人を薬で操るようなことはしません。日本からつれてきた女性の方々には順次帰国してもらうようにはからいます」

小島があの美しい赤いパフィオを指差していった。

「朱さん。この花は田中教授が分けた子株を貴方が自分の手で世話して咲かせたすばらしい花です。この花はうそをつきません。そして貴方が吉田さんから引き出した素晴らしい美質にあなた自身が感化されてきたのです。私は貴方が必ずよいことを成し遂げてくれると信じています」と小島が言った。朱は一部なにを言われたのか内心理解できなかったのだが、涙を流しながらしきりにうなずいていた。

 

 「蘇る蘭」

22.

 特殊部隊PENを迎えにやってきたステルスヘリに同乗し、桂、小島、田中教授、田端警部、伊藤は一路イージス艦「あたご」を目指した。

 「うわ、これがPENか。Penta Emergency Non-humanoid robots、第五世代緊急用非人間型ロボットとかごろあわせとしか思えないような適当な名前つけられてますよねえ。すごいなあ。ねえ、さわっていい」と伊藤。

 「おう、てめえ、気安く触るんじゃねえぞ」のびる手をぺんとはらいのけながらPENリーダーが言った。

 「すごい人気だよね。遊園地のアトラクションなんかに出てるよね。『5PENじゃー』とかいって。口に悪いところがたまらなくいいよね。ジャズもうまいんでしょ、PEN JAZZ Quintetのニューアルバムはいつ出るの。それにしても、かわいいなあ」といって伊藤は強引にPEN4を抱っこしてほおずりしていた。テロリストから悪魔と恐れられている高性能戦略攻撃ロボットたちだが、日本国内では防衛省のマスコットだと思われていた。市中にこんなぶっそうなものがいるためテロリストはうかつに手が出せないのである。

 「俺が寝てる間にみんな終わっちまってた。なにがなんだったのやら。なんだかほとんど思い出せない」と田畑がいった。

 「いやー、いいところでしたよ。お姉さん達は気立てが良くて、きれいだったし、ゴハンは最高にうまかったし、言うことない採取旅行でしたね。中国はいいなあ」と「洗脳」カプセルでよほど教育されたのか、ほとんど覚えていない伊藤が言った。

 「・・・・」これを聞いて小島が複雑そうな顔をしていた。「田端さんのおかげで我々のチームは大成功でしたよ」と小島「これで国内の麻薬と人身売買組織は壊滅するでしょう。ただ、私と田中教授、それに田畑さんと伊藤君は朱氏のカプセルに入れられて一服盛られたうえ変な教育を受けているからあとで妙な副作用がでるかもしれません」

 田中教授が言った。「朱さんという人は、世直しをするために大きな策をめぐらすうちに、非合法なあまりよろしくない方法に手を染めてしまいったため、防衛省が介入し、隣の国ということもあって超法規的な政治決着を見た、というところなのでしょうか、要約すると」

 「まあそんなところです」とあえて突っ込まない桂がしめくくった。

 「それはそうと小島さんどうして吉田さんが朱さんの子供を身ごもっていることがわかったんですか」と田中教授。

 「勘ですよ。勘。どことなくおなかでてませんでしたか、彼女。それに二人の雰囲気がなんとなくデキてるって感じじゃなかったですか」

 「そうですねえ。彼女は朱氏の秘書役でしたからね。女性を使って中国のエライさんを篭絡しようとしていた朱氏が、実は女性に篭絡されてしまっていたんですね。ミイラ取りがミイラというか。なんのかんのいってやはり日本女性はえらいですね」

「それはそうと教授、珍しいパフィオの葉を手に入れたので培養してみていただけませんか」そういって小島はポケットの中からビニール袋に入った葉を取り出した。

 「なるほど変わった模様ですね。こんなのは初めて見ました。なんというかまだらが波打っているような。これも絶滅したパフィオに違いないですね。それにしてもお供えのパフィオが地底湖のはずれのプールに堆積したものだったとは恐れ入りましたね。なんにしても、どんなパフィオになるか楽しみです」と田中教授は目を輝かせていた。

 「先生、ワシントン条約とやらはいいんですか?」と伊藤。

 「枯れた葉っぱはOKってことに改正されているから大丈夫。昔は標本を送ってもらうと偉い先生までが空港まで呼び出されて大変だったそうだけどね。象牙やサイの角と枯れ葉を一緒するというのがおかしい話だったんだよ」

 

 以上が、パフィオ史上最大の発見といわれる純白の大輪Paph. kojimanum Tanaka 2018 Subgen Parvisepalum Karasawa & Saito 1982の発見秘話なのであった。

 

おわり

 

 

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